キノコの電気的コミュニケーション:Adamatzky 2022「菌類の言語」論文の検証

電気的コミュニケーション 2022 | Forest Eight

「キノコがしゃべっている」——2022年4月、そんな見出しが世界中を駆けめぐりました。発信源は、英国West of England大学のAndrew Adamatzky教授がRoyal Society Open Scienceに発表した論文「Language of fungi derived from their electrical spiking activity」です。菌糸体の電気活動を「言語」として解析したというこの研究は、ロマンをかき立てる一方で、激しい賛否も呼びました。本稿では論文の中身と批判、そしてキノコの地下ネットワークをめぐる「Wood Wide Web」仮説までを、冷静に整理していきます。

目次

論文は何を測ったのか

Adamatzkyは、4種のキノコ菌糸体——ヒカリゴケタケ、エノキタケ、スエヒロタケ、冬虫夏草——に銀塩化銀(Ag/AgCl)電極を差し込み、内部の電位変動を数日〜数週間にわたって連続記録しました。すると、菌糸体は持続1〜21時間、振幅0.03〜2.1mVのスパイク状の電気活動を示し、しかもその様子は菌種ごとに違っていました。スエヒロタケはスパイクが長くて不規則、エノキタケは短いスパイクが密集する、といった具合です。

ここからがこの論文の大胆なところです。Adamatzkyはスパイクの並びをモールス信号のように「文字→単語→文」の階層で読み解こうと試みました。連続するスパイクをひとまとまりの「単語」とみなして語長や頻度を分析した結果、菌種ごとに約50語規模の語彙に相当する複雑さがあり、平均語長は5.97文字(英語4.8、ロシア語5.6、ラテン語6.4との比較)と、人間の言語に統計的に近い分布を示した——というのが主張の核心です。

菌糸体の電気スパイク模式図 スパイク・単語・文の階層構造、4種菌の特徴比較。 菌糸体電気スパイクの「言語」階層 スエヒロタケ(Schizophyllum commune) [単語1] [単語2] [単語3] エノキタケ(Flammulina velutipes) ヒカリゴケタケ(Omphalotus nidiformis) 冬虫夏草(Cordyceps militaris) 出典: Adamatzky 2022, Royal Soc Open Sci
図1:4種菌類の電気スパイクパターン概念図(Adamatzky 2022を参照して概念化)。種ごとに固有のパターンを示す。

地下に広がる「菌糸の海」

キノコの電気的会話を考える前に、その舞台となる菌糸ネットワークがどれほど膨大かを知っておくと話が早いです。森林土壌は、まさに「菌糸の海」と呼ぶにふさわしい密度を持っています。

指標 数値
森林土壌1m²当たりの菌糸長 200m〜数千m(最大20km/m²)
菌糸の直径 2〜10μm
森林土壌1haあたりの菌糸質量 最大2,500kg
スパイク伝播速度 毎秒0.5〜数mm(神経の1/100以下)
世界最大の菌糸体(オレゴン州) ナラタケ、約965ha、推定2,400年生以上

とりわけ圧巻なのが、米国オレゴン州マルール国有林の「Humongous Fungus(巨大菌類)」です。これは単一個体のナラタケで、地下に965ヘクタール(約2km×4km)もの菌糸体を広げ、推定樹齢は2,400〜8,650年、重量は約35,000トン。地球上で最大の生物個体とされています。この巨大な菌糸網の中を電気信号がどう伝わるのか——Adamatzky研究が究極的に見据えるのは、そんな世界です。

菌糸ネットワーク密度の比較 森林土壌1平方メートルあたりの菌糸長と他の生物指標との比較。 森林土壌1m²の菌糸ネットワーク密度 菌糸長(メートル) 200m(最低値) 1,000m(典型) 2,500m(高密度森林) 20,000m(最大記録) 参考: 森林1ヘクタール菌糸質量:最大2,500kg 最大菌糸個体:965ha(オレゴン州) スパイク伝播:毎秒0.5〜数mm 出典: Leake et al. 2004; Wallander et al. 2013; USDA 2003
図2:森林土壌の菌糸ネットワーク密度。1m²当たり最大20km、土壌は事実上「菌糸の海」。

Wood Wide Web仮説とMother Tree

菌類ネットワークの情報伝達を世に広めたもう一人の立役者が、ブリティッシュ・コロンビア大学のSuzanne Simard教授です。彼女は1997年、放射性同位体トレーサーを使って樹木間で炭素が移動することをNature誌で実証し、これがいわゆる「Wood Wide Web」仮説の科学的な出発点となりました。

マイルストーン 主な発見
Read「菌根ネットワーク」概念提唱 1984 菌根菌が複数樹木を接続
Simard et al. Nature論文 1997 ダグラスファー↔カバノキ間の炭素移動を実証
Beiler et al. Mother Tree研究 2010 古木1本が47〜250本の若木と接続するハブ構造
Karst et al. 批判論文 2023 Wood Wide Web仮説の証拠は不十分と反論

Simardのもっとも詩的な発見が「Mother Tree(母なる木)」仮説です。1本の古いダグラスファーが周囲の47〜250本の若木と菌根ネットワークでつながり、窒素・リン・炭素を不均一に分配している。死期の近い古木はとくに近縁の若木へ炭素を集中的に送る傾向があり、「親が子へ資源を遺贈する」とまで解釈されました。

