【ヤブニッケイ】Cinnamomum yabunikkei|葉にニッキ香、シナモン近縁の樹種

ヤブニッケイ | 樹木図鑑 - Forest Eight

この結論

  • ヤブニッケイ(Cinnamomum yabunikkei)はクスノキ科ニッケイ属の常緑広葉樹で、葉を揉むとニッキ(シナモン)系の香りを放つ日本固有の暖地性樹種です。
  • 葉は革質で長楕円形、長さ7〜13cm、特徴的な3行脈が走り、果実は直径約8mmの黒紫色核果として10〜11月に熟します。
  • シナモン(C. verum)と同属の近縁種ですが、シンナムアルデヒド含量は劣るため商業的シナモン代用にはなりません。樹高10〜15m、関東以西の照葉樹林を構成する中木層樹種として生態的価値を持ちます。

本州の関東以西、四国、九州、伊豆諸島、沖縄の暖温帯照葉樹林、社寺境内、海岸近傍の二次林──葉を一枚ちぎって揉むと独特のニッキ(シナモン)香を放つ常緑広葉樹がヤブニッケイ(学名:Cinnamomum yabunikkei H.Ohba)です。和名の「藪肉桂」は、栽培ニッキ(C. sieboldii)に対し野生(藪)に自生する肉桂、の意。クスノキ(樟)と並ぶクスノキ科の代表樹種でありながら、樟脳ではなくシンナムアルデヒドを主成分とする芳香で識別され、植物分類学的にはクスノキ属(Cinnamomum)に位置づけられます。本稿では数値ベースの形態計測、3行脈の解剖学、シナモン・ニッキ・クスノキ・タブノキ・シロダモとの識別ポイント、伝統的な薬用・香料利用、暖温帯林における生態的役割、現代の機能性研究まで、林野庁・森林総合研究所・YList・Missouri Botanical Garden等の出典を踏まえて整理します。

目次

クイックサマリ

和名 ヤブニッケイ(藪肉桂、別名:イヌクス、クロダモ、マツラニッケイ)
学名 Cinnamomum yabunikkei H.Ohba(YList準拠)
分類 クスノキ科(Lauraceae)クスノキ属(Cinnamomum
主分布 本州(関東以西)〜九州・沖縄、朝鮮半島南部、中国南部、台湾
生育帯 暖温帯〜亜熱帯北縁、標高0〜800m
樹高 10〜15m(最大20m級も記録あり)
胸高直径 30〜50cm(壮齢木)
葉長 7〜13cm、葉幅3〜5cm、革質
葉脈 3行脈(基部から3本の主脈が並走)
果実 球形〜楕円形核果、直径8〜10mm、10〜11月に黒紫色に熟す
気乾比重 0.55〜0.65(中重量・中硬材)
主要成分 シンナムアルデヒド、オイゲノール、リナロール、サフロール(葉精油)
主要用途 家具材、建具、器具材、特用樹種、社叢林、庭木
独自特徴 葉の強いニッキ香、3行脈、葉裏淡白色、シナモン近縁種

分類学的位置づけ──クスノキ属(Cinnamomum)の中での座標

ヤブニッケイはクスノキ科(Lauraceae)クスノキ属(Cinnamomum)に属する常緑広葉樹です。クスノキ属は世界に約250〜350種、東アジア〜東南アジアの熱帯〜暖温帯を中心に分布する大属で、商業的に重要な香料・薬用樹種を多く含みます。日本に自生・栽培されるクスノキ属の主要種は、(1) クスノキ(C. camphora、樟脳原料)、(2) ヤブニッケイ(C. yabunikkei、本種)、(3) ニッケイ(C. sieboldii、栽培ニッキ)、(4) セイロンニッケイ=シナモン(C. verum、商業シナモン、栽培)、(5) カシア(C. cassia、中国シナモン)の5種に整理されます。

かつてヤブニッケイはニッケイ(C. japonicum)の変種または同種異名として扱われた歴史があり、文献によってはC. japonicum Sieb. nom. nud.、C. tenuifolium等の学名が混在します。1993年の大場秀章博士による分類学的整理を経て、現在YListではCinnamomum yabunikkei H.Ohbaを正名(accepted name)として採用しています。ニッケイ(C. sieboldii)は南西諸島〜九州南部の栽培由来種で、ヤブニッケイより葉が薄く香気が強い別種です。

