森林経営管理制度(森林経営管理法、2019年4月施行)は、手入れの行き届かない森林について、市町村が所有者から経営を引き受け、意欲ある林業経営者に再委託する――あるいは市町村自ら管理する――という、林業政策史上でも大きな制度改革です。2024年度時点で全国1,718市町村のうち約1,400(実施率82%)が制度の運用に着手し、所有者への意向調査は累計で約30万件に達しました。ここでは進捗の実態と、現場で立ちはだかる課題を整理していきます。
そもそも、どんな仕組みなのか
背景にあるのは森林所有のかたちそのものです。私有林の所有規模は5ha未満が6割、所有者の高齢化(70歳以上が約4割)、不在村所有者の増加(約25%)、相続未登記森林の蓄積(推計100万ha以上)。こうした構造が、適切な経営管理が行われない森林(私有林の3〜4割と推計)を生んできました。
制度の骨格はシンプルです。市町村が所有者の意向を確認し、「自分では経営しない」という所有者から経営委託を受ける。そのうえで、経営に向いた森林は意欲ある林業経営者へ再委託し、経済的に経営が難しい森林は市町村が直接管理して公益的機能を守る。所有者から市町村への「経営管理権集積計画」と、市町村から経営者への「経営管理実施権配分計画」という2つの計画が、その中核を担います。
実施率82%は何を意味するのか
「実施率82%」と聞くと制度が一気に普及したように見えますが、ここでいう実施とは「条例・要綱の策定」「意向調査の実施」「林業経営者の登録」のいずれかに着手したことを指します。推移を追うと、施行初年度の2019年度は約30%、その後50%(2020年度)→65%→75%→80%→82%(2024年度)と段階的に伸びてきました。
残る18%(約300市町村)は、森林面積がごく小さい都市部、林政の専門人材を確保できない小規模町村、導入を慎重に検討中の自治体、の3タイプに分かれます。82%到達後は伸びが鈍っており、2026年策定予定の第6次森林・林業基本計画では、2030年度までに95%へ引き上げる方向で議論が進んでいます。
意向調査30万件――所有者は何を望んでいるか
制度の入口は所有者への意向調査です。「経営を続けますか、それとも市町村に委託しますか」を確認するもので、施行から2024年度までの累計は約30万件、年間でも8〜10万件のペースで動いています。回答の内訳はおおむね、自ら経営継続が3割、経営委託を希望が4割、委託も経営もしないが15%、不明・無回答が15%。委託希望の4割が制度の主たる対象です。
興味深いのは地域差です。過疎・高齢化が進む中山間地域では委託希望が5〜6割に上る一方、北海道・東北・九州など林業の盛んな地域では「自ら経営継続」が4〜5割と高い。零細所有者の経営離れが数字に表れています。回答率は全国平均で約65%にとどまり、不在村・住所不明の所有者にどう届けるかが最大の運用課題になっています。
| 意向回答 | 構成比 | 市町村の対応 |
|---|---|---|
| 自ら経営継続 | 約30% | 経営計画認定の支援・補助金活用助言 |
| 経営委託希望 | 約40% | 経営権集積計画の策定・委託契約締結 |
| 委託も経営もしない | 約15% | 継続的な意向確認・所有者教育 |
| 不明・無回答 | 約15% | 所有者不明森林扱いまたは追跡調査 |
経営委託から再委託へ
「委託したい」という所有者から、市町村は経営権集積計画を策定して経営を引き受けます。累計面積は約5,000ha。このうち約2,000haが林業経営者への再委託に進み、残りは市町村が直接管理するか、再委託先を選定中という段階です。再委託の相手は、市町村が公募で選ぶ「意欲と能力のある林業経営者」(登録制)。登録は都道府県単位で進み、全国で約2,000事業体が名を連ねています。
