【クワ/ヤマグワ】Morus australis|養蚕業を支えた歴史的樹種、琵琶・三味線の胴材

クワ | Forest Eight

里山の林縁や畑のわきに、誰が植えたわけでもなく生えている木――それがクワ(桑/ヤマグワ、Morus australis)です。今でこそ雑木のような顔をしていますが、ほんの100年前まで、この木の葉が日本最大の輸出産業を支えていました。蚕(カイコ)を育てる桑の葉、そして琵琶や三味線の胴をつくる銘木。さらに近年は、果実マルベリーや桑の葉茶として健康食品の世界でも再び脚光を浴びています。一本の木が、経済・芸能・食の三つの分野で主役を張ってきた、という稀有な歴史を持つ樹です。

気乾比重0.60(0.55〜0.65)重硬・耐摩耗曲げ強度90-110MPa高強度曲げヤング率10-12GPa高剛性耐朽性★★★★☆D2級中〜高
図1:クワ/ヤマグワの主要スペック(含水率15%基準・代表値)
目次

かつて輸出総額の3〜4割を稼いだ葉

桑と蚕の利用は古代中国に始まり、日本へは弥生〜古墳時代に伝わったとされます。『魏志倭人伝』にも倭人が桑を植え蚕を飼うとの記述があり、奈良時代には絹織物が税(庸調)として国家財政の柱になっていました。

その絹産業が爆発的に伸びたのが明治以降です。1872年(明治5年)の富岡製糸場開業を機に器械製糸が広まり、1909年には日本が世界最大の生糸輸出国に。1920年代には世界の生糸輸出のおよそ8割を日本が占めました。桑園(桑畑)の面積は1929年のピーク時で全国約42万haに達し、群馬・長野・福島・山梨などに広がっていました。当時、生糸は日本の輸出総額の3〜4割を占める基幹輸出品。近代化の財源は、桑の葉で育った蚕が稼いでいたと言っても過言ではありません。富岡製糸場が2014年に世界文化遺産に登録されたのも、この歴史への評価です。

しかし世界恐慌とナイロンなど合成繊維の登場で蚕糸業は急速に衰退し、桑園面積は2020年代には3,000ha台――ピークの実に140分の1ほどまで縮みました。それでも、結城紬や西陣織といった高級和装、シルク化粧品、医療用シルク(縫合糸・人工血管)などの形で絹そのものは生き残り、群馬・長野・福島の一部で伝統的な養蚕が今も続いています。

蚕は桑なしでは生きられない

家畜化された蚕(カイコ)は、もはや野生では生きられない昆虫です。飛べず、体は白く、人の世話なしには繁殖もできません。その野生の祖先がクワコで、こちらは今も里山のクワの葉を食べて暮らしています。およそ5,000年前、中国でこのクワコの家畜化が始まったと考えられています。

面白いのは、蚕が桑の葉「しか」食べないこと。桑の葉には外敵から身を守るための防御物質(DNJなどのアルカロイド)が含まれているのですが、蚕はこれを無毒化する特別な代謝能力を持つ代わりに、桑以外の植物は消化できなくなりました。極端な「単食性」の典型例として、進化生物学の重要な研究対象になっています。

琵琶・三味線をつくる「飴色の銘木」

用材としてのクワは、気乾比重0.55〜0.65の中重量材。最大の魅力は心材の色です。新しいうちは黄褐色ですが、フラボノイド系色素が紫外線や酸素で変化し、年を経るほど深い飴色〜茶褐色へと育っていきます。だから古い琵琶や三味線の胴は、新しい材より高く取引される。木そのものが時間とともに価値を増していく、珍しい素材です。

曲げ強度90〜110 MPa、ヤング率10〜12 GPaという「中重量・中剛性」のバランスは、弦楽器の胴材としてちょうど良いレンジにあります。振動の減衰が小さく響きが長く続くため、薩摩琵琶・筑前琵琶の胴には国産クワが標準。津軽三味線などの高級品では棹や胴枠にも使われます。製材は1m³あたり15〜30万円のプレミアム価格で、特に黒っぽく木目の緻密な古木「黒桑」は50万円を超えることもあります。原木の年間流通量は推定で数十m³程度しかなく、需給は極端にタイト。茶道具(棗・茶筒)や仏具、数珠の素材としても古くから珍重されてきました。

