【スギ(杉)】Cryptomeria japonica|人工林4割を占める日本固有種の構造特性・市場動向・スマート林業による再生戦略

スギ | 樹木図鑑 - Forest Eight



スギ(Cryptomeria japonica)は日本固有種にして人工林面積の約4割を占める基幹樹種であり、戦後拡大造林政策によって整備された資源は現在13齢級(61~65年生)にピークを持つ成熟期へ突入している。2024年12月時点でスギ正角材は68,200円/m³、北米産SPF材との価格差は約3,300円まで縮小し、為替が1ドル=150円を超える局面では国産材が割安となる構造変化が起きた。一方で住宅着工は前年同月比4.6%減少しており、出口戦略としては公共建築・CLT・中大規模木造、そしてJ-クレジットによる環境価値マネタイズへの依存度が高まる。本稿では、Cryptomeria japonicaの分類学・力学特性から、令和6年度に総額629億円規模となった森林環境譲与税の運用、LiDAR/エリートツリー/無花粉スギを軸とするスマート林業実装まで、行政・経済・現場の三層を縦断して解説する。

気乾比重0.38(0.30〜0.45)国産針葉樹で軽軟曲げ強度65MPa含水率15%基準曲げヤング率7-9GPaヒノキの約8割人工林占有率40%(日本)13齢級にピーク
図1:スギの主要スペック(含水率15%基準・代表値)
目次

■ クイックサマリー

  • 3行まとめ:スギは日本人工林の約4割を占める日本固有種であり、戦後造林資源が成熟期に達した「使い切り」段階にある。気乾比重0.30~0.45の軽軟な針葉樹だが、CLT化による中大規模木造化と、為替に押された国産材シフトで非住宅市場での需要が拡大している。LiDAR・エリートツリー・無花粉スギ・J-クレジット制度を組み合わせた「データ駆動型林業」が、再造林停滞と花粉症問題を同時に解く鍵となる。
  • 学名:Cryptomeria japonica (L.f.) D.Don(ヒノキ科スギ属)
  • 気乾比重:0.30~0.45(平均0.38)/曲げ強度:約65 N/mm²/曲げヤング率:7~9 GPa
  • 主要数値:人工林4割/13齢級ピーク/中丸太13,900円/m³/正角材68,200円/m³(2024-12時点)
  • 政策フレーム:森林環境税(2024~国民1人1,000円/年)/森林環境譲与税629億円(R6)/森林経営管理制度
  • 用途展開:構造材・CLT・公共建築木造化(R5: 28.7%)・丸太輸出299億円(2025)・J-クレジット

■ 分類学的位置づけ ─ 日本固有種としてのスギ属

学名と分類体系

スギの学名は Cryptomeria japonica (L.f.) D.Don であり、ヒノキ科(Cupressaceae)スギ属(Cryptomeria)に属する常緑針葉高木である。属名 Cryptomeria はギリシャ語の「kryptos(隠された)+ meros(部分)」に由来し、種子鱗片に隠された胚珠の構造を示す。スギ属は分類上は単型属とされてきたが、近年の分子系統解析では中国南部に分布する Cryptomeria fortunei(別名:チャイナスギ、リュウキュウスギ)を別種と扱うか、C. japonica var. sinensis として変種扱いするかで議論が続いている。日本のスギは独立種として遺伝的に明確に分化しており、世界の針葉樹分類における日本の固有性を象徴する樹種である。

形態と地方品種

樹高は通常30~50m、胸高直径1~2mに達し、屋久島の縄文杉に代表される長寿個体では推定樹齢2,000年を超える。葉は鎌状針形で長さ5~12mm、枝にらせん配列で密着する。球果は球形10~25mmで、20~30個の鱗片を持ち、各鱗片に2~5個の翼種子を抱える。雌雄同株で、雄花序が枝先に密集する点がいわゆる花粉症の原因となる。

地方品種は遺伝的多様性が極めて豊かで、北海道(クマスギ)、秋田スギ、青梅スギ、吉野スギ(紀州)、北山スギ(京都)、日田スギ、屋久杉など、各地の気候・土壌・更新方法に適応した系統が形成されてきた。一般に表日本系(オモテスギ)と裏日本系(ウラスギ)に大別され、雪国適応のウラスギは枝が水平に広がり「伏条更新(埋もれた枝が発根して新個体となる)」を行うなど、形態形質と再生戦略にも明確な分化が見られる。

