樹木の蒸散と森林水循環:Penman-Monteith式と森林の水収支

樹木の蒸散と森林水循環 | Forest Eight

森を歩いていると、木々が静かに水を吸い上げ、葉から大気へ送り返している――そんな実感はなかなか持てませんが、じつは森林は地域の水循環を回す巨大なエンジンです。樹木が葉の気孔から放つ水蒸気(蒸散)は、上昇気流から雲、そして雨へとつながり、陸上に降る雨の3〜6割はこうした「リサイクル降水」に支えられています(van der Ent et al. 2010)。

この記事では、蒸散がどんな仕組みで起き、それをどう測り・どう数式で表すのか、そして森林の管理が流域の水資源にどう響くのかを、できるだけ数字とともに整理してみます。専門的に見える分野ですが、要点をつかめば「なぜ水源林が大事なのか」がぐっと腑に落ちるはずです。

日本の年降水 1,500-2,500 mm/年 世界平均の約2倍 森林ET比率 50-75 % of P 蒸散+遮断+蒸発 陸域降水リサイクル 30-60 % van der Ent 2010 PM式適用範囲 ±10-15 % 誤差 FAO-56 標準
図1:森林水循環の主要諸元(出典:気象庁、FAO-56、van der Ent et al. 2010、FLUXNET2015)
目次

蒸散はどうやって起きているのか

蒸散は、樹木がただ水を漏らしているのではなく、能動的に制御している生理現象です。葉の内部はほぼ湿度100%で、外気との水蒸気圧の差(VPD)が水を引き出す駆動力になります。土壌(−0.03 MPa)から根・幹・葉(−1.5〜−2.5 MPa)を経て大気(−50〜−200 MPa)へと続く一本の水の通り道を、ポテンシャルの勾配が水を吊り上げる――これが「凝集張力説」と呼ばれる現代の標準理解です(Tyree & Zimmermann 2002)。

その蛇口にあたるのが気孔です。気孔の開き具合(気孔コンダクタンス)は光・CO₂濃度・葉の水分状態によって秒から分の単位で刻々と変わり、樹木は「光合成のために水を使う」か「水を守るために絞る」かを常に調整しています。蒸散1 mm(1 L/m²)あたり約2.45 MJの気化熱を奪うため、葉の温度を3〜10°C下げる冷却装置としても働きます。街路樹の木陰が涼しいのは、日差しを遮るだけでなく、この蒸散冷却が効いているからです。

一方で、水を引き上げる張力が強くなりすぎると、道管の中に気泡が生じて通水が止まる「キャビテーション」のリスクが高まります。被子植物は−1.5〜−3 MPa、針葉樹は−3〜−6 MPaあたりで通水機能が半減し(P50、Choat et al. 2012)、この限界がそれぞれの樹種の耐乾性を左右します。

蒸発散を数式で表す:Penman-Monteith式

蒸散を含む森林からの水の蒸発(蒸発散、ET)を定量的に見積もる世界標準がPenman-Monteith式です。1948年のPenmanの蒸発式に、1965年Monteithが気孔抵抗と空気力学抵抗を組み込み、1998年にFAO-56として国際標準化されました。気温・湿度・風速・日射といった、ふつうの気象観測値から計算でき、世界500地点超の実測(FLUXNET2015)と誤差±10〜15%で合うのが強みです。

λET = (Δ(R_n − G) + ρ_a c_p (e_s − e_a)/r_a) / (Δ + γ(1 + r_s/r_a))
(λ:気化潜熱 2.45 MJ/kg、Δ:飽和水蒸気圧曲線の傾き、γ:乾湿計定数 ≈0.066 kPa/K)

式の中身を森林の言葉に置き換えると、純放射 R_n(夏の日中で50〜200 W/m²)が水を蒸発させるエネルギー源、VPD(0.5〜3 kPa)が乾き具合、そして表面抵抗 r_s(樹冠平均で50〜500 s/m)が「気孔をどれだけ開けているか」を表します。FAO-56は本来、草地を基準にした標準値なので、森林に当てはめるときは樹種ごとの作物係数 K_c(針葉樹1.0〜1.2、広葉樹1.0〜1.3)で補正します。

