【タブノキ】Machilus thunbergii|潮風に強い線香原料・防潮林の戦略樹種

タブノキ | Forest Eight

海沿いの神社や漁村の鎮守の森を歩くと、潮風のなかでも堂々と葉を茂らせる常緑の大木に出会います。多くはタブノキ(椨、Machilus thunbergii)。シイやカシが塩害で育ちにくい海岸の最前線でこそ力を発揮する、潮風に強い樹種です。そしてこの木の樹皮は、線香づくりに欠かせない「タブ粉」の原料でもあります。防潮林の守り手であり、香文化の縁の下の力持ち──そんな二つの顔を持つ木です。

気乾比重0.60(0.55〜0.65)中重量・粘り強い樹高15-30m胸高直径50-100cm巨木は500年級も分布北限青森本州〜沖縄・東アジア海岸暖温帯林の主役線香原料タブ粉樹皮粉が結合剤淡路島で必須
図1:タブノキの主要スペック(気乾比重は含水率15%基準・代表値)
目次

春に「花のように」赤くなる

タブノキを見分けるなら、まず春先の新葉に注目です。4月下旬から5月にかけて伸びる新葉は赤褐色〜紅紫色を帯び、遠目には花が咲いているように見えます。「タブの花」とも呼ばれる海岸の春の風物詩で、これがいちばん分かりやすい目印です。

葉は倒卵状の長楕円形で長さ8〜15cm、革質で表面に濃緑の光沢があり、枝先に集まってつきます。同じクスノキ科でも、クスノキのように葉や材から樟脳の香りはしません。代わりに、樹皮の内側にペクチン質の粘り気を蓄えているのがタブノキ属の特徴です。秋には直径8〜10mmの黒紫色の実が熟し、ヒヨドリやメジロが食べて種を運びます。新葉が赤いのは、若い組織を強い紫外線から守るアントシアニン色素のため。海岸の日差しの強い環境で身につけた工夫といえます。

線香に欠かせない「タブ粉」

タブノキ最大の役どころが、樹皮を粉にした「タブ粉(椨粉)」です。樹皮の内皮に含まれる粘液多糖が水と混ざるとペクチン状の粘り気を生み、香木の粉や香料を均一に練り上げる「のり」として働きます。合成接着剤を使わない伝統的な日本の線香では、タブ粉なしには形そのものが作れないほど中心的な素材です。

線香の二大産地である淡路島(兵庫県)と泉州(大阪府)では、江戸後期以降タブ粉が標準原料として定着しました。国内シェアの約7割を占める淡路島では年間数百トン規模で消費され、四国・九州の海岸地域から樹皮が供給されてきました。フノリや椿油、米糊で代用を試みた例もありますが、燃焼時の煙の質や香りの広がりでタブ粉に勝るものは見つかっていません。いまも高級線香や寺社向けの本煉香、茶道の練香に使われ続けている、香文化の戦略素材です。樹皮以外にも、煮出した染料は奄美大島紬の補助染料として、また打撲や腫物の外用湿布として地域で利用されてきた歴史があります。

海岸を守る木

タブノキが海岸に多いのは、耐塩性・深根性・台風への強さという三つの適応がそろっているからです。海水のしぶきがかかる最前線でも育ち、深く張った根は岩盤の隙間にも入り込んで台風時の倒伏に耐えます。幹が折れても基部から萌芽再生する力が強く、海岸防潮林が自然に更新していく仕組みを支えています。

こうした性質から、津波や高波の波力を弱め、飛砂を防ぎ、塩害から内陸を守る防潮林の中核樹種として古くから重宝されてきました。2011年の東日本大震災後の海岸防災林再生では、林野庁の検討会が、従来のクロマツ単一林にタブノキやスダジイなど広葉樹を混植する複層林化を推奨しています。浅根性のクロマツを深根性のタブノキが補い、林全体で地盤をつかむ力を高める狙いです。葉に水分を多く含むため、海岸集落の延焼を遅らせる防火帯としての役割も担ってきました。

御神木として、用材として

タブノキは『古事記』『万葉集』にも「つまま」の名で登場する古来の聖木で、海沿いの神社・寺院では御神木として祀られてきました。静岡県下田市の大賀茂のタブノキ(推定樹齢千年・国指定天然記念物)、千葉県南房総の高家神社のタブノキ(推定樹齢500年)など、太平洋岸の古社には堂々たる巨木が残ります。漁村では海上安全・豊漁祈願の対象として鎮守の森に植えられ、いまも祭礼のたびに注連縄が張り替えられています。沖縄では「ヤマグス」と呼ばれ、御嶽(うたき)の聖木として大切にされています。

木材は気乾比重0.6ほどの中重量で、淡い赤褐色の心材を持ち、粘り強く繊維方向に裂けにくいのが特長です。クスノキより加工しやすく、ケヤキより素直な木目で、磨くと絹のような光沢が出ます。社寺建築の長押や鴨居、建具枠、漁村住宅の外壁羽目板、櫓櫂材などに地域材として使われてきました。流通量は多くありませんが、社寺修繕や茶室造作、木彫工芸の素地として安定した需要を保っています。海岸防潮林の整備やタブ粉などの特用林産事業は森林環境譲与税の活用対象でもあり、詳細は【森林環境譲与税とは】629億円規模・市町村実施率82%の最新動向を参照ください。

よくある質問

タブノキとクスノキの違いは?

同じクスノキ科の別属です。クスノキは葉に明瞭な三行脈があり樟脳の香りを持ち、樹皮が縦に深く裂けます。タブノキは樟脳香がなく、樹皮の内皮に粘り気があるのが特徴。クスノキは内陸の御神木、タブノキは海岸の防潮林という棲み分けです。

線香のタブ粉は今でも使われていますか?

はい、現役です。合成接着剤を使わない伝統的な日本線香の結合剤として、淡路島を中心に年間数百トン規模で消費されています。寺社向けの線香や茶道の練香にも欠かせません。

庭木にできますか?

関東以南の海岸近くなら、耐潮性・耐風性が高くシンボルツリーや防風林、生垣に向きます。ただし樹高30mに達する大型樹なので、剪定管理を前提に中規模以上の庭や公園向きです。

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この記事を書いた人

ハウスメーカーで住宅の構造を担当したのち、林業の世界へ。林業・木材・建築の3領域を横断する視点で、Forest Eight の記事を編集しています。

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