春日大社(奈良)|千年以上の式年造替と地域材の継承

春日大社 | Forest Eight

奈良・春日山のふもとに鎮座する春日大社は、768年(神護景雲2年)に藤原氏の氏神として創建された古社です。朱塗りの柱に檜皮葺きの屋根――その美しい社殿が1,200年以上も瑞々しさを保ってきた秘密は、20年に1度くり返される「式年造替(しきねんぞうたい)」にあります。伊勢神宮の式年遷宮と並ぶこの更新の伝統は、単なる建物の修理ではなく、森と職人と信仰をまるごと次代へ受け渡す壮大な仕組みです。1998年に世界遺産「古都奈良の文化財」の構成資産に登録されました。

目次

まずは基本データ

所在地 奈良県奈良市春日野町
創建 768年(神護景雲2年)
祭神 武甕槌命・経津主命・天児屋根命・比売神(春日大神4柱)
本殿様式 春日造(本殿4棟)
世界遺産登録 1998年「古都奈良の文化財」構成資産
主要構造材 ヒノキ(木曽・吉野ほか)、屋根は檜皮葺き
年間参拝者 約950万人(2019年)

聖域の森を守るため、遠くの山を使う

春日大社が創建された8世紀後半は、平城京が成熟し、藤原氏が政治の中枢を固めつつあった時代です。常陸の鹿島神宮、下総の香取神宮、河内の枚岡神社から神々を勧請し、藤原氏の出自と権威を象徴する神格を一所に集めました。

注目したいのは、創建当時から背後の春日山が「神奈備(神の宿る山)」として狩猟も伐採も禁じられていたこと。建築用材は春日山ではなく、木曽・吉野・伊賀・近江といった他産地から調達されました。「聖域の森を守るために遠隔地の山林を使う」という構造が、この時点ですでに完成していたのです。この春日山は現在、841年以来1,180年以上も伐採・狩猟が禁じられてきた事実上の原生林「春日山原始林」(特別天然記念物)として残り、社殿とともに世界遺産に登録されています。

春日造という建築

本殿の様式「春日造」は、神明造(伊勢神宮)・大社造(出雲大社)・流造(賀茂神社)と並ぶ神社建築の代表様式です。屋根は切妻で、入口は妻側(短辺)に開く妻入り。正面に階段と庇を張り出す向拝(こうはい)が大きく前傾し、柱や組物は鮮やかな朱の丹塗り、屋根はなめらかな曲線を描く檜皮葺き。第一殿から第四殿までが約1.6m間隔で並ぶ、人の身体感覚に近い小ぶりな社殿が連立しています。この様式は吉田神社や大原野神社など藤原氏ゆかりの社へと伝播し、各地で派生形を生みました。

20年ごとに更新する「式年造替」

春日大社の式年造替は、記録上は平安時代の823年に第1回が行われ、以来1,200年以上にわたって続いてきました。直近の第60次造替は2015年3月から2016年11月にかけて実施され、総事業費は約27億円、延べ約4万人日の職人が関わっています。次回の第61次は2035〜2036年の予定です。

造替には三つの意味があります。風雨で傷んだ屋根や木部を交換して建築寿命を延ばす物理的更新。宮大工や檜皮葺き、建具、漆塗りの職人技を世代を超えて伝える「実地の教場」としての技術継承。そして、神道における清浄性を新たにし、ご神体の遷座をともなう信仰の更新です。

興味深いのは、その更新方式が伊勢神宮とは対照的なこと。伊勢が社殿全体を新築する「全建替」なのに対し、春日大社は傷んだ部材だけを交換する「修理造替」を基本とします。

項目 春日大社(修理造替) 伊勢神宮(式年遷宮)
頻度 20年に1度 20年に1度
方式 劣化部材の交換が中心 社殿全体を新築
用材量 檜皮約6トン+部材ヒノキ数十m³ ヒノキ大径材 約13,000m³
事業費 約27億円(第60次) 約550億円(第62回)

この違いは、両社の神聖性の表現の差を映しています。伊勢が常に新しい社殿で神を迎えるのに対し、春日は古色を帯びた部材を残しながら更新を重ねることで「持続する古さ」を表現する。建築学的には、春日方式のほうが部材保存性が高く、文化財としての歴史的価値が累積していく利点があります。

木を伐らずに屋根を葺く――檜皮葺きの知恵

春日大社の本殿の柱には、伝統的に樹齢200〜300年の木曽桧の大径材が使われます。木曽は江戸時代に尾張藩が「木一本、首一つ」と謳われるほど厳しく伐採を制限し、明治以降は皇室財産の御料林、戦後は国有林として計画的に育成されてきた山。いまも林野庁中部森林管理局が、伊勢神宮や春日大社、東大寺など主要寺社の御造営材を供給する「神宮備林」として管理しています。

