森林整備保全事業という名前は地味ですが、その中身は林野庁の公共事業予算のほぼ全体を背負う大黒柱です。2024年度の林野庁予算約3,000億円のうち、この事業費が約1,950億円――予算のおよそ65%を占めます。中身は「治山」「森林整備」「林道」の3本柱。山崩れを防ぎ、木を育て、山に道をつける。地味だけれど、これがなければ日本の山は維持できません。ここでは、その予算がどう配られ、何に使われているのかを、できるだけ具体的な数字でほどいていきます。
3,000億円はどこへ行くのか
林野庁予算3,000億円のうち、森林整備保全事業費が1,950億円。残りは国有林野事業特別会計(約500億円)や森林吸収源対策、林業振興などに分かれます。森林整備保全事業費は「補助公共事業」なので、お金は都道府県や市町村を経由し、実際の工事は地方の市町村・森林組合・林業事業者が担います。国が単独で山を整備するのではなく、地方と分担する仕組みです。
森林環境譲与税(年500億円規模)や国有林野事業特別会計を合算すると、林政全体の予算はおおよそ3,500〜4,000億円。これを森林面積2,505万haで割ると約16,000円/haになります。一見大きく見えますが、ドイツの約45,000円/ha、オーストリアの約60,000円/haと比べれば3〜4分の1。この差は林道密度(日本4m/ha対欧州20〜30m/ha)や機械化率(日本20%台対欧州50%超)にもそのまま表れていて、日本林業が抱える構造的なハンディを物語っています。
治山900億円――山崩れを防ぐ最大の費目
3本柱で最も大きいのが治山事業の900億円です。山腹崩壊地の復旧(山腹工)、渓流の侵食防止(渓間工)、地すべり防止、保安林の整備といった、文字どおり山を守るための工事が中心。山腹工は1基2,000万〜1億円、中規模の渓間堰堤になると1〜5億円と、規模も費用も幅があります。実施主体は国直轄(補助率10/10、約100億円)、都道府県(約700億円)、市町村(約100億円)に分かれ、地方ほど補助率が下がる構造です。
近年は気候変動による豪雨の頻発を受けて、「事前防災・減災」へと重点が移ってきました。全国の山地災害危険地区は約23万箇所と推計され、整備率は6割ほど。残る約9万箇所を年2,000箇所ペースで整備している計算です。優先順位は、被害想定の人家戸数(5戸以上が優先)、過去の被災履歴、地質の脆さといった客観指標で決まります。なお保安林は全森林面積の約52%にあたる約1,300万haを占め、そのうち水源涵養保安林が約930万haと最大。伐採制限がかかるかわりに、機能維持の整備が公費で行われる仕組みです。
森林整備650億円――木を育てる補助と認定インセンティブ
森林整備事業は、植える(人工造林)、育てる(下刈・除伐・枝打ち)、間引く(間伐)、道をつける(作業道)という林業の基礎作業を支える補助です。面白いのは補助率に段差がある点で、森林経営計画の認定を受けた区域は68%、集約化計画区域は56〜60%、未認定区域は48%。計画認定を取れば補助が手厚くなる、という誘導装置になっています。
| 事業区分 | 標準単価 | 標準補助率 | 主な内容 |
|---|---|---|---|
| 人工造林 | 約45万円/ha | 68% | 植栽・地拵え |
| 保育(下刈) | 約12万円/ha | 68% | 5〜7年継続 |
| 間伐 | 約20万円/ha | 68% | 本数調整 |
| 枝打ち | 約8万円/ha | 48% | 節無材生産 |
| 作業道整備 | 約2,500円/m | 68% | 路網密度向上 |
近年は予算配分の重心が、間伐から「主伐再造林」へと移りつつあります。戦後に植えた人工林が伐り頃を迎え、約1,020万haの人工林のうち51〜60年生以上の主伐期相当が約560万ha(55%)に達したからです。ところが伐ったあとに植え直す再造林率は3〜4割にとどまり、伐りっぱなしの山が増えるのが深刻な課題。そこで林野庁は、伐採から植栽までを一気通貫で行う一貫作業システムに標準単価の2〜3割を上乗せするなどして、再造林を後押ししています。補助率の20ポイント差は1haあたり10万円規模の助成差になるため、所有者にとって計画認定を取る実利は小さくありません。認定面積は現在約400万ha(民有林の約23%)で、2030年までに600万haへ広げる目標が掲げられています。
