桐箪笥、琴、下駄、桐箱。日本の伝統工芸が好んで使ってきた木が、このキリ(桐/Paulownia tomentosa)です。最大の特徴は、とにかく軽いこと。気乾比重0.27〜0.32は日本産木材で最軽量で、スギ(0.30〜0.45)よりさらに軽く、世界の商業木材の中でも飛び抜けて軽い部類に入ります。軽いだけでなく、湿気を吸ったり吐いたりして中の湿度を一定に保つ「調湿性」、燃えにくさ、独特の響き――この三つを兼ね備えているのが、千年以上も日本の暮らしに居座り続けてきた理由です。
なぜここまで軽いのか
軽さの正体は、細胞壁の薄さにあります。キリの細胞壁は厚さ約2〜3μmとスギの半分以下で、組織の8割ほどが空気という、いわばスカスカの構造です。木材そのものの密度(実質部分)は樹種を問わずほぼ一定ですから、比重の差はそのまま「どれだけ空気を含んでいるか」の差になります。キリはその空隙率が針葉樹より高い。
そして面白いのは、この「空気だらけ」という一つの構造から、桐の三大特性がまとめて生まれてくる点です。空気をたっぷり含むから湿気の出し入れが速く(調湿性)、熱が伝わりにくく(断熱性)、振動がゆるやかに減衰する(音響特性)。桐の用途のほとんどが、この多孔質構造の応用だと言ってもいいくらいです。
絶対的な曲げ強度(50〜65 MPa)はスギよりやや低めですが、軽さで割った「比強度」で見れば針葉樹を上回ることもあります。軽くて意外と粘る――この比強度の高さが、桐がカーボンニュートラル時代の素材として再注目される理由でもあります。
桐箪笥が「狂わない・燃え残る」理由
桐の収納家具がここまで重宝されてきたのは、感覚ではなく物性の裏づけがあります。
引き出しが季節を問わずスッと動くのは、収縮率の低さによるものです。接線方向の収縮率3.5〜4.5%はスギ(5〜7%)より明らかに小さく、湿度が変わっても寸法が狂いにくい。桐箪笥の引き出しが梅雨どきでもスムーズなのは、この数字どおりの挙動です。
中身が湿気で傷まないのは調湿性です。外がジメジメすれば木が水分を吸い、乾けば吐き出して、箱の中をおおむね相対湿度65〜70%あたりに保とうとします。森林総合研究所などの実測では、外気湿度が30〜90%で振れても箱内の変動は5〜10%程度に収まるとされます。絹の着物や古文書、骨董にとっては、この安定感が決定的に効きます。
火事で中身が焼け残るのは防火性です。桐の発火温度は約425℃と一般材(300〜400℃)より高く、着火しても表面に炭化層ができて内部への延焼を遅らせ(炭化速度およそ0.5mm/分)、燃えるときに水分を放出して周囲の温度を下げます。江戸の火事で「桐箪笥の中身だけ無事だった」という記録が残るのはこのためで、明治期には逓信省が切手保管庫に、皇室も御物の収納に桐箱を採用してきました。
琴の音をつくる軟らかさ
琴(箏)は、全長約180cmの一枚板の桐から作られます。桐の軟らかさ(曲げヤング率5〜7 GPa)は、振動がゆるやかに減衰して余韻が長く残り、低音が豊かに響くという音色を生みます。ピアノやバイオリンに使うスプルース(10〜13 GPa)が硬く張りのある音を出すのとは対照的で、桐は東洋音楽の「間」を活かす素材なのです。三味線の胴にも伝統的に桐が使われ、龍角・龍尾といった琴の部材まで桐で揃えるのが本式です。
五七桐――もうひとつの「日本の紋」
桐の花と葉を図案化した「桐紋」は、菊紋に次ぐ皇室準紋章として平安期から使われてきました。中でも有名なのが、中央の花序が7花・両側が5花の五七桐花紋。これは現在も内閣総理大臣の紋章であり、かつては豊臣秀吉の家紋でもありました。後醍醐天皇が足利尊氏に桐紋を下賜したのが武家への賜紋の始まりとされ、秀吉が家臣に大盤振る舞いしたことで全国に拡散し、今では日本人の家紋として最も多い意匠の一つになっています。
身近なところでは、500円硬貨の表面の花が桐です。財布の中に、日本でいちばん流通している植物紋章が入っている、というわけです。国会議事堂の装飾や在外公館の紋章にも現役で使われています。
三大産地と、国産が高い理由
