「自分の山がどこにあるか、地図で示せますか?」——林野庁の意識調査でそう問われ、答えに詰まる森林所有者は少なくありません。所有する森林のある市町村に住んでいない不在村森林所有者は、私有林面積の約24%(およそ290万ha)にのぼります。連絡が完全に取れなくなった「所有者不明林」まで含めると、私有林の3割前後で実質的な管理が止まりかけている——これが、いまの日本の森林が抱える土台の問題です。
この空洞化は、間伐や主伐再造林といった施業だけでなく、森林経営計画の認定、災害時の倒木処理、J-クレジット申請まで、あらゆる林政手続きの足かせになります。この記事では、不在村・所有者不明林がなぜ生まれるのか、どんな制度で動かそうとしているのかを、データを交えて整理します。

「不在村」と「所有者不明」は何が違うのか
不在村所有者は、林野庁の集計で「所有森林の所在市町村に住んでいない所有者」を指します。隣町に住んで週末ごとに見回る人もいれば、事業体に施業を委託してきちんと経営する人もいる。つまり不在村=管理放棄ではありません。問題なのは、こうした主体的な層と、相続を経て山の所在さえ知らない無関心層との差が、不在村の内側でどんどん開いていることです。前述の「自分の山を地図で示せない」が約4割という数字が、その断絶を物語っています。
一方の所有者不明林は、登記簿上の所有者が死亡・転居・特定不能などで連絡が取れない林地です。不在村のうち、相続未登記や転居先不明で連絡不能に陥った層がここに重なります。両者を合わせると、私有林の3割前後で管理が空洞化している——という構造が見えてきます。
所有者不明が生まれる典型が「数次相続」です。名義人が亡くなっても登記されず、その相続人もまた亡くなる。すると現在の真の所有者を割り出すために、何代も戸籍を遡る羽目になります。一筆の林地を特定するだけで数十時間の戸籍調査が必要、という話も珍しくありません。共有名義に10人以上の相続人がぶら下がるケースもあり、合意形成は事実上不可能になります。
なぜ山から人が離れていくのか
不在村化の最大の原動力は、相続です。戦後の高度成長期に農山村から都市へ人が動き、相続を重ねるたびに、若い世代ほど森林との接点が薄れていきました。70代以上は生家や墓所との結びつきで地域への帰属意識を残していますが、その子世代(40〜60代)では「所有林を一度も訪れたことがない」が3割超。さらに下の世代では、相続発生の段階で相続放棄を選ぶ例が増え、これが新たな所有者不明林を生んでいます。
背中を押しているのが、林業経営の採算です。スギの立木価格は1980年比でおよそ4分の1。たとえば5haのスギ林(樹齢50年)を主伐しても、立木代金は150万〜200万円ほど。ところが再造林費用は地拵え・植栽・初期保育を含めて約500万円かかります。補助金を入れても手取りはマイナス——これでは森林は「経営対象」ではなく「相続してしまった資産」になり、「とりあえず放置」が世代を超えて積み上がります。
そこへ山村の過疎化が重なります。山村部の人口は1970年比で約4割減り、65歳以上が4割を超える集落も多い。学校も商店も維持できない地域では若年層の流出が止まらず、自治会や水利組合といった、これまで森林管理を支えてきた相互扶助の仕組みも弱っていきます。
| 不在村化の要因 | 具体的な中身 | 対応する制度 |
|---|---|---|
| 相続による所有権移転 | 都市部に住む相続人への承継 | 相続登記義務化(2024) |
| 林業経営の採算悪化 | 立木価格1/4水準・再造林コスト高 | 造林補助・経営計画の税制優遇 |
| 山村の過疎化 | 人口減少・地域コミュニティ弱体化 | 山村振興法・過疎対策 |
| 境界不明確の連鎖 | 林地の地籍調査48%・境界杭の劣化 | 森林環境譲与税の境界明確化 |
| 処分・放棄手段の不足 | 買い手不在・寄付の受け皿がない | 相続土地国庫帰属制度(2023) |
動かない森林を動かす:森林経営管理制度
2019年に施行された森林経営管理制度は、この行き詰まりを正面から崩そうとする仕組みです。流れは3段階。市町村が所有者に経営の意向を尋ね(意向調査)、経営意欲のない・連絡の取れない森林について市町村が経営管理権を取得し、森林組合や林業会社へ再委託(または市町村が自ら管理)する——という形です。
根っこにあるのは「やる気のある所有者の森林は市場で動かす、そうでない森林は市町村が公益管理する」という二層の発想です。所有権そのものを移すのではなく施業の実施権を預かる仕組みなので、収益が出れば所有者に還元されます。所有権絶対の原則に公益の観点から踏み込んだ、戦後林政でも画期的な制度といえます。