登録の要件は、一団地100ha以上の集約施業実績などの施業集約化能力、労働安全管理体制、5年計画を立てられる経営管理能力、若手育成・継続雇用の4点が柱です。ただ現実には、皆伐前の高蓄積林分は引き受け手が見つかる一方、蓄積の低い条件不利な森林は再委託先が決まらず、結果的に市町村直営の管理(公益的機能の維持が中心)に回るケースが増えています。
所有者不明森林という難所
この制度を特徴づけるのが、所有者不明森林への代執行特例です。探しても所有者が判明しない森林について、市町村が6ヶ月の公告(異議申立期間)を経れば経営権集積計画を策定できます。後日所有者が現れた場合は、施業収益から相当額を供託する形でその権利を守ります。2023年度末時点で累計約1,000haで代執行が行われました。
とはいえ探索コストは1件あたり10〜30万円と高く、数haの小規模森林では収益的に見合いません。戸籍調査の専門性が必要なため司法書士・行政書士への委託も広く行われ、1筆あたり数十〜100時間規模の事務が発生することもあります。これを支えているのが森林環境譲与税で、市町村がコストを負担できる財源基盤になっています。なお2024年4月施行の相続登記義務化(相続を知った日から3年以内)は、長期的には未登記森林の発生を抑えますが、既存100万ha超の解消には20〜30年を要する見込みで、代執行特例はその間の空洞化を埋める手段と位置づけられます。
残された3つの課題
運用上の壁は、突き詰めると3つに集約されます。1つめは所有者不明森林の特定・代執行コストの高さ。小規模な森林ほど探索費が収益に見合わず、市町村負担が膨らみます。2つめは林業経営者の供給不足。再委託の受け皿となる事業体が市町村数に対して足りず、とくに中山間地・都市近郊では選択肢が限られます。3つめは経営区域の境界画定で、地籍未了(林地の48%)の森林では境界を確定するだけで数年かかることも珍しくありません。
これらに対し、林野庁・総務省は2024年度から技術支援の強化、登録要件の緩和、地籍調査との連携を進めています。あわせて、専門人材を補う「地域林政アドバイザー」(県職員OB・普及指導員OB・森林組合幹部経験者などから市町村が選任)の配置も拡大中。特別交付税(1名あたり年間500万円措置)と森林環境譲与税の併用で市町村の実質負担を抑えつつ、2030年度には1,000市町村への配置を目標としています。意向調査票の設計から経営計画の策定支援、経営者公募要綱の作成まで、現場の実務を幅広く支える存在です。
2030年に向けて
施行から6年、制度は「基本インフラを整える」段階をほぼ終えました。次の焦点は中身の充実です。第6次基本計画(2026年予定)では、2030年度に実施率95%、意向調査累計60万件、経営委託面積累計2万ha、再委託面積1万haといった目標を掲げる方向で議論が進んでいます。これらはカーボンニュートラル2050と連動し、森林吸収量3,800万t-CO2の達成を市町村の森林管理機能から支える設計です。制度の完成形は、2030年代の運用実績を待つことになります。
よくある質問
実施率82%とは具体的に何を指しますか?
全国1,718市町村のうち約1,400が、条例・要綱の策定、意向調査の実施、林業経営者の登録のいずれかに着手したことを指します。2019年度の30%から段階的に上がり、2024年度に82%へ。残る18%は森林の小さい都市部、小規模町村、検討中の自治体に分かれます。
所有者が分からない森林はどう扱うのですか?
探しても判明しない場合、市町村が6ヶ月の公告を経て経営権を集積できる代執行特例があります。後日所有者が現れた場合は、施業収益から相当額を供託して権利を保護します。2023年度末で累計約1,000haの実績がありますが、1件10〜30万円の探索コストが負担となっています。
運用の財源は何でしょうか?
森林環境譲与税(2024年度で約500億円)が中心です。市町村はこれを意向調査・所有者特定・境界確認・経営計画策定に充て、地域林政アドバイザーの人件費にも活用しています。

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