屋根はすべて檜皮葺き(ひわだぶき)で、20年ごとに葺き替えます。檜皮は、樹齢70〜100年以上の立木のヒノキから木を伐らずに皮だけを採る「採皮(さいひ)」という技法で得られます。これを担うのが「原皮師(もとかわし)」と呼ばれる専門職人。垂直に近い幹をロープと木製ハシゴで登り、専用のヘラで皮を縦に裂きながら剥がしていきます。熟練者でも1本に20〜40分。第60次造替では約6トン、延べ約1万2千本分の檜皮が使われました。

驚くべきは、皮を採られた木が数年で新しい皮を再生し、樹勢にほとんど影響しないこと。同じ木から8〜10年で再び採取できます。「木を伐らずに製品が得られる」というのは森林資源の利用としては極めて稀で、まさに「使い切らずに使い続ける」伝統の知恵そのもの。この仕組みが「皮を採るために森を維持する」動機を地元林業に与え、戦後の拡大造林で多くの林がスギ・ヒノキの短伐期人工林に変わるなかでも、檜皮供給林は80〜120年の長伐期施業を保ってきました。現代のSDGsやFSC・PEFC認証林業が掲げる原則と、本質的に重なります。

細る供給、高齢化する職人

とはいえ、この伝統は綱渡りの局面にあります。戦後の造林が短伐期のスギ・ヒノキ中心だったため、樹齢200年級の大径ヒノキは枯渇しつつあります。採皮を担う原皮師は全国で約100名、平均年齢は55歳超。檜皮の単価もこの10年で約1.5倍に高騰しました。式年造替にはこの採皮のほか、宮大工、檜皮葺き、建具製作、装飾錺金物、日本産漆の生産など16種以上の「選定保存技術」が結集します。一つの現場でこれほど多様な伝統技術が同時に動くのは、きわめて稀なことです。

こうした課題に対し、林野庁は2008年に「文化財の森システム」を制度化し、全国87か所の森林を文化財用材の供給林として指定。文化庁も人材育成計画を立て、檜皮葺き職人や原皮師の確保目標を打ち出しています。2035〜2036年の第61次造替に向けて、檜皮の備蓄、職人の養成、大径材の確保がいまから準備されている――式年造替は、20年という短いサイクルだからこそ、技術が途切れずに次代へ渡っていく仕組みなのです。

神を山から都へ迎える

本殿に使う大径ヒノキの調達は、造替の10〜15年も前から始まります。林野庁・春日大社造営課・宮大工棟梁の三者が協議して候補木を選び、立木のまま神事を奉斎。伐採の数年前から「御杣始祭(みそまはじめさい)」などの祭祀を段階的に重ねてから、ようやく山から下ろします。この一連の儀礼は、伐採が単なる経済行為ではなく「神を山から都に迎える」宗教行為であることを物語っています。

春日大社といえば、境内に並ぶ約3,000基の燈籠も有名です。石燈籠約2,000基、釣燈籠約1,000基。平安から江戸にかけて貴族・武家・庶民が奉納したもので、日本最古かつ最多級の燈籠群です。年に2回、節分と中元に全燈籠へ火が灯される「萬燈籠(まんとうろう)」の幻想的な夜には、ふだん遥拝のみの本殿エリアに近づくことができます。森を守り、職人を育て、神事を重ねながら更新を続ける春日大社は、木造建築技術の途絶を防ぐ「世界で最も成功した制度」のひとつとして、1994年の「奈良文書」をめぐる国際的な真正性議論でも注目されました。

出典・参考

よくある質問

Q. 直近と次回の式年造替はいつですか?

直近は2015〜2016年の第60次造替です。次回の第61次は2035〜2036年の予定で、檜皮の備蓄や職人の養成がいまから進められています。

Q. 春日大社と伊勢神宮の造替はどう違いますか?

頻度はどちらも20年ですが、伊勢は社殿全体を新築する「全建替」、春日は傷んだ部材だけを交換する「修理造替」です。事業費も伊勢の約550億円に対し春日は約27億円と、規模が大きく異なります。

Q. 萬燈籠はいつ見られますか?

節分(2月3日)と中元(8月14・15日)に、約3,000基の燈籠すべてに火が灯ります。この期間はふだん遥拝のみの本殿エリアに近づける貴重な機会です。

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この記事を書いた人

ハウスメーカーで住宅の構造を担当したのち、林業の世界へ。林業・木材・建築の3領域を横断する視点で、Forest Eight の記事を編集しています。

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