枯死木の遷移─白色→褐色→軟腐朽菌の段階的分解

枯死木の遷移─白色→褐色→軟腐朽… | Forest Eight

森の中で倒れた木や立ち枯れた木を見ると、つい「片づけたほうがいいのでは」と感じてしまいます。でも生態学の目で見ると、枯死木(dead wood)はまったく不要物ではありません。むしろ、菌類が時間をかけて主役を交代しながら分解し、その間に鳥や虫や小動物が住みつき、最後には土に還っていく──森のなかでも特ににぎやかな場所なのです。1本の枯死木の上には菌類だけで100種以上、無脊椎動物まで含めれば数百種が暮らすこともあります。この記事では、枯死木が分解されていく道のりと、それを支える菌類の交代、そして林業の現場でいま起きている「除伐から保全へ」の流れを見ていきます。

分解期間10-120樹種・気候依存関与菌類100+種/枯死木日本菌学会調査炭素貯留5-20% of森林炭素IPCC AR6推奨保留20-30m³/haEU・北欧基準
図1:枯死木遷移の主要諸元(FFPRI、IPCC AR6、IUFRO Working Party 7.03.10より作成)
目次

枯死木が森で果たす役割

枯死木の働きは、ひとつではありません。まずすみかとして。キツツキ類は腐朽した立ち枯れ木に営巣穴を掘り、その穴をフクロウ・ムササビ・ヤマネ・リスといった二次利用者が代わる代わる使います。1本の立ち枯れ木が数十年にわたって野生動物の住居になり、林野庁の保護林モニタリングでは立ち枯れ木1本あたり平均3.2種の脊椎動物が利用すると報告されています。倒木の下や樹皮下は、両生類・爬虫類・昆虫の越冬場所にもなります。

次に物質循環。枯死木の分解は、リン・窒素・カリウム・カルシウムなどを土壌に返します。とくにリンは、植物が使える無機リンへの変換が枯死木分解に依存していて、生きた木への栄養供給の重要な経路になっています。さらに腐朽した倒木は若い苗が根を下ろすニコハウス(nurse log)として働き、湿度の安定・菌根菌との共生・競合植物の少なさから、倒木上の苗は地表より2〜5倍も生存率が高くなります。北海道のトドマツ林では、トウヒ類稚樹の6割以上がニコハウス由来という報告もあります。そして枯死木は森のスポンジでもあり、1m³の腐朽倒木は乾重の2〜4倍の水を保持して林床の湿潤環境を支えています。

枯死直後から土になるまで

枯死木の分解は段階的に進み、各段階で違う菌類・無脊椎動物・微生物が入れ替わります。FFPRIが採用する5段階分類は国際標準になっています。

Y0-1枯死直後表面菌・樹皮下昆虫Y2-5腐朽開始白色・褐色腐朽菌Y5-15本格分解担子菌が優占Y15-40後期分解軟腐朽菌・土壌菌Y40+土壌化完全な腐植層
図2:枯死木遷移のタイムライン(FFPRI 5段階分類に基づく)

最初の1年ほど(段階1)は、まだ樹皮が密着し、糖類など分解しやすい成分が表面で消費されます。Trichoderma属やPenicillium属、酵母様の菌が先陣を切り、樹皮下ではキクイムシ・カミキリムシの幼虫が坑道を掘って、次の段階の腐朽菌が定着するきっかけを運びます。2〜5年目(段階2)になると樹皮が剥がれ、白色腐朽菌(カワラタケなど)と褐色腐朽菌(ツガサルノコシカケなど)が定着し、初めてきのこ(子実体)が顔を出します。菌類調査では、この段階がもっとも多様性が高いことが多いです。

5〜15年目(段階3)は本格分解期で、ナイフが軽く刺さる硬さになり、担子菌の菌糸が内部に広がってリグニン・セルロースを分解します。シロアリやヤスデも加わります。15〜40年目(段階4)には手で崩せる脆さになり、軟腐朽菌や土壌菌(Mortierella、Mucorなど)が優占し、苔やシダの発芽床になります。そして40年以降(段階5)、原形を留めず腐植層と一体化し、残ったリグニンは難分解性炭素として土壌に長く貯えられていきます。

