林野庁の治山事業予算は2024年度に約700億円で、復旧治山約250億円・予防治山約450億円の構成です。山腹工・渓間工・流路工・地すべり防止工・防災林造成という5系統の標準工法によって、年間約1,500カ所で工事が実施されています。本稿では治山事業の標準工法、工事規模、工法選定の基準、林業との連携を、予算規模・工種別シェア・コスト構造の3軸から構造的に解剖します。
この記事の要点
- 治山事業予算は2024年度に約700億円、復旧治山250億円・予防治山450億円。年間工事件数約1,500カ所、1工事平均事業費約4,500万円。
- 標準工法は山腹工(山腹斜面の安定)約30%、渓間工(渓流の侵食抑制)約35%、流路工約15%、地すべり防止工約12%、防災林造成約8%の構成。
- 近年は木製・自然石・植生工等のエコロジカル工法導入が拡大。間伐材の現場利用は年間約30万m³規模で、地域林業との連携が進んでいる。
- 治山事業のB/Cレシオ(費用便益比)は3〜10倍で、事前防災投資の経済合理性は明確。山地災害被害額は年平均900億円規模で、治山予算とほぼ同水準。
クイックサマリー:治山事業の基本数値
| 指標 | 数値 | 出典・備考 |
|---|---|---|
| 治山事業総予算(2024年度) | 約700億円 | 林野庁 |
| 復旧治山事業 | 約250億円 | 災害発生後の復旧 |
| 予防治山事業 | 約450億円 | 事前防災対策 |
| 年間工事件数 | 約1,500カ所 | 林野庁集計 |
| 1工事平均事業費 | 約4,500万円 | 予算/件数で算出 |
| 山腹工(年間施工面積) | 約700ha | 林野庁2023年 |
| 治山ダム新設数 | 約400基 | 2023年度 |
| 既設治山ダム総数 | 約13.5万基 | 林野庁2023年 |
| 間伐材の治山現場利用 | 約30万m³ | 推計、年間 |
| 保安林面積 | 1,234万ha | うち治山対象多数 |
| 山地災害被害額(過去10年平均) | 年約900億円 | 国交省・気象庁推計 |
| B/Cレシオ(費用便益比) | 3-10倍 | 事前防災効果 |
治山事業の予算構造
林野庁治山事業の年間予算約700億円は、災害復旧治山約250億円(36%)、予防治山約450億円(64%)に大別されます。予防治山はさらに「山地治山事業」「水源地域整備事業」「地すべり防止事業」「保安林整備事業」「海岸防災林造成事業」等に細分化され、それぞれが特定の災害リスクと地域特性に対応します。予算編成は単年度執行が原則ですが、災害復旧事業は5〜10年の繰越執行が認められ、複数年度にまたがる大規模工事に対応します。
過去20年の予算推移を見ると、2000年代前半は1,200億円規模だった治山事業予算は段階的に削減され、2010年頃に600億円台まで低下しました。その後、2011年東日本大震災・2014年広島豪雨・2018年西日本豪雨・2020年令和2年7月豪雨など大規模災害が続発したことを受け、2020年代以降は700億〜800億円規模で推移しています。気候変動下での豪雨頻発化を背景に、林野庁・国土交通省・財務省の間で予算拡充の議論が継続的に行われています。
都道府県別の予算配分
治山事業予算は都道府県別に配分されますが、配分基準は森林面積・保安林面積・山地災害危険箇所数・過去の災害発生状況等を総合的に判断します。森林面積が大きい北海道・岩手・福島・新潟・長野・岐阜・静岡・島根・高知・宮崎等が上位の予算配分を受けており、これら10道県で全国予算の約45%を占めます。一方、災害発生時には特定地域に予算が集中投下される構造で、令和2年7月豪雨では九州地方に約100億円規模の予算が緊急配分されました。
| 予算区分 | 主な対象 | 国費負担率 | 年間予算規模 |
|---|---|---|---|
| 復旧治山事業 | 災害発生後の復旧 | 2/3〜100% | 約250億円 |
| 山地治山事業 | 予防的な山地災害対策 | 2/3 | 約250億円 |
| 水源地域整備 | ダム上流域の保全 | 2/3 | 約100億円 |
| 地すべり防止事業 | 地すべり防止区域 | 2/3 | 約60億円 |
| 保安林整備事業 | 保安林機能の維持改善 | 1/2〜2/3 | 約30億円 |
