日本のスギやヒノキでつくったCLT・集成材が、太平洋を越えてアメリカの高層ビルの柱や床になる――数年前なら絵空事に聞こえたかもしれませんが、いまや現実に動き始めた話です。アメリカでは「Mass Timber(マスティンバー)」と呼ばれる大型木質構造材を使った中高層建築がブームで、2021年の建築基準改正で18階・約82mまでの木造ビルが認められました。この追い風のなか、日本も地理的な遠さや関税、規格の壁を越えて、樹種や品質、産地ブランドといった独自の付加価値で市場に食い込もうとしています。
もっとも、日本からアメリカへのCLT・集成材の輸出は、まだ数億円規模とみられる小さなニッチです。それでもこの市場が「高付加価値の戦略市場」として注目されるのには理由があります。この記事では、米国Mass Timber市場の広がり、規格の壁、日本からの輸出の実情、そして競合や課題を整理していきます。
広がる米国Mass Timber市場
Mass Timberとは、CLT(直交集成板)、集成材(GLT/Glulam)、NLT(Nail Laminated Timber)、DLT(Dowel Laminated Timber)といった大型の集積木材構造材をまとめて指す言葉です。米国でのこの分野は2010年代後半から急速に広がり、木質推進団体のWoodWorksが把握するMass Timberの建物は、建設済み・設計中を合わせて1,000件を大きく超える規模になりました。市場規模の推計は調査機関によって幅がありますが、いずれも今後も年率2桁で伸びるとの見方が共通しています。
象徴的なプロジェクトには、オレゴン州ポートランドのCarbon12(8階)、ミネアポリスのT3、ウィスコンシン州ミルウォーキーのAscent(25階・木造ハイブリッドで完成時世界最高層クラス)などがあります。床や壁にCLT、柱や梁に集成材、耐震や避難動線にRCコアを組み合わせた「ハイブリッド構造」が標準的な姿で、設計はLEVER ArchitectureやStructureCraftといったMass Timberに強い事務所が中心に担っています。
市場を押し上げた5つの力
この広がりを支えているのは、おおむね次の5つの要因です。ひとつは環境意識。ESGやLEED認証、脱炭素の流れが、コンクリート・鋼材から木造へのシフトを後押ししました。ふたつめは工期短縮で、プレファブ化が進むMass Timber建築は同規模のRC建築より工期を縮められ、人件費や金利負担を抑えられます。みっつめはデザイン性――木を現した内装が、商業・教育・住宅施設の魅力を高めます。よっつめが後述する2021年の規制改正、いつつめがUSDAのWood Innovations Grantsをはじめとする産業政策です。これらが互いに連動して、市場を押し上げました。
18階を可能にしたIBC 2021改正と製品規格
市場拡大の最大の引き金は、2021年のIBC(International Building Code)改正でした。Type IV-A・IV-B・IV-Cという3区分のMass Timber建築物が新設され、最大18階・約82m(270フィート)までの木造建築が認められたのです。
| 建築物タイプ | 許容高さ | 許容階数 | 耐火等級 |
|---|---|---|---|
| Type IV-A(最も厳格) | 270 ft(約82m) | 18階 | 木部を全面的に不燃材で被覆 |
| Type IV-B(中位) | 180 ft(約55m) | 12階 | あらわしの木部は一部に限定 |
| Type IV-C(標準) | 85 ft(約26m) | 9階 | 木部のあらわしを広く許容 |
| Type IV-HT(従来型重木造) | 制限あり | — | 大断面材による従来からの区分 |
製品そのものの規格としては、CLTがANSI/APA PRG 320、集成材がANSI A190.1。そして米国市場で材料を流通させるには、これらに基づくICC-ES(International Code Council Evaluation Service)の評価レポート取得が事実上の必須条件になります。日本のメーカー(銘建工業・山佐木材・斎藤木材工業・中国木材など)は、この認証取得を着々と進めているところです。
日本からの輸出はまだ小さなニッチ
日本の対米木材輸出全体が近年で50〜60億円台。そのうちCLT・集成材はごく一部で、数億円規模とみられます。対中国・韓国・台湾の木材輸出が数百億円規模であることを思えば、米国市場はまだ小さい。ただし、量ではなく単価で勝負する高付加価値の戦略市場、という位置づけです。
| 品目 | 主な樹種 | 取り組む主なメーカー |
|---|---|---|
| CLT | スギ・ヒノキ・カラマツ | 銘建工業、山佐木材、中国木材 ほか |
| 集成材(GLT) | スギ・ヒノキ・カラマツ | 銘建工業、齋藤木材工業 ほか |
| LVL | カラマツ | 商社系ほか |
日本の輸出戦略の核は、スギ・ヒノキといった樹種のブランド化、伝統工芸的な仕上げの細やかさ、大型断面・特殊形状への対応、そして地域材と認証材の組み合わせ。ボリューム勝負ではカナダや米西海岸、米南東部の産地にかないませんが、デザイン性や物語性、付加価値で差をつける――そういう立ち位置です。実際の輸出先として日本メーカーが特に注目するのが、カリフォルニアや東海岸のサステナブル建築プロジェクト。環境意識が高く、認証材やストーリーのある木材にプレミアムを払う土壌があり、日本産材の差別化が効きやすい地域です。
最大の競合はカナダ、避けて通る戦略
米国Mass Timber市場で日本が向き合う競合を整理すると、次のようになります。
