京都大学桂キャンパス─工学研究科の木質内装

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大学のキャンパスというと、無機質なコンクリートの建物を思い浮かべる人が多いかもしれません。けれど京都市西京区の丘陵に広がる京都大学桂キャンパス(2003年から段階的に開設)は、少し違います。図書館の天井を見上げれば木のルーバーが連なり、ラウンジや会議室には京都府産のスギ・ヒノキが使われている。しかもこの木質化は、ただの内装の好みではありません。同じ敷地内に世界トップクラスの木質科学の研究拠点・生存圏研究所(RISH)があり、その研究の知見が建物そのものに反映されているのです。

敷地面積47ha桂キャンパス全体構成3クラスタA・B・Cクラスタ内装材京都府産スギ・ヒノキ地域材活用開設年2003年〜段階的整備
図1:京都大学桂キャンパスの主要諸元
目次

工学系を集めた、研究駆動のキャンパス

桂キャンパスは、吉田・宇治と並ぶ京都大学の主要拠点の一つで、工学系を中心に整備されました。約47haの敷地に、Aクラスタ(電気電子・情報)、Bクラスタ(化学・材料)、Cクラスタ(地球工学・建築)の3つのクラスタが並びます。1997年に建設計画が決まり、2003年から段階的に開設。整備が進むほど地域材の活用率や木質内装の比率が高まっていったのが特徴です。

桂が面白いのは、RC(鉄筋コンクリート)一辺倒だった従来の大学施設から脱して、計画段階から木質内装と地域材活用を組み込んだ点です。その背景には、Cクラスタにある生存圏研究所の存在があります。RISHは2004年に旧木質科学研究所などが統合して生まれた附置研究所で、木質構造から木材化学、木材保存、バイオマス変換まで、木に関わる科学を切れ目なく扱う世界でも稀な拠点。その研究蓄積が、すぐ隣の建物づくりに直接フィードバックされる――そういう構造になっています。

施設名 主な木質要素 用途
桂図書館 大空間天井の木質ルーバー、木質書架 図書・学習
生存圏研究所木質科学棟 木質試験室、一部木造アーチ屋根 木質材料研究
船井哲良記念講堂 木質内装・集成材曲面パネル 講演・式典
桂キャンパスラウンジ 木質家具・木質ルーバー 交流・休憩
各クラスタ会議室 京都府産スギ・ヒノキ内装 会議・ゼミ

使われる木材は、京北・美山・南丹など京都府内から調達された京都府産材が基本です。これらの木質要素は単なる仕上げ材ではなく、研究の対象でもあります。たとえば図書館の天井ルーバーは、京都の高温多湿環境下で無塗装スギ材がどう経年変化するかを示す貴重なフィールドデータになっていますし、講堂の木質パネルは集会時の音響反射特性が計測されています。

1. 京都府産材調達京北・美山・南丹地域のスギ・ヒノキ2. 製材・加工府内製材所・京都伝統木材組合連携3. 桂キャンパス施工内装材・家具・ルーバーへ加工4. RISH研究との連携耐久性・劣化挙動を継続観察5. 改修・更新時データ蓄積10-20年スパンの劣化・調湿性能評価
図2:地域材調達から研究フィードバックまでの流れ

建物が、そのまま研究対象になる

桂キャンパスの最大の個性は、研究者が日常的に使う建物そのものを観察対象にしている点です。生存圏研究所では、自分たちの研究室やラウンジ、会議室の木質内装を題材に、こんな研究が進んでいます。

  • 木質ルーバーの劣化評価:開設から10〜20年経った内装木材の経年変化を定期モニタリング。表面の色差や寸法収縮を計測し、樹種・処理方法ごとの長期挙動を記録。
  • 調湿性能の実測:京都の高温多湿環境で、木質内装が室内の湿度をどれだけ緩和するか。ラウンジや閲覧室に温湿度ロガーを置いて定量的に検証し、国際誌に論文発表。
  • VOC放散と健康影響:内装木材から放散される揮発成分(建材由来の物質と、α-ピネンなど樹木由来のテルペン類の両方)を計測し、室内空間への影響を評価。