自然分布と生態的地位

自然分布の南限は屋久島、北限は青森県下北半島であり、東アジア温帯林の主要構成種としては最も広い垂直分布(標高0~1,500m)を示す。年降水量1,500mm以上、夏季の高湿度を要求する典型的湿潤適応種であり、日本海側多雪地域・太平洋側多雨地域の双方に天然分布を持つ。極相林では落葉広葉樹と混交し、暖温帯上部から冷温帯下部にかけての生態的優占種となる。陽樹~半陰樹の中間的な光要求性を示し、林冠ギャップ更新と伏条更新の二つの再生戦略を地域によって使い分ける点が、日本固有種としての適応戦略の特色である。

主要産地と品種特性

産地 系統 主な特性
秋田スギ 裏日本系 年輪緻密、材色淡く光沢あり、建築・建具材の最高級品
吉野スギ(奈良) 表日本系 密植・多間伐による超緻密木理、酒樽・銘木材として伝統的価値
北山スギ(京都) 表日本系 磨き丸太の銘木、床柱・茶室建築用途
日田スギ(大分) 表日本系 大径材生産に強く、九州製材集積地の主要原料
屋久杉(鹿児島) 固有系統 樹齢1,000年超の長寿、樹脂含有量が高く耐朽性極めて高い

■ 工学的視点 ─ 軽軟材の力学特性とCLT化

スギと主要針葉樹の力学特性プロファイル気乾比重曲げ強度圧縮強度せん断強度耐朽性ヤング率 スギ ヒノキヒノキを基準とした相対値(外側ほど高性能)
図2:スギとヒノキの力学特性比較
100% 75 50 25 0 残存曲げ強度(%) 0 0.1 0.2 0.3 0.4 0.5 節径比 d/h 影響無視範囲 20-30%低減 40%以上低減 ▲構造材として注意 節径比と残存曲げ強度の関係
図3:節径比d/hと残存曲げ強度の関係(JAS構造用製材規格の経験則)

機械的性質と心材・辺材

スギ材の主要な力学特性は次のとおりである(含水率15%・気乾状態の代表値)。

  • 気乾比重:0.30~0.45(平均0.38)── 国産針葉樹のなかで最も軽軟な部類
  • 縦圧縮強度:約34 N/mm²(350 kgf/cm²)
  • 曲げ強度:約65 N/mm²
  • 曲げヤング率:7~9 GPa(ヒノキの約8割、ベイマツの約6割)
  • せん断強度(繊維方向):約7 N/mm²
  • 耐朽性:D2~D3級(中程度)── 屋外暴露では防腐処理を要する

心材は赤褐色~濃赤褐色、辺材は淡黄白色で、両者の境界は明瞭である。心材率は産地と樹齢に強く依存するが、60年生クラスで概ね70~85%となる。心材にはセスキテルペン類などの抽出成分が豊富で、特有の芳香と中程度の防腐性をもたらす。比重に対して曲げヤング率が低い「軽くて柔らかい」性質は、加工容易性・調湿性・断熱性という建築上の長所をもたらす一方、構造材として高強度を要求される部位では集成材化や単板積層材(LVL)化を要する。

乾燥特性と歩留まり

スギの最大の弱点は含水率の個体間ばらつきが大きいことにある。心材含水率は30~200%と極めて広いレンジを示し、特に樹幹の中心部に黒色の高含水帯(黒心)を持つ個体は人工乾燥に長時間を要する。標準的な人工乾燥では含水率15%達成までに2~4日、高温セット乾燥(120℃以上)と中温恒率乾燥を組み合わせる多段スケジュールが製材所で標準化されている。乾燥コストは1m³あたり3,000~4,000円に達し、原木買取単価を直接圧迫する経営要因となる。製材歩留まりは丸太径級と曲がり度に依存し、一般用材で約45~55%、銘木材では30%台に低下する例もある。

CLT(直交集成板)による中大規模木造化

スギ単体の構造性能の制約を克服し、中大規模木造の主役へ押し上げる技術がCLT(Cross Laminated Timber)である。ひき板を繊維方向が直交するよう積層接着することで、面内剛性と等方性が大幅に向上し、5~10階建ての中層木造ビルにも適用可能となる。日本のCLT製造ラインの主要原料はスギであり、軽軟で加工性が高く、調湿性に優れる特性が、住宅から公共建築へと用途を押し広げている。CLTパネル1m³あたりに固定されるCO2は約0.9t-CO2/m³前後と試算され、都市部のCLT建築は「炭素の貯蔵庫」として機能する。

