天然更新─母樹保残・保残帯による次世代林再生

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伐ったあとの森を、苗を植えずに親木からの種で再生させる──天然更新はそんな施業です。江戸時代の藩有林管理から続く古い技法で、いまも全国で年間5,000〜8,000ha実施されています(林野庁2024年)。北海道のトドマツ・エゾマツと、本州・四国・九州の広葉樹が二大柱。うまくいけば人工造林の1/3〜1/5のコストで、多様性に富んだ森が戻ってきます。ただし「放っておけば森になる」という単純な話ではありません。母樹・防鹿・林床整備──この三点が成否を分けます。

適用面積5,000-8,000ha/年(全国)林野庁2024成林期間10-30完全成林までコスト1/3-1/5vs 人工造林50-150万円/ha失敗率10-30%(標準)シカ害地は70%
図1:天然更新の主要諸元(林野庁・森林総合研究所データより作成)
目次

三つの再生メカニズム

森林法上の天然更新は「人為的な植栽・播種を主体とせず、母樹からの再生で次世代林を成立させる更新方法」と定義されます。その再生経路は大きく三つです。

天然下種更新(種子由来)は、母樹が結実した種子が伐採地に散布されて発芽・定着する経路。ブナ・ミズナラ・カエデ類・トドマツ・エゾマツなど主要更新樹種の大半がこれにあたります。種子供給には豊凶の周期があり、ブナは5〜7年に1度の豊作年(マスティング)、ミズナラは2〜4年周期が知られます。

ぼう芽更新(萌芽由来)は、伐根や幹基部から萌芽枝が伸びて次世代林になる経路。コナラ・クヌギ・クリなど里山広葉樹で顕著で、伐採から1年以内に萌芽が出て、薪炭林やシイタケのホダ木林の伝統的更新法でもあります。

根萌芽更新(地下茎由来)は、地下茎・根から不定芽が出る経路。ハンノキ・ヤマナラシ・タケ類で多く、伐採跡地の早期被覆に寄与します。

北海道のトドマツ・エゾマツでは天然下種が主、本州里山では天然下種とぼう芽の混合型が一般的です。

人工造林との違い

天然更新と人工更新は、どちらが優れているという話ではなく、得意分野が違います。林野庁「森林・林業統計要覧2024」と森林総研の長期試験地データから整理すると、次のようになります。

項目 天然更新 人工更新(造林)
初期コスト 50〜150万円/ha 200〜350万円/ha
樹種制御 困難(母樹依存) 容易(任意樹種)
成林期間 10〜30年 5〜10年
成林確実性 70〜90%(条件良好時) 90〜95%
遺伝・生物多様性 高(混交林化) 低〜中(均一・単純林)
気候変動耐性

確実性・樹種制御・短期収益では人工造林、コスト・多様性・気候変動耐性では天然更新に分があります。近年は両者を組み合わせる「適応的更新」が主流になりつつあり、母樹保残に部分植栽を併せる例が増えています。

成否を分ける条件と母樹選び

天然更新がうまくいくかどうかは、伐採前にほぼ決まっています。鍵となるのは樹種特性と母樹です。

陰樹(ブナ・モミ・トドマツ・エゾマツ)は親木下の暗い林床でも発芽できるので択伐法向き、陽樹(カラマツ・ナラ類・カバノキ類)は伐採後の明るい裸地で良好に発芽するので皆伐後の自然下種向き。樹種特性を無視した技法選択は失敗の主因になります。地形は傾斜35°以下、表土が薄く鉱質土壌が適度に露出する条件が好適です。

そして母樹。成熟した健康な母樹が伐採地内または周辺50〜100m圏に十分な密度であることが必須です。選定基準は、胸高直径が広葉樹40cm以上・針葉樹30cm以上、樹冠が開けて結実良好、病虫害・腐朽なし、曲がりや二又の少ない優良形質木。形質の悪い母樹を残せば次世代も劣化します。分布は30〜50本/haを伐採地全域に均等配置し、風散布種では風上側を厚めに。北海道のトドマツでは保残木40〜60本/haで20年後に3,000〜5,000本/haの更新が得られた事例(北海道立林業試験場2022年)が、現在の標準密度の根拠になっています。

