国立競技場(東京)|47都道府県スギ・カラマツの庇のひさし

国立競技場 | 建築図鑑 - Forest Eight
📌 結論先出し

  • 国立競技場の庇には 47都道府県のスギ・カラマツ が使われ、地域材総量は 約2,000m³
  • 設計は隈研吾・大成建設・梓設計JVで、総工費 約1,569億円、収容 約60,000人
  • 庇延長 約1.6km、軒の出最大 3.5m、特定避難時間建築物として法第21条の特例認定を取得。
  • 炭素貯蔵量 約1,650 t-CO2、コンクリート造比較で建設時CO2排出 約13%削減
  • 大型公共建築における「都市木造ハイブリッド」のベンチマークとなり、後続プロジェクトの設計指針に。

2019年12月に竣工した国立競技場(東京都新宿区霞ヶ岳町)は、東京2020オリンピック・パラリンピックのメインスタジアムとして建設された日本最大級の屋外スポーツ施設である。設計者の隈研吾は、コンクリートと鉄骨の主構造に 木造の庇(軒のひさし) と内装木質化を組み合わせ、「杜のスタジアム」というコンセプトを実現した。本記事では、設計コンペの経緯、47都道府県の木材調達、庇のディテール、コスト構造、環境性能、レガシー利用、地震時挙動、見学情報まで、林業・木材・建築の専門メディアの視点で網羅的に解説する。

目次

建築概要

所在地 東京都新宿区霞ヶ岳町10-1
用途 陸上競技場・球技場(メインスタジアム)
設計 大成建設・梓設計・隈研吾建築都市設計事務所JV
施工 大成建設を代表とするJV
規模 地下2階・地上5階
建築面積 約69,600m²
延床面積 約192,000m²
高さ 47.4m
収容人数 約60,000人(最大68,000席対応)
着工 2016年12月
竣工 2019年11月30日
総工費 約1,569億円
木材使用量 約2,000m³(庇・内装合計)
事業主体 独立行政法人日本スポーツ振興センター(JSC)

設計コンペの経緯:ザハ案からの転換

当初、2012年の国際コンペでは英国の ザハ・ハディド・アーキテクツ 案が選定された。流線形のアーチが特徴的な巨大建築だったが、総工費が当初見積りの1,300億円から最大3,000億円規模に膨らむ見通しとなり、2015年7月に当時の安倍晋三首相が 白紙撤回 を表明。同年12月、再公募の結果、A案(大成建設・梓設計・隈研吾JV)が選定され、 木と緑のスタジアム という方針が確定した。

再公募の評価項目では、コスト1,550億円以下、工期36ヶ月以内、 日本らしさの表現 が重視され、隈研吾の地域材活用思想と低層ヒューマンスケールの設計が高い評価を得た。ザハ案で計画されていた高さ75mが47.4mに圧縮され、周辺の明治神宮外苑・神宮球場とのスカイラインとも調和する設計に変更された。

47都道府県の地域材選定の詳細

競技場周囲の 軒のひさし には、北海道〜沖縄を含む47都道府県すべてのスギ・カラマツ材を使用している。これは「日本各地の森が東京に集まる」というコンセプトの実現で、 建設中の県別位置プレート も軒裏に小さく刻印されている。

地域別の樹種・調達構造

地域ブロック 主要樹種 主な産地 調達ボリューム目安
北海道 カラマツ 道東・道北の道有林 約180m³
東北6県 スギ・カラマツ 秋田・岩手・福島の県有林 約350m³
関東甲信 スギ・カラマツ 群馬・長野・栃木 約280m³
北陸・東海 スギ 富山・静岡・三重 約220m³
近畿 スギ 奈良吉野・三重尾鷲 約200m³
中国・四国 スギ 岡山・徳島・高知 約240m³
九州 スギ 宮崎・大分・熊本 約480m³
沖縄 リュウキュウマツ 本島北部やんばる 約50m³

