【ヤブニッケイ】Cinnamomum yabunikkei|名前はニッキでも香りは別物、八ツ橋の「ニッキ」との意外な関係

ヤブニッケイ(Cinnamomum yabunikkei)

照葉樹林しょうようじゅりんの小径で、足元に落ちていた常緑じょうりょくの葉を一枚拾って、指でくしゃっと揉んでみる。ふわりと、どこかニッキ(シナモン)を思わせる香りが立ったら——それがヤブニッケイ(藪肉桂、Cinnamomum yabunikkei)です。和名わめいは「藪に生えている肉桂(ニッキ)」の意味。畑で大事に育てられる本家のニッケイに対して、こちらは西日本の山や海辺に、誰に頼まれるでもなく勝手に生えている野生のニッキです。派手さはありませんが、葉を一枚揉むだけで名前がわかる、数少ない「香りで同定できる木」でもあります。

樹高10-20m照葉樹林の中木層常緑広葉樹葉長6-12cm長楕円・革質・全縁三行脈が目印果実楕円形10-12月に黒く熟す種子から油が採れる花期6-7月黄緑色の小花葉を揉むと香る
図1:ヤブニッケイの主要スペック(代表値)
目次

葉を一枚、揉んでみてください

クスノキ科の常緑樹じょうりょくじゅはどれも「厚くて、つやがあって、細長い葉」をしていて、慣れないうちは全部同じに見えます。ところがヤブニッケイには、初心者でも外さない決め手が二つあります。

一つめが香り。葉を揉むと、ほのかにニッキを思わせる、すっとした香りが立ちます。同じクスノキ科のクスノキは樟脳(しょうのう。防虫剤のあの鋭い匂い)なので、嗅げば区別がつきます。二つめが葉脈ようみゃく。葉の付け根から、太い主脈といっしょに2本の側脈がすっと立ち上がり、葉の半分以上を並んで走ります。これが「三行脈(さんこうみゃく)」。葉を陽にかざすと、フォークのように三本すじが浮かび上がります。

葉そのものは長楕円形ちょうだえんけいで長さ6〜12cm。厚い革質かくしつで表面は光り、裏返すと白っぽい淡い緑色をしています。6〜7月には葉の付け根から淡い黄緑色の地味な小花しょうかを出し、秋(10〜12月)には楕円形の実が黒く熟します。

ヤブニッケイの枝先。長楕円形で光沢のある葉が茂り、新芽は淡い黄緑色になる
ヤブニッケイの枝先えださき。厚くて光沢こうたくのある長楕円形の葉が茂り、新芽しんめは淡い黄緑色に染まる。光を透かした明るい葉では、付け根から出る3本の脈(三行脈)も見える。写真: Cinnamomum japonicum by Tortie tude / CC0, via Wikimedia Commons(トリミング・リサイズのみ)
ヤブニッケイ:三行脈葉の付け根の1点から太い脈が3本のびるタブノキ:羽状脈1本の主脈から左右に枝分かれ
図2:三行脈(ヤブニッケイ)と羽状脈(タブノキ)の違い。葉を陽にかざすと一目で分かる

クスノキ科の「そっくりさん」を見分ける

照葉樹林で出会うクスノキ科の常緑樹は、ヤブニッケイのほかにクスノキ、シロダモ、タブノキが代表格。この4種は、香り・葉脈・葉裏の三点セットでほぼ確実に区別できます。

ヤブニッケイほのかなニッキ香三行脈葉裏は粉白色6-12cm 長楕円決め手は香りクスノキ樟脳の鋭い香り三行脈葉裏は白緑色5-12cm 卵形脈腋にダニ室シロダモ香りは弱い三行脈葉裏は強い銀白8-18cm 長楕円裏返せば一目タブノキ香りはほぼ無し羽状脈葉裏は淡緑色8-15cm 倒卵状三行脈がない
図3:照葉樹林で出会うクスノキ科4種の識別ポイント

順番はこうです。まず葉を揉んで嗅ぐ。樟脳臭ならクスノキ、ニッキを思わせる香りならヤブニッケイ。香りが弱ければ、次に葉を裏返す。銀白色に光ればシロダモ。最後に葉脈を見て、三行脈がなく羽状脈ならタブノキ。慣れると数秒で片がつきます。