属名Cinnamomumはギリシャ語kinnamomon(シナモンの意)に由来し、最も古くから知られた香料樹種群を指します。英名はJapanese cinnamonまたはYabunikkei、中国名は天竺桂(Tianzhu gui)。種小名yabunikkeiはそのまま和名のラテン化で、命名者H.Ohbaは大場秀章。Missouri Botanical GardenのTropicos、IPNI、World Flora Onlineいずれも本学名を有効名として登録しています。

形態学──3行脈と葉裏淡白という決定的識別点

ヤブニッケイは樹高10〜15m、胸高直径30〜50cmに達する中木〜亜高木で、暖温帯照葉樹林の中木層〜亜高木層を構成します。最大級の個体では樹高20m、胸高直径70cmに達した記録もあります。樹齢は明確な統計が乏しいものの、社寺境内の老木で推定100〜200年級の個体が知られ、長寿樹種に分類されます。

葉は互生、葉身は長楕円形〜倒卵状長楕円形で長さ7〜13cm、幅3〜5cm。葉質は革質で表面は濃緑色、光沢があり、葉裏は粉白〜淡緑白色で気孔分布が多く、これがクスノキ属共通の識別形質となっています。葉縁は全縁(鋸歯がない)。本種最大の識別形質は3行脈──葉の基部から主脈と並んで2本の側脈が立ち上がり、葉身の半分以上にわたり並走するクスノキ科共通の葉脈構造で、ヤブニッケイでは特に明瞭で、葉表からも葉裏からもくっきり浮き出ます。3行脈はクスノキ、タブノキ、シロダモ、ヤブニッケイ、ニッケイいずれにも共通しますが、ヤブニッケイでは脈が細く均整がとれ、葉先までやや薄い葉質と相まって繊細な印象を与えます。

樹皮は若木で暗緑灰色〜灰褐色、平滑。壮齢木で暗灰褐色となり、縦に浅く裂けます。樹皮を傷つけると微弱なニッキ香が立ち、これは樹皮中にも葉ほどではないがシンナムアルデヒドを含むためです。冬芽は頂芽が大きく長卵形、芽鱗は5〜8枚で覆瓦状に重なり、無毛。

花期は5〜6月、葉腋から長さ4〜7cmの円錐花序を出し、淡黄白色の小さな両性花を多数つけます。花被片は6個で淡黄緑色、雄しべは9個(うち3個は仮雄しべ=退化雄しべ)。クスノキ科に特徴的な「クスノキ型花式」を踏襲します。果実は球形〜楕円形の核果で、直径8〜10mm、10〜11月に黒紫色〜黒色に熟します。果柄部に深皿状の宿存花被(果托)があり、未熟期は緑色で、熟果との色彩対比が美しく、観察記録上の重要な識別点です。種子は1個、卵形で表面は淡褐色。

生態──関東以西の暖温帯照葉樹林を構成する中木層

ヤブニッケイの自然分布は本州の関東地方以西、四国、九州、伊豆諸島、沖縄諸島、および朝鮮半島南部、中国南部、台湾です。標高的には海岸線から標高800m程度までの暖温帯〜亜熱帯北縁の常緑広葉樹林(照葉樹林)を主な生育地とし、年平均気温13〜22℃、暖かさの指数(WI)100〜180程度の地域に多く分布します。日本では関東南部の伊豆半島・房総半島・三浦半島で北限級の自然林を見ることができ、北限は概ね茨城県南部〜福島県浜通り南部とされます。

林分構造的には、スダジイ・タブノキ・アカガシ・ウラジロガシ等が高木層を占める照葉樹林の中木層〜亜高木層に出現する典型的な暖温帯構成種です。耐陰性は強く、林床ギャップでは10〜20年で5m以上に成長します。土壌は適湿の沖積土〜風化火山灰土を好み、海岸近くの石灰岩地〜蛇紋岩地でも成長することから幅広い土壌適応性を示します。耐潮性も比較的強く、海岸林ではタブノキ・スダジイとともに二次林を構成します。一方、寒冷地への適応は限定的で、関東以北の内陸では越冬困難です。

