岡山県北部の山あいに、ちょっと変わった市役所があります。2017年に開庁した真庭市役所。エントランスをくぐると、樹齢180年級の真庭ヒノキの一本柱(直径約60cm)がどんと立っていて、見上げた天井には木の梁が走り、壁も床も真庭の杉とヒノキで満たされている。ここは「木のまち真庭」の生きたショールームであり、森林資源を建築・エネルギー・所得・観光へと同時に変換してみせる、真庭モデルの結節点です。
| 所在地 | 岡山県真庭市(2017年3月開庁) |
| 規模 | 地上2階/延床約8,490㎡ |
| 構造 | 1階RC+2階CLT・大断面集成材のハイブリッド |
| 木材使用量 | 構造用木材 約2,067m³(地域材率 約90%) |
| 設計・CLT供給 | 佐藤総合計画/銘建工業(真庭市目木) |
軽くて強い——木とコンクリートの役割分担
真庭市役所の構造は、1階を鉄筋コンクリート(RC)、2階をCLTパネルと大断面集成材で組んだハイブリッドです。地震時の水平力は主に頑丈な1階RCが引き受け、2階の木造部分は軽さで基礎への負担を抑える——理にかなった役割分担になっています。CLTはコンクリートの約5分の1という軽さ(密度約450kg/m³)なので、建物が軽くなれば地震の揺れで生じる力も小さくなり、災害時の拠点としての耐震信頼性が高まるわけです。
使われた構造用木材は約2,067m³。これは樹齢50年の杉でおよそ4,500本分にあたり、建材として炭素を約1,800トン分閉じ込めた計算になります。同規模のRC庁舎と比べた建設時のCO2排出削減と合わせると、合計でおよそ3,000トン分(乗用車約650台の年間排出に相当)の気候貢献になると試算されています。設計の合言葉は「目に触れる木はすべて真庭産」。ラミナの品質管理から最終仕上げまで、地域の企業が中心になって手がけました。
CLTを供給した「銘建工業」という核
この庁舎のCLTを供給したのが、真庭市目木に本社を置く銘建工業です。1923年創業の集成材メーカーで、2016年4月、日本で初めて本格的なCLT量産工場を稼働させました。いまや年産約3万m³、国内シェアおよそ50%。日本のCLT普及は、この会社抜きには語れません。幅3m×長さ12m級の大判パネルを製造でき、原木の調達半径はおおむね50km圏内に収まっています。
銘建工業がすごいのは、CLTや集成材をつくるだけでなく、製造で出る端材をペレットやチップに変え、それを燃料にした発電にも参画している点です。木をまるごと無駄なく使い切る「カスケード利用」を一社で体現している。ペレット工場は年産約8万トンと国内最大級で、真庭市役所の暖房もペレットボイラーと空調のハイブリッドでまかなわれています。
端材が電気とお金に変わる——真庭ローカルバイオマス
真庭の真骨頂は、市役所という建築の背後にある地域循環です。2015年に運転を始めた真庭バイオマス発電所(出力10,000kW)は、年間約7,920万kWh、一般家庭およそ2.2万世帯分を発電します。燃料は林地に残された未利用材や製材端材など年間約14.8万トン。かつては捨てるしかなかった残材が、いまや製材端材1m³あたり約1万円の値がつく「有価物」へと変わりました。
この転換が生んだいちばんの果実は、林家の所得です。残材が売れるようになったことで、林家1戸あたりの素材販売収入は平均で15〜20%押し上げられたと試算されています。FIT制度を活用した売電収入(年間約23億円規模)の一部は森林整備に回り、伐って・売って・また植えるという循環の歯車を回し続けています。外部の補助金に頼るのではなく、地域の資源そのものから所得を生み出す構造改善——これが「真庭モデル」が林業政策の見本とされる理由です。
市役所が、無料の観光スポットになる
真庭市役所のもうひとつの顔は、観光資源です。市は2006年から「バイオマスツアー真庭」を運営し、市役所→銘建工業のCLT工場→バイオマス発電所→製材所→ペレット工場を半日で巡るルートを提供。視察を含めた関連来訪者は年間約60万人にのぼり、その内訳は国内自治体・議会、民間の建築・林業関係者、教育機関、そして欧州・北米・アジアからの海外勢まで多彩です。「木のまち」を見にくる人の流れが、宿泊や飲食といった市内消費を生み、新たな所得をもたらしています。建物を建てて終わりではなく、建物そのものが人とお金を呼び込み続けているのです。
順風のなかの宿題
もちろん、課題もあります。FIT価格は段階的に引き下げられており、バイオマス発電の収益性は今後じわじわ厳しくなる見込み。発電と建材の需要を支え続けるには、植栽・保育・路網整備といった川上への継続投資が欠かせません。供給能力が需要を上回る局面もあるCLTでは、中高層建築や土木・橋梁といった新しい用途の開拓と輸出強化が次のテーマです。
それでも真庭は、林業・建築・エネルギー・観光を一体で回す仕組みを現実に成立させた稀有な土地です。近年はJ-クレジットの創出や、都市部企業との「森のパートナーシップ協定」を通じて、気候資本市場と地方林業を直接つなぐ動きも始まっています。Sara Kulturhus(スウェーデン・20階)やMjøstårnet(ノルウェー・18階)のような超高層に高さでは及ばないものの、真庭市役所は「地域材・地域産業との一体性」という点で、世界のCLT建築リストに必ず名を連ねる代表事例。世界が探している「気候適応型の地方経済」のリアルな見本が、岡山の山あいで動き続けています。

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