住友林業W350計画:2041年に高さ350m木造超高層ビルを目指すR&D構想の全貌

住友林業W350計画:2041年… | Forest Eight

高さ350mの木造ビル――聞いた瞬間に「本当に建つのか」と身構えてしまう数字です。住友林業が2018年2月に発表した「W350計画」は、まさにその問いを投げかけるプロジェクトでした。当時、世界の現存木造ビルは80m台が最高。その4倍以上を、しかも木で目指すという構想は、建設業界と木材業界に強い衝撃を与えました。ただ、この計画の本当の狙いは「350mのビルを一棟建てること」そのものではありません。何を目指した構想なのかを、公開資料から読み解いていきます。

目次

「350」に込められたダブルミーニング

住友林業のルーツは、1691年(元禄4年)の別子銅山開坑にともなう山林経営にさかのぼります。江戸時代から300年以上にわたって森と木に関わり続けてきた会社にとって、計画の目標年である2041年は、ちょうど創業350周年の節目。つまり「W350」の350は、建物の高さ350m創業からの年数350年を重ねたダブルミーニングなのです。企業のアイデンティティと長期ビジョンを一語に凝縮した、きわめてシンボリックな目標設定といえます。

発表された2018年前後は、世界の都市で中高層木造が一斉に動き出した時期でもありました。2017年にカナダのBrock Commons(53m)、2019年にはノルウェーのMjøstårnet(85.4m)やウィーンのHoHo Wien(84m)が相次いで竣工。国内でも公共建築物木材利用促進法(2010年)から都市の木造化推進法(2021年)へと政策が連なる流れがあり、住友林業はその潮流の先頭に立つビジョンとしてW350を掲げました。

これは建築計画ではなく「R&D構想」

W350を理解するうえで最も大事なのは、これが具体的な建築事業ではなく、研究開発の方向性を示すマスタービジョンだという点です。住友林業自身が「事業計画ではない」と明言しています。350mのビルそのものを商品として売るのではなく、その実現に必要な要素技術――木材の高強度化、接合、耐火、耐震、防音、施工――を一つずつ実用化し、中規模・中高層の木造ビル市場で着実に収益を上げていく。その技術プラットフォームを整備することこそが本質的なゴールです。

事業体制は、木造技術を担う住友林業と、建築設計を担う日建設計のタッグ。当面の現実的な目標として「5〜6階建て木造ビルの標準化」と「20階級木造の早期実用化」が掲げられており、350mはそのはるか先に置かれた到達点という位置づけです。

構造:木と鋼を9対1で組むハイブリッド

採用されているのは、超高層で一般的なブレースチューブ構造です。建物の外周をチューブ状に剛性高く構成し、斜めのブレース材で地震や強風の水平力を受け止め、内部は柱の少ないオープンな空間にする方式。シアーズタワーなど鉄骨造の超高層でおなじみの考え方です。

W350の独自性は、このチューブを木材と鋼材のハイブリッド(比率およそ9:1)で実現する点にあります。柱・梁は集成材やLVLを主体に、要所へ鋼材を組み合わせて強度と接合精度を確保。耐震ブレースは鋼材で受け持ち、床や壁にはCLT(直交集成板)を使います。地震大国の日本で純木造のみ350m級を成立させるのは困難なため、「木を主役にしつつ、必要な箇所だけ鋼を使う」現実解を選んだわけです。使用木材量は約185,000m³(戸建約8,000戸分)、CO2固定量は約10万トンと試算されています。

W350計画の構造概念図 350m70階建て木造超高層、ブレースチューブ構造、木鋼ハイブリッド。 W350計画 構造概念図 高さ350m 70階建 構造要素 木材(集成材・LVL・CLT) 鋼材ブレース(耐震) 用途構成 ・住宅 ・オフィス ・ホテル ・商業 木材使用 185,000 m³ ≒戸建8,000戸 CO2固定 約10万トン 出典: 住友林業「W350計画」発表資料、日建設計
図1:W350計画 構造概念図(住友林業・日建設計 公式資料より)。ブレースチューブ+木鋼ハイブリッド。