| 海岸防災林造成 | 海岸林整備・震災復興 | 2/3 | 約10億円 |
標準工法5系統の構造
治山事業の標準工法は、対象とする災害メカニズムにより5系統に分かれます。山腹斜面の安定を図る「山腹工」、渓流の縦侵食・横侵食を抑制する「渓間工」、河道の安定を確保する「流路工」、地すべり機構そのものに介入する「地すべり防止工」、海岸・山火事跡地等の特殊環境向け「防災林造成」です。それぞれの工法は土質工学・水理学・砂防工学・植生工学の知見を統合した複合技術であり、現場ごとの地形・地質・水文条件に応じて最適な組合せが選定されます。
| 工法系統 | 代表工法 | 予算シェア | 主な対象 |
|---|---|---|---|
| 山腹工 | 土留工・水路工・暗渠工・植生工 | 約30% | 崩壊地・荒廃斜面 |
| 渓間工 | 治山ダム・床固工・流木止工 | 約35% | 渓流の縦侵食・横侵食 |
| 流路工 | 護岸工・護床工・帯工 | 約15% | 河道安定・横侵食抑制 |
| 地すべり防止工 | 集水井・水抜きボーリング・抑止杭・アンカー工 | 約12% | 地すべり指定地 |
| 防災林造成 | 海岸防災林・防風林・水土保全林 | 約8% | 海岸・特殊地帯 |
山腹工:斜面安定の標準
山腹工は崩壊地・荒廃斜面の表土流出抑制と植生回復を目的とする工法群で、標準的な施工は「土留工」「水路工」「植生工」の組合せです。土留工は石積・コンクリート擁壁・木製枠工により斜面を段切し、水路工は表面流水を集水して斜面下に導きます。植生工は緑化植物(ヤシャブシ・ハンノキ・ススキ・チガヤ等)を播種・植栽し、長期的な土壌固定を図ります。1ha当たり工事費は約1,000万〜3,000万円が標準です。
山腹工の設計では、まず斜面勾配(一般に30〜45度の急斜面が対象)、土層厚(崩壊深0.5〜3m)、地質(火成岩・堆積岩・変成岩・第四紀層の区分)、水文条件(湧水・伏流水の有無)を調査し、これに基づいて工種・段数・延長を決定します。標準的な土留工の段切間隔は5〜10m、1段あたりの高さは1〜2mで、急斜面では段数が10段を超えることもあります。植生回復には3〜5年が必要で、初期はススキ・チガヤ等の草本、中期はヤシャブシ・ハンノキ等の窒素固定樹種、長期はクヌギ・コナラ等の地域在来樹種への遷移が設計されます。
渓間工:治山ダムの規模と機能
渓間工は渓流の侵食・洗掘・土石流発生抑制を目的とする工法群で、中核は治山ダム(コンクリート・鋼製・木製等)です。日本全国に既設の治山ダムは約13.5万基あり、年間約400基が新設されます。1基あたりの規模は高さ3〜15m、堤頂長10〜100m、貯砂容量1,000〜10万m³が一般的で、1基の事業費は3,000万〜2億円です。
近年はスリットダム(透過型治山ダム)の採用が増加しており、平常時の土砂流下を許容しつつ大規模出水時に流木・大粒径礫を捕捉する設計です。これにより下流の人家・河川インフラへの影響を最小化しつつ、渓流の生態系維持にも配慮した設計が標準化しつつあります。スリット幅は標準1〜3m、スリット数は2〜5本で、計算上の透過率は20〜50%が目安です。設計には100年確率雨量・流域面積・河床勾配・想定流木量等の流域特性が考慮されます。
治山ダムは設置後の定期点検が義務化されており、5年ごとの目視点検と10年ごとの詳細点検(堤体ひび割れ・基礎洗掘・貯砂進度)が標準です。貯砂容量の80%が満砂すると除石または嵩上げの判断が行われ、地域の土砂流出状況に応じて施設管理が継続されます。既設13.5万基のうち、築後50年以上経過した老朽化施設は約2万基に達し、計画的な更新が課題となっています。
流路工:河道安定の技術
流路工は山地河川の河道安定・横侵食抑制を目的とする工法群で、護岸工(コンクリートブロック積・かご枠工・自然石積)、護床工(床固工・帯工)、水制工等が標準工種です。河床勾配が急な山地河川(1/10〜1/100)では、流速が秒速3〜10mに達するため、平地河川とは異なる設計基準が適用されます。護岸の根入れ深さは河床面下1〜3m、構造物高は計画高水位+余裕高(0.6〜1.0m)が標準です。
