「地球の肺」と呼ばれてきたアマゾン熱帯雨林ですが、その評価は静かに、しかし大きく書き換わりつつあります。きっかけは、Luciana Gatti(ブラジル国立宇宙研究所INPE)らが2021年にNature誌へ発表した観測論文でした。長年「巨大な炭素吸収源」とされてきた森が、地域によってはすでに炭素を吐き出す側に回っている——大気を直接測ったデータがそれを突きつけたのです。本稿では、この決定的な論文と、2024〜2025年の最新追跡データを合わせて、いまアマゾンの炭素収支がどこに向かっているのかを整理します。
Gatti 2021:森が「炭素ソース」に転じた実測
Gatti らの論文(Nature 595: 388–393, 2021)は、4つの観測点で2010〜2018年の9年間に590回もの航空機観測を行い、地上から高度4.4kmまでのCO2とCOを連続計測した労作です。COは火災由来の炭素を追跡する目印として使われました。
分かったことは大きく3つ。まず、アマゾン東南部は火災を除いた生物起源の収支でも明確に炭素を放出していたこと。次に、その東南部は過去40年で森林面積が30%減り、乾季の降水量が25%減、乾季気温が1.5℃上がっており、森林破壊と気候変動が二重に効いていること。そして、破壊の少ない西部はまだ吸収源として機能しているという、はっきりした地域格差です。
推計頼みだったアマゾンの炭素収支を、大気組成の直接観測で裏づけた——ここにこの論文の重みがあります。Gatti らは、いまの破壊と気候のトレンドが続けば流域全体がソース化する閾値に近づく、と警告しました。
2024〜2025年の追跡:薄氷を踏む吸収源
Amazon Conservation が運営するMAAPは、衛星と機械学習を組み合わせてアマゾン全域の炭素を高解像度で推計しています。そのMAAPレポートが示す数字は、楽観も悲観も許さない微妙なものでした。
- 地上部炭素蓄積量は56.8 Gt C(2024年)。2013年比で純増は+64.7 Mt C。
- 10年でわずか+0.1%の純増にとどまり、破壊による損失と二次林の回復がほぼ拮抗。
- 保護区・先住民居住区域は明確な吸収源で、2013〜2022に+257 Mt CO2を吸収。
つまり「アマゾンはまだ吸収源」と言えても、その吸収量は破壊の速さに対して細く、わずかな乾季強化や火災ひとつでソース側へ傾く危うい構造になっている、ということです。
2024年の大干ばつと再ソース化リスク
2024年、アマゾンは記録的な干ばつと火災に見舞われました。INPEの集計では年間11,088km²の森林損失(およそ1日30km²)。MAAPは「2024年の激しい干ばつと火災を受けて、アマゾンは再び炭素ソースに戻る可能性がある」と明言しています。火災由来のCO2排出は通常年の2〜3倍規模に達したと見られ、確定値は2025年中の継続観測で示される予定です。
東南部 vs 北西部:地域格差が政策を決める
Gatti 2021が突きつけた一番のメッセージは、流域を一つの数字に丸めると本質が見えなくなる、ということです。地域に分けると景色はまるで違います。
| 地域 | 主な状況 | 炭素収支 |
|---|---|---|
| 東南部(Mato Grosso・Pará南部) | 森林破壊30%・乾季降水-25%・乾季+1.5℃ | 明確な放出源 |
| 東北部(Pará北部) | 部分劣化森林 | 弱い放出源 |
| 北西部(Amazonas州・Roraima) | 原生林優位・降水安定 | 明確な吸収源 |
| 南西部(Acre・Rondônia) | 原生林+一部劣化 | 弱い吸収源 |
だとすれば、流域全体の収支を守る鍵は、まだ吸収源として生きている北西部(ペルー・コロンビア・ブラジルAcre州など)の保護をいかに固めるか、にあります。ブラジルのLula政権は2023年以降に監視を強化し、森林破壊を2022年の高水準から9,001km²まで縮小させました。ただ2024年の干ばつ・火災で、その成果はあっさり押し戻されてしまいました。
CO2施肥効果という「希望」のゆらぎ
大気CO2の増加は理屈のうえでは光合成を後押しする「施肥効果」を生みます。しかしBrienen らの長期プロット観測(Nature 2015)は、アマゾン熱帯林がバイオマスを増やす速度が1990年代以降むしろ鈍っていることを報告しました。気温上昇と乾季の強まりによる樹木死亡率の上昇が、施肥効果を相殺しつつあるという読み解きです。さらにLovejoy & Nobre(Science Advances 2018)の「ティッピングポイント仮説」では、累積森林破壊が20〜25%を超えると乾燥化が不可逆に進む恐れが指摘されており、現在の累積破壊はおよそ17〜18%。閾値は、もう遠い話ではありません。
日本とアマゾン:木材・EUDR・クレジット
アマゾン熱帯材が日本の木材輸入に占める割合は限定的ですが、無関係ではいられません。EUの森林破壊フリー規則(EUDR、2025年12月適用予定)は、大豆・牛肉・木材・カカオなどについて「2020年末以降の森林破壊地由来でない」ことの証明を求めます。アマゾン由来材の流通は今後さらに制約され、日本の商社・メーカーにもサプライチェーン情報の整備が波及していく見通しです。調達側の実務としては、FSC認証・PEFC/SGEC認証のCoC管理がいよいよ問われます。途上国でのCO2削減を対象とするJCM(二国間クレジット制度)も、ペルー・コロンビアの森林保全で活用余地があり、企業のScope 3排出削減の文脈で重みを増しそうです。
よくある質問
「アマゾンが地球の肺」は正確?
厳密には誤解を含みます。熱帯林が生む酸素は、その林自身が消費する分とほぼ釣り合うため、正味の酸素供給という意味では大きくありません。「地球の肺」は、むしろ膨大な炭素を貯め込んでいる量の大きさを指す比喩、と理解するのが適切です。
アマゾン保全に日本ができることは?
木材・農産物のサプライチェーンの透明化(FSC・EUDR対応)、JCMクレジットの組成、JICAや国際金融機関を通じた支援、企業のScope 3排出削減での熱帯林由来製品の精査などが、具体的なアクションになります。

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