森林簿の精度問題|30年経過小班で材積誤差±30%の構造

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森林簿(しんりんぼ)は、都道府県が管理する民有林の「カルテ」です。小班ごとに樹種・林齢・蓄積(材積)・成長量など約30項目を記録し、森林経営計画やJ-クレジット、補助金申請の基礎データになります。ところが、この森林簿に書かれた材積の数字が、必ずしも現地の実態を映していない――というのが、林業の世界では知られた悩みです。制度上は5年ごとに更新されることになっていますが、実際に現地で測り直されている小班はごく一部。長く調査が反映されていない小班では、記載値と実際の材積が±30%もずれていることがあります。なぜそんなことが起きるのか、そしてどう直していくのかを見ていきます。

目次

「測っていない」から、ずれていく

誤差の根っこは、現地調査の限界にあります。民有林は1,747万ha、小班の数は全国で約1,000万。これを5年で一巡して測り直すには、1小班あたり3〜10万円の調査費として年間60〜200億円が必要で、とても現実的ではありません。そのため実際には、主伐や間伐の届出があった小班、新しく植えた小班、重点的に見直す対象だけを部分的に更新し、残りの大半は「造林年からの経過年数」をもとに収穫表(標準的な成長表)で材積を計算する――いわば理論値で埋めているのです。

森林簿材積誤差の発生構造 経過年数別の材積推定値と実測値の乖離を示すグラフ 経過年数別の材積誤差イメージ(実測値からの乖離) +40% +20% 0 -20% -40% 実測値(基準) 5年以内 ±10% 5〜15年 ±15% 15〜30年 ±20% 30年以上 ±30%超 被害履歴あり ±40%超 経過年数の増加とともに材積誤差は累積的に拡大。被害履歴の未反映は誤差を更に増幅。 注:誤差幅は実証研究例に基づく一般的傾向。地域・樹種・林齢で個別差あり。
図1:森林簿材積誤差の発生構造(出典:森林総合研究所等の実証研究をもとに作成)

図のとおり、誤差は時間がたつほど積み上がります。5年以内に更新された小班なら±10%程度におさまるのに、30年以上ほうっておかれた小班では±30%超に。さらに台風や病虫害といった被害履歴があるのに反映されていないと、ずれはもっと大きくなります。これは単なる経年劣化ではなく、いくつかの要因が重なった結果です。

誤差要因 具体内容 誤差規模 対応手段
地位差 同じ地位等級内の個別差 ±5〜15% LiDAR樹高解析
被害履歴の未反映 気象害・病虫害・獣害 ±10〜30% 衛星リモセン・現地確認
間伐実績の遅延反映 届出未提出・反映遅れ ±5〜20% 届出のデジタル化
林齢の更新ミス 造林年の誤記・伐跡確認漏れ ±10〜25% 主伐届出時の確認強化
気候変動の累積 温暖化・降水パターン変化 ±5%程度 収穫表の更新

同じ地位等級でも斜面の向きや土壌で成長は違いますし、間伐したのに届出が出ていなかったり、造林年の転記ミスがあったり――こうした小さなずれが累積して、最後は30%超の誤差になるのです。さらに所有者不明の森林(民有林の約24%)では現地調査そのものが難しく、更新が滞って誤差が固定化します。相続未登記率が約28%という権利側の問題も、ここに絡んでいます。

30%ずれると、何が困るのか

「数字が少しずれるくらい」と思うかもしれませんが、お金の話になると無視できません。たとえばスギ50年生で蓄積400m³/haの小班に±30%の誤差があると、120m³/haもの幅になります。立木単価を3,000円/m³とすれば、1ha当たり36万円もの試算のブレ。主伐するかどうか、再造林にどれだけ投資するかといった経営判断が、この不確かな数字に左右されてしまうのです。森林経営計画の認定要件の判定、J-クレジットの炭素ストック算定、補助金申請――どれも森林簿の数値を出発点にしているだけに、誤差はそのままリスクとして残ります。

もっとも、実際の大きな判断では森林簿の数字だけで決めるわけではありません。主伐の前には現地で標準地調査を行い、材積を確定させます。森林簿はあくまで「最初のふるい分け」や「広く全体の傾向をつかむ」ためのツールで、最終判断はより精度の高い情報で行う、というのが実務の常識です。

