ロシア材|制裁前後の輸入構造変化

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2022年2月のウクライナ侵攻は、遠く日本の合板工場の原料調達にも静かな地殻変動をもたらしました。ロシア材輸入は2021年に丸太換算約170万m³(日本の木材輸入の約4%)あったものが、対露経済制裁を受けて2023年には約20万m³まで急減。2年で約88%が消えた計算です。

EUや米国がロシア木材を全面禁輸とするなか、日本がとったのは「段階的縮小」という独自路線でした。結果として何が起き、合板や家具の現場はどう対応したのか——その構造変化を追ってみます。

目次

制裁前のロシア材は何に使われていたか

2021年のロシア材輸入の中身は、丸太そのものではなく加工品が中心でした。単純な丸太輸入は2007年のロシア丸太輸出関税の大幅引き上げ以降ほぼ消えており、合板(カラマツ・シラカバ)、LVL(ロシアアカマツ)、製材(エゾマツ)という形で入ってきていたのです。産地は極東ロシア(ハバロフスク・沿海地方)で、ナホトカ・ボストーチヌイ・ワニノの3港から日本海航路で運ばれました。航路が短く運賃面で北米材より有利で、東北・北陸・北海道の合板工場と60〜70日サイクルの安定供給が成立していました。

ロシア材輸入の樹種別構成2021 カラマツ・エゾマツ・シラカバ・アカマツ等の樹種別輸入比率を棒グラフで示す 2021年ロシア材170万m³の樹種別構成(万m³) カラマツ 75(44%) エゾマツ 38(22%) シラカバ 28(16%) アカマツ 19(11%) その他 10(7%) カラマツ・エゾマツの極東針葉樹で全体の66%。シラカバは合板表面材として独自の地位。 アカマツはLVL原料、北欧アカマツより安価で大規模合板用途に投入されていた。
図1:ロシア材輸入の樹種別構成2021(財務省貿易統計、林野庁推計)

樹種ごとに用途ははっきり分かれていました。カラマツは合板単板・構造用LVLの原料、エゾマツは梱包材・建具材、シラカバ(バーチ)は合板表面材・家具材、アカマツは集成材・LVL。とくにシラカバ合板は表面の緻密さと色調の均一性で代替が難しく、家具・建具メーカーが長年頼ってきました。フローリングやカウンター材で「白樺」「バーチ」と表記される製品の多くは、このロシア産シラカバが起源。だからこそ、調達の見直しは家具産業を直撃したのです。

段階的縮小という日本の選択

侵攻を受けて、日本政府は2022年3月以降、対露制裁を段階的に発動しました。木材関連では、4月に追加関税35%を適用、5月に合板・チップ・LVLなどを実質的に輸入承認停止、7月に最恵国待遇を取消し、という3段階で縮小が進みました。EU・米国・英国が完全禁輸を選んだのに対し、日本は形式的な禁輸ではなく「実質的な輸入困難化」を選び、2023年には20万m³水準まで急減します。

ロシア材輸入の月次推移2021-2023 2021年から2023年までのロシア材輸入量月次推移を折れ線グラフで示す。2022年3月以降急減。 ロシア材輸入の月次推移(万m³) 20 15 10 5 0 21/1 21/7 22/1 22/7 23/1 23/7 侵攻・制裁開始 関税35%適用 月次14万m³水準→2023年は1〜2万m³。仕向地・代金決済の難航で実質的に輸入停止。
図2:ロシア材輸入の月次推移2021-2023(財務省貿易統計月次データ)

興味深いのは、輸入を実質ゼロまで押し下げたのが関税だけではなかった点です。関税35%は付加価値品の利幅を削っても、特殊用途の合板・LVLでは負担できる水準でした。決定打になったのは、SWIFTからの一部ロシア銀行排除による決済の難航、海上保険の対露海域カバー縮小、そして商社内コンプライアンス基準の引き上げという「制度的・心理的ブレーキ」が同時に作動したこと。日本国内銀行はロシア向け送金リスクを回避し、輸入業者は新規発注を停止、極東からの貨物船便数は2021年比で約30%水準まで縮みました。EU・米国の完全禁輸と日本の段階的縮小は、手法こそ違えど、輸入実績で見れば同じ水準に収束したのです。

カラマツとシラカバ、代替の明暗

消えた年間75万m³のカラマツをどう埋めるか。合板工業界は3つの経路を組み合わせて対応しました。国産カラマツの増産(北海道・長野・岩手の集荷拡大)、ニュージーランド産ラジアタパインの合板原料化、そしてトドマツ・スギ単板の比率増です。

代替供給源 2021年(万m³) 2023年(万m³) 主用途
国産カラマツ 85 105 合板単板・構造用合板
ラジアタパイン(NZ) 110 140 合板・梱包材
国産トドマツ 35 45 合板・梱包材
国産スギ単板 95 115 合板・LVL
フィンランド・スウェーデン製材 90 140 建具・集成材

構造用合板は、国産カラマツとラジアタパインの組み合わせでほぼ完全に代替でき、影響は限定的でした。ラジアタパインは成長期間25〜30年と短く人工林由来の合法性が確認しやすいため、クリーンウッド法・EUDRとの整合性が高く、調達リスク管理の面でも評価されました。国産カラマツの増産も、十勝・上川の道有林や伊那・諏訪の戦後造林カラマツが伐期を迎えていたことが追い風になっています。

