軟腐朽菌(soft-rot fungi):湿潤木材の分解とTrichodermaの生物防除応用

軟腐朽菌(soft-rot fu… | Forest Eight

白色腐朽・褐色腐朽に続く「第三の木材腐朽菌」が、軟腐朽菌(soft-rot fungi)です。担子菌が主役だった前二者と違い、こちらの正体は子嚢菌や半知菌。分解の速さは年率1〜5%と地味ですが、彼らには他の腐朽菌が手を出せない独壇場があります。地中や水中の、ずぶ濡れで酸素の乏しい場所です。電柱の根元、桟橋、ぶどう棚の杭――そうした地際・水際の木材を静かに蝕むのが軟腐朽菌で、表面が爪で押すとへこむほど軟らかくなることが、その名の由来になっています。

本稿では、軟腐朽菌の生態と独特の分解の仕方、樹種ごとの耐性、防腐処理、そして木造を長持ちさせるための実務までを整理します。

分類子嚢菌門Ascomycota+ 一部半知菌分解速度1〜5%年率質量減少白色は 5〜30%好適含水率40〜80%飽水状態でも活動水中・土中で優勢国内被害額推計200〜500億円/年地際構造物中心
図1:軟腐朽菌の主要諸元(出典:森林総研、日本木材保存協会、JIS K 1571)
目次

三大腐朽タイプのなかの位置づけ

木材腐朽菌は、分解の仕方と残るものの特徴から、白色・褐色・軟腐朽の3タイプに大別されます。1954年、英国のSavoryが冷却塔木材の被害から子嚢菌の関与を見抜き、軟腐朽を独立カテゴリとして提唱したのが始まりです。

白色腐朽はリグニンもセルロースも分解し、残るのは白い繊維状の塊。褐色腐朽はセルロースだけを食べてリグニンを残し、褐色のサイコロ状に崩れます。これに対し軟腐朽は、細胞壁のなかでもとりわけ厚いS2層のセルロースを選んで分解し、リグニンはほとんど手をつけません。分解は遅いものの、地中・水中という極限環境で活動できる唯一の存在という点で、他の二者と決定的に異なります。

なぜ「ずぶ濡れの場所」で勝てるのか

軟腐朽菌が優勢になるのは、担子菌が苦手とする条件がそろった場所です。木材含水率60%以上、ときに飽水状態。担子菌は水浸しの200%超では活動が鈍りますが、軟腐朽菌は平気で動き続けます。さらに地中(酸素5〜15%)や水中といった低酸素環境でも、わずか0.5〜5%の酸素があれば生育でき、窒素0.05〜0.3%という低栄養の埋設材にも侵入できます。

つまり、地中や水中では担子菌の胞子が届きにくく競合相手がいないため、軟腐朽菌が独占的にニッチを得るわけです。逆に言えば、屋根のある建物内部の乾いた構造材ではめったに問題になりません。被害が顕在化するのは、もっぱら屋外の地際・水際です。

独特の分解――木の壁に空洞を掘る

軟腐朽菌の細胞壁分解は、電子顕微鏡観察によって2つの型に分けられます(Nilsson 1973)。一つはType I(空洞形成型)。菌糸がS2層の内部に潜り込み、繊維の方向に沿って螺旋状・紡錘形の小さな空洞(cavity)を掘り進めます。トンネルを掘りながらセルラーゼを分泌してセルロースを切断していく、いかにも軟腐朽らしい繊細な分解です。代表種のChaetomium globosumやPhialophora属がこのタイプです。もう一つはType II(表層侵食型)で、細胞の内腔側からS2層を表面から削っていきます。

注目すべきは、軟腐朽菌の多くが本格的なリグニン分解酵素(LiP・MnP)を持たないことです。そのため、リグニンの少ない広葉樹(18〜25%)では被害が大きく、リグニンの多い針葉樹(28〜35%)では分解が鈍ります。防腐性能試験のJIS K 1571で、広葉樹のブナ試験片が標準採用されているのは、まさにこの「軟腐朽が効きやすい材」を使うためです。

どこが被害を受けるか――地際・水際の構造物

軟腐朽の被害は地際線(ground line)の上下20cmに集中する「ground-line decay」が典型です。表面は健全に見えても、内部5〜30mmが軟化してナイフで容易にえぐれます。電柱・支柱・杭木の根元が、いちばんやられやすい部位です。

日本国内の木製電柱は約3,500万本にのぼり、年間50〜70万本が更新されますが、その更新理由の30〜50%が地際の軟腐朽だとされます。1本あたり15〜30万円の更新コストを考えると、無視できない金額です。ほかにも鉄道枕木、港湾の桟橋・防舷材、農業用支柱など、間接費を含めた国内被害は年間200〜500億円規模と推計されています。海洋環境ではHumicolaやLulworthiaといった海洋性の菌が、フナクイムシとの複合被害をもたらします。

