静岡市駿河区、草薙総合運動場の一角。体育館に入って天井を見上げると、スギの集成材が斜めに掛け渡されて大きな輪を描いています。静岡県草薙総合運動場体育館、愛称このはなアリーナ――2015年開館、内藤廣の設計です。使われた天竜スギの集成材は256本。それがリング状に連なることで、柱のない大空間が成立しています。
まずは基本データ
| 所在地 | 静岡県静岡市駿河区(草薙総合運動場内) |
|---|---|
| 用途 | 体育館(アリーナ・サブアリーナ・武道場ほか) |
| 開館 | 2015年4月 |
| 構造 | RC造(一部現場打ちPC)+木造+S造/免震構造 |
| 主要木材 | 天竜スギ集成材 256本(大屋根架構) |
| 設計 | 内藤廣建築設計事務所 |
| 構造設計 | KAP(岡村仁・桐野康則) |
| 主な受賞 | 静岡県景観賞 最優秀賞、日本免震構造協会 作品賞ほか |

Photo: Chiba ryo / CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons
「木造」ではなく「木を効かせた」建物
まず構造の位置づけを正確にしておきます。この建物は純木造ではありません。RC造・木造・S造を組み合わせ、さらに免震層を備えた複合構造です。大屋根の架構に天竜スギ集成材を使い、それ以外の部分は他材料が担当している。
ではなぜ木造建築の事例として重要かというと、木を「使えるところに使った」のではなく、「木でしか出せない効果を狙って配置した」からです。体育館の大空間で人が最も長く目にするのは天井面です。ここに木の集成材を256本のリングとして現しにすることで、空間全体の印象が決定づけられる。構造材でありながら、同時に唯一の仕上げ材でもあるという二重の役割を負っています。
256本を斜めに掛け渡す
大屋根の架構は、天竜スギの集成材を斜めに掛け渡し、それがリング状に連続していく構成です。放射状に梁を並べる一般的な平面計画と違い、斜材が互いに支え合いながら輪をつくることで、部材一本あたりの断面を抑えたまま大スパンを飛ばせます。
同じ「木で大空間」でも、有明体操競技場が90mスパンの張弦梁で一方向に長く飛ばす解法を採ったのに対し、このはなアリーナは斜材リングという面的な解法を採りました。前者は「梁を強くする」、後者は「部材を協働させる」アプローチです。中小径材の多い国産スギの資源構成を考えると、後者のように一本あたりの断面を抑える方式は、材料調達の面でも意味を持ちます。
免震層の上に木を載せる
この建物のもう一つの要点は、免震構造を採用していることです。静岡県は南海トラフ地震の想定震源域にあり、体育館は災害時の避難所として機能することが前提になります。免震層で建物全体に入力される地震力そのものを小さくすることにより、上部構造の負担が大幅に減ります。
これは木造部分にとって直接の利益になります。木造で耐震性能を上げようとすると、接合部の金物を増やし、断面を太らせ、耐力壁を増やすことになり、意匠上の自由度が急速に失われる。免震で入力を減らせば、木の架構は本来の姿を保ったまま必要な性能を満たせます。「木を美しく見せるために免震を使う」という組み合わせは、以後の中大規模木造でも参照される考え方になりました。
天竜スギという地域資源
使用木材は天竜スギ。静岡県浜松市天竜区を中心とする林業地で産出されるスギで、明治期に金原明善らが進めた天竜川流域の治山・造林事業を起源にもつ、日本有数の人工林地帯です。県内に大規模な木材需要をつくり、県産材を県の施設で使うという流れは、林業側から見れば安定した出口の確保にあたります。
静岡県はこの体育館を含め、県有施設での県産材利用を継続的に進めてきました。公共建築物等木材利用促進法(2010年施行)以降、こうした「県が発注者となって地域材需要をつくる」動きは全国に広がりますが、このはなアリーナはそのなかでも規模と完成度の両面で代表的な事例に数えられます。
よくある質問
Q. 木造の体育館ですか?
純木造ではありません。RC造・木造・S造を組み合わせた複合構造で、免震構造を採用しています。木材は主に大屋根の架構に使われ、天竜スギ集成材256本がリング状に連なっています。
Q. 誰でも中を見られますか?
公共のスポーツ施設なので、利用申込や大会観戦を通じて内部に入れます。開放日や利用方法は草薙総合運動場の公式案内で確認できます。
Q. 天竜スギとは何ですか?
静岡県浜松市天竜区を中心とする天竜川流域で産出されるスギです。明治期の治山・造林事業を起源とする日本有数の人工林地帯で、吉野・尾鷲と並ぶ代表的なスギ産地に数えられます。

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