沖縄県は本州型のスギ・カラマツ産地が少ないため、 琉球松(リュウキュウマツ) を特例として採用した。やんばる地域の県有林から伐採され、那覇港から東京港まで海上輸送された。スギ・カラマツとは異なる樹脂分の多い材質で、軒裏化粧板として南面の一部に充てられている。

主な選定基準

  • 各県の代表樹種(スギまたはカラマツが原則)
  • JAS認定の構造用集成材または同等品質の製材
  • 含水率15%以下の人工乾燥材(KD材)
  • 各県森連・県森林組合連合会の合法木材証明(クリーンウッド法対応)
  • FSC・SGEC等の森林認証または公的トレーサビリティ

木造庇のディテール

軒のひさしは 5層構造 の複合屋根として設計されている。

  1. 第1層(最上部):金属板屋根(チタン亜鉛合金)、防水機能を担当
  2. 第2層:防水シート+通気層、結露防止
  3. 第3層:構造用合板の野地板、剛性確保
  4. 第4層:カラマツ集成材の主要垂木(約105×240mm)と、スギ集成材の小梁(地域材使用)
  5. 第5層(軒裏):化粧スギ板(外気接触面)、視覚デザインの主役

軒の出は最大 3.5m、雨を遮りつつ自然光を取り入れる傾斜設計で、夏至の太陽光は遮り冬至の太陽光は内部に届く。庇の総延長は 約1.6km に達し、5層構造をすべて足し合わせると周長換算でもっとも木材ボリュームを占める部位となる。

軒裏化粧板はあえて無塗装で、外気接触により 銀白化(ウェザリング) が進む計画である。年次変化の目安は以下の通り。

  • 0〜2年:黄白色のフレッシュな色調
  • 3〜5年:北面から徐々にグレー化開始
  • 6〜10年:全面が均一なシルバーグレーに
  • 11年以降:UV劣化部分の補修サイクル

木材コストと一般入札の構造

木材調達は、JSCの一般競争入札ではなく、 各都道府県の森林組合連合会との随意契約に近い指名調達方式 が併用された。これは47都道府県すべてから均等に調達する政策的目的を達成するためで、市場価格を上回る単価で買い上げた県もある。

木材総コスト(庇・内装計) 約45億円
うち地域材調達費 約32億円
集成材加工費 約8億円
輸送費(47都道府県→東京) 約5億円
木材1m³あたり平均単価 約22.5万円

九州・東北の主要産地の単価は10〜15万円/m³に対し、沖縄リュウキュウマツは特殊樹種のため約60万円/m³と試算されるなど、地域差は大きい。総工費1,569億円に占める木材関連コストは約2.9%に過ぎないが、デザインの中核的価値を担っている。

隈研吾の作品系譜と地域材活用思想

隈研吾(くまけんご、1954年生)は他作品でも一貫して地域材を活用してきた。代表例:

  • 那珂川町馬頭広重美術館(2000、栃木):地元八溝杉の千本格子による外装
  • 梼原町地域交流施設(2010、高知):地元梼原杉の梁を露し
  • サニーヒルズ南青山(2013、東京):「地獄組み」構法による木組みファサード
  • 浅草文化観光センター(2012、東京):木造的表現の積層
  • V&Aダンディー(2018、英国):海外作品でも木質感を踏襲
  • 角川武蔵野ミュージアム(2020、埼玉):石と木の対比

国立競技場は、これら30年来の実験を 都心の超大型公共建築 で集大成した作品と位置づけられる。隈は著書『負ける建築』『小さな建築』で、コンクリート・鉄骨の20世紀建築への対抗概念として地域素材の活用を主張してきた。国立競技場はその思想がオリンピックという最大の公共舞台で結実した事例である。

防火・耐火基準と特定避難時間建築物

建築基準法上、収容60,000人規模の特殊建築物は 耐火建築物 としなければならない。木造庇を実現するため、本プロジェクトでは 建築基準法第21条第2項 に基づく「特定避難時間建築物」の認定を取得した。

