「林業に転職したい。でも未経験だし、チェーンソーの使い方も知らない」——そんな人の入り口になっているのが、林野庁が2003年に始めた「緑の雇用」という事業です。未経験者を林業会社や森林組合が雇い、国がその育成費用を支える。3年かけて一人前の作業員に育てる仕組みで、累計の受講者は2万人を超えました。もしこの制度がなければ、今の林業就業者4万3,500人は3万人台まで落ち込んでいたとも言われます。この記事では、緑の雇用がどんなお金の流れで動き、どれだけの人が定着しているのかを数字で見ていきます。
未経験から管理職まで、3段の階段
緑の雇用は、経験に応じて3段階の研修を用意しています。1〜3年目の「フォレストワーカー(林業作業士)」、3〜5年目の「フォレストリーダー(現場管理責任者)」、5年目以降の「フォレストマネージャー(統括管理者)」。未経験者を現場技能者から管理職まで連続して育てる設計です。
この3段階が、現場の昇進ルート(作業員→班長→工長→所長)とぴったり対応しているのがミソです。研修を受けることが事業体内の昇進・賃上げと直結するので、続けるモチベーションが構造的に保たれます。研修日数は1年目で50〜80日、年を追うごとに減り、その分OJT(現場で実務を通して学ぶ訓練)の比重が増えていきます。到達目標は、チェーンソー特別教育や高性能林業機械(ハーベスタ・フォワーダ等)の労働安全衛生資格を取ること。これらは法律上、林業現場で働くのに必要なものです。
3年で国が約700万円を支える
受講生1人あたり、国の負担は3年で約700万円。内訳は事業体への雇用助成金、研修費補助、社会保険料補助などです。これに事業体からの月給15〜25万円が加わるので、受講生の手取りは研修中でも年280〜400万円ほどが確保されます。
| 給付・補助項目 | 年額目安 | 負担者 |
|---|---|---|
| 雇用助成金 | 120万円 | 林野庁→事業体 |
| 研修費補助 | 100万円 | 林野庁→研修機関 |
| 社会保険料補助 | 20万円 | 林野庁→事業体 |
| 事業体からの月給 | 180〜300万円 | 事業体支給 |
| 3年累計(国負担分) | 約700万円/人 | ― |
1人700万円は、他産業の若年雇用支援(トライアル雇用助成金など)と比べてかなり手厚い。林業の労災リスクの高さ、技能習得にかかる時間、地理的な不利を補う設計だからです。年1,200人の受講で年間予算は84億円相当となり、林野庁の労働力対策費のなかで最大のシェアを占めます。
来るのは30代の脱サラ・移住組
受講生の中心は20〜30代の転職・移住希望者。前職はIT、営業、販売、建設業などさまざまで、東京・大阪から北海道・宮崎・岐阜・長野といった林業県に移り住むパターンが定番です。年齢は30代が4割でいちばん多く、20代3割、40代2割と続きます。男女比は男性85〜90%ですが、女性比率は10〜15%と林業全体(約6%)より高め。新規参入者向けの制度なので、女性メンターの配置や装備の小型化などを組み込みやすいことが効いています。近年はベトナム・インドネシア・フィリピン出身者が受講する事例も、年に数十人規模で出てきました。
定着率は3年75%、5年60%
気になるのは「研修後、どれくらい続くのか」。追跡調査では、3年定着率が約75%、5年で60%、10年で45%程度と推定されます。離職の主な理由は、出来高制の事業体での所得の不安定さ、労災への不安、地域社会との関係、家族との両立の難しさ。とくに研修2〜3年目での離職が多く、初期定着率の改善が事業の最重要課題になっています。
5年で60%という数字は、建設業(約40%)やIT業(約30%)の新規就業者と比べれば高い水準です。それでも累計2万人の受講に対し、いま継続して働いているのは1〜1.2万人ほど。離職した人も、建設・運送・農業への転職、自伐型林業での独立、しいたけ栽培など特用林産への転換と、進路は多様です。定着率を上げるため、月給制を導入した事業体への補助率優遇、労災保険の加入支援、家族向けの住居・教育支援、メンター制度の体系化などが2010年代後半から段階的に拡充されてきました。
受け皿は認定された約1,400社
緑の雇用の補助が使えるのは、林野庁が認定した林業事業体およそ1,400社だけ。社会保険完備や月給制といった労働環境基準、安全衛生基準、研修体制を満たすことが条件です。受講生が安定した環境で学べるよう担保する仕組みですが、裏を返せば、年1,000m³未満の零細事業体は認定要件を満たしにくく、受講生を受け入れにくい。結果として、緑の雇用は事業体の集約・大型化を間接的に後押しする面もあります。
地域別では、北海道、九州5県、東北6県の3エリアで受講者の約6割を占めます。林業事業体が集まっている場所と一致しており、受け入れの余力が受講者数を決める構造です。受け入れ自治体は移住支援金や住居支援を組み合わせ、緑の雇用が地方創生策と結びつく形で運用されています。森林環境譲与税を財源に、家賃補助(月3〜5万円)や車両購入補助を独自に上乗せする市町村も増えてきました。
似た制度との違い
地方の労働力対策には似た制度がいくつかあります。緑の雇用は「林業特化・事業体雇用が前提・3年研修」という点で、他制度と補完し合う関係にあります。
| 制度 | 所管 | 対象 | 期間 | 給付水準 |
|---|---|---|---|---|
| 緑の雇用 | 林野庁 | 林業未経験者(事業体雇用前提) | 3年 | 国負担700万円/人+給与 |
| 地域おこし協力隊 | 総務省 | 都市から地方への移住者 | 1〜3年 | 年250〜420万円 |
| 林業大学校 | 都道府県 | 新規就業希望者(学校型) | 1〜2年 | 授業料減免・給付奨学金 |
実際には、地域おこし協力隊として地方に入った人が、任期終了後に緑の雇用で林業事業体に正規雇用される——というルートが定番になりつつあります。林業大学校で学校型の基礎を学んでから緑の雇用で現場に進む、という組み合わせも。学校型の林業大学校と、雇用型・OJT中心の緑の雇用は、段階的につないで使うこともできるわけです。
団塊退職の山を越えられるか
団塊世代の引退が本格化する2025〜2030年の労働力ギャップを埋めるには、現状の年1,200人から2,000人規模への拡大が必要と試算されています。林野庁は2030年までに新規就業者3,500人/年(緑の雇用+直接採用)を目標に掲げ、規模拡大・定着率向上・女性や外国人材の枠の整備を進めています。あわせて、労災発生率の半減、出来高制から月給制への業界標準化、スマート林業(ICTやLiDARを使った森林計測)に対応した研修の現代化が、これからの課題です。緑の雇用は、単なる人手の供給装置から、林業の構造そのものを変える中核へと役割を広げようとしています。

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