キノコを傷つけると、断面からじわりと乳液がにじみ出る——そんな仲間がいます。チチタケ属(Lactarius)です。属名はラテン語のlac(乳)に由来し、和名の「乳茸」もこの性質をそのまま映しています。栃木県では「ちたけ」と呼ばれ、夏のお盆に欠かせない郷土の味。同時にこの仲間は、地中で木の根と手を結び、森の養分と水を支える縁の下の力持ちでもあります。食卓と森、その両面からチチタケ属をのぞいてみましょう。
乳液を出す、という個性
チチタケ属は担子菌のベニタケ目チチタケ科に属し、世界に500種超、日本にも約100種が知られる大きなグループです。近縁のベニタケ属とともに、子実体が脆くて粒状にポロッと砕ける独特の質感を持ちます。両者を分けるのが、まさに「乳液を出すかどうか」。傷口から白・橙・赤紫の液をにじませるのがチチタケ属の証です。
分子系統の研究が進み、かつてLactariusに含まれていた熱帯系の種の一部は、新しくLactifluus属として分けられました。アフリカや東南アジアではこのLactifluusの食用種が重要な食料になっています。なお日本産のチチタケ属は、その3割ほどがまだ正式に記載されていない種(隠蔽種を含む)と推定されており、分類の研究はまだ道半ばです。
木を選んで結ぶ
チチタケ属の大きな特徴は、樹木との「相手を選ぶ」共生関係です。種ごとに組める木がほぼ決まっていて、それが分布のパターンを決めています。
| 種 | 主な宿主 | 食用性 | 備考 |
|---|---|---|---|
| チチタケ(L. volemus) | ブナ・ナラ・コナラ | 食用 | 栃木の郷土食材、白い乳液 |
| アカハツ(L. laeticolor) | アカマツ・クロマツ | 食用 | 橙色の乳液、青変 |
| ハツタケ(L. hatsudake) | マツ類 | 食用 | 橙→緑→青へ変色 |
| L. deliciosus | ヨーロッパアカマツ | 食用珍重 | 欧州・カタルーニャで秋の味覚 |
| ケコガサタケ(L. piperatus) | ナラ・ブナ | 強辛味・食不適 | 白い辛味種 |
| カラハツタケ(L. torminosus) | カバ類 | 有毒 | 傘縁に綿毛、北方林 |
チチタケはブナ科の樹に広く対応するジェネラリストですが、アカハツやハツタケはマツ属に限られるスペシャリスト。後者は宿主の森が減れば一緒に姿を消すため絶滅リスクが高く、欧州ではいくつかの種がレッドリストに載っています。
地中で木を支える
チチタケ属はすべて「外生菌根菌(ECM)」です。菌糸が木の細い根を鞘のように包み、その内側で根の細胞のすき間にハルティッヒ網と呼ばれる網目構造を作って、木と化学物質をやり取りします。
この関係で何が起きているのか。菌糸のネットワークは根の数百倍にも広がり、土の中の水や窒素・リン・カリウムをかき集めて木に渡します。代わりに木は、光合成で作った糖を菌に分け与える——その量は木の全光合成産物の1〜3割、研究によっては最大4割に達するとされます。さらに菌糸の鞘は根の乾燥を防ぎ、病原菌の侵入を物理的に阻むバリアにもなります。チチタケ属の乳液に含まれるラクタラン類というセスキテルペンには抗菌作用があり、化学的な防御にも一役買っています。
近年注目されるのが、この菌糸ネットワークが複数の木を地下でつなぐ「ウッドワイドウェブ」。ブリティッシュコロンビア大学のスザンヌ・シマードらの実験では、大きな母樹から若木へ炭素が送られることが確かめられ、チチタケ属もこうしたネットワークの一員として働いている可能性があります。木々は地中で、思いのほか密につながっているのです。
栃木の「ちたけ」
このチチタケ属の代表種チチタケを、ひとつの食文化にまで高めたのが栃木県です。江戸期から続く「ちたけ」の食文化は、今も活発に受け継がれています。
主役はちたけうどん。チチタケと茄子を醤油とみりんで煮た出汁にうどんを浸す、夏の郷土料理です。チチタケの強い旨味が茄子に染み込み、独特の風味になります。宇都宮・鹿沼・佐野あたりの老舗うどん店では、8〜9月だけの限定メニュー。日光や那須では蕎麦版も人気です。佐野や鹿沼では「お盆に親戚が集まったらちたけうどん」が定番という家庭も多いといいます。
生のチチタケが出回るのは8月初旬から9月にかけてのひと月ほど。県内の市場や直売所で1kgあたり3,000〜10,000円超の高級食材として並びます。豊作の年は安く、不作の年は1万円を超えることも。県外への流通はごく限られ、天日干しにして真空パックにした乾燥品が、土産や贈答に回ります。なぜ栃木でこれほど根づいたのか——広大なナラ・コナラの二次林という好適地に恵まれたこと、宇都宮を中心とした生活文化、そしてお盆の食材の伝統。これらが重なった結果でしょう。
毒のあるものを見分ける