■ 林業技術的視点 ─ 成熟期人工林の構造

人工林資源量と齢級構成

日本の森林面積約2,500万haのうち約1,000万haが人工林であり、その約4割をスギ人工林が占める。1949年時点の人工林面積は約500万haであったから、戦後拡大造林政策によって規模は2倍に拡大した。蓄積量は戦後一貫して増加を続け、現在は資源量・齢級ともに「本格的利用期」へ突入している。

齢級構成は13齢級(61~65年生)にピークを持つ典型的な「片寄り型」で、たとえば和歌山県民有林では13齢級が面積全体の18.0%を占める。人工林率60.6%・人工林蓄積103,770千m³という同県の数値は、地方自治体が抱える資源量の桁感を端的に示している。問題はピークが一斉に伐期を迎えることであり、伐採・再造林サイクルの維持と、伐採過剰による価格暴落の回避という相反する制御を、長期計画で同時に成立させる必要がある。

伐期と経営回帰

従来の標準伐期齢はスギで約40年とされてきたが、現在は60~80年生の高齢林の主伐と再造林が中核課題となっている。これに対し、エリートツリー導入による次世代林の伐期短縮(成長量1.5~2倍により40年伐期も視野)が、世代交代を加速させる技術的選択肢として浮上している。

■ 経済的視点 ─ 国産材シフトと地域格差

スギの用途別市場価格レンジ正角材3m×10.5cm角・2024-126.82〜6.82万円/m³中丸太原木・2024-121.39〜1.39万円/m³丸太輸出(中国向け)2025・173万m³1.5〜1.7万円/m³0万2万4万6万8万10万12万
図4:スギの用途別市場価格レンジ(市況により変動。取引時の参考値)

価格動向と輸入材との競合

2024年12月時点のスギ中丸太の平均価格は13,900円/m³、スギ正角材(3m×10.5cm角)は68,200円/m³(前年同月比+3.2%)であった。同時期の北米産SPF材(2×4材)が71,500円/m³であり、価格差はわずか3,300円まで縮小した。1ドル=149~150円台の歴史的円安により、輸送・乾燥コストを織り込んでも国産材が割安となる現象が生じ、大手ハウスメーカー・プレカット工場での「国産材シフト」が一気に進行した。

しかし出口側は楽観できない。2024年12月の新設住宅着工戸数は81.2万戸(前年比-4.6%)であり、人口減少と建設費高騰で住宅取得意欲は構造的に冷え込んでいる。一方、公共建築物の木造率は28.7%(令和5年度)まで上昇しており、CLTや大断面集成材を用いた中大規模木造が住宅市場の落ち込みを補う出口として浮上する。

地域格差と素材生産収益性

原木価格の地域差は顕著で、九州・日田地区が16,200円/m³の高値、東北の一部地域は11,500円/m³に留まる(2025年)。格差を生む要因は次の三点に集約される。

  • 大型製材工場の集積度:九州は効率的な製材・加工ラインを持つ大規模工場が集積し、安定的な原木需要が下支え。
  • 路網整備と搬出コスト:急峻地形や路網密度の低い地域では、伐採・搬出コストが原木価格を圧迫し山元還元額が薄い。
  • 製材側の乾燥コスト負担:電気代・燃料費の高騰により、乾燥コストは1m³あたり3,000~4,000円に達し、原木の買取単価を抑制する。

素材生産業者は伐採から市場出荷まで3~6カ月を要するため、緩やかな価格上昇局面でも、急激な円高による輸入材巻き返しリスクへの警戒が必須となる。

丸太輸出 ─ 中国市場依存と用途高度化

2025年の丸太輸出総額は299億円(前年比+5.8%)に達し、林業の新たな収益源として定着した。国別では中国向けが268.8億円(+7.0%、輸出量173万m³)と全体の約9割を占め、用途は梱包材・土木資材・内装材へ拡大している。注目すべきは輸出量が前年比-5.1%にもかかわらず輸出額は+5.8%増加しており、付加価値の高い用途への移行と円安効果が同時に効いている点である。一方、台湾向けは数量・金額とも二桁減で、特定市場依存のカントリーリスクが顕在化している。東南アジア・中東への販路拡大が次の課題である。