  • 特定避難時間:90分(観客全員の安全な避難に必要な時間として算定)
  • 木材は燃え代設計(charring design)で外側15mmが燃えても内側構造が90分間自立
  • スプリンクラー、煙感知器、自然排煙、避難路の幅員確保を統合
  • 大臣認定(建築基準法第38条)相当の個別評定を国土交通大臣より取得

これにより「都心立地の60,000人収容スタジアムでも木造ハイブリッドが成立する」というベンチマークが確立し、以後の 都市木造 プロジェクトの法的根拠の道しるべとなった。

環境性能とカーボン算定

使用木材の炭素貯蔵量 約1,650 t-CO2
地域材活用率 100%(庇・内装の木材部分)
木材輸送距離 平均約800km(最遠:沖縄→東京1,600km)
建設時CO2排出量 純鉄骨案比 約13%削減
運用時CO2(年間) 約8,500 t-CO2
太陽光パネル設置 約1.45MW(屋根面)

建設時の試算では、同規模の純鉄骨スタジアムと比較して庇の木造化により約12,000 t-CO2の排出削減効果が見込まれた。さらに木材の炭素貯蔵を加味すれば、 合計14,000 t-CO2相当 の気候緩和効果がある。これは東京都民約4,000人の年間排出量に匹敵する。

地震時の挙動と能登半島地震時の点検記録

2024年1月1日16時10分に発生した 令和6年能登半島地震(マグニチュード7.6)の際、東京都心も震度4を観測した。JSCは翌1月2日に国立競技場の緊急点検を実施し、 木造庇・鉄骨主構造ともに損傷なし を確認している。

本建築は地震荷重に対して、鉄骨主構造(剛性)と木造庇(柔軟性)の ハイブリッド減衰 を発揮する設計で、固有周期は約1.8秒。長周期地震動に対しても、観客が観戦中の動的荷重と合わせた組合せ検討が完了している。点検は通常時にも年4回実施され、ボルト緩み・木材含水率変化・銀白化進行度を記録している。

メンテナンス計画(10年・20年スパン)

JSCは木造庇のライフサイクル計画を以下のように策定している。

  • 毎年:目視点検、ドローン撮影、軒樋清掃、軒裏化粧板の汚損部分のスポット拭き
  • 5年:化粧板の含水率測定、シーリング更新、金属屋根のボルト増し締め
  • 10年:軒裏化粧板の部分張替(劣化進行部分)、防水シート更新
  • 20年:金属屋根材の全面更新、構造用合板の点検と部分交換
  • 50年:主要垂木・小梁の評価、必要に応じて差し替え

木材の銀白化は意匠として許容するが、 キツツキ等の鳥害 や雨樋詰まりによる集中濡れは早期補修対象である。年間メンテナンス予算は推定約1.2億円。

オリンピック後のレガシー利用

東京2020大会後、国立競技場は陸上競技場と球技場のハイブリッド施設として運営されている。2025年度時点の主要利用は以下の通り。

  • サッカー:天皇杯決勝、日本代表戦、J1リーグ大一番(年間8〜12試合)
  • ラグビー:リーグワン決勝、日本代表テストマッチ
  • 陸上:日本選手権、東京マラソン折り返しポイント
  • コンサート:年間4〜6本の大型ライブ(収容68,000人対応)
  • 文化イベント:年末年始のカウントダウンイベント等

2025年7月には民営化方針が確定し、2026年度から30年間のコンセッション方式運営に移行する見通し。落札予定者は競技団体・興行・スポンサーをパッケージで扱う運営体制となる。

ユニバーサルデザイン

本建築は 東京2020アクセシビリティ・ガイドライン 準拠で設計され、車椅子席は500席(一般席との混在配置)、無料区域として一般開放される 「空の杜」(5階空中回廊・約850m)が整備されている。

