長野の林家民宿、岐阜・飛騨の古民家泊、岡山の林業ベンチャーが手がけるグランピング――山村の宿は、林業や農業の副業として始まり、いまでは旅の目的地そのものになりつつあります。森に泊まり、木を伐り、土地のものを食べる。そんな体験への需要が、過疎が進む山村に新しいお金の流れを生んでいます。観光庁や農林水産省、日本政府観光局(JNTO)の数字をもとに、山村ツーリズム民宿の規模と経済構造を見ていきます。
どれくらいの規模なのか
農林水産省の登録ベースで、農泊推進地域は全国約700地域、登録民宿は概ね2,800軒。多いのは長野(約260軒)、岐阜(約180軒)、北海道(約170軒)、京都、新潟、奈良、岡山と続き、いずれも林業・農業のさかんな土地と重なります。2017年に始まった「農泊」推進政策と、訪日客の地方分散が後押しし、この10年ほどで古民家の1棟貸し、グランピング、ファームステイと、宿のかたちもぐっと多彩になりました。
宿のかたちと値段
ひと口に山村の宿といっても、形態によって値段も客層もずいぶん違います。素泊まりは1人7,000〜12,000円、夕朝食付きで12,000〜25,000円、グランピングは20,000〜40,000円。古民家の1棟貸しなら4〜8名で分け合って1棟30,000〜80,000円、林業体験がついた宿は15,000〜25,000円あたりが中心です。同じ地域でも上下に3〜5倍の幅があり、コロナ後の「少人数・分散型」志向やSNS映え需要を追い風に、近年は高単価帯への投資が目立ちます。
利用者数は2023年で年延べ約1,400万人泊。コロナで2020年に一気に落ち込んだものの、その後しっかり持ち直し、いまでは2019年を上回る水準です。訪日客の比率は地域差が大きく全体で10〜25%ほど。欧米・豪州の高所得層は森林浴(Forest Bathing)や伝統工芸を目当てに長く滞在し、台湾・香港などの東アジア圏は1〜2泊の短期が中心という違いもあります。日本人では首都圏・関西圏に住む30〜50代の家族・カップルが主力です。
林業体験というコンテンツ
山村ツーリズムの目玉のひとつが林業体験です。苗木を植えてプレートを立てる植林(2〜3時間・3,000〜5,000円)、チェンソーの基礎を学ぶ間伐・伐倒(半日・8,000〜15,000円)、地元材を使った木工、白炭・黒炭の炭焼き、季節限定のキノコ・山菜採りなど、内容はさまざま。こうしたプログラムは1人あたり3,000〜10,000円ほどの地域消費を生み、宿泊代に上乗せされて土地に落ちます。都市の人が森に関心を持つきっかけにもなり、林業の担い手づくりという面でも期待されています。
1人の宿泊が町に落とすお金
農林水産省のデータをもとにした波及分析では、農山漁村滞在型旅行の地域経済への波及係数は1.8〜2.3とされます。宿泊代だけでなく、地元食材の調達、燃料・光熱費、雇用、土産物まで含めて、お金が土地の中を回るからです。下の表は1人の宿泊客がどれだけ地域内にお金を残すかの目安です。
| 項目 | 消費額 | 地域内還流率 | 地域への寄与 |
|---|---|---|---|
| 宿泊代 | 15,000円 | 70% | 10,500円 |
| 食事代(地元食材) | 8,000円 | 60% | 4,800円 |
| 体験料 | 5,000円 | 80% | 4,000円 |
| 土産物 | 3,500円 | 50% | 1,750円 |
| 移動・周辺観光 | 2,500円 | 30% | 750円 |
| 合計 | 34,000円 | — | 21,800円 |
1人あたり地域内に残るお金は約21,800円。年延べ1,000人泊の小さな民宿1軒でおよそ2,200万円、10軒の集落単位なら2億円規模になります。過疎の山村にとっては、けっして小さくない金額です。たとえば長野県阿智村の星空ツーリズムは年8〜10万人泊を集め、村内経済への寄与は15〜20億円と見積もられています。岐阜・白川郷、岡山・西粟倉村、徳島・神山町なども、それぞれの自然・文化資源を磨き上げて成果を出している地域です。
林業との結びつき
山村の宿が面白いのは、林業や農業と分かちがたく結びついている点です。冬で仕事が止まる林業者が農閑期に宿を営めば、年100〜300万円の追加収入になり、世帯の暮らしを下支えします。地元材で建てた宿は泊まること自体が木材のPRになり、地産地消の食事は域内の農林業者からの直接調達を増やす。木工土産も副収入になります。観光と林業がたがいに客や仕事を回し合うこの「クロスセル」の構造こそが、過疎山村の存続と林業の持続を同時に支えているのです。
もちろん課題もあります。経営者の高齢化と後継者不在で年100〜200軒のペースで廃業が進み、耐震・バリアフリー・多言語対応の改修費は中小事業者には重い負担です。年間稼働率も45〜55%程度で、冬や梅雨の閑散期対策が欠かせません。人気地域ではオーバーツーリズムの懸念も出ています。それでも、訪日客のさらなる拡大、ワーケーション、サステナブル志向の高まりは追い風で、地域DMOによる広域マネジメントやICT活用が、これからの鍵になりそうです。
よくある質問
全国に何軒あって、1泊いくらが相場ですか?
農林水産省の登録ベースで約2,800軒(2023年)。値段は形態次第で、素泊まり7,000〜12,000円、夕朝食付き12,000〜25,000円、グランピング20,000〜40,000円、古民家1棟貸し30,000〜80,000円が目安です。
林業の副業として収益になりますか?
冬で林業が止まる時期に宿を営めば、年100〜300万円ほどの追加収入が見込めます。本業の繁忙期と宿の稼働期がうまく補い合えば、世帯所得の安定につながります。
補助金で開業できますか?
農山漁村振興交付金や地方創生推進交付金などで、施設改修費の1/2〜2/3や運営費の一部が支援されます。1事業者あたり数百万円〜数千万円規模が一般的です。

コメント