山林相続税の納税猶予|林業承継税制の構造

山林相続税の納税猶予

「父が遺してくれた山を、相続税のために手放さなければならない」――林業の現場で、こうした声は決して珍しくありません。戦後に植えられた木々がようやく収穫期を迎えた今、所有者の世代交代が一斉に進み、そのたびに重い相続税が森林経営の継続を脅かしてきました。そこで2012年(平成24年)に創設されたのが、相続税の80%を納税猶予する「山林についての相続税の納税猶予制度」です。この記事では、その仕組みと使い勝手、そして課題を整理していきます。

創設年 2012 平成24年改正 林業承継支援 措法70条の6の6 猶予割合 80 % 相続税の 承継条件付 適用実績 少数事例 にとどまる 認知度・手続き・ 継続条件が壁 対象森林 30 ha以上 特定森林経営計画 の対象区域内
図1:山林の相続税納税猶予の主なポイント(国税庁・林野庁・租税特別措置法より)
目次

なぜ相続税が森林経営を脅かすのか

日本の私有林は約1,450万ha。その大部分は、戦後の拡大造林期(1950〜70年代)に木を植えた人たちの手によるものです。その所有者が今、平均年齢70歳を超え、相続が次々と発生しています。森林の相続税評価は、土地(山林)の評価額と立木の評価額の合計で決まり、規模が大きいほど負担も重くなります。おおまかには、次のような関係になります。

森林規模 相続税の負担感
20ha以下(小規模) 比較的小さい
20〜50ha(中規模) まとまった額
50〜200ha(大規模) 重い
200ha超(超大規模) 非常に重い(経営継続を脅かす水準)

大規模な森林所有者では、相続税を払うために山の一部を売ったり、森林経営そのものを諦めたりするケースが少なくありませんでした。これが森林経営の連続性を断ち切り、経営困難な森林や所有者不明森林を増やし、ひいては水源涵養やCO2吸収といった森林の多面的機能を低下させる――そんな構造的な問題を生んでいたのです。

相続税の80%を猶予する仕組み

この課題に応えるため、2012年(平成24年)の税制改正で、林業承継のための相続税納税猶予制度(租税特別措置法第70条の6の6)が創設されました。後継者が森林経営を継続することを条件に、特例山林に係る課税価格の80%に対応する相続税の納税が猶予されます。これは、農業向けの「農地等の納税猶予制度」(1975年創設)を参考にした林業版で、農業制度の長い運用経験を踏まえて設計されました。

仕組みをイメージで示すと、こうです。ある所有者の森林資産の相続税額が仮に1,500万円だとすると、申告期限までに納めるのはその2割にあたる300万円。残り8割の1,200万円は納税が猶予され、後継者が経営を継続するかぎり納める必要がありません。後継者が生涯にわたって経営を続け死亡した際には、この猶予税額は最終的に免除されます。従来なら森林の一部売却や借入で工面するしかなかったことを考えると、この差は大きい。※実際の税額は財産構成・評価・他の特例で変わるため、必ず税理士にご確認ください。

納税構造 割合 納付タイミング
即時納付 20% 相続税申告期限
納税猶予(条件付) 80% 条件未達時または経営終了時
免除(後継者死亡時) 後継者の生涯後
納付(経営中断時) 条件未達時に追納

使うための条件は決して軽くない

魅力的な制度ですが、要件は厳格です。対象となるのは特定森林経営計画(一般に対象森林面積100ha以上などの要件があります)の対象区域内にある森林で、後継者には(1)死亡の日までの経営継続、(2)森林経営計画の認定を継続して受けること、(3)植林・間伐・保育など適切な施業の実施、(4)継続届出、(5)譲渡・転用の制限、そして猶予税額相当の担保提供が求められます。これらを満たさなくなると、猶予されていた税額に利子税を加えて納付しなければなりません。

つまり後継者にとっては、相当に重いコミットメントです。20代〜40代の若い後継者なら受け入れやすい一方、50代以降だと20年継続のハードルは高く感じられます。家族の理解、林業の知識・技能、地域や森林組合との関係構築も欠かせません。単なる相続税対策ではなく、林業経営者としての覚悟が問われる制度なのです。

適用はまだ少数事例にとどまる

2012年の制度創設から、適用件数は少しずつ伸びてはいるものの、まだ少数事例にとどまっています。長年運用されてきた農業の納税猶予制度が累計で相当な件数・面積に達しているのと比べると、林業版はまだ普及の入り口にあります。

普及が緩やかな理由は、制度の認知度の低さ、申請手続きの複雑さ、長期の経営継続条件、担保提供の必要性、そして林業税務に詳しい専門家の不足です。改善策として、対象要件の緩和、手続きの簡素化・電子化、担保の柔軟化、専門家ネットワークの強化などが議論されています。

海外ではどうしているか

森林の相続・承継をめぐる税制は、各国それぞれに工夫があります。ドイツやフランス、豪州などでは、森林経営を長期に継続することを条件に相続税・遺産税を大幅に減免する仕組みがあり、フランスでは長期保有を要件とする特別減税がよく知られています。北欧では森林の評価そのものを低く抑える運用がとられています。日本の制度も、こうした考え方を参考にしつつ、戦後拡大造林の遺産や所有規模の小ささといった日本固有の事情に合わせて設計されました。

いずれの国も「森林経営を継続すること」を減免の条件とする点は共通しています。森林は短期で収益が出にくく、長期保有してこそ多面的機能を発揮する――その特性が、各国の税制に反映されているといえるでしょう。日本でも、森林経営管理法(2019年施行)や森林環境譲与税と組み合わせ、納税猶予制度を森林を次世代に引き継ぐための戦略的ツールとして育てていくことが課題になっています。

小規模な山は対象になる?

この制度が前提とする特定森林経営計画は、一般に対象森林面積100ha以上などの要件があります。日本の森林所有者の大多数は小規模なので、直接の対象になるのは大規模な所有者が中心です。小規模所有者は、森林経営管理法による市町村への経営委託など、別の枠組みで支える設計になっています。

専門家のサポートは必要?

ほぼ不可欠です。相続税申告と納税猶予の手続きは税理士、相続登記・担保提供は司法書士、森林経営計画の策定は林業コンサルタントや森林組合が担います。いずれも一定の費用がかかりますが、猶予される税額を考えれば十分に見合います。市町村の林業担当による認定・届出サポートは無料です。複数の専門家のチームワークで、複雑な制度を効果的に活用できます。

途中で経営をやめたらどうなる?

森林を譲渡・転用したり経営を中断したりして条件を満たさなくなると、猶予されていた税額に利子税を加えて納付する必要があります。一方、後継者が生涯にわたって経営を継続し死亡した場合には、猶予税額は免除されます。長期の経営継続を直接後押しする、強いインセンティブが組み込まれているわけです。

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※ 本記事は制度の概要をまとめたものです。適用可否や税額は個別事情で大きく変わるため、必ず税理士等の専門家にご相談ください。

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この記事を書いた人

ハウスメーカーで住宅の構造を担当したのち、林業の世界へ。林業・木材・建築の3領域を横断する視点で、Forest Eight の記事を編集しています。

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