【ブナ】Fagus crenata|冷温帯林の優占種、白神山地世界遺産と緑のダムの水源涵養戦略

ブナ | Forest Eight

白神山地の原生林、八甲田や越後の山々——日本の冷温帯の森を思い浮かべるとき、その主役はたいていブナ(Fagus crenataです。灰白色のすべすべした幹に、地衣類が水墨画のような斑紋を描く落葉広葉樹。木材としては曲木の椅子で世界中に知られ、森としては「緑のダム」と呼ばれて私たちの飲み水を支えています。木そのものより、ブナがつくる「森」が主役——そんな珍しい木です。

気乾比重0.65(0.55〜0.75)重硬広葉樹曲げ強度85-105MPa国産広葉樹で上位曲木加工蒸煮90℃適性大曲木椅子の主材白神山地世界遺産極相林の象徴
図1:ブナの主要スペック(代表値)
目次

どんな木? 冷温帯林をつくる主役

ブナはブナ科ブナ属の落葉広葉樹で、北海道の渡島半島から九州までの冷温帯(標高200〜1800mほど)に分布する日本固有種です。樹高25〜30m、大きいものは胸高直径2m、寿命は200〜400年。多雪で湿った北向き斜面を好み、しばしば他の木を交えずブナだけの「純林」をつくります。この純林をつくる力と長い寿命が、安定した森の土台になっています。

よく似たイヌブナとの見分けは樹皮で。ブナは灰白色でなめらか、イヌブナは黒褐色でざらつくのが目印です。葉のふちも、ブナは波打つようになだらか、イヌブナはギザギザ。足元に三角錐のような小さな堅果(ブナの実)が落ちていれば、ブナの森にいる証拠です。

木の年輪と木目のマクロ
木材の年輪・木目 (Photo by Engin Akyurt on Unsplash)

「緑のダム」——水を蓄える森

ブナ林が「緑のダム」と呼ばれるのは、雨や雪解け水を森全体でゆっくり受け止め、少しずつ川へ送り出すからです。秘密は分厚い落ち葉の層。ブナ林の腐植層は5〜15cmにもなり、1m²あたり40〜60リットルもの水をスポンジのように蓄えます。さらに林冠が雪を覆って融雪を1〜3週間遅らせるため、春の雪解け水が一気に流れ出すのを防ぎます。

結果として、洪水のピークをやわらげ、渇水期にも川の流れを保ち、水をきれいにします。最上川・阿賀野川・信濃川といった東北・北陸の大河川の水源域はブナ林に支えられており、その保全は飲み水・農業用水・水力発電の安定供給に直結しています。

白神山地——世界最大級のブナ原生林

ブナの森の象徴が、青森・秋田県境の白神山地です。約13万haの山域に、人の手がほとんど入っていない原生的なブナ純林が広がり、その規模は世界最大級。1993年に屋久島とともに日本で初めて世界自然遺産に登録されました(核心地域16,971haは完全禁伐)。クマゲラやイヌワシ、クマタカといった希少な生きものたちの大切なすみかでもあります。

ブナは5〜7年に一度、実を一斉に大量につける「マスト(成り年)」という性質をもちます。これがクマやノネズミ、鳥たちの食卓を左右し、近年は実の不作年にクマが市街地へ出てくることとの関係も研究されています。森の中の小さな木の実が、めぐりめぐって人里の暮らしにまで影響しているのです。

木材としての特徴——曲げて使う木

ブナ材は気乾比重0.55〜0.65の中くらいの重さで、よくしなって丈夫。広葉樹のなかでも構造性能は上位です。下の図はスギを基準にした比較で、強度・剛性ともにしっかりしているのがわかります。ただし耐朽性は低く、屋外や水回りには向きません。出番はもっぱら室内の家具やフローリングです。

ブナと主要針葉樹の力学特性プロファイル気乾比重曲げ強度圧縮強度せん断強度耐朽性ヤング率 ブナ スギ ヒノキスギを基準とした相対値(外側ほど高性能)
図2:ブナとスギ・ヒノキの力学特性比較

ブナの真骨頂は「蒸気曲げ(スチームベンディング)」です。90〜100℃の蒸気で材を軟らかくし、型に押し当てて曲げ、冷やして固定すると、なめらかな曲線が永久に残ります。19世紀にドイツのトーネット社がこの技術を産業化し、生まれたのが名作「No.14椅子」。累計5000万脚以上が作られた、デザイン史に残る一脚です。日本では飛騨高山の家具メーカーがブナの曲木家具をつくり続け、国産ブナの大切な活躍の場になっています。実のほうも、東北・北陸では焙煎して食べる伝統があり、香ばしいナッツとして親しまれてきました。

気候変動という長い宿題

ブナは暑さと乾燥に弱く、温暖化の影響をとくに受けやすい木です。各種の予測では、もっとも厳しいシナリオ(RCP8.5)のもとで、今世紀末にはブナの育つ範囲が現在の3〜5割にまで縮むとされています。標高の低い西日本や、九州南部の孤立した小集団は、局地的に消えてしまうおそれも。ブナが新天地へ移動する速さは温暖化の進行に追いつけないため、産地ごとの遺伝資源を保存したり、適地へ計画的に苗を植える「補助移植」を検討したりと、100年単位の対策が議論されています。

よくある質問

Q. ブナとイヌブナはどう違う?

樹皮の色が一番の決め手です。ブナは灰白色でなめらか、イヌブナは黒褐色でざらつきます。葉のふちもブナは波状、イヌブナはギザギザ。ブナのほうが高い標高に分布します。

Q. ブナは家として使える木?

耐朽性が低いので、柱や土台などの構造材より、家具・内装・フローリング向きです。屋外や水回りには不向きで、防腐処理をしても長持ちさせるのは難しい木です。

Q. なぜブナ林はスギ・ヒノキの人工林より水を蓄えるの?

落ち葉が分厚い腐植層(5〜15cm)をつくり、たっぷり水を含むからです。針葉樹人工林の腐植層は2〜5cmほど。さらに下草もよく茂るため、森全体の保水力が高くなります。

おわりに

ブナは、一本の木として優秀というより、「森」として私たちの暮らしを支える木です。世界遺産・白神山地の静かな原生林も、台所の曲木の椅子も、蛇口から出る水の一滴も、どこかでブナにつながっています。冷涼な山を歩いて、灰白色のなめらかな幹と波打つ葉に出会ったら、その足元に広がる豊かな水のことを、少し思い浮かべてみてください。

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この記事を書いた人

ハウスメーカーで住宅の構造を担当したのち、林業の世界へ。林業・木材・建築の3領域を横断する視点で、Forest Eight の記事を編集しています。

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