更新は主に種子繁殖。鳥類(ヒヨドリ、メジロ、ツグミ類)が黒紫色の核果を捕食し、糞によって種子散布が行われます。実生は林床の半陰条件で発芽・定着し、ギャップ形成を待って成長を加速させる典型的な照葉樹林ストラテジーをとります。萌芽再生力もあり、伐採後は切株から複数の幹が再生する性質があります。社寺境内林ではこの萌芽再生によって株立ち状の老木が形成された例が各地で見られます。

木材性質──気乾比重0.55〜0.65の中重量材

ヤブニッケイの心材は淡黄褐色〜淡紅褐色、辺材は淡黄白色で、心辺材の境は明瞭。木理は通直〜やや交錯、肌目は中庸で、年輪は不明瞭〜やや明瞭。気乾比重は森林総合研究所のデータベースで0.55〜0.65(平均0.60前後)と報告され、ブナ(0.65前後)よりやや軽く、ホオノキ(0.50)より重い、いわゆる中重量・中硬材に分類されます。

機械的性質は中庸で、曲げヤング係数は約9〜11GPa、圧縮強度は約45〜55MPa。乾燥は比較的容易で、加工性も良好。釘打ち性、接着性、塗装性も標準的で、欠点としては乾燥時にやや反りが出やすい点と、保存性(耐朽性)が低〜中程度のため屋外利用には注意を要する点が挙げられます。芳香性のため防虫性は天然である程度期待できます。

用途としては、(1) 家具材、(2) 建具材、(3) 器具材(ろくろ細工、玩具)、(4) 床材、(5) 楽器材の一部、(6) 香料原料となる枝葉、が挙げられます。クスノキほどの蓄積量がなく、また商業流通量が限定的なため、市場では「雑木」「広葉樹小径木」として一括取扱されることが多く、特用材としての銘木流通は少ないのが現状です。地域の銘木市場では「ニッキ」「藪ニッキ」の名で取引される例があります。

樟脳とシンナムアルデヒド──近縁2種の香気成分の決定的違い

クスノキ属の樹種は葉・樹皮・材に揮発性の精油を多量に含み、これが芳香・防虫・薬理活性の源泉となります。本属の精油主成分はおおまかに3系統──(1) 樟脳(カンファー)型:クスノキ(C. camphora)の主成分、樟脳の原料、(2) シンナムアルデヒド型:シナモン(C. verum)、カシア(C. cassia)、ヤブニッケイの主成分、ニッキ系の甘い香り、(3) リナロール型:ホーウッド(C. camphoraのリナロール変種)の主成分、ローズウッド代用、に整理されます。

ヤブニッケイの葉精油成分はガスクロマトグラフィー(GC-MS)解析により、シンナムアルデヒド(cinnamaldehyde)、オイゲノール(eugenol)、リナロール(linalool)、サフロール(safrole)、α-ピネンなどが検出されています。葉精油中のシンナムアルデヒド含量は産地・季節・個体差により2〜25%と幅があり、商業シナモン(C. verum樹皮、シンナムアルデヒド65〜80%)には及ばないものの、和ハーブとしての香料価値は十分にあります。樹皮にもシンナムアルデヒドが含まれますが、葉ほどの含量はなく、商業シナモンの「皮を剥いで巻いて乾燥」プロセスとは商業価値で隔たりがあります。

クスノキ(C. camphora)との対比では、クスノキの葉精油主成分は樟脳(30〜70%)と1,8-シネオール(10〜30%)、ヤブニッケイは前述のとおりシンナムアルデヒド系。同属の近縁2種でありながら、葉を揉んだ瞬間の香りでクスノキ=防虫剤臭、ヤブニッケイ=甘いスパイス香、と即座に判別できる点が、フィールド観察上の最大の楽しみです。

伝統的利用──薬用・香料・地域食材としての歴史

ヤブニッケイは古来「藪に生えるニッキ」として、本格的な栽培ニッキ(C. sieboldii)が確立する以前から、地域住民が葉と樹皮を採取し、薬用・香料・食材として利用してきました。江戸期の本草書『本草綱目啓蒙』『大和本草』にも記述があり、葉を煎じて健胃・整腸薬として用いた例、樹皮を粉末にして菓子の風味付けに用いた例が記録されています。