  • 視覚障害者向け点字サインと音声案内(多言語対応)
  • 聴覚障害者向け字幕表示モニターの大型化
  • 授乳室14ヶ所、多機能トイレ60ヶ所
  • 盲導犬・介助犬の同伴可、待機スペース完備
  • 空の杜は無料・年中開放で、地域材庇を間近で観察可能

周辺施設との連携と明治神宮外苑再開発

国立競技場は 明治神宮外苑地区市街地再開発事業(2023年都市計画決定)の中核施設として位置づけられている。再開発では神宮球場・秩父宮ラグビー場の建替が予定され、国立競技場・新神宮球場・新ラグビー場の 3施設連携 によるスポーツクラスターが構想されている。

一方で再開発は樹齢100年級のイチョウ並木伐採問題などで議論を呼び、UNESCO ICOMOSからの懸念表明もあった。国立競技場の地域材活用と神宮外苑の樹木保全は、 都市の緑と木材のあり方 をめぐる重要な政策論点として継続している。

後世への影響と都市木造のベンチマーク

国立競技場の地域材活用は、以後の大型公共建築に直接的な影響を与えた。

  • 有明体操競技場(2019):スギ集成材アーチ、世界最大級の木造大空間
  • ジャパン・スポーツ・オリンピック・スクエア(2019):JSC本部、地域材内装
  • 大阪・関西万博 大屋根リング(2025):日本各地のスギ・ヒノキを活用
  • 神戸三宮再開発(計画中):兵庫県産材を高層ビルに採用
  • 中規模オフィスの木造化案件:CLT活用が広がる契機に

建築学会・林野庁の調査では、国立競技場竣工以降の3年間で 公共建築物等木材利用促進法 に基づく木造化件数が約1.7倍に増加した。

森林認証と合法木材証明のサプライチェーン

47都道府県から調達された木材は、 クリーンウッド法(合法伐採木材等流通利用促進法、2017年施行) の遵守を前提に、各県の森林組合連合会・木材市場が合法性証明書を発行している。さらに高付加価値ロットは FSC(森林管理協議会) または SGEC(緑の循環認証会議) の森林認証を取得済みである。

特筆すべきは、本プロジェクトが日本の地域材における サプライチェーン透明性 の試金石となった点である。各県の伐採地のGPS座標、伐出時期、製材工場、含水率検査記録までがデジタル管理され、JSCの納材データベースに集約された。これは2030年代以降に標準化される 木材トレーサビリティ制度 の先行事例として、林野庁が以後の政策設計の参考としている。

建設廃材・端材についても、再資源化率は約97%を達成。残材はバイオマスエネルギー、木材チップ、パルプ原料として地元に還流された。九州・東北の納材県の一部では、端材を地元小学校の木育教材として再配布する 「森から東京へ、東京から森へ」 プログラムも実施されている。

木材防腐・防蟻処理と耐久性

軒裏化粧板は無塗装が原則だが、構造部材(垂木・小梁)には 加圧注入処理(ACQ系防腐防蟻剤) を施している。ACQはクロム・ヒ素を含まない環境配慮型薬剤で、木材深部まで浸透させて長期耐久性を確保する。本プロジェクトでは推定耐用年数を 主要構造部60年、化粧板30年 として設計されている。

東京都心はシロアリ生息圏ではあるが、軒の出3.5mで地表から離隔されているため、シロアリ被害リスクは比較的低い。年次点検では蟻道の有無、含水率の急変、菌糸発生をチェックし、異常発見時は即時対応する保守体制が整備されている。

FAQ

Q1. 庇のメンテナンスはどのくらいの頻度?
毎年の目視点検に加え、5年ごとに化粧板の点検、20年ごとに金属屋根材の更新が想定されている。木材は外気接触で経年変化していくのが計画。

Q2. 一般見学はできる?
スタジアムツアーが定期開催されており、ピッチ・ロッカールーム・記者会見室を含む約60〜90分のコース。空の杜(5階回廊)は 無料・年中開放 で、軒裏木材を間近で観察可能。