森林に降った雨はどこへ行くのか

年に1,500〜2,500 mmという、世界平均の約2倍の雨が降る日本の森林。その雨がどう分配されるかを見ると、森林管理が水資源に効く理由が見えてきます。

水の行き先 割合(年降水比) 主に決めるもの
蒸散(樹木→大気) 40〜60% VPD、気孔、葉量(LAI)、根の深さ
樹冠遮断蒸発 10〜25%(針葉樹)
5〜15%(広葉樹)
樹冠の貯留容量、降雨強度
林床蒸発 5〜15% 林床の日射、土壌の湿り
地下水涵養 15〜30% 下層の浸透能、岩盤の亀裂
表流水流出 5〜10% 傾斜、土壌の透水性

蒸散・遮断・林床蒸発を合わせた蒸発散(ET)は降水の50〜75%に達し、これが川に出てくる水の量を大きく左右します。北海道・東北の冷温帯林ではET比率がやや低め(45〜60%)、九州・四国の暖温帯林では高め(60〜75%)という地域差もあります(FFPRI各地試験地)。

森林の水収支とフロー 降水を100%として、遮断蒸発・蒸散・林床蒸発・流出・地下水涵養への配分を矢印で示す模式図。 森林の水収支(年降水量を100%として) 降水 P 100% 蒸散 T 40-60% 遮断蒸発 I 10-25% 林床蒸発 5-15% 表流水 5-10% 地下水涵養 15-30% PM式 R_n, VPD, r_s, r_a 気温・風速・日射 出典: FAO-56, FFPRI 試験地長期観測, IPCC AR6
図2:森林の水収支模式図(出典:FAO-56、FFPRI、IPCC AR6)

蒸散をどう実際に測るのか

数式だけでなく、現場では蒸散そのものを実測します。個体スケールでは樹液流計測が主役で、なかでもGranier法(1985年発表、世界で最も普及)は、幹に挿した加熱・非加熱プローブの温度差から樹液の流速を求め、長期連続観測できます。精度は±10〜20%。FFPRIは富士吉田・札幌・宝川などで30年以上のデータを蓄積し、スギ・ヒノキ・ブナのアロメトリ式(幹の太さから蒸散量を推定する関係式)を公開しています。

林分スケールでは渦相関法(Eddy Covariance)が標準です。樹高の1.5〜2倍の観測タワーに超音波風速計と水蒸気分析計を載せ、鉛直方向の風と水蒸気濃度の相関から、林全体の潜熱フラックスを直接とらえます。AsiaFluxの富士吉田スギ林・高山落葉広葉樹林・苫小牧カラマツ林などでは20年以上の連続データがあり、MODISやGLEAMといった衛星ET推定の検証基準にもなっています。

樹種によって違う「水の使い方」

木は種類によって水との付き合い方がまるで違います。大きく分けると、乾いてくると早めに気孔を閉じて体内の水分を守る慎重派(isohydric)と、リスクを取ってでも気孔を開け続け生産を優先する強気派(anisohydric)の二極で整理できます。

樹種 個体蒸散量(L/日) 気孔戦略
スギ 30〜120 慎重派
ヒノキ 25〜90 慎重派
アカマツ 35〜130 慎重派
ブナ 50〜250 中間
ミズナラ・コナラ 60〜220 強気派
ケヤキ 80〜300 強気派
ユーカリ 100〜400 強気派

スギ・ヒノキ・マツ類の慎重派は短期の乾燥に強い反面、長く乾くと光合成を絞りすぎて炭素が枯渇するリスクがあります。逆にミズナラやユーカリのような強気派は生産性が高い一方、葉の水分が下がりすぎてキャビテーションを起こしやすい。とくにユーカリは個体蒸散が300〜500 L/日に達することがあり、豪州や地中海地域では地域の水資源を圧迫する問題として知られています。導入には水文影響の評価が欠かせません。

なお同じ林でも林齢で水収支は変わります。葉量がピークに達する壮齢〜成熟林(20〜80年)で蒸散が最大になり、それより老齢になると、樹高が増して水を運ぶ距離・重力負荷が大きくなるぶん、最大気孔コンダクタンスがやや下がる「水力学的制約仮説」(Ryan & Yoder 1997)で説明される減少が見られます。

気候変動で蒸散はどう変わる?