地域別の伝統利用を見ると、(1) 関東〜東海では葉を「ニッキの葉」として駄菓子の風味付けに、(2) 紀伊半島では樹皮を煎じた茶を産後の健胃薬として、(3) 四国・九州では葉を漬け物の香り付けに、(4) 伊豆諸島ではコクサギ・トベラとともに浴用香料として、と多様な伝統利用が記録されています。鹿児島・沖縄では「カラギ」「カラニッケイ」と呼ばれ、ニッケイ(C. sieboldii)と混同・併用されてきた歴史があります。

現代の機能性研究では、シンナムアルデヒドの抗菌作用、血糖調節作用、抗酸化作用が注目され、ヤブニッケイ葉抽出物の関連特許も複数出願されています。ただし、商業流通における主役は依然として商業シナモン(C. verumC. cassia)であり、ヤブニッケイは「和ハーブ」「日本固有のスパイス」として地域ブランド化を志向する小規模生産が中心です。

観察ポイント・近縁種比較

フィールドで「クスノキ科の常緑広葉樹」に出会ったとき、ヤブニッケイ/クスノキ/タブノキ/シロダモ/ニッケイの5種を識別する手順は以下のとおりです。

種名 葉脈 葉裏 葉揉み香 果実色 葉質
ヤブニッケイ 明瞭な3行脈 淡白色 強いニッキ香 黒紫色 革質、長楕円
クスノキ 明瞭な3行脈、脈腋にダニ部屋 淡緑色 樟脳臭 黒紫色 革質、卵形
タブノキ 羽状脈(3行脈なし) 淡緑色 無香〜微弱 黒紫色 厚革質、倒卵形
シロダモ 明瞭な3行脈 強い銀白色 無香〜微弱 赤色(翌年熟) 革質、長楕円
ニッケイ(栽培) 明瞭な3行脈 淡白色 非常に強いニッキ香 黒紫色 やや薄い革質

最も決定的な識別点は葉を揉んだ香りです。樟脳臭ならクスノキ、甘いシナモン香ならヤブニッケイまたはニッケイ、ほぼ無香ならタブノキかシロダモ。シロダモは葉裏の銀白色(強い白色)で即座に判別でき、タブノキは3行脈がなく羽状脈である点で他4種と区別されます。栽培ニッケイ(C. sieboldii)とヤブニッケイの識別は実生では困難で、葉の薄さ(ニッケイの方が薄い)、香気の強さ(ニッケイが強い)、自生地(南西諸島〜九州南部)で総合判断します。

庭園・社叢・特用樹種としての利用

ヤブニッケイは、(1) 常緑で年中緑陰を供給、(2) 病虫害に比較的強い、(3) 萌芽再生力が高く剪定に耐える、(4) 葉に芳香があり「香る庭木」として楽しめる、という4点から、暖地の庭園・公園・社叢林の構成樹として利用されます。京都・奈良の社寺境内、神奈川県の鎌倉・小田原の老社寺、伊豆半島・房総半島の海岸林、和歌山県・紀伊半島の照葉樹林保護区などで、クスノキ・スダジイとともに重要な構成樹種となっています。

植栽適地は関東以西の暖温帯。霜害に注意が必要で、北関東以北の内陸地での植栽は越冬困難。土壌は適湿の壌土〜砂壌土を好み、極端な乾燥地は避けます。剪定は萌芽期前(2〜3月)または夏季の徒長枝整理(6〜7月)が適期で、強剪定にも比較的耐えます。生垣としても利用され、刈り込みに耐えて密な葉群を形成します。葉に芳香があるため、生垣や園路沿いに植えると、来訪者が葉に触れた際に香りが立ち、五感に訴える庭園演出が可能です。

近年は「和ハーブ」「香る木」のトレンドの中で、ヤブニッケイ葉茶、葉精油、葉粉末の商品開発が一部で進んでいます。地域特産化の事例としては、鹿児島県・宮崎県の一部で「カラニッケイ」ブランド、和歌山県の一部で「藪ニッキ」ブランドの試みがあり、特用林産物として林野庁の地域産業政策の対象にも入りつつあります。