■ 行政施策 ─ 森林環境譲与税と森林経営管理制度

森林環境譲与税と森林経営管理制度の連動

令和6年度の森林環境譲与税の譲与総額は629億円に達し、間伐等森林整備への実投入は市町村全体で82%、私有林人工林1,000ha以上を有する自治体では98%という高水準で運用されている。スギ人工林の主伐再造林期を恒久財源で下支えする中核制度であり、森林経営管理制度(累計意向調査面積約105.9万ha、整備面積21.4万ha)と一体運用されている。制度設計・譲与基準・市町村活用事例の詳細は【森林環境譲与税とは】629億円規模・市町村実施率82%の最新動向を参照されたい。スギ林業経営においては、譲与税を「花粉発生源対策」として主伐後の再造林支援に充てる新潟県長岡市等の事例が、エリートツリー・無花粉スギへの植栽転換を加速させている。

■ スマート林業 ─ LiDAR・エリートツリー・無花粉スギ

航空レーザ測量による境界明確化

林業実務における最大の障害は境界の不明確さである。所有者の現地立会コストは膨大で、合意形成不能により伐採を断念する事例が多発してきた。これを正面突破するのが航空レーザ測量(LiDAR)である。滋賀県高島市では微地形表現図を基に石積み・尾根線・谷線から歴史的境界をデジタル推定し、令和6年度だけで182.61haの境界明確化を実現した。

LiDARは森林資源計測(スマート森林調査)にも転用可能で、従来サンプル木からの推定式 V = Σ(Gᵢ × Hᵢ × F)(Gは胸高断面積、Hは樹高、Fは形状比)に依存した材積算出を、点群データによる全木個別計測へ進化させる。CloudCompare(点群処理)やQGIS(GIS)といったオープンソース環境により、自治体職員・森林組合技術者が自前で解析できる環境が整いつつある。北海道の事例では、空中写真からのデジタルオルソ画像を経営管理制度・防災・土木業務まで横断利用し、データの多用途化で投資対効果を引き上げている。

スマート技術導入のトレードオフ

  • コスト増要因:航空レーザ計測費用(数千円~数万円/ha)、ソフトウェアライセンス、技術者教育コスト
  • コスト減要因:現地調査時間50~70%削減、境界立会回数の減少、精密材積把握による販売収益最大化

単一目的(境界調査のみ等)では赤字になりやすく、経営管理制度・J-クレジット申請・路網設計・防災計画まで「データの多用途化」を徹底することが投資回収の必要条件となる。

エリートツリーと無花粉スギ ─ 次世代生産体制

スギ人工林更新の中核技術が「エリートツリー(特定母樹)」と「無花粉スギ」である。成長量は従来の1.5~2倍、かつ花粉症という社会問題への対応も同時に達成する。関西・九州の拠点施設では環境制御型ハウスを導入し、最大24,000本規模の原種苗木育成体制を整備、閉鎖型育苗・自動灌水システムにより苗木ロスを大幅低減している。

再造林停滞の最大要因は1ha100万円超の初期投資(苗木代+植栽労務費+下刈り)である。エリートツリー導入で下刈り回数が5~7回から3~4回へ短縮可能となり、造林コストは20~30%削減できる試算がある。コンテナ苗による通年植栽・一貫作業(伐採と植栽の同時施工)も労働生産性を引き上げる。新潟県長岡市のように森林環境譲与税を「花粉発生源対策」として主伐後の再造林支援に充てる自治体が増えており、公的支援と技術革新の組み合わせがスギ林業の持続性を支える。

造林手法 メリット デメリット
従来手法(裸苗) 苗単価が安い 植栽時期の限定、活着率に課題
コンテナ苗 通年植栽可能、活着率が高い 苗単価が高い、重量増
エリートツリー 下刈り期間短縮、将来収穫量増 苗木供給量が限定的、初期投資増

■ 用途展開 ─ 公共建築・CLT・J-クレジット

非住宅・公共建築の木造化

住宅着工減少を補う出口戦略として、公共建築物・オフィスビル等の非住宅木造化が進展している。令和5年度の公共建築物木造率は28.7%へ上昇した。スギは強度面では最高位ではないが、CLT積層化・耐火被覆・接合部設計の高度化により、5~10階建ての中層木造への適用が現実化した。断熱性・調湿性・軽量性という長所が、都市建築における居住快適性と施工性を同時に高める。