八ツ橋の「ニッキ」は、じつは別の木

ここで、多くの人が引っかかるところを整理しておきます。京都の生八ツ橋やニッキ飴のあの香り——あれはヤブニッケイではありません。

日本で「ニッキ」と呼ばれてきた香辛料は、近縁きんえんのニッケイ(肉桂、Cinnamomum sieboldii)の根、とくに細い根から採るものです。シナモン(セイロンニッケイ)が枝の皮を使うのに対し、日本のニッキは根を使う。駄菓子のニッキやニッキ水の香りはこちらです。ニッケイは江戸時代に渡来して各地で栽培されましたが、のちに沖縄と徳之島で野生の個体が見つかっています。いまは商業的な栽培はほとんど行われず、中国産のシナニッケイに取って代わられました(植木ペディア)。

皮肉なのは、その後の運命です。ニッケイは根を掘り取られてニッキにされたために数を大きく減らしましたが、ニッキの採れないヤブニッケイは掘られることがなく、いまでは数のうえで圧倒しています(植木ペディア)。役に立たなかったほうが生き残ったわけです。しかもヤブニッケイの苗木は、ニッケイを接ぎ木するときの台木にも使われてきました(森林総合研究所九州支所)。藪のニッキは、本家を足元から支えてもいたのです。

では藪のニッキ、ヤブニッケイの香りの中身は? 葉の精油せいゆを分析した研究(2013年)では、多いのはボルネオール(約28%)と1,8-シネオール(約21%)で、シナモンの香りの主成分であるシンナムアルデヒドは主な成分に挙がっていません(Peng ほか)。ボルネオールは「竜脳(りゅうのう)」とも呼ばれる、すっとした清涼感のある香り。1,8-シネオールはユーカリの香りの主成分です。森林総合研究所の関西支所が、和名の由来を「ニッケイに似ているが香気が劣る」と説明しているのもうなずけます。名前はニッキでも、香りの中身は別物なのです。

「目」「科」「属」で見るヤブニッケイ

生きものの分類は、大きなまとまりから順に「界(かい)・門(もん)・綱(こう)・目もく・科(か)・属(ぞく)・種(しゅ)」と段階を下っていきます。住所にたとえると、目は「都道府県」、科は「市町村」、属は「町名」、種は「番地」くらいの感覚です。学名の Cinnamomum yabunikkei は「属の名前+種の名前」の組み合わせで、ニッケイ属(Cinnamomum)の yabunikkei という種、という意味です。

被子植物 > モクレン類ミズメやサクラ(真正双子葉類)とは別の系統目(もく)科(か)属(ぞく)種(しゅ)クスノキ目ロウバイ科なども含むクスノキ科クロモジ・ゲッケイジュ・アボカドもニッケイ属CinnamomumヤブニッケイC. yabunikkeiクスノキ属CamphoraクスノキC. officinarumシロダモ属NeolitseaシロダモN. sericeaタブノキ属MachilusタブノキM. thunbergiiニッケイ属には、ニッキをとるニッケイや、シナモンのセイロンニッケイも入るクスノキは以前はニッケイ属だったが、近年の研究で別属(Camphora)に分けられた
図4:ヤブニッケイと、見分け方で比べたクスノキ科3種の分類(APG体系)

ヤブニッケイはクスノキ目・クスノキ科・ニッケイ属。このクスノキ目は、被子植物のなかの「モクレン類」というグループに入ります。ミズメ(ブナ目)やヤマザクラ(バラ目)は「真正双子葉類」なので、同じ広葉樹でも、目よりずっと上の段階で道が分かれています。

同じニッケイ属には、八ツ橋の「ニッキ」をとるニッケイや、シナモン(セイロンニッケイ)が入ります。名前に「ニッケイ」が付くのは、だてではないわけです。一方、見分け方の節で比べたシロダモ(シロダモ属)とタブノキ(タブノキ属)は、同じクスノキ科でも別の属。クスノキ科にはほかに、クロモジ、ゲッケイジュ(ローリエ)、アボカドなど、香りや味でおなじみの植物が並びます。香りの強い葉を持つ木が多いのは、この科の持ち味です。

注意が要るのはクスノキです。かつてはヤブニッケイと同じニッケイ属(Cinnamomum camphora)とされていましたが、遺伝子を使った近年の研究で別の系統だとわかり、クスノキ属(Camphora officinarum)として分けられました。古い図鑑で Cinnamomum camphora と書かれているのはそのためです。同じ科の、少し離れた親戚というわけです。

