生物多様性と炭素貯留─Liang 2016と多様性-生産性仮説

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森林の価値といえば、長らく木材生産か景観か、あるいは「自然はそれ自体が尊い」という倫理の話でした。ところが近年、生物多様性そのものが森の炭素貯留力や生産性を左右するという、もっと実利的な事実が次々と数字で裏づけられています。きっかけは2016年に Science 誌に載った Liang らの世界規模解析。ここでは、その研究が何を示したのか、なぜ多様な森ほど炭素を多く貯めるのか、そして日本の森にとって何を意味するのかを、できるだけ具体的な数値で追っていきます。

主要研究Liang 2016Science44カ国解析対象777,126プロット世界規模生産性増加26-66%樹種倍増で炭素貯留増20-50%混交林vs単純林
図1:多様性-生産性研究の主要諸元(Liang et al. 2016, Science 354:aaf8957)
目次

世界44カ国・77万プロットが示したこと

Liang らの論文「Positive biodiversity-productivity relationship predominant in global forests」は、世界90機関・93名の研究者が観測ネットワークを持ち寄った、当時史上最大規模の解析です。対象は44カ国の森林調査プロット777,126地点。北方林から熱帯林まで5つのバイオームを横断し、各プロットの樹種多様性と生産性を突き合わせました。

結論はシンプルで、しかし力強いものでした。樹種数が倍になると、森の生産性はおおむね26〜66%(平均で約36%)高まる。この関係は5つのバイオームすべてで統計的に頑健に成立し、とくに北方林で効果が大きく出ました。研究チームはさらに、生物多様性が10%減ると世界の森林生産性は2〜3%下がり、年間166〜490億ドル相当の損失、炭素にして1.4〜3.0 Gt-CO2相当の隠れた気候影響につながると試算しています。長く仮説だった「多様性-生産性関係」を、世界規模の実データで決着させた研究と言ってよいでしょう。

なぜ多様な森は炭素を多く貯めるのか

直感に反するかもしれませんが、メカニズムを並べると腑に落ちます。中心はニッチ補完です。浅根のカエデと深根のナラ、陽樹のアカマツと陰樹のブナ──根を張る深さも光の使い方も違う樹種が同居すると、土地の資源を取りこぼしなく使えます。林冠が階層化することで、光を5〜8割も余分に利用できるという報告もあります。

これに促進効果が加わります。ハンノキやヤシャブシといったマメ科の樹が窒素を固定して土を肥やし、隣の樹の成長を後押しする。Mori ら(2017, Biological Reviews)は冷温帯林でこの正の効果を統計的に確認しています。さらに、単一樹種だとマツ材線虫病やナラ枯れのような宿主特異的な被害が一気に広がりますが、混交林ではリスクが分散され、衰退率が3〜5割下がる事例が知られています。多様な樹冠がつくる微気象、多様な菌根菌が支える土壌──これらが積み重なって、同じ土地からより多くの炭素と生物多様性を引き出します。

単純林(モノカルチャー) vs 混交林(多種混植)の比較指標単純林混交林生産性 (NPP)基準+26〜66% (Liang 2016)炭素貯留基準+20〜50% (混交林優位)病害虫リスク高(同種一斉感染)低(被害-30〜50%)気候変動耐性中(樹種で限界)高(樹種補完)生物多様性低(鳥類・昆虫減)高(連鎖的増加)管理難度中(機械化で対応)経済リスク市場価格変動に脆弱分散・複数収穫可
図2:単純林と混交林の特性比較(Liang 2016, Mori 2017, FunDivEUROPE 等から要約)

炭素貯留量で見ると

Liang らが「成長の速さ(フロー)」を見たのに対し、「貯まっている量(ストック)」に注目した研究も増えています。Mori ら(2017)は樹種数が10%増えると地上部炭素が4〜6%増えるとし、中国の大規模混植実験 BEF-China では6樹種混植が単一樹種の2倍のバイオマスを達成。欧州23カ国のメタ解析(Zhang ら 2019)では混交林の地上部炭素+35%、土壌炭素+24%という結果が出ています。

地上部・地下部・土壌を合わせた典型的なレンジ(t-C/ha)は、北方の針葉樹単純林で80〜140、温帯混交林で150〜260、熱帯多種林で200〜400ほど。日本に引きつけると、50年生のスギ単純人工林が120〜180、広葉樹天然林は180〜280と、同じ気候帯でも混交・天然のほうが3〜5割上回ります。

日本の森と国際枠組みの接点

日本の人工林の73%、面積にして約1,009万haをスギ・ヒノキの単純林が占めます。一方で世界の樹木58,497種のうち3割が絶滅危惧(IUCN 2021)、日本でも維管束植物の25%が危機に瀕しています。環境省の生物多様性国家戦略2023-2030は「ネイチャーポジティブ」を掲げ、森林分野では混交林化と保護林ネットワークを柱に据えました。

