2009年12月、日本の林業政策は大きく舵を切りました。農林水産省が発表した「森林・林業再生プラン」です。戦後ずっと続いてきた「植えて育てる」林業から、「伐って使って、また植える」林業へ――。木材自給率を10年で50%へ引き上げるという野心的な目標を掲げ、いま私たちが当たり前に耳にする森林経営計画、森林経営管理制度、森林環境譲与税といった制度は、ほぼすべてこのプランから枝分かれして生まれました。15年が経ったいま、あの転換は何を変え、何を変えきれなかったのか。数字で振り返ります。
「資源はあるのに使われない」というねじれ
2009年当時の林業は、はっきり言って崖っぷちでした。木材自給率は2002年に18.8%という戦後最低を記録。素材生産量も1990年の3,200万m³から2009年には1,800万m³へと、44%も縮んでいました。ところが一方で、戦後に植えた人工林1,000万haは50年を超え、ちょうど伐りどき(主伐期)に入った林分がどんどん増えていく。「資源は十分あるのに、使われていない」という奇妙なねじれが、誰の目にも明らかになっていたのです。
なぜこうなったのか。直接の引き金は、1964年の木材輸入完全自由化でした。安い外材が国内需要の8割近くを占め、国産材は価格でも規格でも安定供給でも劣勢に。スギ中丸太の価格は1980年の約39,000円/m³から2009年には約11,000円/m³へと7割以上も下落し、所有者にとって「伐る理由」が消えてしまいました。間伐補助だけで回す「補助金林業」が常態化し、私有林の75%が5ha未満という零細分散構造も、個人の努力での効率化を阻んでいました。
策定の検討では、オーストリアやドイツの高密度路網と機械化集約化施業、北欧の所有者組合、北米の大ロット流通が手本として参照されました。共通項は「集約化された施業単位 × 高密度路網 × 機械化 × 安定供給契約」。これを、日本特有の零細所有のなかでどう実装するか――それがプラン設計の最大の難問でした。発表時の自給率24%を10年後に50%へ、というのは素材生産量を1,800万m³から3,500万m³規模へ拡大することを意味し、相当に思い切った目標でした。
5本柱の施策と、そこから生まれた制度
再生プランは、5つの施策パッケージで組み立てられていました。ひとつずつ見ていきます。
①森林の集約化。隣り合う複数所有者の森林をまとめて施業計画にし、規模の経済を効かせる仕組みです。新たに「森林経営計画」という計画階層を設け、認定区域では補助率・税制・低利融資を一体で優遇する。5ha未満の零細所有者でも、集約区域の一員になれば機械化施業の恩恵を受けられる構造に変えました。
②木材の安定供給。集成材・合板・CLT・木質バイオマス発電の4分野を成長領域と見定め、複数年契約や規格化ロットの供給協定を整備。とくに2012年のFIT制度で木質バイオマス発電所が急増したことが、未利用材・低質材の出口となり、間伐や主伐の採算を改善しました。
③人材育成。欧州型の専門人材を3層で整える設計です。地域全体を統括するフォレスター(森林総合監理士)、現場設計と所有者調整を担う森林施業プランナー、伐採・搬出の技術者。これらを緑の雇用事業(3年プログラム)と連動させ、年1,000〜2,000人規模の新規就業を確保しました。
④路網整備。当時4m/ha水準の路網を、急峻地形に対応する低規格・低コストの作業道(補助率68%)を主軸に増やす方針。ただし地形と所有境界の壁は厚く、改善は限定的で、いまも4〜5m/ha水準にとどまっています。
⑤再造林の確保。当時、伐採後の再造林率はわずか3〜4割で「植え逃げ」が常態化していました。プランは再造林を主伐の責務として制度化する方向を示し、後の森林経営管理法やコンテナ苗・低密度植栽などの低コスト造林で具体化。コンテナ苗の生産はほぼゼロから年1億本規模へ急拡大し、再造林率も6〜7割まで改善しました。
この5つは、バラバラではなく互いにかみ合うよう設計されていました。①の集約化を経営計画として制度化し、認定区域なら②の安定供給補助も④の路網補助も同時に効く。そこに③の人材が入って⑤の再造林を確実にする。それまでの林業補助金は造林・間伐・路網が縦割りで、所有者は別々に申請する手間に苦しんでいました。再生プランは認定経営計画を「束ねるハブ」にして、計画区域内ならまとめて補助を受けられる構造を狙った――ここが思想的な肝でした。
絵を制度に変えた15年
プランは「絵」にすぎません。それを制度・予算・税制に落とし込む作業が、その後15年かけて続きました。
| 年 | 主要制度 | 再生プランとの関係 |
|---|---|---|
| 2009年12月 | 森林・林業再生プラン発表 | 本体 |
| 2011年4月 | 森林法改正(森林経営計画導入) | ①集約化具体化 |
| 2012年4月 | 森林経営計画制度施行 | ①集約化実施 |
