梼原町(高知)の木造建築群|雲の上の図書館・ホテル・隈研吾の地域材実験

梼原町の木造建築群 | Forest Eight

高知県の山あいに、人口わずか3,300人ほどの小さな町があります。梼原町(ゆすはらちょう)――森林率91%、四方を1,000m級の山に囲まれた、まさに森の町です。この町が建築の世界で広く知られているのは、世界的建築家・隈研吾が1994年から20年以上にわたって6棟もの地域材建築を手がけ、町全体を「木造建築の博物館」に変えてしまったからです。隈自身が「梼原は私の建築家としての原点」と公言する、特別な場所でもあります。

目次

まずは基本データ

所在地 高知県高岡郡梼原町
面積 / 人口 236.45km² / 約3,300人
森林率 91%(うち人工林率 約60%)
主要樹種 スギ(約65%)・ヒノキ(約30%)
標高 町中心部410m〜最高点1,455m
隈研吾建築 1994〜2018年に計6棟

御用材の山と、龍馬が抜けた道

梼原は江戸時代、土佐藩の御用材産地でした。藩が山林を直轄管理し、良質なスギ・ヒノキは四万十川を筏で下って須崎港から大阪・江戸へ運ばれました。藩政期から続く植林文化と選木育林の知識が、いまの高品質な地域材の基盤になっています。

もう一つ、梼原は幕末の「脱藩の道」でも知られます。坂本龍馬ら6人の志士が梼原から伊予国(愛媛)へ抜けたとされ、司馬遼太郎『竜馬がゆく』にもその険しい山道が描かれています。町内には「維新の門」群像などの史跡が点在し、歴史と建築をあわせて巡れるのも梼原ならではです。集落の入口や峠には、旅人に茶を振る舞う相互扶助の文化を伝える木造の小屋「茶堂(ちゃどう)」が13棟現存していて、この「もてなしの原型」が隈研吾の建築言語にも影響を与えています。

森を回す仕組みを、町が自前で持っている

梼原方式の核心は、設計から調達・加工・施工までが町内で完結する「林業の地産地消」です。梼原町森林組合は年間約3万m³の素材を生産し、町内の製材所で原木から製品まで一貫加工できる体制を持つため、公共建築の地域材自給率はほぼ100%。立木選定から伐採・製材・乾燥・プレカット・施工までが町の中で回り、梼原産材のカーボンフットプリントは外材より約60%低いと試算されています。

特筆すべきは2000年、四国で初めてFSC(森林管理協議会)認証を取得したこと。認証材は隈建築群にも使われ、トレーサビリティの担保された木材として評価されています。さらに同じ2000年、町は町営の風力発電2基を導入し、年間約4,000万円の売電収入を全額、森林整備基金に積み立てています。間伐補助や再造林の財源を町自らが確保するこの仕組みのおかげで、梼原の再造林率は約95%。全国平均が約30%にとどまるなか、際立った数字です。

6棟の隈研吾建築

隈研吾と梼原の縁は、1987年にさかのぼります。1948年築の木造芝居小屋「ゆすはら座」の取り壊し計画に地元有志が反対し、相談を受けた隈が保存に動いたのがきっかけでした。畳敷きの客席に廻り舞台・花道を備えたこの劇場は、いまも国の登録有形文化財として町民に使われています。この出会いが、1994年の「雲の上のホテル」から始まる長い協働につながりました。

雲の上のギャラリー/木橋ミュージアム(2010年)

梼原を世界に知らしめた代表作です。橋の中央に1本の柱を立て、そこから両側へ木材を斜めに積層して跳ね出すカンチレバー構造。地元の伝統木組み「地獄組み」を現代的に再構築し、梼原産スギの心持ち材(90×180mm)を使っています。JIA環境建築賞、木材活用コンクール林野庁長官賞を受賞しました。

梼原町総合庁舎(2006年)

町役場の建て替え。最大の見どころは外装の千本格子で、断面30×40mmの梼原産スギを約14,000本、外周に縦使いで配列しています。日射調整・プライバシー・地域材の象徴性を一手に担う設計です。議場は無垢杉の格天井、床は栗の無垢フローリング。第1回ウッドデザイン賞優秀賞(農林水産大臣賞)を受けています。