近年は多自然型川づくりの考え方が導入され、コンクリート三面張りからかご枠工・自然石護岸・木製護岸への転換が進んでいます。これは生物多様性配慮(魚類・底生生物の生息環境)と景観調和の観点で評価されますが、強度・耐久性のバランスが現場ごとに検討されます。一般に河道勾配が1/30以上の急流域ではコンクリート工法、1/100以下の緩流域では多自然型工法が選択される傾向があります。
地すべり防止工:特殊工法の構造
地すべり防止工は、地すべり防止区域に指定された地域で実施される特殊工法で、地下水処理(集水井・水抜きボーリング・横ボーリング)と物理的抑止(抑止杭・アンカー工・押え盛土)の組合せが標準です。1工区あたりの事業費は1〜5億円規模で、対象面積は数ha〜数十haです。日本の地すべり防止区域は全国に約2,000区域、面積約16万haが指定されています。
地すべりの発生機構には、(1)豪雨型(降雨による地下水位上昇で滑り面が活動)、(2)融雪型(積雪地域で春期融雪水が誘因)、(3)地震型(地震動でせん断強度低下)、(4)風化型(長期的な岩盤風化で進行)の4タイプがあり、新潟・長野・徳島・高知等の地すべり多発地帯では、地質構造(破砕帯・片岩・粘土層)と気象条件が重畳する複合型が多く見られます。地すべりの移動速度は年間数mmから数cmが一般的ですが、活動期には1日数十cmに達する場合もあり、迅速な工事介入が求められます。
集水井と水抜きボーリングの実装
集水井は地下水位を低下させて地すべり活動を抑制する代表的な工法です。直径3.5〜4m、深さ20〜50mの円筒コンクリート構造を地盤内に構築し、井底から放射状に水抜きボーリング(径70〜100mm、長さ50〜100m)を施工します。1基あたりの工事費は3,000万〜1億円、地すべり1区域あたり3〜10基が設置されます。設計には地下水位観測(5〜10年のデータ)、滑り面深度(10〜30m)、想定すべり量(数千〜数十万m³)が必要です。
抑止杭は鋼管杭・場所打ち杭・PC杭等を地すべり面を貫通させて打設し、地すべり土塊のせん断応力に抵抗する工法です。1本あたりの長さ20〜50m、径600〜1,500mm、配置間隔3〜5mが標準で、1区域あたり数十〜数百本が打設されます。アンカー工は岩盤・硬質地盤に定着させたケーブル(PC鋼線・PC鋼棒)で土塊を引き留める工法で、定着長10〜30m、設計引張力500〜2,000kNが標準です。これらの工法は単独ではなく、地下水処理工と組み合わせることで効果が最大化します。
エコロジカル工法と林業連携
近年の治山事業は、コンクリート構造物中心からエコロジカル工法(自然石・木製・植生工等)への転換が進んでいます。木製治山ダム(丸太鋼製枠ダム・鋼製枠丸太充填ダム等)は2000年代から本格的に採用され、間伐材の現場利用は年間約30万m³に達します。これにより地域林業との連携が強化され、治山事業が「林業需要創出」の効果も持つようになりました。
エコロジカル工法のメリットは、(1)景観調和、(2)生物多様性配慮、(3)地域木材需要創出、(4)CO2固定、(5)コンクリート由来CO2削減、の5点です。一方、耐久性(標準20〜30年で更新)、メンテナンスコスト、強度限界等の制約があり、すべての現場でコンクリート工法を代替できるわけではありません。コンクリート工法と木製工法の使い分けが、現場ごとに判断されます。
| 工法種別 | 耐用年数 | 単位コスト | 適用条件 |
|---|---|---|---|
| コンクリート治山ダム | 50-80年 | 基準1.0 | 大規模・高強度要求 |
| 鋼製枠治山ダム | 30-50年 | 0.7-0.9 | アクセス困難地 |
| 木製治山ダム | 20-30年 | 0.5-0.8 | 小規模渓流・景観配慮 |
| スリットダム | 50-80年 | 1.2-1.5 | 流木災害リスク高地 |
| 石積擁壁・自然石 | 100年以上 | 1.5-2.0 | 伝統工法・観光地周辺 |
木製治山ダムの設計と耐久性
木製治山ダムには複数の構造形式があり、丸太鋼製枠ダム(鋼製枠の中に丸太を組む)、鋼製枠丸太充填ダム(鋼製枠を骨組みとし、内部に丸太を充填)、丸太組積ダム(丸太を交互に積み重ねる)等が代表例です。使用される丸太は地元のスギ・ヒノキ・カラマツの間伐材(径20〜40cm、長さ2〜4m)で、1基あたり50〜500本が必要です。設計上の耐用年数は20〜30年ですが、防腐処理(クレオソート・ホウ素系防腐剤)や水中・地中部の選定により40年以上の供用例もあります。
