「菌類ライブラリ」と聞いても日常では縁がなさそうですが、これは研究や産業を陰で支える地味で巨大なインフラです。実は日本は、保存している菌株の数で世界トップクラス。NBRC・JCM・FFPRIという三つの機関が役割を分担しながら、合わせて20万株を超えるコレクションを維持しています。この記事では、その三本柱の違いと、森林菌類の強み、分譲の手続き、そして菌を「正しく名づける」DNAバーコードの仕組みまでを、ざっくり見ていきます。
三本柱の役割分担
同じ「菌を預かる機関」でも、それぞれ得意分野が違います。最大規模のNBRC(NITE、千葉県木更津)は産業利用が主目的で、酒造・醸造・抗生物質工業由来の歴史的な菌株を多数持っています。理研のJCM(つくば)は学術研究向けの基準株(その種の「お手本」となるタイプ株)が中心。そして森林総合研究所のFFPRIは、白色腐朽菌・褐色腐朽菌・外生菌根菌など森林由来の菌に特化し、この分野では世界有数の質を誇ります。
| 機関 | 運営主体 | 主要分野 | 保有規模(2024) | 分譲料金(学術/産業) |
|---|---|---|---|---|
| NBRC | NITE(経産省) | 産業利用、酵母・糸状菌・放線菌 | 約 100,000 株(菌類 約40,000) | 5,500 円/15,400 円〜 |
| JCM | 理研 BRC | 学術研究、タイプ株中心 | 約 90,000 株 | 6,600 円/22,000 円〜 |
| FFPRI | 森林研究・整備機構 | 森林菌類、腐朽菌・菌根菌 | 約 15,000 株 | 機関間 MTA ベース |
いずれも歴史は古く、NBRCは1981年設立の発酵研究所(IFO)コレクションを2002年に承継、FFPRIにいたっては1958年の林業試験場時代から菌株を守り続けています。半世紀以上、生きた菌をバトンのようにつないできたわけですね。
菌を「生かしたまま」保存する技術
菌株保存の肝は、何十年経っても生きていて、しかも遺伝的に同じであること。主力は超低温凍結保存(液体窒素 −196℃など)で、10〜30年スパンの保存が可能。糸状菌で90〜98%、酵母で95%以上が復元できます。さらに長期向けにはL乾燥・凍結乾燥があり、ガラスアンプルに真空封入すれば30〜50年の超長期保存も狙えます。NBRCは液体窒素タンクを二重化し、停電や地震でコレクションが失われないよう備えています。
地味ですが重要なのが品質管理。各機関ともISO 9001などに準拠し、寄託時にDNAバーコード(ITS、LSUなど)と形態を照合して「本当にその菌か」を確かめてから受け入れます。取り違えや汚染があっては、研究の土台が崩れてしまいますからね。
森林菌類はFFPRIの独壇場
森林菌類のなかでも、FFPRIのコレクションには見どころがあります。マツタケやトリュフを含む外生菌根菌はマツタケ単離株が約200系統、Tricholoma属全体で500株超を保存し、人工栽培研究の基盤に。白色腐朽菌ではカワラタケやヒラタケなどを揃え、リグニン分解酵素(マンガンペルオキシダーゼ、ラッカーゼ)研究の世界拠点となっています。マツノザイセンチュウ共生菌やナラ枯れ病原菌といった森林病原菌も保存され、森林病害研究を国内外から支えています。
菌株を分けてもらうには
研究者が菌株を入手する流れはシンプルです。Webの申込フォームで菌株番号と利用目的を入力し、MTA(物質移転契約書)に電子サインして入金すれば、2〜4週間でアンプルやストローが届きます。料金の目安は、学術利用が1株5,500〜6,600円、産業利用が15,000〜22,000円ほど。海外へ送る場合は名古屋議定書(ABS)の手続きが加わり、6週間程度かかります。日本は2017年にこの議定書を批准しており、海外で採集された菌株を使うときは採集地や許可番号の管理が求められます。
菌の「名前」を支えるDNAバーコード
菌の同定で標準となる分子マーカーはITS領域で、2012年に真菌の公式バーコードとして国際採択されました。これに加えてLSUやtef1-αなどが補助的に使われます。NBRC・JCMは分譲株すべてにITS配列を付与し、GenBank(米)・ENA(欧)・DDBJ(日)という三大データベースに登録。菌類専門のUNITE(エストニア)はメタゲノム研究の標準参照源になっています。
| マーカー | 長さ | 用途 | 登録 DB |
|---|---|---|---|
| ITS | 約 500〜700 bp | 種レベル同定(公式バーコード) | GenBank, UNITE |
| LSU(28S) | 約 600 bp | 属〜科レベル系統 | GenBank, SILVA |
| SSU(18S) | 約 1,800 bp | 門〜綱レベル系統 | GenBank, SILVA |
| tef1-α | 約 1,000 bp | 近縁種識別(Fusarium 等) | GenBank, FusariumDB |
世界とつながる「生きた標本館」
日本のライブラリは、世界微生物株保存機関連盟(WFCC、75カ国・約700機関)を通じて世界とつながっています。ATCC(米)、Westerdijk(旧CBS-KNAW、菌類専門で世界最大の約10万株)、DSMZ(独)、CABI(英)といった主要機関と相互寄託協定を結び、重要なタイプ株を複数拠点で冗長保存。大規模災害でひとつの機関が失われても、人類共有の生物資源が消えないようにする保険のような仕組みです。
日本菌類は推定16,500種のうち記載済みが約8,000種と、まだ半数が未記載のまま。菌類ライブラリは新種発見・記載・タイプ株保存の最前線でもあり、近年は全ゲノム解析やAIによる同定支援も取り入れて、静かな「保存庫」から動的な「データプラットフォーム」へと姿を変えつつあります。
よくある質問
Q. 菌株の分譲を受けるには?
各機関のWebサイトから申込書をダウンロードし、目的・利用条件を記載して提出します。学術目的で1株5,500〜6,600円、産業利用で15,000〜22,000円が目安。MTAの電子サインと入金確認を経て、2〜4週間で発送されます。
Q. 海外の菌株を入手したいときは?
WFCC加盟機関を通じてATCC(米)やWesterdijk(蘭)などから入手できます。名古屋議定書対応のABS手続きや、種によってはCITES(輸入許可)が必要です。
Q. 新発見の菌類はどう登録する?
ITSなどのDNA配列をGenBank・DDBJに登録し、形態記載と組み合わせて学術誌に発表。さらに菌株をNBRC・JCMなど二か所以上の公的コレクションに寄託し、MycoBankで登録番号を取得すると正式記載となります。

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