この流れを後押しするのが国際枠組みの融合です。生物多様性条約(CBD)は2022年のCOP15で「2030年までに陸海の30%を保全する」30 by 30目標を採択。日本では保護地域以外で保全に貢献する場所を「自然共生サイト(OECM)」として登録する制度が動き出し、2025年時点で約290サイト・10万ha超に達しています。社寺林や里山、個人の私有林も対象で、規模制限はありません。さらに企業側では、自然への依存と影響を財務情報として開示するTNFDが2023年に最終提言を公表し、世界320社超・日本80社超が賛同。製紙・建材・食品といった森林に依存する企業にとって、認証材や混交林、希少種保全はそのまま開示指標になります。

では、どう混交林化するのか

方向性が見えても、現場では技術・経済・所有の壁があります。経路はおおむね三つ。単純林を3〜5割の強度間伐にかけて天然更新を促す方法、0.1〜0.5haの群状択伐で異齢混交林を仕立てる方法、そして5〜10年単位で局所的に伐って植え直すのを反復し、50〜100年かけて転換する方法です。いずれも長い時間軸が前提になります。

あわせて鍵になるのが長伐期化です。従来40〜50年だった伐期を80〜120年へ延ばすと、成長速度は鈍るものの、大径材として単価が3〜5倍に、炭素貯留量は約2倍になり、生物多様性の回復も同時に進みます。林野庁の長伐期施業はすでに全国約20万haで実装中です。樹種の組み合わせは地域の生態系次第で、たとえば関東ならスギ・ヒノキにコナラ・ケヤキ・ヤマザクラを混ぜる、北海道ならトドマツ・エゾマツにミズナラ・シラカンバを加えるといった形になります。初期コストは単純林造林の1.3〜1.8倍ほどかかるため、J-クレジットや認証材プレミアム、森林環境譲与税などを組み合わせて回収する設計が欠かせません。

海外の教訓

先行する国々に共通するのは、「単純林の脆さを痛い目で経験してから多様化に舵を切った」という順番です。ドイツは2018〜2020年の干ばつでトウヒ単純林が大規模に枯死し、「森の改造(Waldumbau)」を国策として年2万ha超を混交林化。スウェーデンは皆伐をやめる「連続被覆林業」が広がり、混交林比率が4割を超えました。ニュージーランドは人工林の9割をラジアータマツ一種が占めていた状態から、2022年に多様化を国家方針へ転換しています。日本も2018年の北海道風倒、近年のスギ大量枯損を経て、同じ転換期に差しかかっています。

クレジットという新しい出口

森林由来のカーボンクレジットに加えて、生物多様性そのものを取引する「生物多様性クレジット」市場が立ち上がりつつあります。英Plan VivoのPV Naturaや豪州のNature Repair Marketは「炭素+生物多様性」をバンドルで扱う制度を整備し、日本でもJ-Bio構想が検討段階にあります。1ヘクタールから炭素(t-CO2)と生物多様性ユニットという2種類の価値を同時に売る──そんなビジネスモデルが2026〜2030年にかけて本格化する見込みです。すでにサントリーの「天然水の森」(全国約1.2万ha)や住友林業の国内山林(約4.8万ha)、アサヒの森(広島・約2,165ha)などが混交林化とTNFD開示を先行させています。

よくある疑問

そもそも何種くらい混ぜればいい?

Liang 2016では2種から効果が現れ、種数とともに増えます。生産性・炭素の観点では10〜20種、生物多様性まで含めると30種以上で十分な効果が見込め、最適種数は地域や経営目標で変わります。中国のBEF-China実験では16樹種混植が最も良い結果でした。

管理が大変になるのでは?

単純林より手間はかかりますが、GPS・ドローン・LiDARといった現代の道具で十分対応できます。長い目で見れば、複数回の収穫・リスク分散・大径材の高単価・クレジット収入が、1.3〜1.8倍の管理コスト増を補います。

個人の山林所有者でも関われる?

関われます。自然共生サイトは規模制限がなく数haから登録でき、森林経営計画と整合させればJ-クレジットや生物多様性クレジット、TNFD開示企業との取引機会につながります。

Liang 2016を起点に、生物多様性と炭素貯留は切り離せない事実として定着しました。単純林より混交林、短伐期より長伐期、単一の経済価値より自然資本の多価値へ。この三つの転換が、これからの日本の森林経営と所有者戦略の軸になっていきます。同じ森から、より多くの価値を引き出す──多様性という自然の原理を味方につける森づくりが、静かに主流になりつつあります。

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この記事を書いた人

ハウスメーカーで住宅の構造を担当したのち、林業の世界へ。林業・木材・建築の3領域を横断する視点で、Forest Eight の記事を編集しています。

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