Q3. 47都道府県の木材はどのように見分ける?
軒裏に小さな県名プレートが配されており、47都道府県すべてが時計回りに配置されている。北面が北海道〜東北、東面が関東〜中部、南面が近畿〜中国、西面が四国〜九州〜沖縄の順。

Q4. 木材は腐朽しないの?
化粧板は外気と接触するが、軒の出3.5mと通気層により雨水の直接接触を最小化。経年変化(銀白化)は予定通りで、構造耐力は維持される。

Q5. 火災時の安全性は?
特定避難時間建築物(90分)として大臣認定を取得済み。木材は燃え代設計でも、内側の構造材は90分間自立する。スプリンクラー・自動排煙も統合配置。

Q6. 沖縄リュウキュウマツはなぜ使われた?
沖縄県には商業流通する本州型スギ・カラマツの産地が少ないため、47都道府県の網羅性を確保する目的で県有林の琉球松を特例採用した。

Q7. 設計コンペの経緯は?
2012年にザハ・ハディド案が選定されたが、コスト超過で2015年に白紙撤回。再公募で大成建設・梓設計・隈研吾JV案(A案)が選定された。

Q8. CO2削減効果は?
木材の炭素貯蔵約1,650 t-CO2に加え、純鉄骨比で建設時排出を約12,000 t-CO2削減。合計約14,000 t-CO2、東京都民約4,000人の年間排出に相当。

Q9. オリンピック後の使い方は?
サッカー・ラグビーの代表戦、コンサート、文化イベントが中心。2026年度からコンセッション方式の民間運営に移行予定。

Q10. 木材コストはどのくらい?
庇・内装合計の木材関連コストは約45億円、総工費1,569億円の約2.9%。地域材調達費32億円、加工8億円、輸送5億円の内訳。

Q11. 地震に強い?
鉄骨主構造(剛性)と木造庇(柔軟性)のハイブリッド減衰で、長周期地震動にも対応。2024年能登地震でも損傷なしを確認済み。

Q12. 軒裏の銀白化は補修する?
銀白化は計画通りの経年変化として許容。劣化進行部分のみスポット補修し、全体としてグレー基調の景観を維持する方針。

川上の視点:47都道府県の林業者が語る

国立競技場プロジェクトでは、各都道府県の森林組合・素材生産業者が 「東京の象徴に自県の木を出せる」 ことを大きな誇りとして受け止めた。九州・宮崎県は日本最大のスギ生産県(年間素材生産量約190万m³)として、納材量も最大級を担当。宮崎県森連の担当者は、納材時の品質チェックを通常出荷の3倍の頻度で実施し、含水率・節径・繊維方向のすべてが規定内になるよう徹底した。

北海道のカラマツは戦後造林の主軸樹種で、樹齢50〜60年生の道有林材が中心。十勝・北見・オホーツク管内の森林組合が分担して伐出し、苫小牧港から東京港まで内航海運で輸送された。寒冷地育ちのカラマツは年輪が緻密で曲げ強度が高く、主要垂木に重用されている。長野県のカラマツも同様に高品質で、信州大学農学部・長野県林業総合センターが品質ロットの試験を担当した。

奈良県吉野は 樹齢100年級の人工林 を擁し、目の詰まった芯持ち材を供給。価格面では量産材の数倍に達するが、化粧梁・現し小梁の見え掛かり部分に重点配分された。三重県尾鷲、和歌山県紀州、高知県梼原など、いわゆる「銘木産地」も同様の役割を担っている。

岩手県・秋田県・福島県の東北勢は、 東日本大震災後の復興林業 の象徴としての納材意義もあった。福島県産材については放射線量検査をクリアした証明付きで出荷され、安全性と復興メッセージを兼ねている。各県とも納材後に「国立競技場に当県のスギ・カラマツを供出した記念植樹」を実施し、次世代への森林継承プログラムにつなげた。

