高野山の参道を歩くと、杉の並木に混じって、傘を広げたような不思議な葉をもつ針葉樹に出会います。コウヤマキ(Sciadopitys verticillata)です。世界に5つある針葉樹の「科」のうち、ひとつをたった1種だけで代表する——いわば仲間のいない孤高の木で、中生代の化石は世界中から出るのに、いま生きて残っているのは日本だけ。まさに「生きた化石」です。そのうえ、水に強いという性質から古墳の棺に選ばれ、いまも風呂や桶の最高級材として使われ続けています。
「1科1属1種」という孤高の存在
植物の分類では、近い仲間どうしをまとめて「科」や「属」というグループにします。たとえばマツ科には世界に約230種、ヒノキ科にも約140種が属します。ところがコウヤマキは、コウヤマキ科コウヤマキ属に、たった1種しかいません。もっとも近い親戚すら現存しない、完全に孤立した系統なのです。
面白いのは、化石をたどると話がまるで違ってくること。コウヤマキの仲間は約1.5億年前のジュラ紀から白亜紀にかけて、ヨーロッパや北米、アジアと世界中に広がっていました。それが新生代に入って徐々に姿を消し、氷期のたびに各地の集団が絶滅。最後に日本列島だけが「避難地(レフュージア)」として残り、ここでだけ生きのびた——だから世界でただ一種、日本にしかいないのです。
見分け方は「傘状の葉」で一発
コウヤマキを見分けるのはとても簡単です。決め手は傘のように広がる葉。長さ8〜15cmの細長い葉が、短い枝の先から放射状に10〜30枚も束になって出て、車輪や傘のような形をつくります。針葉樹でこんな葉のつき方をする木はほかにありません。
名前に「マキ」とつくイヌマキ(マキ科)とは別の科の木で、イヌマキの葉は一枚ずつ単独につくので混同しません。同じく線形の葉をもつカヤにも、この傘状の束生はありません。樹皮は赤褐色で薄く縦に裂け、球果は長さ8〜12cmの卵形。整った円錐形の優美な樹形も特徴で、寺社の境内や古い庭園でよく植えられています。
古墳の棺を2000年支えた耐水性
コウヤマキの最大の武器は、水中や地中でも腐りにくい、針葉樹随一の耐朽性です。これを何より雄弁に物語るのが、古墳から出土する木棺。3〜7世紀の有力者の棺の多くがコウヤマキ製で、藤ノ木古墳(奈良・6世紀末)、メスリ山古墳(奈良・4世紀)、宝塚古墳(三重・4世紀)などで、1500〜1700年を経たいまも主要部が残っています。心材に含まれるテルペン類などが腐朽菌やシロアリを寄せつけないためと考えられています。
下のグラフは、時代ごとに木棺がどんな樹種で作られたかの移り変わりです。古墳の前期から後期にかけてコウヤマキの割合がぐんと高まり、最高級の棺材として選ばれていった様子がわかります。
この耐水性は古代の交易の証拠も残しました。5〜7世紀の朝鮮半島(百済・新羅)の古墳からも、日本列島産コウヤマキの木棺が見つかっており、当時すでに高級材として海を渡って輸出されていたと考えられています。
高野山の霊木、そして皇室のお印
コウヤマキという和名は、文字どおり「高野山の槙(まき)」に由来します。弘法大師空海が9世紀に開いた高野山の霊場林には、樹齢500〜1000年級の大径木が点在し、卒塔婆や経筒、供花の素材として古くから最高の格を与えられてきました。「紀伊山地の霊場と参詣道」として世界遺産にも登録されています。
現代でもこの木は特別な位置にあります。秋篠宮家の悠仁親王のお印が「高野槙」に定められたことで、改めて広く知られるようになりました。江戸時代には、ヒノキ・サワラ・アスナロ・ネズコとともに木曽五木の一つとして尾張藩に厳しく保護され、それが今日まで大径木が残る土台にもなっています。
木材としての性能と用途
気乾比重は0.42ほどで、スギに近くヒノキよりやや軽め。曲げ強度や圧縮強度はヒノキとほぼ肩を並べ、構造材として十分な性能をもちます。下の図はスギを基準にした力学特性の比較です。強度面ではヒノキ・ヒバと横並びですが、際立つのは前述の水中・地中での耐朽性。ここだけは針葉樹のトップクラスです。
収縮が小さく寸法が安定し、心材は薄褐色で艶があって磨くと美しい——こうした性質から、用途は水回りと特殊用途に集中します。檜風呂と並ぶ最高級の風呂桶・浴槽、社寺建築の特殊部位、茶道具、そして伝統的な棺材。料亭や老舗旅館のコウヤマキ風呂は、1基50万〜200万円規模の高級品として今も作られています。
ただし流通量はごくわずか。年間の素材生産はせいぜい数百〜数千m³で、立木価格はスギ・ヒノキの2〜5倍。一般住宅にはまず出回らず、文化財修復・社寺建築・高級住宅の水回りに限って使われる希少材です。
世界三大造園木の一つ
コウヤマキは、ヒマラヤスギ、ナンヨウスギと並んで「世界三大造園木」に数えられます。1861年にロバート・フォーチュンが欧州へ伝えて以来、キューガーデン(ロンドン)やパリの植物園など各地で象徴的な針葉樹として珍重されてきました。整った樹形が他の木と見間違えようがないこと、数百年の樹齢に耐えること、病害虫に強く管理しやすいこと——これらが高く評価された理由です。いまも「Japanese umbrella pine」の名で欧米に輸出され、高級園芸品として流通しています。成長は遅いものの、庭に植えれば100年単位で美しい姿を保ってくれます。
よくある質問
Q. コウヤマキと「マキ(イヌマキ)」は同じ木?
別の木です。庭木でよく見るイヌマキはマキ科で、葉が一枚ずつつきます。コウヤマキは1科1属1種の独立した系統で、葉が傘状に束生する点で簡単に区別できます。
Q. なぜ古墳の棺に使われたの?
水中・地中でも腐りにくい、針葉樹随一の耐朽性が理由です。1500年以上たった出土木棺が形を保っている例が多く、当時の支配層が最高級材として選んだことがわかります。
Q. 絶滅危惧種ですか?
IUCNレッドリストでは「準絶滅危惧(Near Threatened)」。国内の野生集団は比較的安定していますが、世界に1種しかいない進化遺産として国際的な保全の優先度が高い木です。
おわりに
コウヤマキは、近い仲間を一つももたない孤高の針葉樹であり、中生代から日本だけに生きのびた「生きた化石」です。水に強いというただ一つの性質が、古墳の棺から高野山の霊木、現代の風呂桶までを貫いて、2000年もの間この木の居場所をつくってきました。寺社や古い庭で傘状の葉を見かけたら、その葉が1.5億年の時間を旅してきたことを、少しだけ思い出してみてください。

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