| 2014年 | 林業成長産業化地域構想 | ②木材供給強化 |
| 2018年5月 | 森林経営管理法成立 | ①集約化深化 |
| 2019年4月 | 森林経営管理制度施行・森林環境譲与税開始 | ①+財源強化 |
| 2021年6月 | 森林・林業基本計画改定(5回目) | 理念継承 |
| 2024年6月 | 森林環境税課税開始 | 財源恒久化 |
2012年の経営計画制度は「計画=補助受給の前提」という関係をはっきりさせ、認定面積は10年で累計400万haに達しました。2019年の森林経営管理制度は、所有者不明や意欲を失った私有林を市町村が束ね、意欲ある経営体に再委託する仕組み。所有者の同意が取りにくいケースまで集約化を広げた、いわばプランの拡張版です。そして森林環境譲与税は市町村に毎年配分され、2024年度で約500億円規模。間伐・人材育成・木材利用・普及啓発へと使途が広がっています。
50%は届かなかった、でも――
最大の目標だった自給率50%は、2024年時点で42.4%。未達です。けれど2008年の24.0%からは18.4ポイントの上昇で、これは構造的にかなり大きな前進と言えます。素材生産量は2009年の1,800万m³から2023年の2,200万m³へ22%増。主伐の実行面積も年4万ha水準まで広がり、戦後植えた森を「使う」段階への転換は、確かに実現しました。
それでも50%に届かないのは、3つの構造的な壁が残っているからです。ひとつは労働力。林業就業者は2009年の4.9万人から2020年の4.4万人へ11%減りました。ふたつめは路網密度で、欧州の20〜30m/haに対し日本は4m/haのまま。みっつめは需要側で、住宅着工の長期低下が国産材の出口を狭めています。分野別に見ると、合板用材は国産比率55%超まで巻き返した一方、製材用材は輸入欧州材(ホワイトウッド集成材)との競合が続き、ここが自給率の最終的な天井を決めています。
とはいえ、再生プランの一番大きな功績は数字そのものではありません。林業政策の主軸を「植えて育てる」から「伐って使って、また植える」へと言葉のレベルで転換したこと――補助金も、税制も、求められる人材のスキルも、すべてがこの一点から書き換わりました。この思想転換は、2021年改定の森林・林業基本計画にもそのまま引き継がれています。
いまも続く、プランの遺産
2024年現在、林業政策は「みどりの食料システム戦略」やエリートツリー、スマート林業(航空レーザ計測・ドローン)といった新しい軸へ展開しています。それでも核心部分――集約化施業、認定経営計画への補助優遇、市町村の経営管理権、森林環境譲与税の使途自由度――はすべて再生プランの設計を受け継いでいます。プランはいまも日本林業の「基底のOS」として動いているのです。
地域政策の面でも変化がありました。森林環境譲与税の市町村配分によって、「市町村が森林政策の主役」という構図が立ち上がりつつあります。プラン以前、森林政策は実質的に都道府県と森林組合のものでした。いまは市町村が経営管理権設定や公共建築物の木造化、木育、人材育成を自分で企画できる。プランの掲げた「集約化」が、所有者の集約から自治体の集約へと意味を広げた、とも言えるでしょう。
よくある質問
自給率50%は達成された?
2024年時点で42.4%、未達です。ただ2008年の24.0%から18.4ポイント上昇しており、素材生産量も22%増。労働力・路網密度・需要の制約が残るため、完全達成には至っていません。
再生プランの最大の成果は?
政策軸を「植林・育林」から「主伐・利用・再造林」へ転換した思想の書き換えと、それを支える制度群(森林経営計画制度・森林経営管理制度・森林環境譲与税)を確立したことです。戦後造林期以来、最大級の政策転換と位置づけられています。
私有林の所有者にとっての影響は?
補助金獲得の前提が「単独所有での個別申請」から「集約化された経営計画区域への参加」へ移ったことです。5ha未満の零細所有者でも、地域の計画区域に組み入れられれば、搬出コスト低減・補助率優遇・税制優遇といった機械化施業の恩恵を共有できます。逆に区域に参加しないと相対的に不利になる構造です。
まとめ
「資源はあるのに使われない」――2009年の再生プランは、このねじれに正面から向き合った政策でした。木材自給率を10年で50%へ、という目標は届かなかったものの、24%から42.4%への回復、素材生産量22%増、そして森林経営計画・経営管理制度・森林環境譲与税という現代林業の骨格を生み出した功績は揺るぎません。労働力・路網・需要という3つの壁は今も残りますが、市町村森林政策の立ち上げ、森林環境税による財源の恒久化、エリートツリーやスマート林業の上乗せによって、プランが敷いた土台の上で「次の10年」が静かに進んでいます。

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