「土が乾いてきたな」と感じるとき、その土の中で水がどれくらい木に吸いにくくなっているのか――それを数値で表したのが土壌水ポテンシャル(Ψ)です。木の根が水を吸えるかどうかは、結局このΨが決めています。育苗や植栽の現場で「いつ水をやるか」を判断するときの、いちばん根っこにある物理量と言ってもいいでしょう。
この記事では、土壌水ポテンシャルとは何か、それをどう測り、造林・育苗の現場でどう使うのかを、できるだけかみ砕いて整理します。専門書だと単位の換算や数式で身構えてしまいますが、実務で押さえるべき勘どころはそれほど多くありません。
水の「吸いにくさ」をあらわす4つの力
土の中の水のエネルギー状態は、自由な純水を基準(0)として、ふつうは負の値で表します。乾くほど大きなマイナスになり、木が水を引き出すのにより大きな力が要る、という意味です。全体のポテンシャルは次の4つに分解できます。
- マトリックポテンシャル Ψm(毛管と吸着)――土が水を抱え込む力。林業・農業の現場でほぼ常に主役。
- 浸透圧ポテンシャル Ψo(溶質)――塩害地や施肥過多の培地で効いてくる。
- 重力ポテンシャル Ψg(高さ)――1 m上がるごとに約−0.01 MPa。樹高50 mのスギの梢端には常時−0.5 MPaの負荷。
- 圧力ポテンシャル Ψp(液圧・膨圧)――細胞の張りや、木部導管内の負圧(張力)。
現場で覚えておくと役立つ目安が3つあります。飽和状態が0 MPa、重力で抜けきった「圃場容水量(FC)」が約−0.033 MPa、そして植物が水を吸えなくなって萎れたまま戻らなくなる「永久萎凋点(PWP)」が約−1.5 MPa。FCとPWPのあいだが、樹木が使える「有効水分」です。
単位は歴史的経緯でいくつも併存しますが、「1 m水柱 ≒ 0.01 MPa ≒ 10 kPa」を起点に覚えると換算で迷いません。古典文献に出てくるpF(土壌物理の対数スケール)は、PWPが pF 4.2、FCが pF 2.5と対応づけて使います。テンシオメータの目盛(kPa)は×0.001でMPaに直せます。
同じ乾き具合でも、土によって保水量は全然違う
面白いのは、同じΨm(同じ「吸いにくさ」)でも、土の種類によって実際に含んでいる水の量がまるで違うことです。これを示すのが水分特性曲線(SWRC)。下図のように、砂は早く乾き、シルト質壌土は有効水分が最も多く植栽に向き、粘土や黒ボク土はクセがあります。
日本の森林土壌の約3割を占める黒ボク土(火山灰土)は、アロフェンなどの微細な孔隙が多く、見かけの含水率は高いのに「乾くときは急に乾く」やっかいな性格を持ちます。一度しっかり乾くと再び湿るのに時間がかかる点も、育苗管理では要注意です。
木は土から大気への「下り坂」を水が流れる
樹木はポンプで水を吸い上げているわけではありません。土壌から葉、そして大気へとポテンシャルが下がっていく勾配に沿って、蒸散による「引き上げ」で受動的に水が運ばれます(凝集張力説)。次の図がその下り坂のイメージです。
乾燥した大気のポテンシャルは桁違いに低く(湿度50%・25°Cで約−93 MPa)、放っておけば木は干上がります。そこで木は気孔を閉じて蒸散を抑え、葉のΨが木部の通水が壊れる限界(キャビテーション閾値、針葉樹−3〜−5 MPa、広葉樹−1〜−3 MPa)を越えないよう調整しています。この「あとどれだけ余裕があるか」を表すのが安全マージン(HSM)で、世界226種を解析した研究では中央値がわずか1.0 MPa。多くの木が意外なほどギリギリで生きていることがわかっています(Choat et al. 2012)。日本のスギは特に余裕の狭い脆弱種です。
樹種ごとの「乾燥への強さ」
植える場所の乾きやすさに合わせて樹種を選ぶ際の、ざっくりした目安です。
| 樹種 | 気孔を閉じ始めるΨ | 耐乾性 |
|---|---|---|
| アカマツ・クロマツ | −1.5〜−1.8 MPa | 高(クロマツは耐塩も) |
| コナラ・クヌギ | −2.0 MPa | 高 |
| カラマツ | −1.5 MPa | 中〜高 |
| ヒノキ・ブナ | −1.2〜−1.5 MPa | 中 |
| スギ・トドマツ | −1.0 MPa | 低(湿潤を好む) |
