スーパーで何気なく手に取る蜂蜜の瓶。じつはその9割以上が輸入品だと知ると、少し意外かもしれません。日本の蜂蜜の国内生産は年間およそ2,800t(2023年・農水省畜産統計)で、消費量4.5万tのわずか6%。残りは中国やアルゼンチンからの輸入で賄われています。それでも近年、森林を蜜源にした養蜂に新しく挑む人が静かに増えています。ここでは、特用林産物としての蜂蜜を、数字でていねいに見ていきます。
輸入蜜は中国産で1kg300〜400円ほど。25.5%の関税をかけても国産の3分の1程度で流通します。製菓・飲料・化粧品といった業務用はこの安い輸入品に頼らざるを得ません。だからこそ国内の養蜂は、安売り競争には乗らず、単花蜜・地域ブランド・直販という別の土俵で勝負することになります。森林養蜂の経済的な勝ち筋も、まさにここに集中しています。
森のはちみつ――どの木の蜜が高く売れるか
森を蜜源にした単花蜜は、百花蜜より高値で取引されるものが多くあります。1群(ミツバチ約3万匹)あたりの採蜜量は、木の種類によって驚くほど差が出ます。
| 蜜源樹種 | 流蜜期 | 採蜜量(kg/群) | 卸価格(円/kg) | 主要産地 |
|---|---|---|---|---|
| トチノキ | 5月下〜6月中 | 30〜50 | 2,500〜3,500 | 岐阜・長野・新潟・山形 |
| ニセアカシア | 5月中〜6月上 | 25〜40 | 1,500〜2,500 | 長野・群馬・新潟河川敷 |
| クリ | 6月中〜7月上 | 15〜25 | 1,800〜2,800 | 茨城・熊本・愛媛 |
| ソヨゴ | 6月中〜7月上 | 10〜25 | 2,000〜3,000 | 岐阜・滋賀・三重 |
| シナノキ | 6月下〜7月中 | 15〜35 | 2,000〜3,000 | 北海道・東北 |
| ヤマザクラ | 3月下〜4月中 | 5〜15 | 3,000〜4,500 | 和歌山・奈良・福島 |
森の蜜の代表格がトチ蜜です。本州中部の冷温帯の渓畔林に生えるトチノキは、一斉に大量の花を咲かせるため流蜜量が多く、1群30〜50kgも採れます。淡い琥珀色と独特の香り・粘りが身上で、岐阜・郡上、長野・南木曽、新潟・魚沼では「トチ蜜」が地域ブランドとして定着し、3,000円/kgラインを保っています。
もう一つの主役、ニセアカシアは外来種ですが、明治以降に荒廃地の緑化や砂防のため各地に植えられ、いまも河川敷や伐採跡地に広く分布します。1群25〜40kgと採蜜量が多く、結晶化しにくい透明感と癖のない味で、家庭用市場で最も親しまれる単花蜜のひとつ。千曲川や信濃川の流域では、その群落を計画的に残す管理協定が結ばれている地域もあります。
10年で1.4倍――増える新規参入
養蜂家の戸数は2013年の約6,800戸から2023年の約9,500戸へ、10年で4割増えました。群数も15.5万群から20万群へ。注目すべきは、新規参入の多くが専業ではなく、定年退職後の60代や移住者、林業就業者の副業だという点です。1戸あたりの群数は5〜10群が中央値と小規模で、100群以上の専業はわずか1割未満です。
背景には3つの後押しがあります。ひとつは2013年の養蜂振興法改正で、10群未満の趣味養蜂への規制が簡素化されたこと。ふたつめは、地方創生の文脈で自治体や地域おこし協力隊が森林養蜂を推進プログラムに組み込んだこと。みっつめは、SNSや直販ECの普及で、小さな生産者でも卸を介さず消費者に高単価で直接売れるようになったことです。
1群5〜12万円――森林養蜂の経済性
森を主蜜源にした養蜂の採算を1群で見てみましょう。年30kg・卸2,500円/kgなら売上75,000円。資材や容器・送料を引いた粗利は5〜8万円が標準です。直販で4,000円/kgを実現できれば、粗利は10〜12万円まで伸びます。これを副業10群で組めば、年商60〜100万円、粗利50〜80万円という規模感になります。
| 経営規模 | 群数 | 年商(万円) | 粗利(万円) |
|---|---|---|---|
| 趣味養蜂 | 2〜5 | 12〜30 | 8〜20 |
| 副業(林業+養蜂) | 10〜30 | 60〜250 | 40〜180 |
| 小規模専業 | 50〜100 | 300〜800 | 200〜500 |
林業と組み合わせる利点は、忙しい時期がずれることにあります。間伐や主伐の繁忙期は秋から春、養蜂の繁忙期は5〜7月の流蜜期。重ならないので、人手も施業計画も並立できます。所有する山林をそのまま蜜源にすれば土地代もかかりませんし、トチ・栗・ヤマザクラを蜜源樹として残す施業は、生物多様性や水土保全とも相性がいい。森林環境譲与税を使って蜜源植物を意識的に植える自治体も出てきています。
森林養蜂の強みと課題
森を舞台にした養蜂には、構造的な強みがあります。森は農薬曝露が少なく、花粉源が多様で栄養が豊富、夏は林冠が日陰をつくってミツバチのストレスを和らげます。世界的に蜂群崩壊症候群(CCD)が問題になるなか、森林周辺の養蜂家の蜂群消失率は果樹園や水田周辺より3〜5割低いという報告もあり、消失に強い経営形態として注目されています。
一方で課題もあります。戦後の拡大造林で広葉樹がスギ・ヒノキに置き換わった結果、夏の蜜源が局所的に枯れる地域があり、流蜜期の蜜源面積が1960年代より2〜3割減ったという試算もあります。2008年頃から問題化したネオニコチノイド系農薬の影響に対しては、農水省が「蜜蜂被害情報窓口」を設けて養蜂家・農家・自治体の情報共有を進めています。さらに気候変動で、トチの流蜜期はこの30年で約1週間早まり、霜害による花芽の損失も観察されるなど、年ごとの変動リスクが高まっています。
蜂蜜の生産額は推定70〜100億円と、特用林産物のなかでは決して大きくありません。それでも1群あたりの付加価値の高さ、林業との時間的な補完性、観光・教育・ブランド化との結びつきやすさによって、森林養蜂は中山間地の暮らしを多角化する一手として、独特の存在感を放っています。
よくある質問
養蜂を始めるには何が必要?
養蜂振興法に基づき都道府県知事への届出が必要です(2013年改正で趣味養蜂も対象)。初期投資は10群規模で、巣箱・採蜜機・防護服・スモーカーなどに30〜50万円ほど。加えて蜜源を確保できる土地(自己所有か同意を得た私有地・公有地)と、近隣養蜂家との位置調整も実務上のポイントです。
トチ蜜が高く売れるのはなぜ?
1群30〜50kgと採蜜量が多く、5月下旬〜6月中旬に流蜜が短期集中するため単花蜜として純度が高く採れること、淡い琥珀色と独特の香り・粘りで差別化できること、そして本州中部の渓畔林という限られた産地が希少性を生むことが理由です。
ニセアカシア蜜は外来種だけど問題ない?
ニセアカシアは要注意外来生物ですが特定外来生物ではなく、養蜂利用や植栽自体は禁止されていません。ただし河川敷での過剰な繁茂が在来植生を圧迫することがあり、河川管理者が伐採を進める地域では蜜源が減る問題も。自治体・河川管理者・養蜂家・自然保護団体の間での合意形成が課題になっています。

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