ナラ枯れ:Raffaelea quercivoraとカシノナガキクイムシ媒介の森林病害

ナラ枯れ | Forest Eight

夏の盛りに、山の一角がまるで紅葉したように赤茶けて枯れていく。「夏のもみじ」とも呼ばれるこの現象が、ナラ枯れです。原因は、カシノナガキクイムシという小さな甲虫が運ぶ Raffaelea quercivora(ラファエレア・クエルキボラ)という菌。1980年代に日本海側で大発生が始まり、いまでは北海道の渡島半島にまで達して、累計の枯損は3,000万本を超えると推計されています。この記事では、病気の正体と広がりの歴史、なぜ太い木ばかり狙われるのか、そして防除のしくみまでを整理します。

病原菌Raffaeleaquercivora子嚢菌・道管閉塞Kubono & Ito 2002媒介昆虫Platypusquercivorus体長4.5mm前後カシノナガキクイムシ累計枯損3,000万本超(推計)1980s-2020s林野庁発表枯死までの期間2-8週夏季発症から辺材変色 0.5-2m
図1:ナラ枯れ主要諸元 — 病原菌・媒介昆虫・累計枯損・症状進行(出典:林野庁/森林総合研究所)
目次

菌と虫の共犯関係

ナラ枯れは、菌と虫がタッグを組んで起こす病気です。媒介役のカシノナガキクイムシは体長4.5mmほどの小さな甲虫で、雌雄ペアで木の辺材深くまでトンネルを掘って産卵します。幼虫は坑道の壁に繁殖させたラファエレア菌をエサにして育つ「養菌性」で、菌は虫の体にある菌嚢(マイカンギア)に保持されて運ばれます。つまり虫にとって菌は食料、菌にとって虫は移動手段という、持ちつ持たれつの関係です。

木にとって厄介なのは、この菌が辺材の道管に侵入して通水を妨げることです。菌糸が伸びると、木の側もチロースやガム状物質で道管を塞いで防ごうとするのですが、結果的に水の通り道が完全に途絶え、葉が一気にしおれて急性枯死に至ります。発症から枯死までわずか2〜8週間。辺材を切ってみると、黒褐色に変色した領域が数十cmから2mにも及んでいます。

被害が劇症化する決め手は「マスアタック」です。オスが集合フェロモンを出すことで、短期間に同じ木へ数百〜数千頭が集中して穿入します。これで菌の接種量が一気に増え、木が反応する間もなく枯れてしまうのです。

どこまで広がったのか

ナラ枯れ自体は1930年代に九州で記録がありますが、現在につながる大発生は1980年代後半、山形県庄内・福井県・京都府北部の日本海側で始まりました。その後、1990年代に北陸へ、2000年代に近畿へ、2010年代に関東・東北の太平洋側へと拡大し、2020年代には北海道渡島半島・四国・九州山地にまで到達しています。

3525155万m³20022006201020142018202232.5万m³19.2万m³全国 ナラ枯れ年次被害材積(林野庁)
図2:全国ナラ枯れ年次被害材積の推移(出典:林野庁「森林病害虫被害量調査」、近似プロット)

林野庁の調査では、2010年に全国で32.5万m³というピークを記録し、その後いったん減ったものの、2019〜2020年には再び19万m³台まで盛り返しました。樹種ごとの感受性には差があり、最も弱いのが冷温帯ブナ林の主役ミズナラ(直径30cm以上の壮齢木で枯死率6〜9割)、次いで里山の主役コナラ。常緑のシラカシやスダジイ、ウバメガシは比較的被害が軽い傾向です。

なぜ太い木ばかり狙われるのか

ナラ枯れがここまで劇症化した背景には、実は私たち人間の暮らしの変化があります。カシノナガキクイムシは胸高直径20cm以上の太い木を好んで狙う性質を持っています。厚い辺材があるほど坑道を長く掘れて幼虫がよく育ち、集合フェロモンの効果も出やすいからです。