木製治山ダムのCO2固定効果は、丸太1m³あたり約0.8トンCO2換算で、年間30万m³の利用は約24万トンCO2の固定に相当します。これは森林吸収量の0.5%程度に相当する規模で、コンクリート由来CO2削減効果(コンクリート1m³生産で約0.3トンCO2排出)と合わせ、治山事業のカーボンニュートラル貢献は年間50万トンCO2規模に達します。
保安林制度と治山事業の関係
森林法の保安林指定は、治山事業の対象となる森林を法的に位置づける制度です。保安林面積は2023年に1,234万haで、内訳は水源涵養保安林1,015万ha(82%)、土砂流出防備保安林264万ha(21%)、土砂崩壊防備保安林6万ha、なだれ防止保安林・落石防止保安林・防風保安林・防霧保安林等を含みます(重複指定あり)。
保安林指定は森林の伐採・林地転用に制限を課す代わりに、固定資産税減免・所得税減免・治山事業優先・補助金優遇等の措置があります。所有者にとってはメリット・デメリットが共存しますが、公益的機能の維持の観点で重要な制度です。保安林指定地域での治山事業は、所有者同意・行政手続きが整備されているため、事業実施がスムーズに進みやすい構造があります。
保安林指定の手続きは、都道府県知事による指定(小規模)または農林水産大臣による指定(重要森林)の2系統があり、指定にあたっては森林計画・水文調査・地質調査・所有者協議が3〜5年かけて実施されます。指定解除は災害発生・公共事業等の限定的な事由で認められますが、解除には代替森林の確保が原則で、保安林面積の純減は厳しく管理されています。
治山事業の発注と地域建設業
治山事業の発注主体は林野庁直轄事業(国有林・特定区域)と都道府県・市町村事業(民有林)に分かれます。発注方式は一般競争入札・指名競争入札が中心で、1工事の規模が3,000万〜2億円規模であるため、地方の中小建設業者・地域林業会社にとって重要な事業機会です。発注時期は4〜6月の年度初頭と9〜11月の補正予算執行期に集中し、施工期間は概ね6〜12ヶ月で、降雪地域では冬期休工を挟んで複数年にまたがる場合もあります。
受注企業の構造変化
治山事業の受注企業は、過去20年で構造変化が進んでいます。1990年代までは地方の専業治山業者(社員30〜100人規模)が中心でしたが、公共事業全体の縮小と人口減少を背景に、専業業者は淘汰・統合が進み、現在では地元の総合建設業者(土木・建築・治山兼業)が主体となっています。一方、技術専業の特殊工事会社(地すべり防止工・アンカー工等)は、都市部から派遣される全国規模企業に集約される傾向があります。
労働力供給では、林業・土木の有資格者(2級土木施工管理技士・1級土木施工管理技士)の高齢化と若手不足が深刻で、現場代理人・主任技術者の確保が事業実施の制約になっています。林野庁・都道府県は、ICT施工(ドローン測量・3D設計・自動建機)の導入支援、技術者教育の強化、働き方改革(週休2日制・現場の遠隔監視)等を通じて、業界の生産性向上を進めています。
気候変動下での治山事業の進化
気候変動下での豪雨頻発化を受け、治山事業の設計基準・優先順位は大きく見直されつつあります。従来の50年確率雨量から100年確率雨量への基準強化、線状降水帯対応の流域連携、気候変動シナリオを踏まえた施設容量増加等が議論されています。林野庁は2023年に「治山事業における気候変動適応計画」を策定し、(1)既存施設の機能強化、(2)新設施設の安全率向上、(3)流域全体のリスク評価高度化、(4)非構造物的対策(避難計画・モニタリング)との連携強化、を4本柱として打ち出しています。
具体的な技術進化としては、(1)衛星画像・UAVによる山地災害危険箇所の自動抽出、(2)AI解析による崩壊リスクのリアルタイム評価、(3)IoTセンサー(傾斜計・地下水位計・雨量計)の現場設置、(4)3D地形モデルによる土砂流出シミュレーション、(5)BIM/CIM活用による工事の生産性向上、等が進められています。これらの技術は工事費全体の数%を占めるICT予算で実装されつつあり、2030年までに治山事業のデジタル化率を50%以上に高める目標が設定されています。
よくある質問(FAQ)
Q1. 治山事業700億円は十分な規模ですか?