一方、最も難航したのがシラカバ合板の表面材です。北海道産のシラカンバ・ダケカンバでは径級・年輪密度が異なり、ロシア産バーチと同等の意匠性が出せません。そこでフィンランド産バーチへの切り替えが進みましたが、単価はロシア産の1.5〜1.8倍。家具・カウンター材の小売価格に20〜30%の上昇圧力をもたらしました。

実は2007年から始まっていた長期縮小

ロシア材の縮小は、2022年制裁が初動ではありません。2007年以降の段階的減少の延長線上にあります。プーチン政権は2007年に丸太輸出関税を6.5%から20%へ引き上げ、その後も段階的に引き上げを続けました。これは輸出側で付加価値を残すためのリソースナショナリズム政策で、日本のロシア丸太輸入は2007年の約400万m³から2010年代には100万m³以下まで縮みました。

ロシア丸太輸入の長期推移2000-2023 ロシア丸太輸入量の長期推移を折れ線で示す。2007年関税引上げ・2022年制裁の2つの転換点。 ロシア丸太・木材輸入の長期推移(万m³) 500 400 300 100 0 2000 2005 2010 2015 2020 2023 2007年 関税20% 2022年 制裁 2007年関税引上げで長期縮小トレンド入り、2022年制裁で完全縮小。
図3:ロシア丸太・木材輸入の長期推移2000-2023(財務省貿易統計、林野庁「木材需給表」)

2007年から2022年までの15年間は、ロシア側の合板・LVL産業育成と、日本側の代替供給確保の歳月でした。日本の合板工業界はこの間にロシア丸太から国産針葉樹合板への転換を進めましたが、最後まで残ったのがカラマツ単板とシラカバ合板の特定領域。2022年制裁は、その「最後の2割」を一気に消し去った構造変化だったといえます。

制裁の副産物——国産材比率75%という到達点

制裁解除の見通しが立たないなか、ロシア材輸入が2021年水準に戻るのは難しいと見られています。この2年で合板産業は国産針葉樹・ラジアタパイン・北欧バーチへの代替投資を済ませており、設備・契約・認証スキームを含めた再構築には可逆性が低いからです。林野庁の木材需給表も2024年以降のロシア材を実質ゼロとして集計し、長期不在を前提とした需給予測を組んでいます。

ここで起きた構造変化は、単なる数量代替にとどまりません。合板原料の地政学リスクへの認識が一気に高まったのです。合板用原料の国産材比率は2021年の約60%から2023年には約75%へ上昇しました。これは戦後最も高い水準であり、輸入依存リスクへの構造的な応答です。業界では「国産材4割・北米北欧3割・南半球(NZ・豪・チリ)2割・その他1割」といった、単一供給源への依存を50%以下に抑える分散ポートフォリオが議論されています。半導体やエネルギーで論じられる経済安全保障の枠組みを、木材調達に応用したものといえます。

なお、この影響評価は住宅着工の減速局面と重ねて見る必要があります。2022〜2023年は新設住宅着工が年80万戸前後に減速し、合板需要も縮小局面にありました。需要側の縮小がロシア材消失の打撃を和らげた面は否定できません。もし2020〜2021年並みの90万戸超が続いていれば、合板価格はさらに高騰していた可能性があります。

家具・建具は価格上昇を吸収しきれなかった

構造材以上に影響が出たのが、家具・建具分野でした。シラカバ合板の表面材はインテリア家具・カウンター・キッチン扉に多用される特殊資材で、フィンランド産への切り替えコストが家具メーカーの収益を圧迫しました。中堅家具メーカーへのヒアリングでは、原材料費が2021年比で15〜25%上昇し、製品価格への転嫁が部分的にしか進まず、利益率を3〜5ポイント押し下げたとされます。

合板CIF価格(東京湾基準)で見ると、2021年第1四半期の約450USD/m³が2022年第2四半期に680USD/m³まで急騰し、2023年は平均510USD/m³水準に落ち着きました。為替を除いても原料コストは2021年比で約13%上昇。フィンランド産バーチ合板にいたっては約45%もの上昇が記録されました。こうした上昇は新設住宅の建築費にも約2〜4%の上振れ要因となり、ウッドショック(北米SPF高騰)に上乗せされる形で、2022〜2023年完成の木造住宅の坪単価を2021年比で5〜8%押し上げました。

よくある質問

なぜ日本はロシア材を完全禁輸しなかったのですか?

EU・米国・英国は完全禁輸を選びましたが、日本は段階的縮小(関税35%引き上げ・最恵国待遇取消)を選択しました。合板産業への急激な影響を避けつつ、エネルギー・水産物と一体的に制裁を設計する意図があったとされます。結果的には実質的な輸入停止状態となっており、形式と実態は乖離しています。

国産カラマツ供給はロシア材消失を埋められますか?

国産カラマツの素材生産量は2021年の約85万m³から2023年に約105万m³まで拡大しましたが、消えたロシア産カラマツ75万m³の完全代替には至っていません。北海道・長野・岩手の集荷拡大や合板工場の単板加工技術の改良で対応が続いており、5年程度かけて代替を完成させる方向です。

制裁解除後にロシア材は戻りますか?

仮に制裁が部分解除されても、代替投資と契約再構築が進んだ現在、ロシア材依存度が2021年水準まで戻る可能性は低いと見られます。リスク分散の観点から、合板産業は国産材・ラジアタパイン・北欧材の3軸構造を維持する見通しです。

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この記事を書いた人

ハウスメーカーで住宅の構造を担当したのち、林業の世界へ。林業・木材・建築の3領域を横断する視点で、Forest Eight の記事を編集しています。

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