国産桐の代表ブランドは、会津桐(福島)・南部桐(岩手)・新潟桐=加茂桐(新潟)の三つ。特に会津桐は最高級とされ、会津盆地の冷涼な気候(年平均11℃前後)と適度な雪が、年輪の緻密な引き締まった木をつくります。木地が淡黄色で艶があり、狂いが少なく、香りに嫌味がない。銘木桐箪笥用の製材は1m³あたり50〜80万円というプレミアム価格で取引されます。
桐箪笥1棹に必要な原木はおよそ0.3〜0.5m³。職人の手仕事まで含めた完成品は100〜300万円が相場です。加茂桐箪笥は1976年に経済産業省の伝統的工芸品に指定され、今も20を超える事業所が蒸し乾燥・研磨・漆塗りの伝統製法を守っています。
ただし市場の現実として、現代の桐製品の主原料は1m³あたり5〜15万円と国産の数分の一で入る中国産桐(P. fortunei など)です。最終消費者が産地を見分けるのは難しく、業界では地理的表示(GI)制度を使った国産表示の厳格化が議論されてきました。「女の子が生まれたら桐を植え、嫁入りのときに桐箪笥に仕立てる」という昔ながらの慣習は、10〜15年で使える太さに育つ桐の早成性があってこそ成り立っていた文化でもあります。
見分け方
- 葉:とにかく大きい。広卵形〜広心形で20〜30cm、対生。これが最大の決め手です。葉裏に細かい腺毛が生え、触ると少し粘ります(種小名 tomentosa=綿毛のある、の由来)。
- 花:5〜6月、葉が出るより先に淡紫色の筒状花が円錐状に咲きます。樹冠を覆うほど咲くので、開花期はひと目でそれと分かります。ジギタリス(foxglove)に似た花形が英名 Foxglove Tree の由来。
- 樹皮:灰褐色でなめらか。若木は特につるりとしていて、ゴツゴツした節はできません。
- 果実:卵形の蒴果(3〜4cm)が9〜10月に熟し、翼のついた種子をぎっしり含みます。冬も枝に残るので落葉後の手がかりに。
- 紛らわしい木:キササゲは葉が似ますが三輪生、キリは対生で区別。アオギリは樹皮が緑色なので一目瞭然です。
早成樹という強み
桐は植えてから10〜15年で胸高直径30〜40cm、20年ほどで桐箪笥に使える太さ(直径50cm以上)に達します。スギ(40〜50年)やヒノキ(60〜80年)に比べると桁違いの早さで、切り株からも旺盛に萌芽するため、伐ってもまた数年で利用径に戻ることがあります。この早さは、気候変動で産地が動いても対応しやすいという意味でも有利です。特用林産物として森林環境譲与税の活用対象にもなり、会津・盛岡・加茂などの産地で植林や産地振興の取り組みが始まっています(制度の詳細は森林環境譲与税の解説記事を参照)。
なお、米国南部や欧州中部では P. tomentosa が侵略的外来種として問題になっています。1個体が年間数百万粒もの翼種子を風で飛ばすため、河川敷などで一気に純林を作ってしまうのです。日本では懸念は限定的ですが、海外で植えるときは注意が必要です。ちなみに桐は虫媒花なので、スギ・ヒノキのような花粉症の心配はありません。
よくある質問
庭木として育てられますか?
育てられますが、樹高10〜20mまで大きくなり、根が広く張り、種でよく増えるので、ふつうの住宅の庭にはやや手強い相手です。広い敷地や記念樹向き。早成樹なので「子の誕生を機に植える」記念樹としては由緒のある選択です。
国産桐と中国産桐はどう違いますか?
国産(P. tomentosa)は年輪が緻密で淡黄色、価格は中国産の3〜5倍。中国産(P. fortunei など)は年輪がやや疎で安価です。会津桐・南部桐などの高級桐箪笥は産地証明書付きで流通します。
桐の名所はどこで見られますか?
福島県三島町の「生活工芸館」(会津桐の産地展示)、新潟県加茂市の桐箪笥工房、岩手県立博物館(南部桐関連)などが代表的です。京都・東京の国立博物館では、桐製の文化財収蔵箱を間近に見られます。花言葉は「高尚」「高潔」で、皇室準紋章としての歴史を映しています。

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