食べられる種がある一方、有毒な種もあるのがこの仲間。同定の決め手は、乳液の色とその変化、宿主の木、ヒダの色、傘表面の毛の有無の組み合わせです。チチタケの乳液は白く変色しませんが、ハツタケは橙から緑、青へと変わります。マツ林か広葉樹林かを見れば候補は大きく絞れます。カラハツタケのような毒種は傘縁にはっきりした綿毛があり、ケコガサタケは舌に触れただけで強烈な辛味があるので判別できます。
厚生労働省の統計では、毒キノコによる食中毒は年に30件・100人ほど。チチタケと誤認されたカラハツタケなどによる事例も散発的に報告されています。少しでも不安があれば、専門書と照合し、地域の保健所が開くキノコ鑑定会に持ち込むのが安全です。
育てられるか、林業に活かせるか
外生菌根菌の人工栽培は、マツタケと並ぶ菌類学最大級の難題です。菌糸だけを大量培養することはある程度できても、子実体(キノコ本体)は宿主の木との共生環境がないと作られないからです。
最も実用化が進んでいるのが、スペイン・カタルーニャのL. deliciosus(rovellons)。接種苗を植えた植林園で、植栽から5〜10年で1ヘクタールあたり年100〜500kgの収穫を上げています。フィンランドではカバやトウヒの菌根接種苗の量産技術が開発され、年2,000トンものチチタケ類が天然採取されて塩漬けで流通します。日本では森林総合研究所と京都大学がハツタケのアカマツ苗への接種を1990年代から続けていますが、菌糸塊(シロ)の形成までは確認できても、安定した子実体生産には至っていません。宿主の樹齢や土壌微生物の競合、気象条件への依存が壁になっています。
栽培とは別に、林業の現場では菌根菌そのものの活用が進みます。育苗の段階で苗にECM菌を接種すると、植栽後の活着率と初期成長が上がることが報告されています。
皆伐は根の死滅とともに菌根菌の群集を壊し、再造林の活着を下げてしまいます。母樹を1ヘクタールに数本残しておくと、菌根菌が素早く回復することが分かっています。アカマツ林では、林床の落ち葉を取り除く整備でマツタケとハツタケ両方の発生量が増えることも確認されており、人の手入れと菌の繁栄が結びついている例です。
温暖化のなかで
気候変動は、チチタケ属の暮らしにも影を落としています。英国キュー王立植物園の50年分の記録を解析すると、秋に出るキノコの発生開始が1970年に比べて約3週間早まっています。日本でも栃木や長野の採取記録に同じ傾向が見えます。温帯の種は分布の北限が北へ、亜寒帯の種は南限が後退し、低標高ではチチタケが採れなくなる地域も出てきました。乾燥に強い種が増え、湿り気を好む種が減るという群集の入れ替わりも進んでいます。気がかりなのは、木と菌で温暖化への反応速度がずれ、長く続いた共生関係が地理的にちぐはぐになりかねないこと。栃木県のチチタケが好む22〜26℃という発生適温も、今世紀半ばには揺らぐと予測されています。
森の炭素を抱える菌
チチタケ属を含む外生菌根菌は、森の炭素貯留にも大きく寄与します。温帯林の地下生物量は地上部に匹敵し、そのなかで菌類は土壌炭素の2〜3割を占めます。木が光合成で固定した炭素の最大4割が根を通じて菌に流れ、菌糸や子実体になる。そして菌が枯れた後は、分解されにくい有機物として土の中に長くとどまります。スウェーデンの北方林を炭素同位体で追った研究(Clemmensen et al. 2013, Science)では、土壌炭素の5〜7割が菌類由来であることが示されました。気候変動の緩和という視点でも、菌根菌をどう守り活かすかは、これから重みを増していくテーマです。
よくある質問
ちたけは栃木県以外で買えますか?
生は主に栃木県内の市場や直売所で、8月初旬から9月に販売されます。県外への流通は限られ、東京などでは乾燥品が稀に出回る程度。現地での購入が最も確実です。
食用種と毒種はどう見分けますか?
乳液の色と変化、宿主の木(マツ林かナラ林か)、ヒダの色変化、傘表面の毛の有無が決め手です。チチタケは白い乳液で変色せず無毛、カラハツタケは傘縁に綿毛があり有毒です。確実な同定が前提で、不安なら専門家に相談を。
人工栽培はできますか?
外生菌根菌のため宿主の木との共生環境が要り、商業栽培は限定的です。スペインではL. deliciosusの植林園栽培が確立していますが、日本のハツタケなどはまだ試験段階。マツタケ同様、完全な人工栽培には長い研究の積み重ねが必要です。
- 森林総合研究所(FFPRI)/日本菌学会
- Clemmensen et al. (2013) Science(北方林土壌の菌類由来炭素)/FAO (2020) Wild Edible Fungi

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