無花粉スギ・少花粉スギの植林:花粉症対策の現状

無花粉スギ・少花粉スギの植林

春になると、目のかゆみや鼻づまりに悩まされる——そんな人は今や日本人の4割前後にのぼります。スギ花粉症の有病率は2019年の全国調査で38.8%とされ、近年はさらに上昇傾向にあります。この国民病に、医療だけでなく「林業」の側から立ち向かう取り組みが、無花粉スギ・少花粉スギの植林です。この記事では、その仕組みと歴史、代表的な品種、そして個人の山林に植えるときのポイントを、できるだけわかりやすく整理します。

スギ花粉症有病率38.8%2019年 全国調査元祖立山1号1992年発見富山・平英彰少花粉スギ品種140+品種全国で認定2032年度目標9割以上スギ苗木の対策品種化
図1:花粉症対策スギの主要諸元(林野庁「花粉発生源対策」、鼻アレルギー診療ガイドラインより)
目次

花粉症対策スギとは

「花粉症対策スギ」とひと口にいっても、中身は大きく2種類に分かれます。ひとつは花粉をほとんど飛ばさない少花粉スギ(標準的なスギの100分の1以下の花粉量)、もうひとつは花粉をまったく作らない無花粉スギです。どちらも、木材としての性能は普通のスギと変わらず、柱や梁として問題なく使えます。

背景には、深刻な社会的コストがあります。花粉シーズンの労働生産性の低下や医療費など、経済への影響は大きいと試算されています。こうした事態を受け、2023年には政府に「花粉症に関する関係閣僚会議」が設置され、発生源対策・飛散対策・発症対策の3本柱で国家的な取り組みが動き出しました。林野庁は、今後10年でスギ人工林を約2割減らし、2032年度までにスギ苗木の供給の9割以上を花粉症対策品種に切り替える目標を掲げています。

すべては「立山1号」から始まった

無花粉スギの物語は、1992年の富山県から始まります。富山県林業技術センター(現・富山県農林水産総合技術センター)の平英彰(たいら ひであき)研究員が、立山山麓の精英樹のなかから、雄花の花粉がまったく飛ばない1個体を発見しました。これが世界で初めて確認された無花粉スギで、「立山1号」と名づけられます。顕微鏡で観察すると、花粉のもとになる細胞が成熟する前に崩れていることがわかりました。

その後の研究で、この性質が単一の劣性遺伝子(ms1)によって受け継がれることが判明します。劣性遺伝なので、両親の遺伝子がそろって初めて無花粉になる仕組みです。2012年にはこの遺伝子の塩基配列が特定され、DNAを調べるだけで苗の段階から無花粉かどうかを見分けられるようになりました。富山県は2007年から、立山1号を親にした実用品種「立山 森の輝き」の量産を開始。現在では県内のスギ植林の9割以上が無花粉品種に切り替わり、全国の先進地として知られています。平氏は「無花粉スギの父」と呼ばれています。

立山1号に続いて、新潟・島根・福島などでも別系統の無花粉個体が見つかり、ms1からms4まで4種類の不稔遺伝子が確認されました。地域ごとに異なる系統が育種されることで、遺伝的な多様性も保たれています。

1992立山1号発見(富山・平英彰)起点1996ms1劣性遺伝確認理論確立2007爽春・立山森の輝き量産実用化2012ms1塩基配列特定DNA選抜2023関係閣僚会議設置国家戦略2032スギ苗木の9割を対策品種に普及加速
図2:無花粉スギ育種の歴史(1992年立山1号発見〜2032年苗木供給目標)

代表的な品種

2026年現在、無花粉スギだけでも各地で品種登録が進んでいます。代表的なものを挙げてみましょう。

品種名 育成主体 登録年 不稔遺伝子 主産地
立山 森の輝き 富山県 2007 ms1 富山県全域
爽春(そうしゅん) 林木育種センター 2012 ms1 関東・東山地域
林研1号 林木育種センター 2014 ms1 関東・北陸
はるよこい 新潟県 2015 ms2 新潟県・北陸
神奈川県多摩No.5 神奈川県 2016 ms1 南関東
東京都奥多摩1号 東京都 2019 ms1 東京都西部
島根県無花粉1号 島根県 2021 ms3 山陰地方
福島県会津無花粉 福島県 2023 ms4 東北南部

このほか、少花粉スギは全国で140品種以上が認定されています。それぞれの地域の気候や土壌に合った品種が整備されつつあり、成長の速いエリートツリーと掛け合わせて、生産性と低花粉性を両立させる開発も進んでいます。