過去10年の山地災害被害額は年平均約900億円で、治山事業予算700億円とほぼ同規模です。事前防災投資による被害軽減効果(B/Cレシオ)は3〜10倍と試算されており、現状の予算規模を維持・拡大することが経済合理性の観点から正当化されます。気候変動下での豪雨頻発化を踏まえ、林野庁・国土交通省は予算拡充を継続的に求めています。米国・欧州の同種事業(USFS森林管理、EU Forest Strategy)と比較すると、日本の山地面積比当たり予算は同等水準ですが、災害リスクの高さを考慮するとさらなる強化余地があります。
Q2. 治山ダムと砂防ダムは何が違いますか?
治山ダムは林野庁が森林法・治山法に基づき森林内・山地で実施する工事で、保安林指定地・山地災害危険地区が主対象です。砂防ダムは国土交通省が砂防法に基づき河川・流域で実施する工事で、人家・道路・公共施設の保護が主目的です。立地・所管省庁・予算系統が異なりますが、機能的には類似する点もあり、流域全体での整合的な災害対策が重要です。実務では林野庁と国交省が連携協定を結び、流域単位での整合的な計画を策定するケースが増えています。
Q3. エコロジカル工法は安全性で問題ないですか?
木製治山ダム・鋼製枠丸太充填ダム等のエコロジカル工法は、林野庁「治山技術基準」に基づき設計・施工され、構造的安全性は確保されています。耐用年数はコンクリート工法より短い(20〜30年)ですが、計画的更新・モニタリングを前提とした運用で、災害防止機能を継続的に発揮できます。大規模災害リスクが高い箇所ではコンクリート工法を選択するなど、現場ごとの工法選定が標準です。
Q4. 治山事業は地域林業に貢献していますか?
間伐材の現場利用が年間約30万m³に達し、地域林業に重要な需要を提供しています。1m³当たり1〜3万円の取引価格で計算すると、治山事業による間伐材需要は年間30〜90億円規模に相当します。素材生産業者・林業会社・地域木材市場にとって安定的な取引先となっており、林業経営の収益源の1つとして機能しています。さらに地域建設業者の年間受注額の10〜30%が治山事業由来のケースもあり、地域経済における乗数効果は大きいと評価されます。
Q5. 治山事業の今後の方向性は?
気候変動下での災害頻発化に対応するため、予算規模の拡大、エコロジカル工法の更なる導入、ICT・センシング技術活用によるモニタリング強化、流域単位での総合的災害対策(治山・砂防・河川の連携)が重点課題です。デジタル技術(衛星画像・UAV・AI解析)による危険地区の精密把握、災害発生予測の高度化が進む中、従来のハード対策とソフト対策を統合した災害対応設計が求められます。
Q6. 個人所有の山林でも治山工事は実施できますか?
