【ヒサカキ/姫榊】Eurya japonica|日本最普通の常緑低木、神事・仏事の供花樹種

ヒサカキ | Forest Eight
気乾比重0.65(0.60〜0.70(中重硬))中重硬・薪炭適性樹高3〜10m胸高径10〜25cm小型〜中型低木開花期3-4月雌雄異株・ガス臭送粉者:ハエ・甲虫輸入率約80%中国産が大半国産率約20%
図1:ヒサカキの主要スペック(含水率15%基準・代表値、市場流通比は業界推計)

春先、神社の境内や住宅地を歩いていて「ガス漏れ?」と一瞬ぎくりとする──その正体はたいていヒサカキ(姫榊・Eurya japonicaの花です。モッコク科ヒサカキ属の常緑低木で、シイ・カシ林の暗い林床から尾根筋、林縁、道端まで、日本の暖温帯林でこれほど普通に見かける木はそうありません。樹高はせいぜい3〜10m、胸高直径10〜25cmの中低木。地味な存在ですが、神事・仏事の供花としては誰もが一度は手に取っている、生活に密着した木でもあります。

目次

サカキとどう違う?──現場での見分け方

ヒサカキとよく混同されるのが本家のサカキ(Cleyera japonica。両者は同じモッコク科でも別属の別種で、見分けは三点でほぼ確実につきます。

  • 葉のふち:サカキは全縁でつるりと滑らか、ヒサカキは細かいギザギザ(細鋸歯)あり。ルーペなしの肉眼で分かる、これが最大の決め手です。
  • 葉の大きさ:サカキは7〜10cmと大ぶり、ヒサカキは3〜7cmと小ぶりで、ほぼ二倍の差。
  • 花:サカキは初夏に白い両性花、ヒサカキは早春3〜4月に雌雄異株の小花を咲かせ、例のガス臭を放ちます。

名前の由来も「姫榊」=サカキより小ぶりだから、という説が有力です(「非榊=サカキにあらず」説も)。ビシャ、ビシャコ、ササキなど地方名は多彩で、関東以北では本サカキの分布が限られるため、ヒサカキをそのまま「サカキ」と呼んで神棚に供える慣習が古くから定着しています。

あの「ガス臭」の正体

開花期にヒサカキが放つ強烈なにおいは、「都市ガス臭」「沢庵臭」「ガス漏れ臭」などと表現されます。化学的にはジメチルスルフィド類などの含硫化合物が主成分で、沢庵漬けや温泉の硫黄ガスと同じ仲間。腐敗物や排泄物に似たこのにおいでハエや小型甲虫を呼び寄せる「腐敗擬態」型の送粉戦略です。蜜源花の乏しい早春に送粉者を独占できる、なかなか抜け目のない適応といえます。実際、開花期にはガス漏れと誤認した通報が全国で起きており、神社や住宅地では「これはヒサカキの花です」と一言貼り出しておくと親切かもしれません。

神事・仏事の供花を支える木

本サカキが届かない関東以北では、ヒサカキが神棚・仏壇の供花の主役です。家庭の神棚では朔日(1日)と十五日の月2回が取り換えの基本作法。仏壇では命日・お盆・お彼岸の供花に用いられ、1世帯あたり年間20〜30回の取り換え機会があります。スーパーや花屋で200〜500円の小束として通年流通し、正月・お盆・春秋彼岸の三大需要期には流通量が平常時の2〜3倍に跳ね上がる、繁閑差の大きい商材です。神社本庁の見解では「正式には本サカキ」とされますが、日常祭儀での代用は地域慣習として広く認められています。

ただしこの市場、流通量の約8割は中国産輸入に依存しているのが実情です。高知・徳島・南九州などの中山間地ではJAや森林組合が短伐期施業(5〜10年で枝採取)による国産化を進めており、森林環境譲与税を原資とした特用林産物供給林の整備とも組み合わさっています。国産品は輸入の1.5〜2倍の単価ながら、鮮度と葉色の良さで神社・寺院やふるさと納税返礼品に着実な需要を確保しています。譲与税の詳細は【森林環境譲与税とは】629億円規模・市町村実施率82%の最新動向を参照ください。

ヒサカキの主用途1神事・仏事の供花2家庭神棚・仏壇3薪炭材4生垣
図2:ヒサカキの主用途

耐陰性の鬼、そして里山の名脇役

ヒサカキの真骨頂は、その並外れた耐陰性です。林冠が閉じた相対光量子束密度2〜5%という暗い林床でも稚樹が長く生き延び、アオキと並んで「林床耐陰性の二強」と呼ばれます。黒紫色に熟す液果はヒヨドリ・メジロ・ツグミなどに食べられ、糞を介して広く散布されるため、耕作放棄地や道路法面にもどんどん侵入します。萌芽力も非常に強く、伐っても切り株から十数本の芽を吹くので、かつての薪炭林の循環利用を支えてきました。

一方、放置された二次林ではヒサカキが林床を覆い尽くし、カタクリやイチリンソウといった絶滅危惧の林床草本を圧迫する例も報告されています。里山管理では「攻めの間伐」とヒサカキ層の段階的な疎開を組み合わせる必要があり、譲与税を使った里山再生事業でも中低木の選択的除去がメニューに組み込まれています。なお材は気乾比重0.60〜0.70の中重硬材ですが、小径材しか取れないため用材流通はほぼなく、今や経済価値の中核は枝物(供花)です。

庭木・生垣として

耐陰性・耐潮性・耐剪定性のそろったヒサカキは、庭木・生垣としても優秀です。建物の北側や日陰でも健全に育ち、強剪定にも耐え、病害虫もほとんど出ません。年1〜2回の刈り込みで維持でき、初心者向きの常緑樹といえます。ただし雌雄異株なので、赤黒い実を楽しみたいなら雌株を選ぶこと。苗木購入時に「雌株指定」を確認すると確実です。生垣では雄株を1〜2割混ぜておくと送粉がうまくいきます。

気候変動下の北上

ヒサカキは本サカキより約400km北まで分布する温暖適応種で、温暖化に伴い分布北限がさらに北へ動く傾向が観察されています。環境省の影響評価などでは、2050年代までに現北限から60〜120km北上し、青森県沿岸や北海道南西部(函館・松前周辺)が侵入候補地になると予測されています。林床下層の種は林冠木に先んじて移動することが多く、ヒサカキは「照葉樹林域拡大の先行指標」として植生モニタリングの注目種となっています。

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この記事を書いた人

ハウスメーカーで住宅の構造を担当したのち、林業の世界へ。林業・木材・建築の3領域を横断する視点で、Forest Eight の記事を編集しています。

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