苗木の供給と普及の状況

対策品種を全国に広げるには、苗木をどれだけ供給できるかが鍵になります。林野庁の集計では、花粉症対策品種の苗木供給量は年々増え、近年はスギ苗木全体の半分前後まで伸びてきました。そして2032年度には9割以上を対策品種にする目標が掲げられています。

先進地の歩みも力強いものです。富山県は県内スギ植林の9割以上が無花粉品種に切り替わり、神奈川県も県有林から対策品種化を進めています。東京都は多摩産材の活用と並行して「奥多摩1号」を育て、新潟県は「はるよこい」を北陸への普及拠点として量産しています。

苗木の生産では、培地ポットで育てるコンテナ苗の普及が大きな後押しになっています。コンテナ苗は植えられる時期が通年に広がり、活着率も90%を超えるため、計画的な造林がしやすくなりました。

個人の山林に植えるには

「自分の山にも植えてみたい」という方も、対策品種を入手できます。手順とポイントを押さえておきましょう。

  • 入手先:各都道府県の苗木業者から購入できます。まずは地元の森林組合に相談すると、地域に合った品種や手続きの案内を受けられてスムーズです。
  • 苗木のコスト:無花粉スギの苗木は標準スギより高めで、おおむね2倍前後の価格です。ただし、後述の補助金で実質的な負担はかなり抑えられます。
  • 再造林補助金:既存のスギ林を伐採して植え替える場合、造林・保育に対しておおむね7割程度の補助があります。市町村への森林環境譲与税(年間約500億円規模)も、花粉症対策の造林に充てられます。
  • 自治体の上乗せ:富山県のように、無花粉スギの苗木に1本あたりの補助を上乗せする自治体もあります。お住まいの県・市町村の制度を確認してみてください。

ひとつ理解しておきたいのは、自分の山だけ無花粉スギに植え替えても、周りの標準スギ林から花粉が飛んでくるため、個人レベルですぐに花粉症が軽くなるわけではない、という点です。効果が表れるのは、地域全体・都道府県全体で面的に置き換えが進んでから。林野庁は2053年までにスギ花粉量を半減させる目標を掲げており、これは数十年単位の長い取り組みです。

残された課題

普及を阻む壁もあります。最大のものは置き換えのスピードです。既存のスギ人工林は全国で約444万ha、平均樹齢は50年を超えています。主伐して植え替える面積を大きく増やす必要がありますが、再造林率は3〜4割にとどまります。背景にあるのは林業の担い手不足で、就業者は1980年の約15万人から2020年には約4.4万人まで減りました。苗木をいくら用意しても、植える人手が足りないという構造的な問題です。

加えて、スギに次ぐ第二の課題であるヒノキ花粉症への対応はスギより10年以上遅れており、本格的な普及は2030年代後半以降と見込まれています。気温上昇で花粉の飛散時期が早まり、量も増える傾向にあるなど、気候変動の影響も無視できません。医療と林業、その両面から腰を据えて取り組む必要があります。

よくある質問

Q. 無花粉スギを植えれば花粉症は治りますか?

A. 個人レベルですぐに効果は出ません。全国に約450万haある既存のスギ林から花粉が飛ぶため、地域・全国規模で数十年かけて段階的に効いてきます。林野庁は2053年までに花粉量を半減させることを目標にしています。

Q. 立山1号と「立山 森の輝き」は同じものですか?

A. 別のものです。立山1号は1992年に発見された元祖の無花粉スギ個体(母樹)で、「立山 森の輝き」はその立山1号と少花粉精英樹を交配し、2007年に量産化された実用品種です。

Q. 無花粉スギの木材は普通のスギと違いますか?

A. 木材としての性能は標準スギと同等です。気乾比重や曲げ強度は一般的なスギの範囲に収まり、JAS基準を満たす建築材として問題なく使えます。むしろ選抜の過程で形質のよい個体が選ばれているため、通直性や節の少なさで標準スギを上回ることもあります。

まとめ

無花粉スギ・少花粉スギの植林は、1992年に富山で発見された1本の木から始まり、いまや国家戦略へと育った取り組みです。木材としての実力も備えた対策品種が全国に広がりつつあり、苗木供給は2032年度に9割以上を目標としています。個人でも森林組合を通じて植えられ、補助金も使えます。ただし効果は面的な置き換えが進んでこそ。数十年先を見据えた、息の長い挑戦だといえます。

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この記事を書いた人

ハウスメーカーで住宅の構造を担当したのち、林業の世界へ。林業・木材・建築の3領域を横断する視点で、Forest Eight の記事を編集しています。

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