民有林のうち保安林指定地は治山事業の対象となり、所有者の同意のもと都道府県が事業主体となって実施します。個別に所有者から要望が上がった場合は、都道府県の林業普及指導員・治山担当課に相談し、現地調査と優先度評価を経て予算化される流れです。所有者の費用負担は原則ゼロですが、施工後の森林管理は所有者の責任となります。
地域事例:治山事業の代表的成功例
治山事業の効果は、地域単位の長期事例で評価することが重要です。代表的な成功例として、(1)新潟県中越地震復旧事業(2004年〜2014年、総額約500億円)、(2)広島県土砂災害復旧(2014年〜2019年、約400億円)、(3)九州北部豪雨対応(2017年〜2022年、約350億円)、(4)令和2年7月豪雨九州復旧(2020年〜現在、約450億円)等が挙げられます。これら大規模災害復旧では、5〜10年の多年度予算で集中的に投資し、流域全体の災害リスクを低減する効果が確認されています。
新潟県中越地震復旧では、約2,000カ所の山地崩壊地に対し10年間で復旧工事を実施し、再崩壊率は5%未満に抑えられました。広島県土砂災害復旧では、安佐南区・安佐北区を中心とする約100カ所で治山ダム新設・既設施設嵩上げが行われ、その後の豪雨イベント(2018年西日本豪雨)では新設施設の効果で被害が大幅に軽減されたと評価されています。九州北部豪雨では福岡県朝倉市・大分県日田市を中心とする流域で集中的な事業が展開され、流木止工・床固工・植生工の組合せにより流域の土砂流出量が施工前比で40〜60%減少した観測データもあります。
| 災害事例 | 期間 | 事業規模 | 主な工種 |
|---|---|---|---|
| 新潟県中越地震復旧 | 2004-2014 | 約500億円 | 山腹工・地すべり防止工 |
| 広島県土砂災害復旧 | 2014-2019 | 約400億円 | 治山ダム・流木止工 |
| 九州北部豪雨復旧 | 2017-2022 | 約350億円 | 床固工・流路工 |
| 令和2年7月豪雨復旧 | 2020-現在 | 約450億円 | 治山ダム・山腹工 |
| 東日本大震災海岸林復旧 | 2011-2024 | 約1,200億円 | 海岸防災林造成 |
海外事例との比較:欧州・米国・台湾の治山技術
日本の治山事業を国際比較すると、欧州(特にオーストリア・スイス)・米国・台湾の事例が参考になります。オーストリアではWildbach- und Lawinenverbauung(山地砂防局)が国土の山岳地帯で年間約2億ユーロ(約300億円)の事業を実施し、雪崩防止工・落石防止工・治山ダムを統合した総合災害対策を行っています。スイス連邦は山地面積比当たりの予算が日本の1.5倍規模で、生態系配慮型工法(自然石・木製構造)の比率が60%以上と高く、日本のエコロジカル工法導入の参考事例となっています。
米国農務省森林局(USFS)はNational Forest System内で森林管理・治山・防火を統合実施し、年間予算は約60億ドル(約9,000億円)、うち治山関連は約8〜10%を占めます。米国の治山事業は山火事跡地復旧(BAER:Burned Area Emergency Response)が中核で、火災後30〜60日以内に緊急工事を実施する迅速性が特徴です。台湾は山地面積率が約70%と日本に近く、農業委員会水土保持局が年間約100億台湾ドル(約450億円)の事業を実施し、急峻地形での治山ダム設計技術が日本と相互参照されています。
これら国際事例から日本が学ぶべき点として、(1)オーストリアの統合的災害管理(治山・砂防・雪崩・落石)、(2)スイスのエコロジカル工法比率の高さ、(3)米国の山火事復旧迅速対応、(4)台湾のICT・センシング技術の早期実装、等が挙げられます。林野庁は欧米台の関係機関と技術交流を継続しており、2030年に向けて国際標準化された治山技術体系の構築が目指されています。
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まとめ
治山事業700億円・年間1,500件・標準工法5系統という3つの数字は、日本の山地災害対策が体系的・計画的に運営されていることを示します。山腹工・渓間工・流路工・地すべり防止工・防災林造成という5系統の標準工法は、それぞれ特定の災害メカニズムに対応した技術体系で、地域条件に応じて使い分けられています。気候変動下での豪雨頻発化に対応するためには、予算拡充・エコロジカル工法導入・ICT活用の3軸での技術進化が今後10年の課題となります。林業経営との連携強化が、治山事業を「災害対策」だけでなく「林業需要創出」「カーボン固定」「景観保全」の複合価値を持つ事業として位置づける鍵です。1m³あたり1〜3万円の間伐材取引、年間30万m³規模の利用、24万トンCO2の固定効果という具体的な数値は、治山事業が地域経済・気候変動対策にも寄与する公共投資であることを示しています。

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