| 競合勢力 | 主要企業 | 強み |
|---|---|---|
| カナダ | Nordic Structures ほか | 地理的近接・SPF樹種・北米規格に適合 |
| 米西海岸 | D.R. Johnson Lumber・Vaagen Timbers | 至近距離・SPF・南部松 |
| 米南東部 | SmartLam ほか | 南部松・規模の経済 |
| 欧州 | KLH・Stora Enso・Binderholz | 欧州産スプルース・長い伝統 |
| 日本 | 銘建工業・山佐木材・中国木材 | スギ・ヒノキ・伝統技術 |
とりわけカナダ勢は、地理的にも言語的にも規格的にも有利で、米国市場の中心的な供給者です(近年は事業再編もありました)。日本がここに真っ向勝負を挑むのは得策ではありません。スギ・ヒノキの希少性、地域材ブランドと物語、職人技の細部、サステナブル認証――こうした要素を組み合わせて、競合の少ないニッチを切り開くのが現実的な道筋です。
越えるべき壁:物流・関税・認証
輸出には、いくつもの実務的なハードルがあります。海上輸送は40フィートコンテナで2,500〜5,000ドル、20〜30日。CLT・集成材は嵩高でコンテナへの詰込率が悪く、輸送コストが価格競争力を直撃します。関税はHTS Code 4418系・4421系で0〜3.2%程度(品目や貿易協定により変動)。さらにUSDA APHISの害虫検疫(熱処理・燻蒸対応)、輸送中の湿度管理、そして数百万〜数千万円かかるICC-ES・ANSI規格の認証取得まで、クリアすべき項目は多岐にわたります。
これらを越えて参入するには、現地代理店・建築業者との長期的なパートナーシップ、認証の継続的な維持、物流の最適化、為替リスク管理、現地でのサンプル提供と顧客教育――といった総合的な取り組みが欠かせません。中小製材所が単独でやり切るのは難しく、大手商社との連携が標準的な参入ルートになっています。為替も大きな経営リスクで、ドル建て取引は円高に振れれば円ベースの手取りが目減りします。中小は商社が為替ヘッジを担うことが多く、大手は社内や銀行と連携して為替予約などで管理しています。
政策の後押しと、日本企業の現在地
追い風になっているのが政策支援です。林野庁は木材輸出の拡大を政策目標に掲げ、CLT・集成材を含む木材輸出全般を後押ししています。JETROは海外見本市への出展や現地パートナーの紹介、規格認証取得をサポート。中小企業向けの海外展開補助や、業界団体の海外プロモーションなども組み合わせれば、中小メーカーでも参入の障壁を下げられます。実際、地方の木材メーカーがこうした支援を活用しながら対米展開の可能性を探っています。
とはいえ、現状はまだ本格量産輸出の手前。市場テストやサンプル供給、高単価のニッチ案件、現地建築業者との関係づくり、そして将来の量産化に向けた準備――という段階です。認証・物流・マーケティングへの継続的な投資が、次の段階へ進めるかどうかを分けます。
よくある質問
米国Mass Timber市場の規模はどのくらい?
市場規模の推計は調査機関によって幅があります。共通しているのは、建設済み・設計中の建物が1,000件を大きく超え、今後も年率2桁で伸びるとの見方です。
IBC 2021改正で何が変わったの?
Mass Timber建築物のType IV-A・B・Cが新設され、最大18階・270フィート(約82m)まで木造が許可されました。これを機に米国の中高層木造プロジェクトが急増し、CLT・集成材の需要が一気に広がりました。
ICC-ES認証とは何ですか?
International Code Council Evaluation Serviceによる評価で、米国市場で建築材料を流通させるための事実上必須のレポートです。CLT・集成材はANSI/APA PRG 320やANSI A190.1といった規格に基づいて認証を取得する必要があります。
主な競合は誰ですか?
カナダ勢(Nordic Structuresなど)、米西海岸・南東部のメーカー(D.R. Johnson Lumber、SmartLamなど)、欧州勢(KLH、Stora Enso、Binderholz)です。日本は規模と地理で不利なため、樹種・品質・物語性で差別化する戦略がカギになります。
中小の製材所でも輸出できますか?
単独では難しいものの、商社(伊藤忠・三井物産・住友商事など)や業界団体、JETROの支援を活用すれば可能です。とくに高付加価値のニッチ案件では、中小メーカーにもチャンスがあります。
おわりに:小さなニッチから、世界の潮流へ
米国のMass Timber市場は広がりを続けており、日本のスギ・ヒノキ・カラマツ集成材にとっては、量ではなく質で勝負する戦略市場です。18階建てを許したIBC改正、USDAの補助、そして高まるサステナビリティ需要――追い風はそろっています。カナダや米西海岸、欧州勢が押さえる主戦場を避け、樹種の希少性と物語性でニッチを切り開く。それが日本の現実的な勝ち筋でしょう。商社やJETRO、林野庁、業界団体の支援を束ねながら米国市場に食い込む動きは、木材輸出の拡大方針の一翼であると同時に、その先にいる森林所有者や林業者、地域経済にとっての長期的な成長機会でもあります。太平洋を越えた日本の木が、米国の街並みにどれだけ根を張っていけるか――これからの10年が正念場です。
- 林野庁「木材輸出に関する情報」
- WoodWorks(米国の木質建築推進団体)
- USDA Wood Innovations Program/ICC(IBC 2021 Type IV)

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