LiDARが精度問題の本命

では、森林簿そのものの精度をどう上げるか。本命とされているのが、航空レーザ測量(ALS)です。上空からレーザーを飛ばして得た点群データから、1本1本の木の樹高・位置・本数を直接計測し、そこから材積を推定する手法で、針葉樹の人工林なら材積誤差±10%以内が標準的に達成できます。従来の±20〜30%から見れば大きな前進です。林野庁は2025年までにALSの全国整備を概成する方針で、2024年時点の整備率はすでに60%超。高知・岡山・愛媛・宮崎・奈良・長野などの先進県では、点群データから森林資源データベースを作り、森林簿の自動更新に使い始めています。特定の小班をさらに細かく測りたいときは、点群密度の高いドローン搭載LiDARを組み合わせる二段構えも広がっています。

森林簿精度改善のロードマップ 紙森林簿→デジタル森林簿→LiDAR連携→自動更新の進化を時系列で示す 森林簿精度改善のロードマップ 紙森林簿 〜2000年代 誤差±20〜30% 電子森林簿 2010年代 誤差±15〜25% 森林GIS連携 2020年代前半 誤差±10〜20% LiDAR自動更新 2025年〜 誤差±10%以内 2025年以降の見通し ALS全国整備概成→点群解析→単木情報DB→森林簿自動更新(5〜10年サイクル)
図2:森林簿精度改善のロードマップ(出典:林野庁スマート林業推進方針をもとに作成)

あわせて、これまで森林簿の材積計算を支えてきた収穫表も転機を迎えています。収穫表は過去数十年の成長データをもとにしているため、近年の気候変動やコンテナ苗・エリートツリーといった育林技術の変化に追いつくのに時間がかかります。LiDARで直接測れるようになると、収穫表の役割は「LiDAR推定が正しいかを確かめる検証用の基準」へと変わっていく見込みです。さらに、個々の木の成長を動的にシミュレーションする成長モデルの研究も進んでおり、LiDARと組み合わせれば材積予測の誤差を±5〜10%まで縮められると期待されています。

権利情報の改善も同時に進む

森林簿の精度は、所有者情報の鮮度とも切り離せません。所有者が変わっても登記簿に反映されなければ森林簿も古いまま、という連鎖があるからです。ここに効いてくるのが、2019年から始まった林地台帳の整備と、2024年4月に施行された相続登記の義務化です。相続から3年以内の登記が義務となり(怠ると過料10万円)、林野庁は施行後10年で相続未登記森林率を28%から10%以下へ下げることを目標にしています。森林簿の物理情報と林地台帳の権利情報、この両輪が整っていくことで、向こう5〜10年で森林簿の精度は大きく改善する見通しです。森林簿は林政のいちばん底にある情報基盤であり、その精度を上げることは、森林経営も気候変動対策も生物多様性保全も、すべての上位政策の効果を静かに底上げする投資なのです。

よくある質問

Q. 森林簿の材積はどうやって決めているの?
多くは樹種・地位等級・林齢の組み合わせから収穫表を参照した推定値です。現地調査が反映された小班は実測ベースですが、調査を経ていない小班は理論値ベースで、これが誤差の主な原因になります。

Q. 30%もずれて経営判断は大丈夫?
主伐や再造林といった大きな判断では、森林簿だけで決めず、現地確認・標準地調査・LiDARデータで補正するのが一般的です。森林簿は最初のふるい分けや広域の傾向把握に使われます。

Q. LiDARでどこまで精度が上がりますか?
針葉樹の人工林なら材積誤差±10%以内が標準的に達成可能で、現状の±20〜30%から大きく改善します。ただし広葉樹の混交林や複層林では精度が下がりやすく、解析手法の改良が続けられています。

Q. 森林簿は誰が見られますか?
森林所有者は自分の森林分を都道府県の窓口で閲覧・請求できます。第三者の閲覧には所有者の同意や経営計画作成などの正当な理由が必要です。

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この記事を書いた人

ハウスメーカーで住宅の構造を担当したのち、林業の世界へ。林業・木材・建築の3領域を横断する視点で、Forest Eight の記事を編集しています。

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