日本のスギやヒノキでつくったCLT・集成材が、太平洋を越えてアメリカの高層ビルの柱や床になる――数年前なら絵空事に聞こえたかもしれませんが、いまや現実に動き始めた話です。アメリカでは「Mass Timber(マスティンバー)」と呼ばれる大型木質構造材を使った中高層建築がブームで、2021年の建築基準改正で18階・約82mまでの木造ビルが認められました。この追い風のなか、日本も地理的な遠さや関税、規格の壁を越えて、樹種や品質、産地ブランドといった独自の付加価値で市場に食い込もうとしています。
もっとも、日本からアメリカへのCLT・集成材輸出は2023年でまだ3〜5億円ほどの小さなニッチ。それでもこの市場が「高付加価値の戦略市場」として注目されるのには理由があります。この記事では、林野庁や米WoodWorks、USDAなどのデータをもとに、米国Mass Timber市場の規模と成長、規格の壁、日本からの輸出の実情、そして競合や課題を整理していきます。
急成長する米国Mass Timber市場
Mass Timberとは、CLT(直交集成板)、集成材(GLT/Glulam)、NLT(Nail Laminated Timber)、DLT(Dowel Laminated Timber)といった大型の集積木材構造材をまとめて指す言葉です。米国でのこの市場は、2015年の約5億ドルから2023年の25億ドルへと、8年で約5倍に膨らみました。Forisk Consultingや米WoodWorksの推計では、2030年には60億ドル規模に達するとされ、世界的にも指折りの急成長分野です。
| 年 | 市場規模(億ドル) | 主要プロジェクト数 |
|---|---|---|
| 2015 | 5 | 50 |
| 2018 | 10 | 250 |
| 2020 | 15 | 500 |
| 2023 | 25 | 1,200 |
| 2025(予測) | 35 | 1,800 |
| 2030(予測) | 60 | 3,000 |
象徴的なプロジェクトには、オレゴン州ポートランドのCarbon12(8階・85フィート)、ミネアポリスのT3、ウィスコンシン州ミルウォーキーのAscent(25階・一部木造で世界最大級のハイブリッド)などがあります。2023年時点で、全米にはおよそ1,200件のMass Timberプロジェクトが計画・建設中です。床や壁にCLT、柱や梁に集成材、耐震や避難動線にRCコアを組み合わせた「ハイブリッド構造」が標準的な姿で、設計はLever ArchitectureやStructureCraftといったMass Timber専門の事務所が中心に担っています。
市場を押し上げた5つの力
これだけの成長を支えているのは、おおむね次の5つの要因です。ひとつは環境意識。ESGやLEED認証、脱炭素の流れが、コンクリート・鋼材から木造へのシフトを加速させました。ふたつめは工期短縮で、プレファブ化が進むMass Timber建築は同規模のRC建築より3〜4割ほど工期が縮み、人件費や金利負担を抑えられます。みっつめはデザイン性――木を現した内装が、商業・教育・住宅施設の魅力を高めます。よっつめが後述する2021年の規制改正、いつつめがUSDAのWood Innovation Grants(年1,000万ドル規模)をはじめとする産業政策です。これらが互いに連動して、市場を一気に押し上げました。
18階を可能にしたIBC 2021改正と製品規格
市場拡大の最大の引き金は、2021年のIBC(International Building Code)改正でした。Type IV-A・IV-B・IV-Cという3区分のMass Timber建築物が新設され、最大18階・約82m(270フィート)までの木造建築が認められたのです。
| 建築物タイプ | 許容高さ | 許容階数 | 耐火等級 |
|---|---|---|---|
| Type IV-A(最も厳格) | 270 ft(約82m) | 18階 | 3時間耐火 |
| Type IV-B(中位) | 180 ft(約55m) | 12階 | 2時間耐火 |
| Type IV-C(標準) | 85 ft(約26m) | 9階 | 2時間耐火 |