CLT建築の構造設計実務

CLTパネルの構造設計では、各層のひき板の許容応力度(曲げ・せん断・面圧)と層構成(3層・5層・7層・9層)の組み合わせから、面材としての等価剛性を算出する。スギCLTでは強度等級M60(ヤング率6.0kN/mm²)またはM90が標準であり、たとえば5層構成のスギCLT(厚さ150mm)で4階建て耐力壁を成立させる例が増えている。接合部にはラグスクリューボルト(LSB)や引きボルト形式のホールダウン金物が用いられ、地震荷重時の引抜抵抗を確保する。耐火建築物としては、燃えしろ設計(CLT表面に石膏ボードや木材を積層して炭化層を形成させ、内部断面で構造性能を維持する設計法)により、1時間~2時間耐火の認定を取得した部材が市場化されている。これらの設計手法と認定取得が、スギを「住宅構造材」から「中大規模建築構造材」へ昇格させる工学的バックボーンとなっている。

J-クレジット制度による環境価値マネタイズ

適切に管理されたスギ人工林の年間CO2吸収量は約8.8t-CO2/ha(林齢依存)と試算され、これをJ-クレジット制度の森林管理プロジェクト(FO-001森林経営活動方法論)でクレジット化することで、森林所有者は木材販売とは独立した収益を得られる。森林環境譲与税で境界を確定→間伐・再造林を実施→LiDARでエビデンスを保持、という一連の流れがそのままJ-クレジット申請の参加要件に直結し、林業経営を「木材生産業」から「環境価値提供業」へと進化させる構造的プラットフォームとなる。3方法論の参加要件、吸収量算定式、取引価格3,000〜10,000円/t-CO2の市況については【J-クレジット制度森林管理プロジェクトとは】FO-001/002/003方法論の最新動向を参照されたい。

■ 病害虫と更新リスク

スギ人工林の経営における代表的なリスク要因は次の通り。

  • 溝腐病(Chloridium属菌):関東以西で被害が顕在化する樹幹病害。幹に縦長の溝状陥没を生じ、製材歩留まりを大幅に低下させる。発生地では抵抗性品種の選抜植栽が推奨される。
  • スギカミキリ(Semanotus japonicus):樹皮下の穿孔害虫で、被害材は構造材としての等級が低下する。皆伐材の早期搬出と被害立木の除伐が基本対策。
  • スギ赤枯病:苗畑~若齢造林地で発生する糸状菌病害。育苗段階の管理(密植回避、薬剤散布)で抑制する。
  • シカ食害:近年の最大リスクで、植栽後5~10年の若齢林で全国的に深刻化。森林環境譲与税を原資としたシカ柵設置・捕獲事業の連動が必須。
  • 気象害:台風による幹折れ・根返り、湿雪による雪害、近年は夏季の異常高温・乾燥による衰退も観察されている。

これらのリスクは林業経営の長期収支を直接左右するため、林相把握をLiDARで定期更新し、被害発生位置をGISでトラッキングする「健康モニタリング型」管理が次世代の標準となる。

■ Field Guide ─ 識別ポイント

スギの識別はフィールドで形態を見分けることが基本となる。葉・樹皮・球果・樹形・木口の5つの観察ポイントを図解で示す。

葉(鎌状針形・らせん配列)

スギの葉の図解 — 鎌状針形5〜12mmがらせん配列で枝に密着している様子(虫眼鏡付き拡大図と全体図)
葉:鎌状針形5〜12mm、らせん配列で枝に密着。ヒノキ・サワラ(鱗片状)と容易に区別可能。

樹皮(赤褐色・縦裂・繊維状剥離)

スギの樹皮の図解 — 赤褐色で縦に長く裂け、繊維状に剥離する様子
樹皮:赤褐色で縦に長く裂け、繊維状に剥離する。屋根葺き材(柿葺・杉皮葺)として伝統的に利用。

球果(10〜25mm球形・鱗片の棘状突起)

スギの球果の図解 — 球形10〜25mmで鱗片の先端に短い棘状突起がある様子(指サイズ比較・鱗片アップ)
球果:球形10〜25mm、鱗片の先端に短い棘状突起。秋に成熟し、裂開後も枝に残る。

樹形(オモテスギ vs ウラスギ)