種子の運ばれ方と落種期

種子散布は天然更新の生命線で、散布様式によって母樹の置き方が変わります。トドマツ・カエデ類など翼や冠毛を持つ風散布種は母樹樹高の3〜5倍(30〜150m)運ばれ、保残帯法に最適。ナラ類のドングリやサクラのような動物散布種は鳥獣に数十m〜1km運ばれます。一方ブナ・クリ・クルミなど重い重力散布種は親木の樹冠下(20〜30m以内)に落ちるため、母樹密度の設計が特に重要になります。

主要樹種の落種期と発芽条件は、豊作年に合わせた伐採計画の基礎データになります(森林総研「主要造林樹種の種子特性」2023年版)。

樹種 落種期 発芽好適条件 豊作周期
ブナ 10〜11月 ギャップ光・湿潤鉱質土 5〜7年
ミズナラ 9〜10月 落葉除去・適湿 2〜4年
トドマツ 9〜10月 鉱質土露出・適湿 3〜5年
エゾマツ 9〜10月 倒木上・苔群落 5〜8年
カラマツ 10〜11月 裸地・全光 2〜3年
シラカンバ 8〜9月 裸地・全光 毎年

豊作年に伐採を合わせる「結実予測伐採」は、前年の雄花序数や夏の気象から豊作を読み、落種前に伐採して種子散布を促す戦略で、北海道で実践されています。

北海道と本州の現場

北海道はトドマツ・エゾマツ天然更新の先進地で、道有林・国有林あわせて累計15万ha超。母樹保残40〜60本/haに保残帯(周縁20〜30m幅)を併用し、落種前の伐採と掻き起こしで鉱質土を露出させて発芽床を整えます。施業10年後で2,000〜4,000本/haの更新が標準。北大天塩研究林では1990年代から択伐+天然更新の長期試験を続け、針広混交林の安定維持に成功しています。最大の敵はエゾシカで、密度10頭/km²超の地域では更新失敗率が50〜70%に達するため防鹿柵がほぼ必須です。

本州では東北・北陸のブナ・ミズナラが中心。青森・秋田の国有林では択伐率20〜30%・母樹保残30本/ha以上で更新本数2,500〜4,000本/haが達成されています。ブナは豊作年に1ha当たり10万粒以上の堅果を生産するため、豊作年に伐採・地拵えを合わせるのが成功の鍵。ただし近年はナラ枯れ(カシノナガキクイムシ媒介菌害、2024年全国約20万㎥)で大径母樹が枯死し、母樹確保が新たな課題になっています。

主要樹種の天然更新適性ブナ★★★★★ 高(陰樹・ギャップ更新)ミズナラ★★★★ 高(動物散布・ぼう芽併用)カエデ類★★★★ 高(風散布広範)トドマツ★★★★ 高(北海道標準)カラマツ★★★ 中(皆伐後陽地)スギ★★ 低〜中(人工造林優位)ヒノキ★ 低(人工造林標準)
図2:主要樹種の天然更新適性(森林総研データから作成)

失敗から学ぶ三つの教訓

現場の失敗事例には共通したパターンがあります。本州中部の標高1,000m帯ブナ更新地では、シカ密度8頭/km²の中で母樹保残と地拵えを行ったものの5年後の稚樹生存率が15%にとどまり、再造林に切り替えました──シカ密度5頭/km²超では防鹿柵を前提にすべき、という教訓です。北海道道東のトドマツ更新地では地拵え不足でチシマザサが急速に再生し稚樹がほとんど出ませんでした──刈払いや火入れによるササ抑制は必須。保残木10〜15本/haの低密度施業では種子供給が足りず雑草が先に被覆して更新が成立しませんでした──保残木は30本/ha以上を確保する。いずれも「母樹・防鹿・林床整備」の三点に集約されます。