所有者不明林には特例があります。探しても所有者が判明しない場合、6ヶ月の公告期間を置いて異議申立てがなければ、市町村が経営管理権を取得して施業できる仕組みです。所有者が不利益を被らないよう、施業で出た収益は供託され、後から所有者が見つかれば還元されます。とはいえ実務では所有者探索の負担が重く、林政アドバイザーや戸籍調査の専門委託、そして財源としての森林環境譲与税が欠かせません。
意向調査そのものも順調とは言い難く、返信率は5〜6割どまり。職員1人以下で回す小規模市町村も半数に上ります。調査票に山林の地図を同封して場所のイメージを喚起する、選択肢中心にして書きやすくする、電話でフォローする——こうした工夫で返信率7割を超える先進市町村も現れており、運用ノウハウの差がそのまま成果の差になっています。
相続登記の義務化と、新たな放置の抑制
2024年4月から、相続登記が義務化されました。相続による取得を知った日から3年以内に登記申請しないと、正当な理由がなければ10万円以下の過料の対象になります。同時に始まった相続土地国庫帰属制度は、相続した土地を一定の手続きで国に引き取ってもらえる仕組みで、林地も対象です。
これで新規発生する相続未登記は抑えられる見込みですが、林地の相続未登記は推計28%まで積み上がっており、過去70年余りの蓄積を解くには長い時間がかかります。国庫帰属制度の林地への適用も、境界が明確であること・担保権がないこと・崖地でないこと等の要件が厳しく、初年度の林地受入実績は限定的でした。地籍調査の進展と運用基準の柔軟化が、実効性を左右します。
近畿で35%、北海道で15%——大きな地域差
不在村率は地域でくっきり分かれます。北海道・東北・九州の主要林業県は在村比率が高く不在村率は低い一方、近畿・四国・中国地方の一部では40%を超える地域も点在します。
奈良・和歌山・京都・兵庫の山間部で不在村率が高いのは、古くから商業林業が発達し、所有者が早くに都市へ移ったため。逆に北海道で低いのは、所有規模が比較的大きく経営として成立する林家が多く、地域帰属意識も保たれているからです。だから対策も一律ではなく、不在村率の高い地域では広域連携での効率化と大規模事業体への集約、低い地域では在村所有者の高齢化対応と後継者育成、と力点を変える必要があります。
山村だけの話ではない
不在村・不明所有者問題が招く損失は、山の中だけにとどまりません。不明地が混ざることで施業可能面積はおよそ2割減り、施業効率の低下も重なって、地域によっては林業生産額が3〜4割押し下げられます。雇用機会の喪失、加工業者の原料調達難、運搬・流通の縮小と、山村経済全体に波及していきます。
そして近年の豪雨災害では、所有者不明林の倒木が河川を塞いで下流の被害を広げた例、崩壊地の復旧で所有者特定に半年以上かかって工事が大幅に遅れた例が、各地で報告されています。気候変動で豪雨が激甚化するなか、不在村・不明所有者問題は、下流の都市住民にとっても無関係ではいられない流域全体の防災課題になりつつあります。
対応は単一の制度では完結しません。森林経営管理制度、林地台帳、地籍調査、相続登記義務化、相続土地国庫帰属制度、そして財源としての森林環境譲与税——これらが噛み合って初めて前に進みます。とりわけ譲与税(2024年度で約500億円規模)は、林政アドバイザーの配置や所有者探索の戸籍調査委託、境界明確化に充てられる中核財源ですが、戦略的に使い切る自治体と基金に積み上がるだけの自治体との差が広がっており、好事例の横展開が当面の宿題です。
よくある質問
Q. 「不在村所有者」と「所有者不明林」はどう違う?
不在村所有者は「山のある市町村に住んでいない所有者」で、連絡が取れる人も含みます。所有者不明林は「登記上の所有者が死亡・転居などで連絡不能の林地」。不在村のうち実際に連絡が取れなくなった層が所有者不明林に該当します。不在村には個別に意向調査や委託提案ができますが、所有者不明林は公告手続を経た市町村への経営管理権集積が中心的な対応になります。
Q. 相続放棄を考えています。林地で気をつける点は?
相続放棄は被相続人の死亡を知った日から3ヶ月以内に家庭裁判所へ申述します。注意したいのは、林地だけを放棄することはできず、預貯金や住居など他の財産もすべて放棄になる点です。林地だけを手放したいなら、相続後の売却・寄付(受け皿がある場合)・相続土地国庫帰属制度の活用を検討します。国庫帰属は林地の要件が厳しいので、法務局や専門家への事前相談がおすすめです。
Q. 不在村でも、自分で林業経営を続けられる?
続けられます。森林経営計画の認定を受ければ補助の優先採択や税制優遇が使え、森林組合や林業会社への施業委託契約で実質的な経営管理が可能です。地域の集約化施業に参加して隣接地と団地化すれば、効率的な施業も実現できます。まずは市町村窓口・森林組合・林政アドバイザーへの相談が出発点です。

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