実際の植栽設計では、尾根筋・南斜面など年間で最も乾く場所にはアカマツやコナラ、沢筋・北斜面の湿った場所にはスギやトドマツ、というように地形と樹種を合わせるのが基本です。
測って、活着率を上げる
計測機器は適用範囲がはっきり分かれます。湿った範囲(0〜−85 kPa)はテンシオメータ、乾いた範囲(−0.1〜−10 MPa)は湿度サイクロメータ、というように排他的なので、育苗現場ではMPSセンサ(Teros 21など、−9 kPa〜−100 MPaの広範囲をカバー)が現実解です。樹木の水ストレスを直接診断するなら、葉柄に圧をかけて測るScholander圧力室法が定番です。
実際の効果も出ています。FFPRIの苗畑実証では、Teros 21を30 cm深に3本設置し、平均Ψmが−50 kPaを下回ったら灌水する運用にしたところ、活着率が83%から94%へ改善しました(2023年)。植栽直後の30日間はとくに重要で、土壌Ψmが−1.0 MPaを下回る状態が続くと活着率が急落します。植栽は梅雨入り直後か秋雨期が原則で、夏季はマルチングや灌水なしでは勧められません。
センサ1本平均が閾値を割ったらリレーで給水し、一定量で止める――こうした自動灌水システムは1 ha規模で80〜150万円程度、活着率向上と灌水量削減で3〜5年での回収が見込めます。広域・流域スケールではNASAのSMAPなど衛星観測も使えますが、地上の実測なしの衛星単独では誤差が大きく、FLUXNET/AsiaFluxなどの地上観測と組み合わせるのが世界標準です。
気候変動で乾燥リスクは高まっている
IPCC AR6は、中緯度域の土壌水分が1950年以降の減少傾向にあり、2050年までにさらに10〜30%減ると評価しています。日本でも夏季VPDの上昇、連続無降水日数の増加、渇水年頻度の上昇が観測されており、スギ林の年最低Ψmは過去30年で−1.2→−1.5 MPaへと低下、2050年には−1.7〜−2.0 MPaまで下がると予測されています。
安全マージンが縮むとキャビテーションが増え、集団枯損のリスクが高まります。カリフォルニアの2012〜2016年大干ばつでは森林の1.2億本が枯死し、日本でも九州・四国でスギの集団枯損が増加傾向にあります。適応策としては、耐乾性樹種(マツ・コナラ・クヌギ)の混交、間伐による1本あたりの水確保、植栽時期を秋雨期へ前倒し、マルチングによる表層Ψmの維持、そしてIoTモニタによる早期警報が挙げられます。
よくある質問
永久萎凋点の「−1.5 MPa」は何で決まっているのですか?
Briggs & Shantz(1912)の古典的な実験で「萎れたまま回復しなくなる含水率」を測り、のちにΨで再定義されたものです。樹種や温度で±0.3 MPaほど動きますが、ISO 11274やFAO-56で−1.5 MPa(pF 4.2)が標準値として使われています。
pFとMPaはどう素早く変換すればいいですか?
pF = log10(|Ψm| in cmH₂O)で、代表値を覚えるのが近道です。pF 2.5=−33 kPa(圃場容水量)、pF 3.0=−100 kPa、pF 4.2=−1.5 MPa(永久萎凋点)。現場ではテンシオメータの目盛(kPa)を×0.001でMPaに直せます。
干ばつで木が枯れる流れを簡単に教えてください。
土壌Ψmの低下→根のΨ低下→木部の張力上昇→限界(Ψ50)を越えてキャビテーション→通水路が詰まる→葉のΨが急落して気孔を閉じる→光合成が止まり炭素が尽きて枯死、という連鎖です。「水の輸送が壊れる」のと「炭素が枯渇する」のどちらが先か、というMcDowellら(2008)の枠組みで整理されています。
出典・参考
- FAO Irrigation and Drainage Paper No.56(Allen et al. 1998)
- 国立研究開発法人 森林研究・整備機構(FFPRI)
- FLUXNET2015 Dataset
- van Genuchten (1980) Soil Sci. Soc. Am. J. 44:892 / Choat et al. (2012) Nature 491:752 / McDowell et al. (2008) New Phytologist 178:719

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