| Type IV-HT(従来型重木造) | 制限あり | — | 1時間耐火 |
製品そのものの規格としては、CLTがANSI/APA PRG 320、集成材がANSI A190.1。そして米国市場で材料を流通させるには、これらに基づくICC-ES(International Code Council Evaluation Service)の評価レポート取得が事実上の必須条件になります。日本のメーカー(銘建工業・山佐木材・斎藤木材工業・中国木材など)は、この認証取得を着々と進めているところです。
日本からの輸出はまだ「3〜5億円」のニッチ
林野庁『木材輸出統計』によれば、日本の対米CLT・集成材輸出は2023年でおよそ3〜5億円(推定)。対米木材輸出全体が約50〜60億円なので、そのうち5〜10%という小さなセグメントです。対中国・韓国・台湾の木材輸出が数百億円規模であることを思えば、米国市場はまだごく小さい。ただし、量ではなく単価で勝負する高付加価値の戦略市場、という位置づけです。
| 輸出品目 | 輸出規模(推定) | 主要樹種 | 主要メーカー |
|---|---|---|---|
| CLT | 1〜2億円 | スギ・ヒノキ・カラマツ | 銘建工業・山佐木材・中国木材 |
| 集成材(GLT) | 2〜3億円 | スギ・ヒノキ・カラマツ・ベイマツ | 銘建工業・齋藤木材工業 |
| LVL | 少量 | カラマツ | 伊藤忠林材ほか |
日本の輸出戦略の核は、スギ・ヒノキといった樹種のブランド化、伝統工芸的な仕上げの細やかさ、大型断面・特殊形状への対応、そして地域材と認証材の組み合わせ。ボリューム勝負ではカナダや米西海岸、米南東部の産地にかないませんが、デザイン性や物語性、付加価値で差をつける――そういう立ち位置です。実際の輸出先として日本メーカーが特に注目するのが、カリフォルニアや東海岸のサステナブル建築プロジェクト。環境意識が高く、認証材やストーリーのある木材にプレミアムを払う土壌があり、日本産材の差別化が効きやすい地域です。
最大の競合はカナダ、避けて通る戦略
米国Mass Timber市場で日本が向き合う競合を整理すると、次のようになります。
| 競合勢力 | 主要企業 | 強み |
|---|---|---|
| カナダ | Structurlam・Nordic Structures | 地理的近接・SPF樹種・IBC適合済 |
| 米西海岸 | D.R. Johnson Lumber・Vaagen Timbers | 至近距離・SPF・南部松 |
| 米南東部 | SmartLam ほか | 南部松・規模の経済 |
| 欧州 | KLH・Stora Enso・Binderholz | 欧州産スプルース・長い伝統 |
| 日本 | 銘建工業・山佐木材・中国木材 | スギ・ヒノキ・伝統技術 |
とりわけBC州のStructurlamなどカナダ勢は、地理的にも言語的にも規格的にも最も有利で、米国市場のリーダー的存在。日本がここに真っ向勝負を挑むのは得策ではありません。スギ・ヒノキの希少性、地域材ブランドと物語、職人技の細部、サステナブル認証――こうした要素を組み合わせて、競合の少ないニッチを切り開くのが現実的な道筋です。
越えるべき壁:物流・関税・認証
輸出には、いくつもの実務的なハードルがあります。海上輸送は40フィートコンテナで2,500〜5,000ドル、20〜30日。CLT・集成材は嵩高でコンテナへの詰込率が悪く、輸送コストが価格競争力を直撃します。関税はHTS Code 4418系・4421系で0〜3.2%程度(品目や貿易協定により変動)。さらにUSDA APHISの害虫検疫(熱処理・燻蒸対応)、輸送中の湿度管理、そして数百万〜数千万円かかるICC-ES・ANSI規格の認証取得まで、クリアすべき項目は多岐にわたります。
これらを越えて参入するには、現地代理店・建築業者との長期的なパートナーシップ、認証の継続的な維持、物流の最適化、為替リスク管理、現地でのサンプル提供と顧客教育――といった総合的な取り組みが欠かせません。中小製材所が単独でやり切るのは難しく、伊藤忠・三井物産・住友商事といった商社との連携が標準的な参入ルートになっています。為替も大きな経営リスクで、1,000立米・150万ドルの輸出なら、140円/ドルと120円/ドルでは円ベースで3,000万円(14%)もの差が出ます。中小は商社が為替ヘッジを担うことが多く、大手は社内や銀行と連携して為替予約などで管理しています。