実は油、葉と樹皮は薬——藪の万能樹

ヤブニッケイは、香り以外の使い道も持っています。黒く熟した実の種子からは油が採れ、灯火用に使われてきました。種子からは香油や蝋もとれるとされます。葉や樹皮は薬用にされ、葉は餅を包むのにも使われます。

沖縄では「シバキ」「オウシバキ」「ジクミ」「ジックン」といった方言名で呼ばれ、暮らしのなかに溶け込んできました。別名も多く、本土では「マツラニッケイ」「クスタブ」「クロダモ」など。呼び名の多さは、それだけ各地の人が個別に名前をつけるほど身近だった証拠でもあります。木材は床柱や器具材きぐざいに使われます。クスノキのように大木になって御神木ごしんぼくとして祀られる、という道は歩まなかった木です。

植物園で育つヤブニッケイ。名札の付いたまっすぐな幹の木
中国・成都植物園で育つヤブニッケイ。幹に名札が付いた中央のまっすぐな木がそれで、手前の丸く刈り込まれた植え込みは別の植物。中国では「天竺桂」と呼ばれ、国外では済州島や中国にも分布する。写真: Cinnamomum japonicum – Chengdu Botanical Garden by Daderot / CC0, via Wikimedia Commons(トリミング・リサイズのみ)

海の近くに多い、照葉樹林の木

ヤブニッケイは、スダジイやタブノキ、カシ類とともに照葉樹林をつくる常緑樹です。山地にも生えますが、とくに海に近い場所に多く見られます。沖縄では、海岸の防風林や緑化にも使われています。

自然分布の北限は資料によって幅があり、近畿以南とする資料(森林総合研究所関西支所、Wikipedia)と、本州は福島県以南とする資料(森林総合研究所九州支所)があります。国外では済州島や中国にも分布します。

庭木・生垣として

常緑で一年中緑を保ち、葉に香りがある。暖地では庭木や目隠し、海風の当たる場所の防風植栽しょくさいに使われます。葉を一枚揉めばすぐに香りが確かめられるので、子どもと歩く庭や公園の植栽にも向いた木です。

植えるなら暖かい地方向きです。自然分布の北限が福島県〜近畿とされる木なので、寒冷地では冬越しが難しいと考えておいたほうが無難です。放っておくと10〜20mの高木こうぼくになるので、庭では剪定せんていで高さを抑える前提で植えてください。

よくある質問

ヤブニッケイは何科ですか?

クスノキ科です(クスノキ目・クスノキ科・ニッケイ属)。ニッキをとるニッケイや、シナモンのセイロンニッケイと同じ属です。クスノキも同じクスノキ科ですが、現在は別のクスノキ属に分けられています。

ヤブニッケイとシナモンは同じ香りですか?

名前は「ニッケイ(ニッキ)」でも、香りの中身は別物です。シナモンの香りの主成分はシンナムアルデヒドですが、ヤブニッケイの葉の精油を分析した研究では、主な成分はボルネオール(竜脳)や1,8-シネオールでした。ほのかにニッキを思わせるものの、すっとした清涼感のある香りです。八ツ橋の「ニッキ」は、別種のニッケイから採ります。

クスノキとの違いは?

同じクスノキ科ですが、属は別です(クスノキは近年、ニッケイ属から分けられてクスノキ属になりました)。香りもはっきり違い、クスノキは樟脳の鋭い香り、ヤブニッケイはほのかにニッキを思わせる香り。葉を一枚揉んで嗅げばすぐ分かります。葉形もクスノキは卵形らんけい、ヤブニッケイは細長い長楕円形で、クスノキは葉脈の分かれ目に「ダニ室」と呼ばれる小さなふくらみがあります。

葉や実は食べられますか?

葉は香りを楽しむ程度にとどめてください。食品としての安全性が確かめられた植物ではありません。実も人が食べるものではなく、種子の油は灯火などに使われてきたものです。

庭木にできますか?

暖かい地方なら可能です。庭木や目隠し、海風の当たる場所の防風植栽に使われます。自然分布の北限は福島県〜近畿とされるので、寒冷地は避けたほうが無難です。放任すると10〜20mの高木になるので、樹高じゅこうを抑える剪定を前提に植えるのが現実的です。

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この記事を書いた人

ハウスメーカーで住宅の構造を担当したのち、林業の世界へ。林業・木材・建築の3領域を横断する視点で、Forest Eight の記事を編集しています。

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