マルシェ・ユスハラ(2010年)

1階が地元産品の市場、2階が宿泊施設という道の駅型の複合施設。外装全面が茅葺きという驚きの作品で、茅をパネル化して二重ガラスのフレームで挟み込み、伝統素材を現代建築の外装材として再構成しています。CNNトラベルの革新的建築特集にも取り上げられました。

雲の上の図書館(2018年)

梼原の隈作品の集大成といえる建物。天井から床へ向かって地元杉の角材を樹木のように林立させた内部は、来館者がまるで森の中を歩くように本を読める空間です。Wallpaper誌の「世界で最も美しい図書館」にも選ばれました。年間約6万人が訪れ、これは町の人口の実に18倍。子ども向けの読み聞かせコーナーや町民の交流スペースを備えた、町の文化拠点になっています。

雲の上のホテル(1994年→2025年建て替え)

梼原最初の隈作品。標高約600mの高台に建ち、晩秋から早春には雲海を望むことから「雲の上」と名づけられました。2021年に老朽化で閉館し、2025年にCLT構造の新棟として建て替え再開業しています。

20年貫かれたデザイン言語

梼原の建築群が他地域と決定的に違うのは、20年以上にわたって統一されたデザイン言語が貫かれている点です。樹種は地元スギ・ヒノキに統一し、外装は水平ルーバー・千本格子・茅葺きの3パターンに整理。ルーバーや格子の断面は地元製材所の標準歩留まりに合わせ、屋根はコンクリート陸屋根を一切採らず勾配屋根・茅葺き・金属で統一しています。だから町を歩くと「梼原らしさ」が一貫して感じられ、観光ブランドとしても強力に機能する。アートやITは流動的で複製も容易ですが、地域材建築は森・職人・建築家の三者が長期間関与しないと成立せず、模倣が極めて難しい。これが梼原最大の強みです。

その効果は数字にも表れています。2018年の図書館開館を境に、建築見学を主目的とする来訪者が大きく増え、いまや年間約5万人。東京大学・京都大学をはじめとする建築学科が、ほぼ毎年学生を合宿で送り込むフィールドラボにもなっています。新国立競技場(2019年)の地域材活用コンセプトも、隈が梼原で重ねた実験が土台になっています。

輝かしさの裏にある課題

もちろん、梼原方式は万能ではありません。名建築が集まっても人口の自然減少は止まらず、2000年比で約20%減りました。森林組合作業班の平均年齢は58歳で、後継者確保が最大の経営課題です。木造の公共建築は10年ごとに千本格子やルーバーの再塗装・部材交換が必要で、年間約3,000万円の維持費が町財政を圧迫します。建築見学に依存する観光モデルは天候や季節に左右されやすく、コロナ禍では観光客が約6割減った年もありました。

こうした課題に対し、町はFSC認証材の輸出拡大、CLT製造拠点の誘致、ドローンを使った林業の実証などを進めています。建築の象徴性だけに頼らず、林業そのものの収益性を上げられるか――それが次の20年の鍵になります。それでも、過疎の町が「森・木・建築・観光・教育」を一体で運営し、人口減少下でも独自の経済圏とブランドを築けることを梼原が実証した意味は、きわめて大きいといえます。

よくある質問

Q. 建築群は1日で見学できますか?

主要4棟(雲の上の図書館・町総合庁舎・マルシェ・ユスハラ・ゆすはら座)は町中心部の半径1km以内に集まっていて、徒歩で半日ほどで巡れます。雲の上のホテル・ギャラリーは中心部から車で5分。1泊2日が余裕のある計画です。

Q. 内部の見学はできますか?

町総合庁舎・雲の上の図書館は開庁・開館時間中なら無料で見学できます。ホテル・マルシェは利用客以外もロビー等の見学が可能。ゆすはら座はイベント日を除き、町教育委員会への事前連絡で内部見学できます。

Q. アクセスは?

高知龍馬空港から車で約2時間10分、JR高知駅から約1時間40分、JR松山駅から約2時間30分。公共交通の便は限られるため、レンタカーが現実的です。

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この記事を書いた人

ハウスメーカーで住宅の構造を担当したのち、林業の世界へ。林業・木材・建築の3領域を横断する視点で、Forest Eight の記事を編集しています。

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