日本の山を歩いていて、まっすぐ天に伸びる赤褐色の幹の針葉樹に出会ったら、それはたいていスギ(Cryptomeria japonica)です。日本固有種でありながら、人工林のおよそ4割を占める「日本の木」の代表格。戦後に植えられた木が今ちょうど伐りごろの成熟期を迎え、使い方をめぐって林業も建築も大きく動いています。この記事では、スギという木の素顔と、いま起きている変化を、できるだけ身近な言葉で紹介します。
どんな木? 見分け方と地方の顔
スギはヒノキ科スギ属の常緑針葉高木。樹高は30〜50mにもなり、屋久島の縄文杉のように樹齢2,000年を超える長寿個体も知られています。葉は5〜12mmの鎌のような針形が枝にらせん状に密着し、ヒノキやサワラの鱗のような葉とはひと目で区別できます。秋には1〜2.5cmほどの球形の球果(まつぼっくり)をつけ、春になると枝先の雄花が大量の花粉を飛ばす——おなじみの花粉症の正体です。
面白いのは、地域ごとに「顔」が違うこと。雪深い日本海側のウラスギは枝が水平に広がり、雪に埋もれた枝が根を出して新しい木になる「伏条更新」をします。太平洋側のオモテスギは幹がまっすぐ。さらに産地ごとに育て方の伝統があり、それぞれ材の個性につながっています。
| 産地 | 特徴 |
| 秋田スギ | 年輪が緻密で材色が淡く光沢あり。建築・建具の最高級品 |
| 吉野スギ(奈良) | 密植・多間伐による超緻密な木目。酒樽材として歴史的価値 |
| 北山スギ(京都) | 磨き丸太の銘木。茶室の床柱に使われる |
| 屋久杉(鹿児島) | 樹齢千年超。樹脂が多く、驚くほど腐りにくい |
軽くてやわらかい——だから使いやすい
スギ材の身上は「軽くてやわらかい」こと。気乾比重は平均0.38と国産針葉樹のなかでも軽い部類で、加工しやすく、湿気を吸ったり吐いたりする調湿性、そして断熱性に優れます。心材は赤褐色、辺材は淡い黄白色で境目がはっきりし、ほのかな芳香があります。一方で曲げ強度はヒノキより控えめなので、大きな荷重がかかる部材では集成材化やCLT化で補うのが定石です。
弱点は乾燥のしにくさ。木の中心に「黒心」と呼ばれる高含水の部分があると、含水率15%まで乾かすのに手間がかかり、1m³あたり3,000〜4,000円ほどの乾燥コストが原木の買取価格を圧迫します。
「使いごろ」を迎えた人工林
戦後の拡大造林政策で全国に植えられたスギは、いま13齢級(61〜65年生)に偏った「片寄り型」の林になっています。たとえば和歌山県の民有林では13齢級だけで面積の18%。資源としてはまさに本格的な利用期ですが、ピークが一斉に伐りごろを迎えるため、伐りすぎて値崩れさせず、しかし伐って植え替えるサイクルは止めない——という難しい舵取りが求められています。
2024年12月時点で、スギ正角材は68,200円/m³。北米産SPF材との価格差は約3,300円まで縮まり、1ドル150円超の円安局面では国産材のほうが割安になる逆転が起きました。おかげで大手ハウスメーカーの「国産材シフト」が一気に進んだ一方、肝心の住宅着工は前年比4.6%減と冷え込み気味。そこで出口として期待されるのが、公共建築やオフィスの木造化です。
中高層ビルにもなるスギ——CLTという切り札
「軽くてやわらかい」スギを中高層建築の主役に押し上げるのがCLT(直交集成板)です。ひき板を繊維方向が直交するように積層して接着することで剛性が大きく上がり、5〜10階建ての木造ビルも視野に入ります。日本のCLTの主原料はまさにスギ。木材は炭素を蓄える貯蔵庫でもあり、CLTパネル1m³あたり約0.9トンのCO₂を都市に固定すると試算されています。令和5年度の公共建築物の木造率は28.7%まで上昇しました。
データとタネで描く「次の100年」
いま林業の現場では、デジタル技術が静かに革命を起こしています。長年の難題だった「境界がどこかわからない」問題は、航空レーザ測量(LiDAR)が突破口に。滋賀県高島市では微地形図から尾根や谷、石積みをたどって歴史的な境界をデジタル復元し、令和6年度だけで182haの境界を明確化しました。同じ点群データは資源量の計測やJ-クレジット申請にも使え、「一度のデータを使い倒す」ことが採算ラインの鍵になります。
植え替えのタネ側でも進化が進みます。「エリートツリー」は成長量が従来の1.5〜2倍で、下刈りの回数が減って造林コストを2〜3割下げられる見込み。さらに花粉を出さない「無花粉スギ」が各地で品種登録され、花粉症対策と林業再生を一挙に担います。1ha100万円超という再造林の初期投資の重さに対し、森林環境譲与税(令和6年度の譲与総額629億円)を花粉発生源対策として植え替えに充てる自治体も増えてきました。
縄文から続く、日本人とスギ
スギと日本人の付き合いは古く、青森の三内丸山遺跡では直径約1mの巨大な柱穴にスギ材が使われていました。社寺建築の構造材として、また江戸期には吉野スギの酒樽材として灘や伏見の酒づくりを支え、密植・多間伐という独特の造林技術まで生み出しています。皮肉なことに、戦後の一斉造林が今の花粉問題と齢級の偏りを生んだのも事実。だからこそスギの課題は、半世紀単位の時間軸で考える必要があるのです。先人が植えた森を上手に使い切りながら、次の100年を支える森へと植え継いでいく——それが今を生きる私たちの役割なのかもしれません。
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参考文献・出典
- 林野庁「森林・林業白書」
- 林野庁「森林環境税及び森林環境譲与税」
- 農林水産省「木材需給表」
- 森林研究・整備機構「エリートツリー及び特定母樹の開発と実装」

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