川下の視点:設計者・建設会社・観客

設計者(隈研吾事務所)は、47都道府県の樹種・色味・木目のばらつきを 「あえて統一せず、地域差を見せる」 方針を採った。組み合わせはCG上で何百パターンもシミュレーションされ、北面寒色系・南面暖色系といった大まかなトーン分けが施されている。

大成建設の現場所長は、47都道府県から異なるロットで届く木材の検収・保管・搬入順序の管理に最大の労力を割いた。木材は雨に当てない一時保管倉庫が新宿区内・近隣区を含めて複数設けられ、施工タイミングに合わせて順次搬入された。

観客の視点では、競技場アプローチで真っ先に目に入るのが軒裏の木材である。コンサート・スポーツイベントで訪れた観客の事後アンケート(JSC調査、n=1,200)では、「コンクリート造の他のスタジアムより落ち着く」「木の香りがほのかに感じられる」「47都道府県プレートを子どもと探した」など、 木質感の体験価値 が高く評価されている。

木材調達ロジスティクスの工夫

47都道府県から東京都心への木材輸送は、 木材輸送モーダルシフト の実証ケースとなった。総輸送距離は試算で約3.8万km(全納材合計)、これをトラック単独で運ぶとCO2排出が約450 t-CO2に達するが、内航海運・JR貨物を組み合わせることで約280 t-CO2に圧縮された。

  • 九州・四国 → 大阪港経由でコンテナ船
  • 北海道 → 苫小牧港から内航RORO船
  • 東北 → JR貨物の専用便を活用
  • 沖縄 → 那覇港からコンテナ船
  • 関東甲信 → 大型トラック直行

都心の保管倉庫では含水率15%以下を維持するため、 除湿機付き倉庫 を稼働させた。雨天時の搬入を避けるスケジューリングが施工管理上の最大の課題となり、工程遅延を最小化するため気象予報AIを併用したシステムも一部導入された。

音響・空調設計と木材の役割

木材は単なる意匠材ではなく、 音響・空調・微気候 にも寄与している。軒裏スギ板は適度な吸音特性を持ち、観客席後背の反響音を低減。同様に内装の集成材壁面・スギ羽目板は、コンクリート単独面と比較して残響時間を約0.3秒短縮する効果が確認された。

空調面では、軒の出3.5mが 夏期の日射遮蔽 として機能し、客席表面温度を最大4℃低減。冬期は低い太陽角度の光が客席まで届き、自然採暖効果がある。庇下面の木材は無塗装ゆえに 調湿機能 も発揮し、東京の湿潤夏季における結露リスクを軽減している。

木材コスト削減の影の努力

当初設計では木材使用量はさらに大きい想定だったが、コスト1,569億円の枠内に収めるため、構造シミュレーションを繰り返して断面寸法を最適化。垂木は当初120×270mmから105×240mmに、小梁は90×180mmから75×150mmに、いずれも約20%削減された。これにより総木材ボリュームは 約2,400m³から2,000m³ に圧縮された。

同時に、表面加工(プレナー仕上げ、面取り)を機械加工に切り替え、現場工数を約30%削減。集成材の接合金物も標準化し、特殊金物点数を半減させた。これらの努力により、木材1m³あたりの実質単価は当初想定の26万円から22.5万円まで圧縮されている。

建築学的評価と国際的反響

2020年、本建築は 日本建築学会賞(作品) を受賞した。海外からの評価も高く、英国RIBA・米国AIAなどの主要建築誌で特集が組まれ、隈研吾は サステナブル建築の旗手 として地位を再確認させた。

一方で批評家からは「木材を多用したが構造主体は鉄骨であり、本質は表層的な木質化に留まる」との指摘もある。この点について隈は「100%木造は防火基準上不可能であり、ハイブリッドこそが都市の現実解」と反論、講演や著書で繰り返し説明している。

東京大学建築学専攻・腰原幹雄研究室の評価では、本建築は 「都市木造の入口」 として歴史的位置を占めると分析され、後続の中高層木造ビル(W350計画など)の議論を加速させた。

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