スギの樹形の比較図解 — 表日本系(オモテスギ)の直立円錐型と裏日本系(ウラスギ)の水平広がり型
樹形:整った円錐形〜円柱形。表日本系(オモテスギ/左)は幹直立性が強く、裏日本系(ウラスギ/右)は枝が水平に広がる。

木口(心材・辺材・年輪)

スギの木口(断面)の図解 — 中心に赤褐色の心材、外側に淡黄白色の辺材、年輪が同心円状に走る様子
木口(年輪):晩材帯の濃色が明瞭で、心材は赤褐色、辺材は淡黄白色。芳香あり。

■ 歴史的用途と文化史

スギの利用史は縄文時代まで遡り、青森県三内丸山遺跡では大型柱跡(直径約1mの巨大柱穴6基)にスギ材が使用されたことが確認されている。古代~中世においては社寺建築の主要構造材であり、伊勢神宮の式年遷宮(20年周期の建て替え)では木曽ヒノキとともに国産スギ材が中心的役割を果たしてきた。江戸期には酒樽材として吉野スギが圧倒的地位を占め、灘・伏見の酒造業発展を支えた。樽丸(樽材用に割った扇形材)の生産は紀州・吉野・北山の山村経済を成立させ、密植・多間伐による緻密木理という特殊な造林技術を生み出した。

戦後は復興建材として需要が爆発し、1949年から1970年代までの拡大造林政策により全国でスギ植林が大規模化した。皮肉にも、この一斉造林が現在の花粉飛散量増加と齢級偏在という構造問題を生んだ歴史的背景でもある。すなわち現在のスギ林業課題は、戦後の量的拡大政策の論理的帰結として理解する必要があり、施策設計には半世紀単位の時間軸を組み込む必要がある。

■ 最新知見 ─ 遺伝子マーカーと精密育種

2025年現在、スギ研究の最前線はゲノムワイドな遺伝子マーカー(SNP)解析によるエリートツリー選抜の高度化にある。森林研究・整備機構を中心とする研究グループは、成長量・材質・花粉量・耐病性に関与する遺伝子座を多数同定し、苗畑段階でのDNA選抜(マーカー支援選抜:MAS)を実用化しつつある。これにより、従来30~40年の試験植栽を経ていた育種サイクルを5~10年へ大幅短縮できる可能性が示されている。

無花粉スギ品種についても、雄花原基段階で発現する遺伝子の機能不全が原因であることが判明し、複数の独立した無花粉化変異が利用可能となっている。「爽春」(富山県、2012年品種登録)以降、各都府県で地域適応型の無花粉品種が次々と登録されており、地域系統と無花粉形質の交配による「在来品種+花粉対策」の二層化が進む。さらに、CRISPR/Cas9などのゲノム編集技術を用いた花粉形成抑制系統の研究も進行中で、規制環境が整えば次世代の主要品種となる潜在性を持つ。

■ 結論 ─ 「使い切り」と「次の100年」の同時設計

本稿の分析を通じ、現在のスギ林業は「量的拡大の時代」から「質的経営とデジタル実装の時代」へ完全に移行したと総括できる。森林環境譲与税の活用拡大と国産材シフトは追い風だが、その背後に住宅着工の構造的減少という逆風が吹いている。実務家・技術者への提言は次の三点に集約される。

  • データのマルチユース:LiDAR・GIS導入は単一目的では赤字化しやすい。経営管理制度・J-クレジット申請・路網設計・防災計画まで一つのデータを多目的に使い倒す「データ駆動型林業」への転換が必要。
  • 川中との戦略的連携:九州・日田地区のように強力な製材拠点がある地域では原木価格が維持される。所有者・素材生産業者は地域製材工場との長期供給契約(SCM)により、為替・相場変動の影響を緩衝すべき。
  • 花粉症対策をレバレッジとした再造林:社会的要請である花粉症対策は林業予算獲得の最大ロジック。エリートツリー・無花粉スギへの転換は将来収益性向上(下刈りコスト削減)と社会的責任を同時に果たす投資であり、森林環境譲与税の集中投下が正当化される。

スギ資源は今その価値を問われている。先人が植えた資源を使い切るだけでなく、Cryptomeria japonicaという日本固有種を、スマート技術と新たな制度を武器に、次の100年を支える森林資産へと再構築すること──それが現代の林業従事者に課された最大の使命である。

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■ 参考文献・出典

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