世界森林炭素吸収量の再計算:Pan & Birdsey 2024 Natureが示す3.5 Pg C/年の持続性

界森林炭素吸収量の再計算 202 | Forest Eight

地球の森林は、いったいどれだけのCO2を吸い込んでいるのか——これは気候変動対策の根っこにある定量問題です。森林破壊や大規模火災が続くなか、多くの研究者は「世界の森林吸収量は減っているはずだ」と予測してきました。ところが2024年7月、Nature誌に載ったPan & Birdseyらの大規模再計算は、その予想を裏切ります。世界の森林は、過去30年にわたって約3.5 Pg C/年(35億トン、CO2換算で約128億トン)という吸収量を、驚くほど安定して保っていたというのです。本稿では、この研究が何を明らかにし、日本の森林にとって何を意味するのかを読み解きます。

目次

Pan & Birdsey 2024——「持続する炭素吸収源」

米国USDA森林局のYude PanとWoodwell気候研究センターのRichard Birdseyを中心とする17名のチームは、世界の森林を北方林・温帯林・熱帯林の3つに分け、11カ国の地上インベントリ(実際に立木を測った森林資源データ)を集めて、1990年代・2000年代・2010年代の炭素フラックスを計算しました。立木材積から地上部・地下部・枯死木・落葉・土壌までの炭素プールを積み上げ、森林破壊や火災による損失も差し引いた、地道で精緻な作業です。

結論は、世界森林の吸収量が約3.5 Pg C/年でほぼ一定に保たれていた、というもの。同チームの2011年Science論文の値と整合し、その後10年も持続していました。論文タイトルがそのまま「The enduring world forest carbon sink(持続する世界の森林炭素吸収源)」。Birdsey自身が「この持続性は驚くべきことだ」と語っています。なお、この値は世界全体の人為CO2排出量のおよそ30%に相当し、森林がいかに巨大な吸収源かを物語ります。

安定の裏で進む「二極化」

ただ、ここが肝心なところです。世界全体は安定でも、地域ごとに見ると景色はまったく違いました。失われている森と、回復している森が、ちょうど打ち消し合っていたのです。

森林タイプ 地域 10年間の変化 主な要因
温帯林 米国・欧州・中国・日本 +30 ± 5% 植林・天然回復、面積拡大
熱帯再生林(二次林) 東南アジア・南米・アフリカ +29 ± 8% 放棄農地の自然再生
北方林 シベリア・カナダ・アラスカ -36 ± 6% 火災増加、害虫被害
熱帯原生林 アマゾン・コンゴ盆地・東南アジア -31 ± 7% 森林破壊、劣化

つまり「世界平均が安定」というのは、内実が穏やかという意味ではありません。むしろ大きな構造変化が水面下で進んでいて、たまたま帳尻が合っている、という危うい均衡なのです。温帯林(とりわけ中国の大規模植林)と熱帯の二次林が伸び、北方林の火災と熱帯原生林の劣化がそれを食いつぶしている——そんな綱引きが続いています。

世界森林炭素吸収量の地域別変化 温帯林+30%、熱帯再生林+29%、北方林-36%、熱帯原生林-31%。世界全体は安定。 世界森林炭素吸収量 地域別変化(2010年代) 基準(変化0) +30% 温帯林 +29% 熱帯 再生林 -36% 北方林 -31% 熱帯 原生林 ↑増加 ↓減少 世界全体: 3.5 Pg C/年(≒128億トンCO2/年)でほぼ一定 出典: Pan, Birdsey et al. 2024, Nature 631: 563-569
図1:世界森林炭素吸収量の地域別変化(Pan & Birdsey 2024 Nature より作図)。

3つの観測系統が、ほぼ同じ答えに収束した

この研究のもうひとつの意義は、独立した観測手法どうしが同じ結論に行き着いたことにあります。世界森林の炭素吸収量を測る方法は、大きく3系統あります。

系統 強み 弱み 代表事例
地上インベントリ 樹種・齢級別の精緻な計算 調査国が限られる、頻度が低い Pan & Birdsey 2024、米国FIA
衛星リモセン 網羅性・時系列・劣化検出 地下部・土壌が見えない NASA GEDI、Global Forest Change
大気逆解析 フラックスを直接推定 陸海分離・解像度に制約 OCO-2、GOSAT、CarbonTracker