地拵えと防鹿対策の実務

発芽床を整える地拵えは成否を左右します。北海道で標準の掻き起こし地拵えは、建機で表土を10〜20cm剥離して鉱質土を露出させる手法で、トドマツ・カバノキ類の発芽率が大きく向上します(15〜30万円/ha)。伝統的な火入れ地拵えはササ・雑草を一掃できますが延焼対策が必須で近年は減少傾向。稚樹が出た後も、ササ・低木の機械刈払い(2〜5万円/ha)を5〜10年続けて被圧死を防ぎます。

シカ害地では防鹿対策が前提になります。確実性が高いのは高さ2.0〜2.5mの恒久柵(金網式)(耐用15〜20年、10〜15万円/100m)、広面積を低コストで囲うなら仮設柵(樹脂ネット式)(5〜8万円/100m、突入破損に注意)。小面積・希少樹種には1本ごとの個別シェルター(500〜1,500円/本)。柵は設置して終わりではなく、月1回の点検と、狩猟・有害捕獲による地域シカ密度自体の引き下げを併用するのが長期戦略です。

補助制度と成功の評価指標

天然更新は森林経営計画と補助制度の枠組みで支援されます。造林補助金(森林環境保全直接支援事業)は更新作業ヘクタール当たり10〜30万円が標準で、地拵え・刈払いに応じて支給。2019年度以降の森林環境譲与税(年間500億円規模)も森林整備に充当でき、天然更新による炭素吸収量はJ-クレジットで認証して企業のカーボンオフセット需要に接続できます。なお立木伐採時には森林法第10条の8により市町村への伐採届が必要です。

成否が判明するのは施業から10〜20年後なので、長期モニタリングが欠かせません。稚樹本数密度の目安は3年後500本/ha・5年後1,000本/ha・10年後2,000本/ha以上。これに加えて目標樹種が全体の60%以上か、シカ食害痕跡が20%を超えていないか、ササ・雑草の被度が70%を超えていないかを5年ごとに確認します。近年はUAV空撮による稚樹密度推定やGISでの施業履歴管理が普及し、森林総研は機械学習による稚樹自動カウント手法も公開しています。

よくある質問

天然更新は本当に低コストなの?

初期コストは50〜150万円/haで人工造林の30〜50%です。ただし失敗時の再施業コストや成林期間の長さ、種子供給の不確実性まで含めた総コストでは、必ずしも経済的に有利とは限りません。条件の良い土地で本領を発揮する施業だと考えてください。

母樹のない伐採地ではどうすれば?

周辺林からの自然下種に頼ることになりますが、母樹から100mを超えると風散布種でも更新本数が大きく減ります。母樹のない伐採地では人工造林、あるいは周辺林帯を保留しつつ部分的に母樹を植える形が現実的です。

気候変動への対応として有効?

樹種多様性・遺伝多様性・自然遷移を保てる点で有効です。単一樹種の人工林より気象害・病虫害のリスクが分散されます。一方で短期生産性や樹種制御では不利なので、人工造林と組み合わせる「適応的更新」が現実解になりつつあります。

二項対立から適応的更新へ

気候変動・人口減少・労働力不足が同時に進む2020年代後半、天然更新と人工造林を「どちらか」で捉えるのではなく、サイト条件・経営目的・気候リスクに応じて柔軟に組み合わせる「適応的更新」の考え方が広がっています。母樹保残を主軸に稚樹不足の箇所だけ補植する、伐採地に直径20〜30mの植栽パッチを散らしてその間を天然更新に委ねる、将来の気候帯シフトを見越して暖温帯系樹種を一部先行植栽する──いずれも単なるコスト削減ではなく、気候の不確実性のなかで森林機能を保つための戦略です。苗を植えるか、種に委ねるか。その問いに一律の正解はなく、目の前の森と向き合って選んでいくことになります。

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この記事を書いた人

ハウスメーカーで住宅の構造を担当したのち、林業の世界へ。林業・木材・建築の3領域を横断する視点で、Forest Eight の記事を編集しています。

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