沿岸ブルーカーボン─マングローブ・塩性湿地と気候変動対策

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「ブルーカーボン」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。森が二酸化炭素を吸うのはよく知られていますが、じつは海の沿岸——マングローブや塩性湿地、海草の藻場——も負けず劣らず、いやそれ以上の勢いでCO2を溜め込んでいます。しかも溜める場所が違う。森は幹に蓄えるのに対し、海の生態系は海底の泥の中に、数千年単位で炭素を閉じ込めます。面積でいえば地球のごくわずか、それでいて単位面積あたりの貯留密度は陸の森林の3〜5倍。この「狭いのに濃い」シンクが、いま気候対策の切り札として注目されています。

マングローブ1,000+tC/ha貯留密度陸上森林比3-5単位面積貯留世界貯留量4-6GtCマングローブクレジット10-100USD/t-CO2市場価格帯
図1:沿岸ブルーカーボン主要諸元
目次

そもそもブルーカーボンとは

用語自体は2009年のUNEP/FAO/UNESCO-IOC共同報告書で公式に定義された、まだ新しい言葉です。海洋・沿岸の生態系が吸収して堆積物に長期貯留する炭素のうち、とくに長持ちするマングローブ林・塩性湿地・海草藻場の3つを「コア・ブルーカーボン」と呼びます。コンブやワカメといった大型海藻、外洋のプランクトンも、近年は準ブルーカーボンとして数えるようになってきました。

魅力は、効果が一石三鳥なところです。まず緩和。マングローブだけで年6〜8 t-CO2/ha、塩性湿地は8〜18 t-CO2/ha、海草藻場でも2〜10 t-CO2/haを吸い、しかも泥の中で数千年安定します。次に適応。マングローブが幅500mあれば高潮の波高を5〜7割減らし、津波エネルギーも3〜5割削ぐ。東日本大震災後の調査では、防潮林とほぼ同等の働きが報告されています。そして生物多様性。世界の沿岸魚種の3割以上がマングローブを稚魚の保育園として使い、海草藻場はジュゴンやアオウミガメの食卓になります。

なぜ陸の森より炭素が濃いのか

「海の生態系のほうが密度が高い」と聞くと意外に感じますが、理由ははっきりしています。最大の鍵は嫌気性の堆積環境です。海水に浸かった泥は酸素が乏しく、有機物を分解する微生物の働きが陸の10分の1から100分の1まで落ちる。つまり溜まった炭素がなかなか分解されずに残るわけです。

加えて、マングローブの根系は地下5m以深まで広がり、地上部より地下部のほうが大きいという陸の樹木とは逆の構造を持ちます。河川や潮汐が陸からリターや土砂を運び込み、それも堆積する。放射性炭素年代測定では、最深部に5,000〜8,000年前の層が含まれることもわかっています。こうした条件が積み重なって、マングローブは1,000 tC/haを超える密度を実現しているのです。世界全体ではマングローブで4〜6 GtC、生態系すべてを合わせると10〜27 GtC——化石燃料の1〜3年分の排出に相当する量が、沿岸の泥の中に眠っている計算になります。

炭素貯留密度(tC/ha)マングローブ1,100塩性湿地500海草藻場200陸上熱帯林250陸上温帯林200
図2:生態系別の炭素貯留密度比較

日本のブルーカーボンと市場のいま

日本では国土交通省・港湾局が旗振り役です。2017年にジャパンブルーエコノミー技術研究組合(JBE)が設立され、Jブルークレジット制度を運営。海藻場・藻場・マングローブ・潮汐湿地が対象で、2023年度時点の累計認証量は約3,733 t-CO2でした。横浜港・神戸港・福岡市・三重県などのプロジェクトを足し合わせた数字で、絶対量はまだ小さいものの、2030年に向けて年間数万t-CO2規模を目指しています。価格は1トンあたり3〜7万円とVCM平均より高め。これは地域の社会価値を上乗せした設定です。

世界に目を向けると、自主的炭素市場(VCM)でブルーカーボンが急拡大しています。最大手のVerraはVM0033(潮汐湿地・海草の再生)やVM0007(REDD+マングローブ)といった方法論を整備し、価格帯は10〜40 USD/t-CO2。社会便益を重視するPlan Vivoは30〜80 USDとプレミアムがつきます。2023年のブルーカーボン部門は約120万t-CO2発行で市場規模5,000万USD程度ですが、McKinseyの2024年試算では2030年に5億USD超へ、10倍の拡大が見込まれています。

ここで強調しておきたいのは、炭素クレジットはあくまで「氷山の一角」だという点です。マングローブ100haの案件で炭素便益が年5,000USD程度でも、防災便益はIUCN推計で年65万USD。漁業資源の涵養や観光まで含めると、クレジット収入をはるかに上回る価値が同時に生まれます。これがブルーカーボンを単なるオフセット手段以上のものにしている理由です。

足元のリスクと企業の動き

皮肉なことに、ブルーカーボン生態系そのものが気候変動に脅かされています。海面が堆積層の成長速度(年1〜10mm)を上回って上昇すれば水没してしまう。Lovelock et al. 2015は、年5mmを超える上昇下では太平洋・カリブの島嶼マングローブの多くが2050年までに失われると予測しました。実際にマングローブは1980年以降世界で2〜3割、塩性湿地は5割以上が消失したとされ、その劣化で放出されるCO2は年0.5〜1.5 GtCO2——森林伐採由来排出の約5分の1にあたる、無視できない量です。

こうしたなか、日本企業の参画が2020年代に入って一気に増えました。三井住友銀行はブルーカーボン向けサステナブルファイナンスで累計100億円超を融資、三菱商事や丸紅、伊藤忠といった商社はアジア各地で植林・藻場再生に出資しています。背景にあるのが2023年9月に最終提言が出たTNFD(自然関連財務情報開示)です。企業は操業地や調達地が沿岸生態系にどれだけ依存・影響しているかの開示を求められ、ブルーカーボンへの投資が「自然関連リスクの軽減策」として位置づけられるようになりました。日本はTNFDパイロット参加企業が80社超と世界最多で、この分野の議論をリードしています。

よくある質問

Q. グリーンカーボンとは何が違うのですか?

貯める場所と期間が違います。陸の森林(グリーンカーボン)は主に幹のバイオマスに数十〜数百年蓄えるのに対し、ブルーカーボンは海底堆積物に数千年閉じ込めます。密度もブルーのほうが3〜5倍高い。ただし世界面積は森林が圧倒的に広く、量では森が優位です。競合ではなく相補的な関係と考えるのが正解です。

Q. 個人でも貢献できますか?

できます。Jブルークレジットなど認証クレジットの購入、Wetlands Internationalといった関連NPOへの寄付、海岸保全活動への参加、エコツーリズムの利用、地元水産物を選ぶこと——複数のチャネルがあります。

Q. クレジットの永続性は信頼できますか?

完全な永続ではありません。海面上昇や嵐、人為破壊のリスクは残ります。ただしVerraやJブルーは永久バッファプール(5〜30%を留保)やモニタリング、20〜100年の保全契約、リーケージ控除など複層的な仕組みで信頼性を担保しています。

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この記事を書いた人

ハウスメーカーで住宅の構造を担当したのち、林業の世界へ。林業・木材・建築の3領域を横断する視点で、Forest Eight の記事を編集しています。

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