こうした成果は桂の改修設計に反映されるだけでなく、他の公共木造建築の設計にも展開されています。研究施設が自ら研究対象になる――いわゆる「リビングラボ」としての性格こそ、桂キャンパスが世界的に見てもユニークな理由です。設計・施工・モニタリングが同じ敷地で一体化した「研究駆動型キャンパス」と言ってよいでしょう。

なぜ「内装中心」なのか

桂の木質化は、いまのところ純木造ではなくRC・鉄骨躯体+木質内装というハイブリッドが中心です。これには理由があります。研究施設は化学薬品や高出力機器を扱う実験系の安全要求が厳しく、概ね1〜2時間の耐火性能が求められる。さらに用途変更への対応や築60年超を見越した長寿命化も必要で、主構造はRC・鉄骨が合理的なのです。木材は内装・什器・ルーバーなどに使い、空間に温かみと調湿性をもたらす役割を担っています。

とはいえ、CLTや耐火集成材といった中層木造技術が進んだ近年、桂でも新棟・改修で中層木造ハイブリッドの導入が検討され始めています。耐火集成材の燃え代設計、RCスラブ+木質仕上げによる遮音、講堂の集成材曲面パネルによる音響と意匠の両立――こうした技術検討が、住友林業W350やSara Kulturhus、HoHo Wienといった国内外の事例と並走しながら進んでいます。基礎研究と実大実験が同じ敷地で動いているのが、桂の強みです。

評価項目桂キャンパス従来型RC研究施設炭素貯留あり(木質ハイブリッド)ほぼなし内装快適性高(木質調湿)地域経済波及高(地域材調達)更新性中(部分更新可)中-低研究連携高(RISHと一体)
図3:桂キャンパスと従来型RC研究施設の比較

京都府の林業政策とつながる

桂の地域材活用は、京都府の林業政策とも連動しています。京都府は森林が府土の約74%を占める林業県で、多雪・多湿の気候で育った高密度のスギ・ヒノキは、年輪が緻密で質感が高いのが特徴。「京都モデルフォレスト運動」や府産木材認証制度といった政策のショーケースとして、桂は機能してきました。木材は鉄やコンクリートより製造時のCO₂が少なく、しかも大気中の炭素を建物の中に長く固定します。府外から輸入材を運ぶのに比べ、府内輸送(数十km)なら輸送由来のCO₂もぐっと小さい。地域材を使うことは、林業の活性化と脱炭素の両方に効くわけです。

もちろん課題もあります。京都府の林業生産量は近年減少傾向にあり、担い手の高齢化も進む中で、安定供給をどう確保するか。木質内装は20〜30年スパンで更新が必要ですが、RC一辺倒の建物と違い部分張替が利くという柔軟さもあります。2030年代に予定される新棟整備では、CLT中層棟や耐火集成材ホールなど、より踏み込んだ木造建築が構想されており、桂キャンパスはこれからも日本の建築木造化のフロンティアであり続けそうです。

よくある質問

Q. 一般人も見学できますか?

桂図書館や一部の共通施設は、京都大学のキャンパス見学プログラムや公開イベント時に見学できます。年に数回の公開シンポジウムやオープンキャンパス、建築学会の見学会などを活用するのが現実的です。研究室の内部は非公開ですが、共通エリアの木質意匠は十分に観察できます。

Q. 使われている木材はどこ産ですか?

京都府産のスギ・ヒノキが中心です。京北・美山・南丹・綾部・舞鶴などから調達され、府内の製材所で加工されます。多雪多湿の環境で育った密度の高い良質材が選別されています。

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この記事を書いた人

ハウスメーカーで住宅の構造を担当したのち、林業の世界へ。林業・木材・建築の3領域を横断する視点で、Forest Eight の記事を編集しています。

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