菌類のバトンリレー

枯死木の上では、菌類が栄養の変化に応じて主役を交代していきます。最初の数年は早期菌──Trichoderma属やPenicillium属など、糖やデンプンといった分解しやすい成分を素早く利用する菌たち。胞子の拡散能が高く、枯死直後の木に真っ先に到達しますが、リグニンを分解する力はほとんどありません。

続く十数年は中期菌、つまり木材腐朽菌の本体です。担子菌が優占し、リグニンペルオキシダーゼ・マンガンペルオキシダーゼ・ラッカーゼといった酵素とセルラーゼを使い分けて、木材の主成分を分解します。20年を過ぎると後期菌──軟腐朽菌やケカビ類、土壌担子菌が、分解の進んだ脆い木で残りの難分解性物質をゆっくり処理し、腐植層へと統合していきます。この交代は栄養の枯渇だけでなく、ある菌が抗菌物質や栄養独占で後続を阻む競争でも駆動されています。下の表は、各段階で主役になる菌をまとめたものです。

遷移段階 代表菌類 分類群 分解対象
初期 Trichoderma、Penicillium 子嚢菌 糖類・易分解成分
中期(白色腐朽) カワラタケ(Trametes) 担子菌 リグニン+セルロース
中期(褐色腐朽) ツガサルノコシカケ(Fomitopsis) 担子菌 セルロース選択
後期(軟腐朽) Chaetomium 子嚢菌 残存セルロース表層
後期 Mortierella、Mucor ケカビ 残存有機物・土壌化

白色・褐色・軟腐朽の三つの戦略

木材腐朽菌には三つの戦略があり、その比率が枯死木の見た目と最終産物を決めます。白色腐朽菌はリグニンとセルロースの両方を分解し、木材は最終的に白い繊維状になります。世界の木材腐朽菌約7,000種のうち約9割がこのタイプで、ブナ・ナラなど広葉樹で優占します。カワラタケ・シイタケ・ヒラタケ・マンネンタケが代表です。

褐色腐朽菌はセルロースを優先的に分解してリグニンを残すため、残ったリグニンが酸化して褐色になり、木材は立方体状に崩れます(cubical rot)。スギ・ヒノキ・マツ・トウヒなど針葉樹で優占し、残存リグニンが難分解性炭素として長く貯留される点が炭素の観点では重要です。軟腐朽菌は子嚢菌が主で、低栄養・湿潤な環境で木材表面の薄い層だけを分解します。冷涼湿潤な気候や水際、土壌接触面で活躍します。同じ森でも、樹種・湿り気・接地条件によって個々の枯死木が違う経路をたどっていくのです。

樹種で大きく変わる分解の速さ

枯死木がどれくらいで分解されるかは、樹種によって大きく違います。FFPRIの長期モニタリング(北海道・東北・関東の20年スパン研究)をもとにした概略を示します。

代表的な樹種別の概略分解期間(直径30cm、温帯)10年30年50年70年90年120年シラカバ10〜25年ブナ15〜35年ミズナラ20〜45年スギ25〜55年アカマツ30〜70年ヒノキ35〜80年トドマツ40〜90年エゾマツ50〜120年
図3:樹種別の概略分解期間(FFPRI、北海道大学雨龍研究林の長期モニタリングより)

おおむね広葉樹は速く(ブナ・ナラ・シラカバで約10〜45年)、針葉樹は遅い(スギ・ヒノキ・トドマツで25〜120年)傾向があります。理由は、広葉樹が白色腐朽菌優占でリグニンとセルロースを同時に分解できるのに対し、針葉樹は褐色腐朽優占でリグニンが残ること、さらに針葉樹のテルペン類・フェノール類が抗菌的に働くことなどです。とくに北海道のエゾマツ大径木は、冷涼な気候も相まって完全分解に120年以上かかる例もあり、原生林の長期炭素貯留を支える存在になっています。