林道400億円――欧州の5分の1という現実
林道事業は、本格的な構造物を伴う森林管理道(幹線)と、林内の簡易な作業道を整備する事業です。森林管理道は舗装・橋梁・トンネルを含むため1kmあたり数千万円〜1億円と高コスト、作業道は1kmあたり数百万円。両者を合わせた林道延長は2022年度末で約9.6万kmに達しますが、それでも林道密度は約4m/haにとどまります。
欧州林業国の20〜30m/haに対して4m/haというのは、機械化や効率化を根っこから縛る数字です。背景には、日本の森林の約65%が傾斜30度以上の急斜面に広がっているという地形条件があります。緩やかな斜面が中心の欧州とは、そもそも前提が違うのです。それでも林野庁は補助率68%の作業道を年間3,000km規模で整備し続けています。急斜面での無理な伐採・搬出は林業労働災害(就業者10万人あたり25件と全産業平均の約10倍)の主因でもあり、路網の充実は安全面でも切実な意味を持ちます。
森林環境譲与税と災害復旧という二つの補い
森林整備保全事業費(一般会計の補助公共事業)の隣には、2019年度に始まった森林環境譲与税があります。2024年度の譲与総額は約500億円規模(市町村9割・都道府県1割)。財源は個人住民税に上乗せされた森林環境税(年1,000円)で、林業者ではなく国民全体で森林を支える設計です。両者の使い分けはシンプルで、補助公共事業費は造林や間伐など事業主体が所有者・森林組合のもの、譲与税は市町村が経営管理権を集めた森林の整備や人材育成・木材利用など、市町村自身が裁量で動かせるもの。合算した林政関連予算は約3,500億円、森林環境税が満額譲与に達する2030年代には4,000億円規模に届く見込みです。
もう一つ忘れてはならないのが災害復旧です。森林整備保全事業費は当初予算に加え、大きな災害が起きると補正予算で積み増しされます。2018年西日本豪雨では治山関連で約700億円、2020年7月豪雨(球磨川流域)でも約400億円の補正が組まれ、流木対策の透過型堰堤などが新設されました。激甚災害に指定されると国費負担率が2/3以上に引き上げられ、被災市町村の負担が大幅に軽くなります。被災後3年ほどの集中整備に予算が寄るのが特徴で、年でならすと当初予算の2〜3割に相当する規模になります。
よくある質問
森林整備保全事業と森林環境譲与税はどう違うのですか?
森林整備保全事業費は林野庁の補助公共事業予算(一般会計)で、対象事業・標準単価・補助率が国の基準で厳密に決まっています。一方、森林環境譲与税は市町村・都道府県に直接譲与される税源で、人件費やPR事業、木材利用促進など、市町村の裁量で幅広く使えます。所管も予算スキームも使途の自由度も異なり、互いを補い合う関係です。
治山事業の補助率がなぜ高いのですか?
治山施設は所有者個人ではなく、下流の住民や公共インフラを守るための施設です。社会的便益が私的な経済合理性を超えるため、市場に任せると過小供給になりがち。そこで直轄10/10、都道府県事業3/4〜2/3といった高い補助率を設定し、地方の負担を抑えて積極的に整備を進める設計になっています。
林道整備がなかなか進まないのはなぜですか?
最大の理由は地形です。日本の森林の約65%が傾斜30度以上の急斜面にあり、森林管理道は1kmあたり5,000万〜1億円もかかります。加えて所有境界が未確定の土地が多く、地元の合意形成にも時間がかかります。近年は低コストの作業道整備が進んでいますが、急峻な地形そのものは簡単には変えられません。

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