かつての里山では、コナラやミズナラは薪炭材として20〜30年周期で伐採され、細い萌芽幹ばかりの若い林が保たれていました。ところが1960年代の燃料革命で薪炭の利用が止まり、里山は半世紀以上放置されて、平均直径が30〜50cmにまで太ってしまいました。つまり、媒介虫にとって理想的な「太い木の宝庫」を、人間が知らず知らずのうちに用意してしまったわけです。だからこそ、薪ストーブやバイオマス発電、椎茸原木としての利用を再び増やし、太い木を伐って使う循環を取り戻すことが、対症療法を超える根本的な解決策になります。

防除の4本柱

現在の防除は、①樹幹注入、②粘着シート巻き、③伐倒くん蒸、④薬剤散布の4つが主力です。御神木や街路樹のような重要な木には、プロテクト酸銅剤などを直接注入して媒介虫の穿入を防ぐ樹幹注入(1本5,000〜30,000円、効果2〜3年)が確実です。被害木には、媒介虫が脱出する時期に樹幹を粘着シートで巻いて捕獲したり、伐倒後にビニール被覆してメチルイソチオシアネート剤でくん蒸し、内部の虫を確実に殺す方法がとられます。最近はドローン搭載のマルチスペクトルカメラでNDVI(植生指数)の低下域を捉え、被害木をピンポイントで見つける技術も実用化されています。

1. モニタリングドローン NDVI/フェロモントラップ/巡視2. 早期診断穿入孔・辺材変色・PCR 同定(ITS 領域)3a. 重要木保護樹幹注入(5,000-30,000円/本)3b. 被害木処分伐倒くん蒸 MITC /粘着シート4. 周辺木予防散布殺菌・殺虫剤散布(地上/小型ヘリ/ドローン)5. 林相改良混交林化・抵抗性樹種導入・薪炭利用再開6. 経過観察(5-10年)再発監視・データベース化・補助金更新
図3:ナラ枯れ統合防除フロー(出典:林野庁「ナラ枯れ被害対策マニュアル」を基に作成)

これらの対策には費用がかかりますが、森林病害虫等防除事業(国が事業費の1/2を補助)や森林環境譲与税、都道府県の単独事業など、公的な支援制度が重層的に用意されています。ただし制度は申請主義なので、地域の林業普及指導員や森林組合と平時から関係を作っておくことが大切です。気候変動で媒介虫の越冬生存率や世代数が増える一方、夏の高温乾燥がミズナラの水ストレスを高めるため、温暖化はナラ枯れにとって二重のアクセルとして働くと予測されています。

よくある質問

Q. 個人の庭木のナラを守るにはどうすれば?
A. 4〜6月の媒介虫の飛来前に樹幹注入剤を施工するのが最も確実です。1本あたり5,000〜30,000円で効果は2〜3年持続します。樹木医や造園業者への依頼が安全です。粘着シート巻きはDIYも可能ですが、設置時期を誤ると効果が半減します。

Q. ナラ枯れの被害木を薪に使っても大丈夫ですか?
A. 媒介虫が脱出する4〜6月より前に、玉切りしてビニール被覆+夏季の高温処理(または半年以上の乾燥)を行えば、虫は死滅して安全に薪として使えます。生木のまま放置すると伝播源になるので厳禁です。

Q. 松枯れ(マツ材線虫病)とは何が違うのですか?
A. 松枯れは線虫とマツノマダラカミキリによるもので宿主はマツ属、ナラ枯れは菌とカシノナガキクイムシによるもので宿主はブナ科です。「虫+菌(または虫+線虫)の共生で運ばれ、夏に急激に葉が枯れる」という構図は似ていますが、病原も媒介者も防除法もまったく別系統です。

出典・参考

  • 林野庁 森林病害虫被害量調査・ナラ枯れ被害対策マニュアル
  • 森林総合研究所 ナラ枯れ研究プロジェクト
  • Kubono T, Ito S. (2002) Raffaelea quercivora sp. nov. Mycoscience 43.
  • 環境省 気候変動影響評価報告書
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この記事を書いた人

ハウスメーカーで住宅の構造を担当したのち、林業の世界へ。林業・木材・建築の3領域を横断する視点で、Forest Eight の記事を編集しています。

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