気候変動の影響は一方向ではなく、いくつかの効果がせめぎ合います。気温が1°C上がるとVPDが約7%増え(Clausius-Clapeyron関係)、これは蒸散を促す方向。実際グローバルVPDは1979〜2013年に上昇を続け、森林の乾燥誘発死亡の主因とされています(Yuan et al. 2019)。一方でCO₂濃度の上昇(産業革命前280 ppm→現在430 ppm前後)は気孔の開きを5〜25%抑え、蒸散を減らす方向に働きます。

さらに極端豪雨と無降水日の両方が増える日本の降雨パターン変化(気象庁2024)が、樹木の水ストレス頻度を押し上げます。世界の樹種の約70%は、現在の渇水ピーク時に安全マージンが1 MPa以下しかないという報告もあり(Choat et al. 2012)、干ばつによる森林枯死は米国西部・地中海・豪州・アマゾンで増えています。日本ではモデル予測上、これらが差し引きされて正味+5〜+15%程度の蒸散増と見積もられています(IPCC AR6)。

森林管理と水資源:施業が流域に効く

森林の手入れは、流域の水の出方を変える数少ない手段です。代表的な施業ごとの効果を整理すると次のようになります。

施業 蒸散の変化 流出の変化 洪水ピーク
皆伐+再造林 −40〜−80%(直後) +30〜+200 mm/年(10年間) +10〜+30%
強度間伐(30〜50%) −15〜−30% +50〜+150 mm/年(5年) +5〜+15%
弱度間伐(10〜20%) −5〜−10% +10〜+50 mm/年 +0〜+5%
長伐期化(80年〜) 安定 安定 低減

ここで注意したいのは、「伐れば水が増える」という単純な話ではないことです。皆伐や強度間伐は確かに短期(5〜10年)には蒸散が減って流出が増えますが、同時に洪水ピークの増大・渇水期流量の減少・土砂流出・水質悪化というトレードオフを伴います。「使える水資源」という観点では、急傾斜地や水源地ほど慎重な設計が必要になります。日本では1965年から続く「水源林造成事業」(森林整備センター、累計対象面積約40万ha)が、こうした水源地の森林を国費で整備してきました。

都市でも同じ物理が働きます。成熟したケヤキやクスノキの単木で日中−2〜−5°Cの局所気温低下が観測されており、蒸散冷却はヒートアイランド緩和の主要メカニズムです。日本学術会議の試算では、森林の水源涵養に関わる機能(洪水緩和・地下水涵養・水質浄化・土砂流出防止)だけで年30兆円規模の価値とされ、近年はウォータークレジットとして取引する試みも始まっています。

よくある質問

1本の木は1日にどれくらい水を使うのですか?

樹種とサイズで大きく違います。直径30 cmのスギで30〜120 L/日、直径60 cmのブナで150〜250 L/日、大径木のユーカリでは300〜500 L/日。年間では大型樹木で100〜200 m³に達します。意外なほど大量の水が、静かに葉から大気へ戻されているわけです。

森林を伐ると、川の水は増えますか、減りますか?

短期(5〜10年)は蒸散が減るぶん流出が増えます(年降水量の5〜15%増)。ただし長期では洪水ピークの増大・渇水期流量の減少・土砂や濁りの流出というトレードオフがあり、「実際に使える水」はむしろ減ることが多い。とくに急傾斜地や水源地での伐採は慎重な設計が前提です。

自分の流域の水収支を調べるには?

気象庁アメダス、国交省の水文水質データベース、FFPRIの試験地データ、AsiaFlux/FLUXNET、JAXAのGCOM-C「しきさい」などが使えます。手軽に概算するなら、FAO-56のPenman-Monteith式にアメダスの気象データを代入してExcelで計算してみるのが入口としておすすめです。

出典・参考

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この記事を書いた人

ハウスメーカーで住宅の構造を担当したのち、林業の世界へ。林業・木材・建築の3領域を横断する視点で、Forest Eight の記事を編集しています。

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