クワ/ヤマグワと主要針葉樹の力学特性プロファイル気乾比重曲げ強度圧縮強度せん断強度耐朽性ヤング率クワ/ヤマグワスギヒノキスギを基準とした相対値(外側ほど高性能)
図2:クワ/ヤマグワとスギ・ヒノキの力学特性比較

マルベリーと桑の葉茶――現代の再評価

クワの果実マルベリーは6〜7月に赤紫色〜黒紫色に熟し、ほんのり甘くて少し酸味があります。生食はもちろん、ジャム・果実酒・スムージーに。アントシアニンやポリフェノールが豊富で、その総量はブルーベリーに匹敵します。群馬県甘楽町、長野県小諸市、京都府綾部市など、かつての養蚕地で「マルベリーワイン」「桑の実ジャム」といった6次産業化の取り組みが根づいています。

もう一つ注目されているのが桑の葉茶です。葉に含まれるDNJ(1-デオキシノジリマイシン)という、クワ属にしかないイミノ糖が、糖の分解酵素(α-グルコシダーゼ)の働きを抑え、食後の血糖値上昇をゆるやかにします。消費者庁の機能性表示食品制度でも「食後の血糖値の上昇を緩やかにする」と表示した届出商品が複数登場し、血糖値スパイク対策の素材として市場を伸ばしています。こうした桑加工は特用林産物事業として森林環境譲与税の活用対象にもなります(制度の詳細は森林環境譲与税の解説記事を参照)。

クワ/ヤマグワの主用途1養蚕の桑葉2琵琶・三味線胴材3家具材4果実5桑の葉茶
図3:クワ/ヤマグワの主用途

見分け方

  • :卵形で8〜15cm、ふちにギザギザ(重鋸歯)、互生。若い枝では3〜5裂に深く切れ込み、古い枝では切れ込みが消える「葉形の多形性」が面白いところ。葉先が細く尾状に伸びるのがヤマグワの目印で、栽培種のマグワ(葉が大きく葉先が短い)との違いです。
  • 果実:6〜7月の赤紫色〜黒紫色のマルベリーが何よりの決め手。
  • 樹皮:灰褐色でなめらか、老木で縦に浅く裂けます。
  • 切り口:新鮮な切り口は黄色く、空気に触れると褐色に変わります(フラボノイドの発色)。

よくある質問

ヤマグワとマグワはどう違いますか?

同属の別種です。ヤマグワ(M. australis)は日本の野生種で、葉が小ぶり・葉先が尾状に伸び、寒さに強い。里山でふつうに見られるのはこちらです。マグワ(M. alba)は中国原産の栽培種で葉が大きく、蚕の飼育に向くため明治の養蚕で全国に広まりました。

桑の実や桑の葉茶は健康にいいのですか?

マルベリーはアントシアニンなどのポリフェノールが豊富。桑の葉茶はDNJによる血糖値上昇の抑制が注目され、機能性表示食品も登場しています。ただし食品であって薬ではないので、糖尿病などの治療目的なら必ず医師の指導下で利用してください。なお桑は漢方でも、根皮(桑白皮)・葉(桑葉)・枝(桑枝)・実(桑椹)と部位ごとに生薬として使われてきました。

庭木として育てられますか?

育てられます。果実を楽しむなら雌株か両性株を選びましょう。樹高10〜15mになるので広い庭向きですが、剪定で3〜4mに抑えることもできます。落葉が多く、熟した実を鳥が食べてフン害になることがある点と、カミキリムシ(桑天牛)の被害には注意を。

関連記事

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

ハウスメーカーで住宅の構造を担当したのち、林業の世界へ。林業・木材・建築の3領域を横断する視点で、Forest Eight の記事を編集しています。

コメント

コメントする

CAPTCHA


目次