浸透圧ポテンシャル:樹液上昇の物理学とCohesion-Tension Theory

浸透圧ポテンシャル | Forest Eight

大気圧で水を持ち上げられる高さは、せいぜい10.3 mです。それなのにレッドウッドは115 mもの梢まで水を運び上げている――この事実を知ると、樹木という存在がいかに巧妙な「水の機械」かが見えてきます。この記事では、なぜ木はそんなに高く水を上げられるのか、そしてその仕組みがメープルシロップや漆といった私たちの暮らしにどうつながっているのかを、できるだけ平易に整理してみます。

目次

木は水を「吸い上げる」のではなく「引き上げる」

結論から言うと、樹液を上げているのはポンプではなく、葉からの蒸散が生む「引っ張り」です。これを凝集張力説(Cohesion-Tension Theory)と呼びます。1894年にDixonとJolyが提唱した、いまも主流の理論です。仕組みは大きく3つの要素からなります。

  1. 蒸散による引き上げ――葉の気孔から水蒸気が大気へ逃げると、葉の水のエネルギー状態(水ポテンシャル)が下がる。
  2. 水分子どうしの凝集力――水素結合で水柱はちぎれずにつながり、強い張力に耐える。
  3. 道管壁への付着力――水が管の内壁に貼りつき、毛管的に補助する。

大気の乾き具合は想像以上に強烈で、湿度50%・25°Cの空気は水ポテンシャルに換算すると約−95 MPaにもなります。土壌(−0.05 MPa前後)から葉(−2 MPa前後)、そして大気へと続く巨大な「下り坂」を、水が連続した一本の柱となって流れ落ちていく――それが樹液上昇の正体です。途中で柱が切れない限り、木は数十メートル上空まで水を届けられます。

樹液上昇のメカニズムと水ポテンシャル 凝集張力説と樹高別の水ポテンシャル勾配。 樹液上昇のメカニズム(凝集張力説) 水柱上昇 水ポテンシャル 葉:-1.5 〜 -2.5 MPa 幹中部:-1.0 〜 -1.5 MPa 根:-0.5 〜 -1.0 MPa 土壌:-0.05 〜 -0.5 MPa 理論 Cohesion-Tension Theory Dixon & Joly 1894 物理限界 約120m (キャビテーション閾値) 最高樹 レッドウッド115m 根からの吸水 出典: Dixon & Joly 1894, Koch et al. 2004 Nature
図1:樹液上昇のメカニズム(出典:Dixon & Joly 1894, Koch et al. 2004)。

水柱が切れると木は枯れる:キャビテーションという弱点

この巧妙な仕組みには、ひとつ大きな弱点があります。引っ張りが強くなりすぎると水柱がちぎれて気泡ができ、その道管は二度と水を運べなくなる――これがキャビテーション(塞栓)です。木部の通水機能が半分失われる水ポテンシャル(P50)は樹種によって違い、シラカバが−1.5 MPa、ブナ−3.0 MPa、スギ−4.0 MPa、ヒノキ−4.5 MPaあたり。針葉樹は仮道管の壁孔にある「トーラス」というフタで気泡の侵入を物理的に防ぐ高度な仕組みを持っています。

世界226樹種を解析したChoatら(2012)の研究では、現在の樹種分布の約7割が、安全余裕(あとどれだけ乾燥に耐えられるか)が1 MPa未満というギリギリの状態にあることがわかりました。だからこそ、地中海や北米西部、オーストラリアでは干ばつによる広域の樹木枯死が問題になっているのです。

樹木の高さには物理的な限界がある

このキャビテーションの制約から、樹木の高さの理論的限界は約120〜130 mと見積もられています(Koch et al. 2004)。重力に逆らって水を上げるほど梢の水ポテンシャルが下がり、ある高さで葉の細胞が張りを保てなくなって、成長そのものが止まるためです。実際、世界の高木記録を見ると、この限界の手前に各樹種が並んでいます。

樹種 世界最高記録 所在
コーストレッドウッド「Hyperion」 115.92 m(2006) 米カリフォルニア
ユーカリ「Centurion」 100.5 m 豪タスマニア
ダグラスファー 99.4 m 米オレゴン
Shorea faguetiana「Menara」 100.8 m(被子植物最高) マレーシア・サバ州
スギ「縄文杉」 25.3 m(樹齢2,000年超) 屋久島