ただし2023年、Karstらは「引用バイアスと過剰解釈が森林の菌根ネットワークに関する誤情報を生んでいる」とNature Ecology & Evolution誌で痛烈に批判します。Simardのデータの多くは室内実験で野外実証は限定的、樹木間の炭素移動量は数%以下で生態学的な意味は小さい、Mother Tree概念は擬人化が過剰——というのです。物理的なネットワークの存在は確実でも、その「機能」をめぐる解釈は、いま仮説段階に差し戻され、厳密な再検証が進んでいます。

Wood Wide Webの概念図 Mother Treeを中心とした菌根ネットワーク、警告シグナル伝達。 Wood Wide Web:菌根ネットワークの構造 Mother Tree (古木、ハブ) 凡例: 菌根ネットワーク(CMN) 炭素・窒素・水分・警告シグナルを伝達 出典: Simard et al. 1997, 2021; Beiler 2010
図3:Wood Wide Web概念図。1本のMother Treeが47〜250本の若木と菌根ネットワーク経由で接続。

「警告シグナル」は本当に伝わるのか

Wood Wide Webでもっとも注目される機能仮説が「警告シグナルの伝達」です。ある樹木が害虫やストレスにさらされたとき、菌根ネットワーク越しに隣の木へ「警告」を送り、隣の木が先回りして防御物質をつくる——という筋書きです。Babikovaら(2013)はソラマメで、アブラムシに加害された株から隣接株へシグナルが伝わり、隣接株が4〜6時間でアブラムシ忌避物質を増やすことを示しました。トマトやダグラスファーの苗木でも、似た報告があります。

これらで報告された伝達速度は毎時数cm〜数mで、Adamatzkyの菌糸スパイクの伝播速度(毎時1.8〜10m相当)とも矛盾しません。「電気的なシグナル」と「化学的なシグナル」が併存し、補い合っている可能性が見えてきます。ただし、これらの研究も多くは室内実験で、自然林での実証は依然として技術的に難しいのが正直なところです。

では、批判は何を問題にしているのか

Adamatzky論文は話題を呼んだ一方、科学的には複数の鋭い批判が寄せられています。整理すると、こうなります。

  1. 電気活動=言語ではない:「文字数分布が言語と似ている」だけで言語と呼ぶのは飛躍です。Zipfの法則は雪崩や地震、株価の変動でも成り立つ、ありふれた統計的性質にすぎません。
  2. 計測のアーティファクトかもしれない:菌糸体の電位は、培地のpH・水分・温度の変動や代謝の副産物である可能性が高く、それを「意図的な通信」と読むのは過剰です。
  3. 機能の検証がない:仮にスパイクが情報を運ぶとして、そこに何がコード化され、受け手がどう解釈するのかを示す実験は、まだ存在しません。
  4. 再現性:他グループによる独立した再現はまだ限られており、条件やパラメータの感度分析が必要です。

Olssonらは批判論文「Does electrical activity in fungi function as a language?」で、Adamatzkyの主張には技術的にも論理的にも問題があると詳細に反論しています。とはいえ——測定された電気活動そのものは実在のデータです。問題は「言語」という解釈の当否であって、菌糸体ネットワークが何らかの情報処理機能を持つ可能性まで否定されたわけではありません。この研究は、その可能性へ向けた重要な一里塚と位置づけるのが、いまのところ妥当なところでしょう。

もし本当だとしたら、森林管理はどう変わるか

仮にWood Wide Webや電気スパイク仮説が一定程度真実だとすれば、森林管理への含意は小さくありません。皆伐の際にMother Tree(古木)を選んで残す、単一樹種ではなく菌根菌の相性を考えた混植にする、表層0〜30cmの菌糸密集帯を傷つけない作業を心がける——こうした発想です。実際、カナダのブリティッシュ・コロンビア州森林局は、皆伐区画内に古木を1haあたり5〜10本残す試みを2010年代後半から導入し、再造林後の苗木の生残率が向上したと報告しています。日本でも森林総研が2020年代から検討を始めていますが、まだ研究段階です。

よくある質問

キノコは本当に「会話」しているの?

「会話」を動物のような意図的な通信と定義するなら、現状の科学的な答えはノーです。一方で、菌糸体の中に電気的な活動が確かに存在し、それが何らかの情報処理に関わっている可能性までは否定できません。Adamatzky 2022はあくまで仮説の提起であり、機能の検証はこれからの課題です。

Wood Wide Webは本当に存在するの?

菌根ネットワークという物理的なつながりの存在は確実です(多くの樹種が菌糸で結ばれています)。ただし「樹木間の情報伝達」「資源の意図的な分配」「Mother Treeによる子孫保護」といった機能の解釈は、Karstらの批判を受けて再評価中です。物理ネットワークは事実、機能解釈は仮説段階、と切り分けて理解するのが現状にかなっています。

自分でキノコの電気信号を測れる?

原理的には可能です。銀塩化銀電極とデータロガー、あるいは市販の電気生理計測キット(Backyard Brains等)があれば、家庭でも簡単な実験は始められます。

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この記事を書いた人

ハウスメーカーで住宅の構造を担当したのち、林業の世界へ。林業・木材・建築の3領域を横断する視点で、Forest Eight の記事を編集しています。

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