国有林の収支と聞くと「ずっと赤字なんでしょう?」というイメージを持つ方が多いと思います。確かに数字だけ見れば、2024年度の収益は約650億円に対して支出は約3,000億円。差額の2,350億円は一般会計、つまり税金で補填されています。でも、これは経営に失敗しているからではなく、国有林という仕事の中身そのものが「収益事業」と「公益事業」の二本立てになっているからなんです。ここでは、お金がどこから入ってどこへ出ていくのか、そして「赤字」という言葉だけでは見えてこない国有林の役割を、数字で一緒にたどってみましょう。
まず全体像:650億円の収入と3,000億円の支出
国有林野事業は2013年度に特別会計が廃止されて一般会計に移り、独立採算という建前を正式に手放しました。いまは「公共財を管理する事業」として運営されています。2024年度の収益650億円の内訳は、木材販売が480億円(74%)で圧倒的な柱。これに貸付料70億円、分収収益50億円、その他50億円が続きます。かつて特別会計時代には木材販売だけで年1,000億円規模あったので、いまはその半分以下。1980年代以降の立木価格の下落と素材生産の縮小が重なった結果です。
ここで大事なのは、758万haの国有林すべてが木を売る対象ではないということ。森林は「木材生産タイプ(約140万ha・19%)」「機能維持増進タイプ(約400万ha・53%)」「自然維持タイプ(約218万ha・28%)」の3つに区分されていて、お金を稼げるのは木材生産タイプの約19%だけ。残りの8割は水源涵養や土砂流出防備、原生林の保護が目的の森です。つまり、国有林全体で黒字を出すのは仕組み上もともと無理がある、ということなんですね。
収入の柱を分けて見る
収益の中身をもう少しほぐしてみます。一番大きい木材販売480億円は、立木のまま売る「立木売」が約6割、伐り出してから売る「素材売」が約4割。立木売は森林管理署が公売や随意契約で立木を業者に渡し、伐採と搬出は買主がやります。管理署の手間は軽い反面、価格は市場相場の7〜8割にとどまりがち。素材売は逆に、生産・搬出のコストはかかりますが市場価格の100%を収益にできます。近年は手間の軽い立木売へのシフトが進んでいます(2010年55%→2023年60%)。
木材以外では、貸付料70億円と分収収益50億円が補完財源です。貸付料の中身がちょっと意外で、風力発電施設が約25億円、観光・スキー場が約15億円、通信・電気施設が約10億円。再生可能エネルギー(風力・太陽光・地熱)向けの貸付がここ10年で急に伸びていて、北海道・東北の山稜には風力、東北・九州の火山帯には地熱、西日本には太陽光、という具合に立地が分かれています。分収収益は、国有林の土地に民間が植林・育林して収穫時に国と民で50:50に分ける「分収林制度」からのもの。1990年代に新規契約は減りましたが、過去に植えた分の収穫期がいま到達していて、年50億円規模が継続して入ってきます。
| 収益区分 | 2024年度(億円) | 構成比 | 主な内訳 |
|---|---|---|---|
| 木材販売収益 | 約480 | 74% | 立木売60%・素材売40% |
| 貸付料収益 | 約70 | 11% | 風力・観光・通信 |
| 分収収益 | 約50 | 8% | 分収造林・分収育林 |
| 不用財産売払 | 約20 | 3% | 未利用土地等 |
| その他収益 | 約30 | 5% | 入山料・苗木販売・受託料 |
| 合計 | 約650 | 100% | 事業収益合計 |
木材販売収益の長い目で見た動きも面白いところです。1980年代には年4,000億円規模あったのが、立木価格の低迷で2010年頃には年250〜300億円まで落ち込み、そこから主伐拡大と国産材回帰を追い風に2023年度は650億円規模まで戻してきました。立木の販売単価も2010年代の8,000〜10,000円/m³から、2023年は12,000〜14,000円/m³(樹種・地域で差が大きい)へ。素材生産量も年350万m³から400万m³へと、ゆっくりですが回復基調にあります。
支出はなぜ3,000億円もかかるのか
収入の話の次は、出ていくお金です。支出3,000億円の最大費目は、なんと木とは直接関係のない治山事業費1,500億円(50%)。治山事業は山地災害の防止や水源涵養を目的にした土木事業で、治山ダムや山腹工、崩壊地の復旧などが中身です。台風や豪雨が増えるなかで予算は拡大傾向にあり、まさに防災・減災の中核を担っています。これは木を売って回収するような性質のお金ではなく、最初から税で負担する前提の公共事業。「国有林が赤字」と言われる正体の半分は、実はこの治山事業なんです。