香気成分の機能性研究と最新知見

シンナムアルデヒドは近年、医薬品・機能性食品分野で多角的に研究されている注目成分です。報告されている主要な薬理活性としては、(1) 抗菌活性──大腸菌、サルモネラ、リステリア等の食中毒原因菌に対する最小発育阻止濃度(MIC)が比較的低く、食品保存料代替の研究が進む、(2) 抗酸化活性──DPPHラジカル消去能、ORAC値で抗酸化基準物質に近い数値、(3) 血糖調節作用──インスリン受容体への作用機序が示唆され糖尿病管理研究の対象、(4) 抗炎症作用──NF-κB経路の抑制によるサイトカイン産生抑制、(5) 抗腫瘍性──培養細胞レベルでの細胞周期停止・アポトーシス誘導、が挙げられます。

ヤブニッケイ葉抽出物に関する国内研究では、和歌山県・鹿児島県等の地域研究機関が地域素材としての機能性検証を進め、抗酸化活性、抗菌活性、忌避活性等の特許出願事例があります。ただし、シンナムアルデヒドは多量摂取で肝毒性・皮膚刺激性が報告されており、機能性食品としての安全性評価(ADI、用量反応関係)が今後の論点となります。葉精油を化粧品・芳香剤・防虫剤等の用途に展開する場合も、配合濃度の安全域設計が重要です。

クスノキ科樹種の数値比較

項目 ヤブニッケイ クスノキ タブノキ シロダモ
樹高 10〜15m 20〜30m 15〜25m 10〜15m
葉長 7〜13cm 5〜12cm 8〜18cm 8〜15cm
気乾比重 0.55〜0.65 0.50〜0.55 0.65〜0.70 0.55〜0.65
主精油成分 シンナムアルデヒド 樟脳 微量・無香気 微量・無香気
果実熟期 10〜11月 10〜11月 7〜9月 翌秋10〜11月
果実色 黒紫色 黒紫色 黒紫色 赤色
耐潮性 中〜強
分布北限 関東南部 関東〜東北南部 東北南部 東北南部

この比較から、ヤブニッケイは「中庸」のポジションを占める樹種であることがわかります。樹高はクスノキ・タブノキより低く、気乾比重はタブノキより軽く、分布北限はクスノキより南に限定されます。一方で、葉精油のシンナムアルデヒドという独自成分が、他のクスノキ科樹種にはない香料・薬用価値を生み出しています。林分構成上はクスノキ・スダジイの林冠下、タブノキ・シロダモと共存する中木層を占め、暖温帯照葉樹林の階層構造の中核を担う樹種といえます。

気候変動と将来分布

ヤブニッケイは暖温帯〜亜熱帯北縁の樹種で、温暖化シナリオ下では分布北限の北上が予想されます。森林総合研究所等による広葉樹分布モデル研究では、RCP8.5シナリオ(21世紀末で気温上昇4℃級)の下で、暖温帯照葉樹林構成種(スダジイ、タブノキ、ヤブニッケイ、ヤブツバキ等)の北限が現状の関東南部〜福島浜通りから、東北南部〜北部にまで北上する可能性が指摘されています。

一方で、(1) 都市化による低地照葉樹林の消失、(2) シカ等の食害、(3) 海岸林のマツ材線虫病後継種としての需要増、という相反する圧力下で、地域個体群の保全と、二次林・社叢林の積極的維持管理が今後の課題です。森林環境譲与税の活用対象として、暖温帯照葉樹林の生物多様性保全、社叢林・社寺境内林の整備、香料・特用樹種供給林という観点が重要です。

森林環境譲与税の活用

(1) 暖温帯照葉樹林の生物多様性保全、(2) 社叢林・社寺境内林の整備、(3) 香料・特用樹種供給林、(4) 海岸林後継樹種としての植栽、という観点から森林環境譲与税の活用対象となります。詳細は【森林環境譲与税とは】629億円規模・市町村実施率82%の最新動向を参照ください。

よくある質問(FAQ)

Q1. ヤブニッケイとシナモンは同じ香り?

主成分はどちらもシンナムアルデヒドで類似しますが、商業シナモン(C. verum)の樹皮が65〜80%含有するのに対し、ヤブニッケイの葉は2〜25%程度で、香気強度はシナモンの方が圧倒的に強くなります。ヤブニッケイは野生種のため香りはやや穏やかで、繊細な甘さと若干の青い香りを伴います。

Q2. ヤブニッケイの葉を食用にできる?

少量の風味付けには伝統的に利用されてきました。江戸期から駄菓子、漬物の風味付け、健胃薬として使われた記録があります。ただし商業的シナモン代用としては香気強度が劣るため難しく、現代では「和ハーブ」として地域特産化を志向する小規模利用が中心です。

Q3. クスノキとヤブニッケイの違いは?

