古い神社の境内にそびえる大きな針葉樹、その材が敷居や鴨居として今も残り続ける——その多くがツガ(Tsuga sieboldii)です。学名のsieboldiiは、日本の植物を世界に紹介したドイツ人医師シーボルトにちなみます。同じ仲間のコメツガが標高1,500メートル超の亜高山に暮らすのに対し、ツガはそれより低い暖温帯〜山地帯に分布し、大径木に育つのが大きな違い。ヒノキに迫る強度と、和風建築を支えてきた歴史ある木として、独特の地位を保っています。
シーボルトの名を持つ木
学名 Tsuga sieboldii は、江戸時代の日本に医師・博物学者として滞在したフィリップ・フランツ・フォン・シーボルトへの献名です。シーボルトは同僚ツッカリーニとともに『日本植物誌(Flora Japonica)』を編み、当時ヨーロッパにほとんど知られていなかった日本の植物相を体系的に紹介しました。ツガもそこに収録された樹種のひとつです。

コメツガとの見分け方
同属のコメツガとは標高で住み分けます。おおむね標高1,500メートルを境に、低い方で大径に育つのがツガ、高い方で中径にとどまるのがコメツガ。見分けの目印はやはり葉の長さで、ツガは8〜20ミリと長く、コメツガは5〜12ミリと短め。球果もツガが2〜3センチと大きく、コメツガは1.5〜2センチと小ぶりです。樹形は、ツガが整った円錐形で大きく育つのに対し、コメツガは岩場でねじれ曲がります。シンプルな覚え方としては、寺社の境内に立つ立派な針葉樹は、たいていツガです。

分布は福島・岩手あたりを北限に、本州・四国・九州、そして屋久島まで。樹高20〜30メートル、大きいものは30メートルを超え、幹の直径は1メートル級に達し、寿命は長く数百年におよぶ個体もあります。奈良・春日大社の境内林である春日山原始林には、スギ・カシ類などとともにツガの大径木が現存しており、古くから人の手が入っていない照葉樹林として世界遺産の構成資産にもなっています。
ヒノキに迫る強度
ツガの構造材としての性能は、針葉樹のなかでも上位に位置します。気乾比重0.45〜0.60はスギ(0.38前後)より重く、ヒノキ(0.44前後)と同等かやや上。曲げ強度は約74MPaで、これもヒノキに匹敵する水準です。特に評価されるのは「狂いの少なさ」で、割れ・反り・捻れが起きにくく、寸法が安定しています。節が少なく木理が緻密で、経年で色が深まり「古色(こしき)」の風合いを生む点も、造作材として重宝されてきた理由です。
姫路城と近代和風建築を支えた実例
ツガは古くから、和風建築の敷居・鴨居・長押・床柱といった、狂いを嫌う部材に使われてきました。よく知られる例が姫路城の天守で、平成の大修理以前は心柱の一部にツガ材が使われていたことが記録されています。また明治から昭和初期にかけて建てられた近代和風住宅にも、ツガは柱や鴨居・長押の定番材として使われました。第20代内閣総理大臣・高橋是清の旧邸(現在は東京都小金井市の「江戸東京たてもの園」に移築保存)でも、柱・鴨居・長押にツガが使われています。
ただし、こうした用途に使われてきたのは、あくまで狂いの少なさを買われた造作材としてであって、寺社の主要な柱・梁など構造の中心を担ってきたのは基本的にヒノキです。「ツガ=寺社の主材」という理解は言い過ぎで、実際には脇役としての実績が長い木、というのが実情に近い言い方になります。
「ベイツガ」は別物です
ここで注意したいのが名前の混乱です。ホームセンターや住宅建材で「ツガ材」「米栂(ベイツガ)」として売られている材の大半は、北米産のウェスタンヘムロック(Tsuga heterophylla)という別種。同じツガ属で外観も似ているため取り違えやすいのです。ベイツガは米マツに次いで輸入量が多い木材のひとつで、価格の安さからスギと競合する場面も多く、柱・鴨居・長押・土台(防腐処理後)など、国産ツガと似た用途にも使われています。市場に出回る量は国産ツガとは比較にならないほど大きく、「ツガ材」の看板を見たら、まず北米産と考えるのが実務的です。
国産ツガはそもそも天然林からの伐採に頼る比率が高く、人工植栽もほとんど行われてこなかったため、現在は流通量が非常に少なくなっています。文化財の修復や、狂いを嫌う伝統的な造作材としての需要はあっても、それに見合う量の大径木が計画的に供給されているわけではないというのが実情です。
よくある質問
ホームセンターの「ツガ材」「米栂」は国産ツガ?
ほぼすべて北米産のベイツガ(ウェスタンヘムロック)です。国産ツガはほとんど一般流通していません。
ツガとコメツガの一発の見分け方は?
葉の長さです。おおむね10ミリを境に、長ければツガ、短ければコメツガ。標高1,500メートル前後を境に住み分けています。
住宅の構造材に使える?
使えます。曲げ強度はスギを上回りヒノキと同等の水準で、土台・柱・梁に適します。耐朽性は中程度なので、屋外や地面に近い用途には防腐処理を推奨します。
大径木はどこで見られる?
確実に見られる代表例は、奈良・春日大社の春日山原始林です。ほかにも各地の社寺林・国有林の保護林に古木が残っていますが、立ち入りが制限されている地域も多くあります。

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