「国産材ホテル」と聞くと、ロビーの梁が剥き出しになった写真を思い浮かべる人が多いかもしれません。でも本当に面白いのは、その木がどこから来て、誰が伐り、宿の体験にどう還ってくるか——という一本のストーリーが、建物の中に編み込まれている点です。ここでは青森・八戸を出発点に、北海道東川、飛騨高山、京都・奈良、そして北欧まで、地域材を活かした宿の系譜をたどります。
なぜ八戸なのか
八戸は人口約22万人、青森県第2の都市です。全国有数の水揚げを誇る漁港を抱え、種差海岸(三陸復興国立公園)、ウミネコの繁殖地・蕪島、ユネスコ無形文化遺産の八戸三社大祭——観光資源が小さなエリアに密集しています。新幹線八戸駅から市街地まで車で15分ほどという足の良さも、宿づくりには追い風です。
もうひとつ見逃せないのが、青森が日本有数の林業県だということ。県土の約66%が森林で、なかでも青森ヒバは木曽ヒノキ・秋田スギと並ぶ「日本三大美林」の一角です。海の幸と木の文化が同居する街——この組み合わせ自体が、地域材ホテルの土台になっています。
地域材の使いどころ
地域材ホテルの設計でいちばん悩ましいのは「どこに何を使うか」の配分です。流通量の多い青森県産スギは、柱・梁から床・羽目板・天井まで惜しみなく。一方、生産量の限られる青森ヒバは希少材なので、浴室や洗面まわり、特注家具といった「香りと水に強い」部位に集中させるのが定石です。
ヒバが浴室で重宝されるのは、含有成分ヒノキチオール(β-ツヤプリシン)の抗菌・防虫・芳香作用が裏付けられているから。森林総合研究所などの研究でも抗菌スペクトルが報告されており、湯に浸かったときの独特の香りは、温泉文化を木の空間で再現する切り札になります。
構造材としては、地域材を含むCLTパネルや集成材を主役に据えます。柱や梁を太く組み、6〜8mスパンの大空間でロビーやレストランを抜けさせる。最近は「この内装は県西海岸地区産スギ・樹齢60年」といったトレーサビリティを客室のQRコードで見せ、伐った林業者の名前まで添える宿も出てきました。木が「素材」から「物語」に変わる瞬間です。
客室とウェルネスの体験
共用部の天井は青森スギの羽目板、壁面には南部裂織や津軽塗といった地域作家の手仕事。客室は無垢のスギ床に、浴室は青森ヒバ。湿度は45〜55%あたりに保たれ、木材の経年変化と相性のよい環境がつくられます。
食事は八戸せんべい汁、いちご煮、サバ料理、十和田バラ焼きといった郷土の味。木の器に地の食材を盛ることで、「地材地消」が建物だけでなく食卓にも広がります。サウナや岩盤浴にヒバを取り入れ、湯治文化の現代版として打ち出す宿もあります。
寒冷地・地震・防火を木でどう越えるか
東北の沿岸部は、積雪・凍結・塩害・地震が重なる過酷な環境です。本州中部以南より設計のハードルは高くなります。
地震対策では、CLTの面内せん断耐力を活かした耐力壁配置に制振ダンパーを併用。寒冷地対応では、樹脂サッシ+トリプルガラスの高断熱・高気密化を図ります。木造は断熱の施工性がよいのが利点です。防火面は、柱・梁の外周に「燃えしろ」を見込む燃えしろ設計、スプリンクラー、防火区画で建築基準法・消防法の旅館ホテル基準に適合させます。階下のロビーや厨房はRC、上層の客室棟はCLT+集成材という階層別ハイブリッドが現実的な解です。
悩みどころは客室間の遮音。CLTスラブに乾式二重床と遮音マットを重ねる複層構成で、上下階の衝撃音を抑え込みます。このあたりのノウハウは業界全体でまだ蓄積の途上です。
東川・飛騨高山・京都奈良——四者四様
地域材ホテルの面白さは、土地ごとに「効かせ方」がまったく違うところにあります。
北海道・東川町は「写真の町」「家具の町」。大雪山旭岳の麓で、道産カラマツのCLTを使い、旭川・東川の家具メーカーと客室をコラボさせます。写真文化と家具産業を宿に編み込むのが、この町ならではの戦略です。
飛騨高山は森林率が9割を超える林業地。江戸期から続く「飛騨の匠」の技を継ぎ、築100年超の本館を耐震改修しながら、飛騨スギ・ヒノキの新館を増築する「混在型保存」が進みます。飛騨牛や地酒と一体になった、泊まれる伝統工芸館です。
京都・奈良は世界遺産を背負う土地。景観条例と連動しながら、町家1棟貸しや吉野スギ・吉野ヒノキを使った小規模ラグジュアリーが続々と開業しています。客室20室以下、地元工芸と一体化した内装で、インバウンドの富裕層を迎えます。
北欧という先輩たち
木造ホテルの先進地は、やはり北欧です。スウェーデン・スケッレフテオの「The Wood Hotel at Sara Cultural Centre」(2021年開業、White Arkitekter設計)は20階建ての全木造で、世界最高層クラス。ノルウェーのMjøstårnet(18階建・85.4m)も、ホテルを含む複合施設として知られます。
北欧は国産トウヒ・マツのCLTとグルーラムを多用し、パッシブハウス基準の高断熱で、オーロラやサウナといった自然体験と一体化させます。日本との違いは規模と気候。一方で日本側には、伝統工芸・食文化・温泉という独自の軸があります。北欧の高層化ノウハウと日本の文化的厚みは、互いに学び合える関係です。
採算と、これからの課題
木造ホテルの建設費は、RC造に比べて坪単価で5〜20%ほど上振れするのが一般的です。この初期コストが中小事業者には参入障壁になります。一方で、客単価のプレミアム化、物販や体験プログラムの上乗せ、ESG関連の資金調達コスト低減といったメリットがあり、ブランド価値まで含めれば十分に競争力があります。
残る課題は、木質外装の塗装サイクルなどメンテナンス負担、防火協議のリードタイム、ウッドショック以降の木材価格の変動、そして木造大規模建築を扱える設計・施工人材の不足です。観光庁の高付加価値化事業、林野庁のCLT実証事業、内閣府の地方創生推進交付金、各自治体の地域材助成といった支援制度を組み合わせながら、こうしたハードルを一つずつ越えていくことになります。
木が素材としてだけでなく「その土地の物語」として宿に組み込まれたとき、建物は地域そのものを語り始めます。八戸・東川・飛騨・京都奈良——四者四様の宿は、地方創生と林業と観光を一本につなぐ、これからの日本らしい宿の形を指し示しています。

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