衛星と大気逆解析は以前から「世界森林は約3 Gt CO2/年規模の純吸収源」と示してきました。Pan & Birdsey 2024は、それを地上の実測データから独立に再現したのです。3系統が概ね収束したことは、IPCC AR6が示した数値とも整合し、気候政策の土台を大きく固めました。とはいえ系統間に数十%のずれは残っており、とくに熱帯の「劣化」(面積は維持されたまま炭素密度が下がる現象)の評価は、いまも大きな課題です。

負の要因だらけなのに、なぜ安定したのか

この10年、森林にとって逆風は強烈でした。世界の森林破壊は年間約460万haで続き、2019年の豪州、2020年の米西部、2023年のカナダと大規模火災が頻発し、北米や欧州では害虫被害も拡大しました。それでも全体の純吸収量が維持された背景には、いくつかの正の要因があります。米国・欧州・中国が長年積み上げてきた植林の蓄積効果(中国だけで4億ha超の人工林)、放棄農地が二次林へと回復する熱帯再生林の急成長、そして大気CO2濃度の上昇による光合成の促進(CO2施肥効果)です。これらが、北方林と熱帯原生林の損失をちょうど打ち消す形で働いていました。

ただし、この均衡が将来も続く保証はありません。CO2施肥効果は窒素やリン、水が不足すれば頭打ちになることが屋外実験で確かめられていますし、熱波・干ばつによる枯死、北方林の山火事の急増は、温暖化が進むほど深刻化すると予測されています。Pan & Birdsey 2024自身も、高排出シナリオでは数十年以内に森林が純放出側へ反転しうると警告しています。「持続性」とは、放っておいても続く安定ではなく、再造林や植林という人の手を止めれば縮んでいく動的な均衡なのです。

日本の森林吸収量——静かな下方修正

では日本はどうでしょうか。日本の森林(約2,500万ha)は年間およそ4,000〜5,000万トンCO2を吸収しており、世界全体の0.3〜0.4%にあたります。ただ、その見込みはこのところ静かに下方修正されてきました。

日本の森林吸収量見込みの変遷 2014年4500、2020年3800、2024年2300万t-CO2/年へ低下 日本の森林吸収量見込みの推移(万t-CO2/年) 5000 4000 3000 2000 0 4,500 2014 3,800 2020 2,300 2024 出典: 環境省GHGインベントリ報告書、林野庁森林吸収源インベントリ各年版
図2:日本の森林吸収量見込みの低下トレンド。人工林高齢化と算定精緻化が主因。

2030年度の温暖化対策計画で当初3,800万トンCO2/年を見込んでいた森林吸収量は、最新インベントリでは2,300万トンCO2/年前後へと下がりました。理由は主に3つ。戦後に植えたスギ・ヒノキが成熟期を超えて成長量が落ちてきたこと、2019 IPCC Refinementを反映して土壌・枯死木の扱いがより保守的になったこと、そして保安林・国有林の取扱い見直しです。この差分1,500万トンは、日本の家庭部門の年間排出の約1割にあたる規模で、46%削減目標の達成可能性をめぐり議論が続いています。

もっとも、Pan & Birdsey 2024が示した「温帯林の吸収量+30%」というトレンドは、希望でもあります。再造林率を現状の3〜4割から6割超へ引き上げ、成長の早いエリートツリーを本格導入し、施業を集約化して生産コストを下げる——こうした手を着実に打てば、日本でも吸収量の回復は十分に可能だ、と示唆しているからです。森林環境譲与税J-クレジット制度といった仕組みも、この文脈の中でこそ意味を持ちます。

よくある質問

「森林吸収量が安定」=森林が健全、ということ?

必ずしもそうではありません。安定しているのは世界平均であって、北方林や熱帯原生林では大幅な減少が進んでいます。「平均値の安定」が意味するのは、増えている地域と減っている地域が相殺し合っているということ。地域ごとの評価は欠かせません。

アマゾンの炭素ソース化と矛盾しない?

矛盾しません。Pan & Birdsey 2024でも熱帯原生林の吸収は-31%と減っており、アマゾン東南部の劣化がその減少を主導しているという見立てと、方向性が一致しています。

NDCの森林吸収量が下方修正された原因は?

主に3点です。人工林の高齢化による成長量の低下、2019 IPCC Refinementを反映した算定方法の保守化(土壌・枯死木プールの扱い)、そして保安林・国有林の取扱い見直しです。これらが重なり、当初3,800万トンCO2/年の見込みが2,300万トン前後へ修正されました。

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この記事を書いた人

ハウスメーカーで住宅の構造を担当したのち、林業の世界へ。林業・木材・建築の3領域を横断する視点で、Forest Eight の記事を編集しています。

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