樹木の電気生理学:4種類の電気信号と樹幹電位による水分モニタリング

樹木の電気生理学 | Forest Eight

「植物に電気が流れている」と聞くと驚くかもしれませんが、じつは植物にも動物の神経インパルスに似た活動電位(action potential, AP)が存在します。19世紀末から知られていた現象ですが、近年の分子生物学とイメージング技術の進歩で、その仕組みや生態的な意味が急速に解き明かされてきました。動物の神経のように高速ではないものの、植物は機械刺激・光・温度・損傷といった情報を電気信号として処理し、葉を閉じたり、虫の食害に防衛反応で応じたりしています。ここではハエトリグサやミモザを入り口に、植物の電気信号、そして森の樹木へと広がる世界をのぞいてみましょう。

植物活動電位の主要数値電位差(振幅)−170→0mV脱分極持続時間1〜10動物の1,000倍伝導速度0.1〜10cm/秒種により幅大閾値刺激10度(毛変位)ハエトリグサ
図1:植物活動電位の主要数値(出典:Plant Physiology・Nature・植物生理学会総説)
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植物の活動電位とは ── 動物の神経とどう違う?

活動電位とは、細胞膜のイオンの通りやすさが一瞬変わることで膜の電位が急に変化(脱分極)し、また元に戻る(再分極)現象のことです。動物の神経では電位差70〜100mV、持続時間わずか0.5〜2ミリ秒、伝導速度は秒速1〜100mと超高速。一方、植物では持続時間が1〜10秒、伝導速度は秒速0.1〜10cmと、およそ1,000倍ゆっくりですが、原理はよく似ています。

違いはスピードだけではありません。動物がおもにナトリウム(Na⁺)チャネルを使うのに対し、植物は塩化物イオン(Cl⁻)とカルシウム(Ca²⁺)のチャネルで脱分極を起こします。また植物には神経細胞のような専用器官がなく、細胞どうしをつなぐ「原形質連絡」を通じて信号が伝わり、篩部(しぶ)を経由すれば植物体全体へ長距離に伝播できます。つまり植物は、神経系を持たないまま、機械刺激や食害といった情報を全身に届ける独自のシステムを進化させてきたのです。

ハエトリグサ ── 植物界最速級の捕虫運動

ハエトリグサ(Dionaea muscipula)は、北米のやせた湿地に育つ食虫植物。葉の表面にある感覚毛に昆虫が触れると、わずか100〜500ミリ秒で葉を閉じて獲物を捕らえます。これは植物の運動としては最速級です。

面白いのは、閉じるのに2回の刺激が必要なこと。1回目の接触で活動電位が起き、30秒以内に2回目が来ると、細胞内のカルシウム濃度が閾値に達して葉が閉じます。これは雨滴や落ち葉のような「偽の刺激」で無駄に閉じないための計数フィルターであり、1回目から2回目までの約30秒が、いわばハエトリグサの「短期記憶」。脳も神経もないのに、刺激を数えるカウンター機能を持っているのです。閉じる動きそのものは、凹型と凸型の2つの安定状態を行き来する「弾性座屈(snap-buckling)」という力学現象で、葉の中央部は時速1〜2kmにも達します。

ミモザ(オジギソウ)── 触れると葉を閉じる

ミモザ(Mimosa pudica、オジギソウ)は、葉に触れると数秒で小葉が閉じ、葉柄が下がるおなじみの植物です。これは葉の付け根にある関節「葉枕(ようちん、pulvinus)」の細胞が、活動電位をきっかけに膨圧(細胞内の水圧)を急激に下げることで起こります。具体的には、カリウム(K⁺)と塩化物イオンが一気に流れ出し、それにつられて水も抜けて、細胞がしぼむのです。葉が閉じるまで約1〜2秒、葉柄が下がるまで2〜5秒、もとに戻るには10〜30分かかります。戻るのに時間がかかるのは、ポンプを使って能動的にイオンと水を再び溜め直す必要があるからです。

分子レベルでは何が起きているのか

これらの電気信号を動かしているのが、いくつかのイオンチャネルと受容体です。機械刺激で開く機械感受性Ca²⁺チャネルが最初のカルシウム流入を起こし、陰イオンチャネルが塩化物イオンを流して脱分極を作り、カリウムチャネルが再分極や膨圧変化を担います。さらに、グルタミン酸を感じ取るGLR受容体が長距離の信号伝達に関わります。動物のナトリウムチャネルやグルタミン酸受容体とよく似た役割を、植物は独自の遺伝子ファミリーで実現しているわけです。動物と植物のシグナル系が、別々に進化しながら似た機能にたどり着いた——進化のおもしろさが詰まっています。