同じクスノキ科クスノキ属ですが、香気成分が決定的に異なります。クスノキは樟脳(カンファー)が主成分で防虫剤様の鋭い香り、ヤブニッケイはシンナムアルデヒドが主成分で甘いスパイス香。葉を一枚揉んで嗅げば即座に判別できます。葉形もクスノキは卵形、ヤブニッケイは長楕円形でやや細長い違いがあります。

Q4. 3行脈とは何?

葉の基部から主脈と並んで2本の側脈が立ち上がり、葉身の半分以上にわたり並走する葉脈構造で、クスノキ科クスノキ属・シロダモ属共通の識別形質です。タブノキ(タブノキ属)は羽状脈で3行脈をもたず、これがクスノキ科内での重要な属レベル識別点となります。

Q5. 葉裏が淡白色なのはなぜ?

葉裏に気孔と微細な蝋質層が密にあり、光散乱で淡白色〜粉白色に見えます。これはクスノキ属に共通する形質で、暖温帯〜亜熱帯の高湿環境下で葉面の蒸散調節と病害菌付着抑制に寄与すると考えられています。シロダモではこの蝋質層がさらに発達し、強い銀白色になります。

Q6. ヤブニッケイの果実は食べられる?

果肉部分は微弱な甘みとニッキ香を持ちますが、種子(核)が大きく可食部が少ないため、人の食用にはほぼ利用されません。鳥類(ヒヨドリ、メジロ、ツグミ類)の重要な秋〜冬の餌資源となり、種子散布者として林分更新に貢献しています。

Q7. 庭木として植える際の注意点は?

(1) 暖温帯(関東以西)に適し、北関東以北の内陸地では越冬困難、(2) 適湿の壌土〜砂壌土を好み極端な乾燥地は避ける、(3) 萌芽力が強く剪定に耐えるが強風・台風後の枝折れに注意、(4) 葉に芳香があり生垣や園路沿いの植栽で香りを楽しめる、(5) 病虫害は比較的少ないがカイガラムシ・スス病に注意、の5点を踏まえます。

Q8. 木材として市場で流通している?

蓄積量・採材径級が限定的で、商業流通量はクスノキ・タブノキ等のクスノキ科主要樹種に比べ少なく、市場では「雑木」「広葉樹小径木」として一括取扱されることが多くなっています。地域の銘木市場では「ニッキ」「藪ニッキ」の名で家具材・器具材として取引される例があり、和家具・組子細工の一部に用いられます。

Q9. ヤブニッケイの寿命は?

明確な統計は乏しいものの、社寺境内林の老木で推定100〜200年級の個体が知られ、長寿樹種に分類されます。萌芽再生力が高いため、地上部が枯死しても根株から新しい幹が再生し、株立ち状の老木として数百年単位で世代を継ぐ例も観察されています。

Q10. ニッケイ(栽培肉桂)とヤブニッケイの違いは?

ニッケイ(C. sieboldii)は南西諸島〜九州南部原産の栽培由来種で、ヤブニッケイ(C. yabunikkei)より葉が薄く、香気成分(シンナムアルデヒド)含量が高く、香りが強く出ます。江戸期から「ニッキ飴」「八ツ橋」等の伝統菓子原料として栽培ニッケイが利用され、ヤブニッケイは野生種・代用種という位置づけが定着しています。

関連記事

まとめ

ヤブニッケイは、(1) 葉を揉んだ瞬間に立つシナモン系のニッキ香による独自性、(2) 3行脈・葉裏淡白という明瞭なクスノキ属識別形質、(3) 関東以西の暖温帯照葉樹林を構成する中木層の生態的役割、(4) 江戸期から続く薬用・香料・地域食材としての文化的価値、(5) 気乾比重0.55〜0.65の中重量材としての家具・建具・特用木材利用、という五層の価値を持つ日本固有の暖地性常緑広葉樹です。クスノキ・タブノキ・シロダモ・ニッケイとの近縁関係を踏まえた精密な識別、伝統利用と現代研究の接続、温暖化下での北上分布予測──いずれの観点からも、暖温帯照葉樹林を象徴する重要樹種として再評価が進んでいます。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

コメント

コメントする

CAPTCHA


目次