350mの前に立ちはだかる技術の壁

木造超高層を阻むのは「木は弱い」という単純な話ではありません。構造・耐火・耐震・施工の課題が連立方程式のように絡み合います。公開資料が挙げる主な論点を見ると、その難しさが分かります。

  • 超大断面材の供給:350m建物の1階柱は1m角を超える規模が想定され、これだけの大断面集成材を品質を保って安定供給するには、接着・乾燥・寸法精度のすべてを数倍にスケールアップする必要があります。
  • 3時間耐火と「燃え止まり」:超高層には最上位の耐火性能が求められます。表層が炭化しても芯材まで火が達しない「燃え止まり層」を設計する燃えしろ設計が鍵で、住友林業は耐火集成材「燃エンウッド」系の開発をすでに進めています。
  • 長周期地震動と居住性:木は鋼より軽い反面、減衰が小さくなりがち。制振ダンパーや頂部のチューンドマスダンパー(TMD)と組み合わせ、地震や強風時の揺れを抑える応答評価が欠かせません。
  • 高層への揚重と施工:モジュール化したプレファブ部材をタワークレーンで運び上げ、含水率管理をしながらmm単位で位置決めする施工計画も大きな対象になります。

これらの研究は、2019年に稼働した住友林業 筑波研究所の新研究棟を中心に進められています。この棟自体が4階建ての中規模木造で、燃えしろ設計や木鋼ハイブリッド接合を実装した「フルスケール実験棟」になっています。

世界の木造高層と比べてみる

現在世界で建っている木造ビルの最高は80m台。W350の350mが、いかに突出した目標かが分かります。

建築物 所在地 高さ 階数 竣工
Ascent MKE 米ミルウォーキー 86.6 m 25階 2022
Mjøstårnet ノルウェー 85.4 m 18階 2019
HoHo Wien ウィーン 84 m 24階 2019
Port Plus(大林組) 横浜 44 m 11階 2022
W350(構想) 東京想定 350 m 70階 2041目標

北米・北欧・中欧では、政策的な後押しと豊富な針葉樹資源を背景に20階級木造が次々と竣工しています。日本は耐震・耐火要件が世界でも最も厳しい一方、住友林業・大林組・竹中工務店・清水建設といった総合建設業のR&D投資が厚く、要素技術の蓄積では世界トップクラス。米国の名門設計事務所SOMも2013年に木造超高層の研究ホワイトペーパー「Timber Tower」を発表しており、木造超高層が世界共通の研究テーマであることが分かります。

なぜ「使うことが森を守る」のか

W350が単なる高さ競争でないのは、その先に脱炭素と林業再生という狙いがあるからです。木は成長過程でCO2を吸収し、建材として使えば都市にそれをストックできます。一棟で約10万トンを固定する計画は、建材の選択そのものが脱炭素戦略になり得ることを示しています。

さらに、戦後に植えられた日本のスギ・ヒノキ人工林は伐期を迎えながら、住宅需要の頭打ちで利用が伸び悩んでいます。中大規模木造ビルという新しい用途が広がれば国産材の出口が増え、間伐・主伐・再造林のサイクルが回り出す。185,000m³という木材使用量は、一棟で大規模団地一つ分の需要に相当します。「環境木化都市」という同社のキャッチフレーズは、木の街がもたらすバイオフィリック効果(木質空間が人の快適性や健康に与える好影響)まで視野に入れたものです。

住友林業は2050年にScope 1+2+3の排出実質ゼロを掲げており、W350はその長期ビジョンを「350m・2041年・185,000m³・10万トン」という具体的な数字で可視化したシンボルとして機能しています。350mそのものが建つかどうかより、そこへ向かう技術が中規模建築へ着実に展開されていくか――それがこの構想を評価する本当の物差しといえそうです。

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この記事を書いた人

ハウスメーカーで住宅の構造を担当したのち、林業の世界へ。林業・木材・建築の3領域を横断する視点で、Forest Eight の記事を編集しています。

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