面白いことに、世界一のHyperionでさえ、梢の葉は通常の半分ほどの大きさしかなく、成長速度も鈍っています。Kochらによれば、高木の梢の葉は構造的に「乾燥地の植物」に近づくことで、なんとか生き延びているのだそうです。背を伸ばすほど水のやりくりが苦しくなる――木にとって「高さ」とは、それ自体が生存の挑戦なのです。

この仕組みが暮らしにつながる:樹液を採る

樹液上昇のメカニズムは、私たちの食卓や工芸品にも直結しています。代表がメープルシロップです。晩冬から早春、夜は−5°Cで幹が凍り、昼は+5°Cで融ける――この凍結融解のサイクルが幹の中に圧力の振動を生み、樹液を押し出します。サトウカエデの原液は糖度2〜3%(浸透圧ポテンシャルで約−0.18 MPa)で、40 Lの樹液を煮詰めてようやく1 Lのシロップになります。最終製品は糖度67%近くに達し、これが微生物の侵入を物理的に阻む天然の保存原理になっています。世界生産量は年約7,000万Lで、その72%をカナダ・ケベック州が占めます。

もうひとつ、日本で大切なのがです。こちらは凍結融解ではなく、樹皮を傷つけたときの創傷応答でウルシオールを含む樹液が滲み出る仕組み。岩手県浄法寺町が国内産生漆の7〜8割(年約1.5 t)を生産し、金閣寺や日光東照宮といった文化財修復に欠かせません。国産生漆は1 kg25〜30万円と、中国産(3〜5万円)の数倍で取引されています。

このほか松脂、天然ゴム、白樺樹液、サトウヤシなど、世界中で多様な樹液が採られています。とくに白樺樹液は春先に根圧が+0.3 MPaほどまで高まる「根圧駆動型」で、1株から50〜300 Lというメープルの数倍もの量が採れ、北海道や北欧で「春の浄化飲料」として親しまれています。下のグラフは、採取物ごとの1株あたり年間採取量を比べたものです(単位が容量・重量で混在するため、あくまで相対比較として見てください)。

主要樹液採取作物の年間採取量比較 メープル・ウルシ・松脂・ゴム・白樺の単位株あたり年間採取量を比較 樹液採取作物の年間採取量(1株あたり) 白樺樹液 200L メープル樹液 60L 松脂(生) 4kg 天然ゴム(乾燥) 2kg ウルシ生漆 200g 単位は採取物により異なる(L/kg/g)。重量・容量混在のため相対比較のみ。
図2:樹液採取作物の年間採取量比較(出典:森林総研・FAO・林野庁データから整理)

気候変動が樹液上昇を脅かす

気温が1°C上がると大気の水蒸気要求(VPD)は約7%増え、木にとっては「のどの渇き」が強まる方向に働きます。干ばつが増えれば木部の水ポテンシャルがP50を割り込みやすくなり、キャビテーションと枯死のリスクが高まります。実際、米国西部では2002〜2003年にピニョンマツが数千万本規模で枯死しました。メープル産業も他人事ではなく、USDAはサトウカエデの分布北上で2100年までに米国北東部の生産適地が15〜30%縮小すると予測しています。日本でも、ブナ林の南限にあたる紀伊半島や四国で、夏季の枝枯れが増える傾向が報告されています。

よくある質問

なぜ木は130 m以上には育てないのですか?

重力に逆らって水を上げるほど梢の水ポテンシャルが下がり、120〜130 mあたりで葉の細胞が張り(膨圧)を保てなくなって成長が止まるためです。10 m高くなるごとに約0.1 MPaの追加負荷がかかり、ここにキャビテーションの制約が重なって物理的な天井になります。

メープルシロップが採れるのは何月ですか?

北米では2月下旬〜4月上旬の4〜6週間ほど。夜−5°C、昼+5°Cという凍結融解のサイクルが必須条件です。北海道のイタヤカエデなら3月中旬〜4月中旬。温暖化でシーズンは前倒し・短縮の傾向にあり、ケベック州では1980年比で平均7〜10日早まっています。

樹液を採ると木は傷みませんか?

適切な方法であれば心配は要りません。メープルなら樹齢40年以上・直径25 cm以上の木に年1孔、深さ3〜5 cm程度のタッピングで、数十年にわたり健全に樹液を出し続けます。ケベック州には200年以上採取され続けて今も現役のサトウカエデもあるほどです。漆の「殺し搔き」は木を枯らしますが、10〜15年の植林ローテーションで持続的に運用されています。

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この記事を書いた人

ハウスメーカーで住宅の構造を担当したのち、林業の世界へ。林業・木材・建築の3領域を横断する視点で、Forest Eight の記事を編集しています。

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