2018年にToyotaらがScience誌で発表した研究は象徴的でした。葉が虫にかじられた瞬間、グルタミン酸の放出をきっかけにカルシウムの波が秒速約1cmで全身へ広がり、防御物質ジャスモン酸の合成を起動する様子を、蛍光イメージングで鮮やかに捉えたのです。「植物の神経」として大きな話題になりました。

森の樹木にも電気信号は流れている

こうした研究はハエトリグサやシロイヌナズナなど小さな植物が中心でしたが、近年は樹木の電気信号にも目が向けられています。樹木は葉から幹、根まで距離が長く、伝達速度は秒速0.1〜1mm程度と草本よりさらにゆっくりですが、数m〜数十mにわたる長距離の信号が確認されています。ヨーロッパブナでは樹液の流れや気孔の開閉と電気信号が連動し、マツでは水ストレス時に幹の電位が変動することが報告されています。

とくに興味深いのが、地下の根を介した信号のやり取りです。ブナやマツでは、隣り合う木が地下の菌根菌ネットワーク(いわゆる「ウッド・ワイド・ウェブ」)を通じて水・栄養・化学物質を交換していることが知られていますが、最近の研究では電気的な信号もこのネットワークを介して伝わる可能性が示唆されています。森が単なる木の集まりではなく、地下でつながって「コミュニケーション」しているという視点は、Suzanne Simardらの研究を通じて広く知られるようになりました。まだ解明の途上ですが、森林生態系を理解するうえでわくわくするテーマです。

農業やセンサーへの応用も

植物の電気信号を理解することは、応用面でも期待されています。葉の表面の電位変動を計測して水分・栄養・病害虫のストレスを早期に見つける精密農業センサー、植物自身の信号をきっかけに灌漑や温度を自動調節するスマート温室、植物を環境センサーとして使うバイオセンサーなどです。いずれもまだ実証研究の段階ですが、IoTやAIの進展とあわせて、2030年代の実用化が見込まれています。

よくある質問

Q. 植物の活動電位は、動物の神経インパルスと同じものですか?

原理(イオンチャネルの開閉による膜電位の変化)は同じですが、速度は植物が約1,000倍遅く、使うイオンも違い(植物はCl⁻・Ca²⁺中心、動物はNa⁺中心)、植物には神経細胞がありません。なので「神経インパルスそのもの」ではなく、「神経インパルスに似た信号」と呼ぶのが正確です。

Q. ハエトリグサが2回触れないと閉じないのはなぜ?

無駄に閉じないための「計数フィルター」です。1回目の刺激から30秒以内に2回目があると、カルシウム濃度が積み重なって閾値に達し、葉が閉じます。雨滴や落ち葉のような偽の刺激は1回きりで終わるため、はじかれる仕組みです。閉葉には消化のエネルギーがかかるので、確実に獲物のときだけ閉じたいわけです。

Q. 植物にも「記憶」があるのですか?

ある種の記憶はあります。ハエトリグサの約30秒の短期記憶(カルシウム濃度の段階的な減衰)のほか、傷害の記憶や概日リズムなど、複数のレベルで記憶のような現象が確認されています。脳がない代わりに、細胞内のカルシウムや代謝物などが記憶の担い手として働いているのです。

まとめ

植物にも、振幅数十〜100mV・持続時間1〜10秒・秒速0.1〜10cmの活動電位が流れ、機械刺激や損傷、温度、光といった情報を全身に伝えています。ハエトリグサの素早い捕虫、ミモザのおじぎ、そして樹木の地下ネットワークを介した信号伝達まで——植物は決して「静かに突っ立っているだけ」の存在ではなく、電気と化学を使い分けて環境とやり取りする、動的な情報処理システムなのです。森を歩くとき、足元の地下で交わされているかもしれない無数の「会話」を想像してみると、見慣れた風景が少し違って見えてくるはずです。

関連記事

出典・参考

  • Toyota M et al. (2018) Science 361: 1112–1115
  • Volkov AG et al. (2007) Plant Physiology
  • Forterre Y et al. (2005, 2013) Nature, PNAS
  • 日本植物生理学会
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この記事を書いた人

ハウスメーカーで住宅の構造を担当したのち、林業の世界へ。林業・木材・建築の3領域を横断する視点で、Forest Eight の記事を編集しています。

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