枯死木は生物多様性のホットスポット

枯死木は森の生物多様性が集中する場所です。日本のキツツキ類7種すべてが立ち枯れ木に営巣し、その穴をフクロウ・シジュウカラ・ゴジュウカラ・ムササビといった二次空洞営巣者が利用します。立ち枯れ木が減ると、二次利用者の繁殖成功率まで下がってしまうのです。昆虫では、日本で約1,300種の甲虫が枯死木に依存すると推定され(saproxylic beetles)、カミキリムシ・クワガタムシ・ゴミムシダマシなどが代表格。EUのHabitats Directiveでは、こうした枯死木依存種が多数、保護対象に指定されています。ムササビ・ヤマネ・リスといった小型哺乳類も樹洞や倒木の隙間を巣穴に使い、冬眠期には腐朽倒木内部の安定した温湿度が決定的に重要になります。

炭素の面でも枯死木は重要です。IPCC AR6では森林炭素を「生立木・枯死木・リター・土壌・収穫木材製品」の5プールに分け、枯死木を独立プールとして計上します。日本の森林では平均8〜12%を占め、分解が緩慢なため即時のCO₂放出は年1〜3%程度で、難分解性のリグニン由来炭素は数十〜数百年規模で土壌に貯えられます。ただし温暖化が進むと分解が加速する懸念があり、枯死木の温度応答(Q10=2.0〜2.5)は土壌有機物より強いことから、各国で温暖化シミュレーション研究が進んでいます。

「除伐」から「保全」へ

こうした知見を背景に、森林管理の考え方は大きく変わりました。景観整備や虫害防止のために枯死木を取り除く「除伐主義」が1980年代まで欧米でも標準でしたが、1992年の生物多様性条約以降、枯死木依存種の絶滅危機が認識され、政策が転換します。いまの現代的アプローチは、(1)1haあたり20〜30m³以上を保留し、(2)多様な太さ・分解段階を確保し、(3)自然死亡木を尊重し、(4)危険木のみ最小限を除伐する、というもの。FSC・PEFC・SGECといった森林認証も枯死木保全を要件に明示しています。生物多様性と枯死木量には正の相関があり、1haあたり20m³を超えると多様性が顕著に向上、40m³以上で原生林水準に近づくと推定されています(原生林で50〜200m³、人工林では1〜10m³が典型値)。

日本でも知床国立公園のエゾマツ・トドマツ大径枯死木はクマゲラの重要な営巣地、白神山地のブナ枯死木はクマタカやイヌワシの生息環境、屋久島の屋久杉大径枯死木は数百年スケールの炭素貯留と、保護林で積極的に保全が実践されています。

よくある質問

枯死木は除伐すべき?それとも残すべき?

場所と目的による使い分けが、いまの考え方です。景観や安全に問題のない奥地・自然林・保護林では残し、人家・道路・遊歩道のそばでは危険なものだけを最小限取り除く。一律に除伐するという発想は、現在の科学的知見には合いません。

倒木と立ち枯れ木では違う?

はい。倒木は地面に接して湿るので腐朽が速く(10〜50年)、立ち枯れ木は乾燥して遅くなります(30〜100年以上)。立ち枯れ木はキツツキ類の営巣地として特に重要なので、両方の形を残すのが望ましいです。

枯死木は害虫や病原菌の温床では?

多くの枯死木依存昆虫は弱った木・枯死木だけを使い、健全な生立木は加害しません。木材腐朽菌の大半も枯死木のみを分解し、生立木には害を及ぼしません。むしろ生物多様性が確保されることで天敵が働き、害虫制御に役立つ面もあります。

森の動的平衡を支える「森林資本」

枯死木は、森が自分自身を更新し続けるための欠かせない部品です。10〜120年に及ぶ分解の道のりは、菌類のバトンリレー、虫や鳥や哺乳類のすみか、苗のゆりかご、土の更新と、いくつもの役割を同時に担っています。森林の所有者や管理者にとって、枯死木は「片づけるべき不要物」ではなく「森林資本」の一部。1haあたり20〜30m³を残し、太さや分解段階の多様性を確保するという考え方を取り入れるだけで、生物多様性も炭素貯留も水源涵養も、まとめて底上げできます。倒れた木のなかで進む静かな営みに少し目を向けると、森の見え方が変わってくるはずです。

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この記事を書いた人

ハウスメーカーで住宅の構造を担当したのち、林業の世界へ。林業・木材・建築の3領域を横断する視点で、Forest Eight の記事を編集しています。

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