政策の後押しと、日本企業の現在地
追い風になっているのが政策支援です。林野庁の『木材輸出拡大方針』(2030年500億円目標)はCLT・集成材を含む木材輸出全般を戦略的に支援し、JETROは海外見本市出展や現地パートナー紹介、規格認証取得をサポート。中小企業庁の海外展開補助金や、林産物輸出促進協議会の海外プロモーションなども組み合わせれば、中小メーカーでも参入の障壁を下げられます。実際、銘建工業や山佐木材といった地方メーカーは、こうした支援を活用しながら対米展開を進めています。
とはいえ、現状はまだ本格量産輸出の手前。市場テストやサンプル供給、高単価のニッチ案件、現地建築業者との関係づくり、そして将来の量産化に向けた準備――という段階です。銘建工業は米西海岸への試験出荷とデザイン物件提案、山佐木材は九州産スギCLTの輸出探索、齋藤木材工業はカラマツ集成材を高級住宅向けに、中国木材は製材と集成材の複合輸出を、それぞれ手がけています。2025〜2030年に向けては年10〜30億円規模への拡大が見込まれますが、その実現には認証・物流・マーケティングへの継続的な投資が前提になります。
🌲 現場メモ
(運営者の実体験コメントを後日追記)
よくある質問
米国Mass Timber市場の規模はどのくらい?
2023年で約25億ドル(3,800億円)、2030年に60億ドル(9,000億円)への成長が予測されています(Forisk Consulting・米WoodWorks)。年率15%という、世界的にも急成長の市場です。
IBC 2021改正で何が変わったの?
Mass Timber建築物のType IV-A・B・Cが新設され、最大18階・270フィート(約82m)まで木造が許可されました。これを機に米国の中高層木造プロジェクトが急増し、CLT・集成材の需要が一気に広がりました。
ICC-ES認証とは何ですか?
International Code Council Evaluation Serviceによる評価で、米国市場で建築材料を流通させるための事実上必須のレポートです。CLT・集成材はANSI/APA PRG 320やANSI A190.1といった規格に基づいて認証を取得する必要があります。
主な競合は誰ですか?
カナダ(Structurlam・Nordic Structures)、米西海岸(D.R. Johnson Lumberなど)、欧州(KLH・Stora Enso・Binderholz)です。日本は規模と地理で不利なため、樹種・品質・物語性で差別化する戦略がカギになります。
中小の製材所でも輸出できますか?
単独では難しいものの、商社(伊藤忠・三井物産・住友商事など)や業界団体、JETROの支援を活用すれば可能です。とくに高付加価値のニッチ案件では、中小メーカーにもチャンスがあります。
おわりに:小さなニッチから、世界の潮流へ
米国Mass Timber市場は2023年の25億ドルから2030年の60億ドルへと駆け上がろうとしていて、日本のスギ・ヒノキ・カラマツ集成材にとっては、量ではなく質で勝負する戦略市場です。18階建てを許したIBC改正、USDAの補助、そして高まるサステナビリティ需要――追い風はそろっています。カナダや米西海岸、欧州勢ががっちり押さえる主戦場を避け、樹種の希少性と物語性でニッチを切り開く。それが日本の現実的な勝ち筋でしょう。商社やJETRO、林野庁、業界団体の支援を束ねながら、2030年に向けて年10〜30億円規模を目指す動きは、林野庁の輸出拡大方針の一翼であると同時に、その先にいる森林所有者や林業者、地域経済にとっての長期的な成長機会でもあります。太平洋を越えた日本の木が、米国の街並みにどれだけ根を張っていけるか――これからの10年が正念場です。

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