樹種で10倍以上違う耐性

同じ木でも、軟腐朽への強さは樹種で大きく変わります。森林総研の5年間の屋外杭試験(無処理材)では、質量減少率に10倍以上の差が出ました。

樹種 耐久区分 5年質量減少 主な抗菌成分
青森ヒバ 極大 2〜5% ヒノキチオール、β-ドラブリン
ヒノキ 5〜10% ヒノキチオール(少量)
クリ 5〜12% タンニン
ケヤキ 10〜20% ケヤキタンニン
スギ(赤身) 15〜25% セスキテルペン類
マツ(辺材) 30〜50% ほぼなし
ブナ(試験標準) 極小 40〜60% なし

突出して強いのが青森ヒバです。含まれるヒノキチオール(β-ツヤプリシン)が軟腐朽菌・白色腐朽菌・褐色腐朽菌のすべてを低濃度で抑えるため、社寺建築や土台、浴室材で珍重されてきました。価格はヒノキの2〜3倍しますが、地際や水回りで長く使うなら、ライフサイクルで見れば十分に元が取れます。

図2:樹種別 5 年地中埋設試験 質量減少率(無処理材、森林総研データ)青森ヒバ3.5%ヒノキ7.5%クリ8.5%ケヤキ15%スギ赤身20%マツ辺材40%ブナ50%
図2:樹種別 5 年地中埋設試験 質量減少率(無処理材、森林総研屋外杭試験データに基づく)

防腐処理という備え

無処理の針葉樹辺材は地際で3〜7年で崩壊してしまうため、屋外用途では防腐剤の加圧注入が標準です。減圧で木材内の空気を抜き、高圧(1.0〜1.4MPa)で薬剤を芯まで押し込む処理で、辺材の含水率を20%以下に乾かしてから行います。主な薬剤は、CCAの後継として普及したACQ(銅・第四級アンモニウム)、欧州主流のCUAZ(銅・アゾール)、そして枕木・電柱で100年以上の実績を持つクレオソート油です。クレオソートは発がん性の懸念から住宅用途では使えず、現在は枕木・電柱に限定されています。

用途に応じた性能区分も整理されています。日本農林規格(JAS)はK1(屋内)からK5(重度接地・海洋)までの5段階を定め、住宅土台はK3〜K4、電柱・桟橋はK5が標準です。性能評価は国内のJIS K 1571、欧州のEN 252(屋外杭試験)、米国のASTM D1758などで行われ、いずれも軟腐朽を効かせるための土壌埋設・野外暴露を組み込んでいる点が共通します。

森のなかでの役割と、暮らしへの示唆

困った相手のように書いてきましたが、森のなかでは軟腐朽菌は枯死木分解の最終担当者です。白色・褐色腐朽菌が荒く分解した後を引き受け、残ったセルロースをcavity形成で片づけ、木材を土壌有機物へと橋渡しします。分解された材はトビムシやミミズに利用されやすい性質に変わり、森林食物網の土台を支えます。日本の森林土壌からは500種以上の軟腐朽性子嚢菌が記録されており、その縁の下の働きは森の物質循環に欠かせません。

住まいの観点では、ポイントは「水を滞らせない」ことに尽きます。木造を長持ちさせることは、木材に固定された炭素を長くとどめることでもあり、防腐処理材は無処理材に比べて耐用年数が延びる分、ライフサイクルのCO2排出を1/3〜1/4に抑えられるという試算もあります。腐朽対策は、家計と環境の両方に効く備えなのです。

よくある質問

Q. 軟腐朽は家屋の構造材でも問題になりますか

屋根や壁内の通常の乾燥環境(含水率12〜18%)ではまれです。問題になるのは、土台や水回り(浴室・キッチン・洗面所)、床下で結露や雨漏りが続いた場合。築30年以上の住宅の点検で土台の軟腐朽が見つかる例が多く、補修費は局所で30〜100万円、全面なら300〜500万円規模になります。

Q. 白色腐朽・褐色腐朽とどう見分けますか

残ったものの色と形で判別します。白色腐朽は白い繊維状で軽く、褐色腐朽は褐色でサイコロ状にひび割れ、軟腐朽は表層が軟らかく爪で押すとへこむのに深部は健全、という違いがあります。地際や水際で起きていたら、まず軟腐朽を疑ってよいでしょう。

Q. 古い木造住宅で軟腐朽を防ぐには何をすればいいですか

床下換気の確保、雨漏りの即時補修、浴室・洗面所のシーリング維持、土台と地面の距離を30cm以上とること、そして10〜15年ごとの防腐・防蟻の再処理が基本です。要するに「水を木材に長く触れさせない」ことが、いちばんの予防になります。

出典・参考文献

  • Savory, J.G. (1954) Breakdown of timber by ascomycetes and fungi imperfecti. Annals of Applied Biology 41: 336–347.
  • Nilsson, T. (1973) Studia Forestalia Suecica 104.
  • JIS K 1571:2010 木材保存剤-性能基準及びその試験方法.
  • 森林総合研究所(FFPRI)
  • 日本木材保存協会
よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

ハウスメーカーで住宅の構造を担当したのち、林業の世界へ。林業・木材・建築の3領域を横断する視点で、Forest Eight の記事を編集しています。

コメント

コメントする

CAPTCHA


目次