続く費目が人件費400億円(13%)、造林事業費300億円(10%)、公益的機能発揮対策費200億円(7%)、残り600億円(20%)が施設・路網・調査研究・本庁経費などです。職員は約4,500人で、1人あたり人件費は給与・諸手当・社会保障込みで約880万円。1人で約1,700haを管理している計算で、これはドイツやオーストリアの州有林の森林官(1人1,000〜1,500ha)とほぼ同水準です。ちなみに職員数はピークだった1980年代の約27,000人から83%も減っていて、近年はシカ食害対策や災害対応で「むしろ人が足りない」という議論も出ています。
造林事業費300億円は、未来への投資にあたる部分です。再造林(地拵え・植栽・初期保育)に約140億円、下刈り・除伐に約60億円、間伐に約60億円という配分。再造林は1haあたり約100万円かかりますが、ここでケチると次の世代の資源が育ちません。国有林の主伐後の再造林率は約78%で、これは民有林の30〜40%の約2倍。きちんと植え直しているからこそ、数十年後も森が回り続けます。コンテナ苗(植付け時間を3〜5割短縮、活着率も向上)やエリートツリー(成長量1.5倍)の導入が進み、再造林コストは100万円から80万円水準への低減が見込まれています。
累積債務1兆2,800億円はどう処理されたか
収支の話で避けて通れないのが、過去の借金です。国有林野事業は1990年代後半に経営危機が表面化し、累積債務は2002年度ピークで約3兆8,000億円に達しました。原因は立木価格の長期下落、利子負担の雪だるま、職員給与・退職金の高水準維持などが重なったもの。そこで1998年の抜本改革で約2.8兆円を一般会計に承継し、特別会計に残した約1兆2,800億円を50年償還で返す計画に整理。さらに2013年度に特別会計そのものを廃止して、残った債務は全額一般会計に移されました。いまは国債で返済が続いています。
| 時期 | 出来事・制度変更 | 累積債務(億円) |
|---|---|---|
| 1980年 | 特別会計健全期 | 約3,000 |
| 1990年 | 立木価格下落で経営悪化 | 約15,000 |
| 1998年 | 抜本改革・2.8兆円一般会計承継 | 約12,800 |
| 2002年 | 残債ピーク | 約12,800 |
| 2013年 | 特別会計廃止・一般会計化 | 承継 |
| 2024年 | 一般会計運営継続 | 国債で返済継続 |
「赤字」の向こう側:年8兆円の公益機能
ここまで読むと、確かに収支だけ見れば厳しい事業に見えます。でも、国有林758万haが生み出す公益機能を金額に直すと、林野庁の試算で年間約8兆円。水源涵養が約1兆7,000億円、土砂災害防止が約1兆5,000億円、CO2吸収による温暖化緩和が約1兆4,000億円、保健休養が約1兆円……と続きます。これは事業支出3,000億円の約27倍。つまり、3,000億円を投じて8兆円ぶんの恵みを社会に返している、と見ることもできるわけです。収益事業としては不採算でも、公益事業としては十分に割に合う。「赤字」という一言では片付けられない理由が、ここにあります。
とはいえ、収益を伸ばす余地がないわけではありません。素材生産量を現状400万m³から500万m³へ引き上げれば収益は約100億円増、再エネ貸付や観光貸付は年70億円から100億円規模への成長余地、森林吸収J-クレジットは2030年までに年20〜50億円規模の新財源になりうる、輸出向け国産材販売も年30〜50億円まで伸びてきています。短期での独立採算化は構造上難しくても、税負担を少しずつ軽くしていく道筋は十分に見えています。
よくある質問
Q. 国有林はなぜ赤字なのですか?
支出の50%(1,500億円)が治山事業という公共事業で、そもそも木を売って回収する性質のお金ではないからです。加えて、758万haのうち木を売れる「木材生産タイプ」は19%だけで、残り8割は水源涵養や保護を目的とした森。構造的に独立採算が成立しないため、2013年の一般会計化でこの実態に制度を合わせた、というのが正確な説明です。
Q. 過去の累積債務はどうなったのですか?
1998年の抜本改革で2.8兆円を一般会計に承継し、残った1兆2,800億円も2013年の特別会計廃止時に全額一般会計へ移されました。現在は国債で返済を継続中で、毎年度の予算に利払いと償還が計上されています。
Q. 木材販売収益は今後増えますか?
立木価格の回復と主伐拡大で2010年代後半から増加傾向にあり、年300億円規模から2024年度は480億円まで戻しています。ただし立木価格は市場相場次第なので、急増というより漸増を見込むのが現実的です。

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