鰻のうな重にぱらりと振りかける緑の粉、京都のちりめん山椒、春の木の芽和え――和食の名脇役として欠かせないのがサンショウ(学名:Zanthoxylum piperitum)です。ミカン科の落葉低木で、葉も若芽も若い実も熟した実も、すべてが食べられるという珍しい木。日本での利用は古く、縄文時代の遺跡からも種子が出土しており、『古事記』には「ハジカミ(歯を噛むほど辛いもの)」の名で登場します。
「辛い」のではなく「痺れる」――サンショオールの正体
サンショウの魅力は、舌がピリピリと痺れるあの独特の感覚です。これは果皮に含まれるサンショオールという成分の働きで、じつは唐辛子の辛さとはまったく別物。唐辛子のカプサイシンが舌の温度センサーを刺激して「熱い・痛い」と感じさせるのに対し、サンショオールは触覚の神経を刺激して「痺れ・振動」として知覚させます。四川料理の「麻辣(マーラー)」の「麻」、つまり痺れの部分も、近縁の花椒(ホアジャオ)に含まれる同系統の成分によるものです。
この痺れと清涼感が、脂の乗った鰻と抜群に合います。濃厚な蒲焼きのたれの重さをサンショオールがすっと切り、後味を爽やかにまとめてくれる。江戸時代以降に定着したこの組み合わせは、いまや鰻屋の定番です。
春夏秋、四季を食べる木
サンショウは季節ごとに違う顔を見せます。春3〜5月の柔らかな若葉は「木の芽」と呼ばれ、手のひらでパンと叩いて香りを立たせてから木の芽和えや吸い物に。初夏6月中下旬のわずか2週間ほどに採れる青い若実は、ちりめんじゃこと炊き合わせれば京名物のちりめん山椒になります。そして秋に赤褐色に熟して裂けた果実の果皮を乾かして挽けば、おなじみの粉山椒。七味唐辛子にも、唐辛子の鋭さを補う痺れ役として欠かせません。
すりこぎの最高級材という意外な顔
食べるだけではありません。サンショウの木は、すり鉢とセットで使う擂粉木(すりこぎ)の最高級素材として千年以上も珍重されてきました。気乾比重0.65〜0.75とケヤキやナラに並ぶ重硬な材で擦り減りに強いうえ、木自体がサンショオールの精油を含むため、擂りつぶした味噌や胡麻にほのかな香りを移してくれます。さらにこの精油には抗菌・防虫の作用があり、湿気を含む調理具としても衛生的。樹皮を残した「あらわし仕上げ」の山椒すりこぎは、今も京都・奈良・北陸で高級品として流通しています。低木で大きな材が採れないため、用途は擂粉木のほか高級楊枝や印鑑材など小物に限られます。
薬の世界でも活躍します。果皮は漢方生薬「山椒」として日本薬局方に載り、健胃・温中(おなかを温める)の働きで、腸閉塞や腹部の冷えに使う大建中湯などに配合されています。ただし日常の薬味としての少量使用と医薬品としての使用は別物で、薬用は漢方医・薬剤師の指導のもとで行うべきものです。
育てる――雌株とアゲハに注意
商業栽培の中心は和歌山県有田川町。果実が葡萄の房のように密集する大粒品種「ぶどう山椒」が有名で、地理的表示(GI)保護制度に登録されたブランドです。和歌山だけで全国の青山椒のおよそ半分を出荷し、京都のちりめん山椒などを支えています。
家庭でも半日陰で水はけのよい場所なら鉢植えで育てられ、木の芽を少しずつ摘める実用的なハーブの木です。ただし二つ注意点があります。ひとつは雌雄異株であること。実を採りたいなら雌株を選ぶ必要があり(近くに雄株が一本あれば結実します)、店では「朝倉山椒」「ぶどう山椒」などの雌株接ぎ木苗が手に入ります。もうひとつはアゲハチョウの幼虫。サンショウはアゲハの食草なので、ある朝突然に葉が食い尽くされていることがあります。見つけ次第つまみ取るか、いっそアゲハとの共生を楽しむか――そこは育てる人の選び方しだいです。
なお、よく似たイヌザンショウは香りが弱く食用に向きません。見分け方は、枝のトゲがサンショウは対生(向かい合う)、イヌザンショウは互生であること。そして何より、葉を揉んであの芳香が立てば本物のサンショウです。

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