佐賀の虹の松原、静岡の三保の松原、宮城・仙台湾の松林――海沿いに延々と続くマツ並木は、ただ景色がよいだけの存在ではありません。飛んでくる砂、塩を含んだ風、高潮、そして津波。沿岸の暮らしをこうした災害から守るために、人の手で植え継がれてきた「海岸防災林」です。全国に約14,000ha、その9割ほどがクロマツやタブノキ。江戸時代から400年かけて育てられてきたこの森が、2011年の東日本大震災で大きな試練に直面しました。
もともとは飛砂と潮風を防ぐ森
海岸防災林がもともと担ってきたのは、飛砂を抑え、塩を含んだ風から田畑や住まいを守り、強風や霧をやわらげることでした。仙台湾の松林は伊達政宗が17世紀初めから植え始めたクロマツ林ですし、佐賀の虹の松原や福井の気比の松原は「日本三大松原」として今も親しまれています。東北・北陸・九州にとくに多いのは、いずれも昔から飛砂や潮害、暴風に悩まされてきた土地だからです。クロマツが主役なのは、塩にも風にも砂地にも強く、海岸前線の厳しい環境でいちばん生き残りやすいから。先人が経験から選び抜いた樹種なのです。
3.11が突きつけた、津波への効果の限界
2011年3月11日の津波は、東北沿岸で到達高6〜10m、最大遡上高40mに達しました。岩手・宮城・福島を中心に、東北6県と千葉で約3,660haの海岸林が流失・倒伏。幅100〜200m、樹高15〜25mに育っていたクロマツ林が、想定をはるかに超える津波の前に軒並み破壊されました。とりわけ被害が大きかったのは宮城県で、約1,750haにのぼります。
この経験を受けて、国や大学が「海岸林は津波にどこまで効くのか」を徹底的に検証しました。結論は、ある意味でシビアなものでした。下の表のように、2〜4mの中規模津波なら流速や浸水深を半分ほどに抑えられますが、6mを超える大津波では樹木そのものが流されてしまい、減災効果は限定的になります。
| 津波到達高 | 海岸林の効果 | 評価 |
|---|---|---|
| 2m未満 | 大幅な減衰、ほぼ完全防御 | 有効 |
| 2〜4m | 流速・浸水深を50%程度減衰 | 有効 |
| 4〜6m | 流速30%程度、浸水深10〜20%減衰 | 限定的 |
| 6〜10m | 流速・浸水深0〜30%減衰、漂流物捕捉 | 限定的だが効果あり |
| 10m超 | 樹木自体が流失、効果限定 | 限定的 |
ただし「役に立たなかった」というわけではありません。大津波であっても、海岸林には流されてくる車や船、建材といった漂流物を絡め取り、背後の集落への二次被害を防ぐ効果があります。さらに津波の到達を数十秒から数分遅らせ、その分だけ避難の時間を稼ぐこともできる。堤防や防潮堤と組み合わせた「多重防御」の一翼として、海岸林にはたしかな役割があることが、研究で確かめられたのです。
1,000万本を植え直す、12年の復興
震災のあと、林野庁と東北6県、市町村、そして全国から集まったボランティアが力を合わせ、海岸林の復元事業が始まりました。津波の衝撃をやわらげるために盛土で人工地盤を造り、その上に苗木を植えていく。2024年時点で約700ha、累計およそ1,000万本が植えられ、これは戦後最大の市民参加型の森林事業となりました。仙台湾岸だけでも延べ100万人以上が植林に参加したといいます。
植え方にも反省が生かされています。震災前のクロマツだけの単純な林は、津波で一気に流されやすいという弱点がありました。そこで復元事業では、海岸前線に耐潮性の強いクロマツ、その内側にタブノキやスダジイ、さらに奥にケヤキやコナラといった具合に、何種類もの木を層状に混ぜて植える「多樹種混植」を方針としています。病害虫のリスクを分散でき、津波への抵抗力も高まり、生きものの多様性も豊かになる。植える本数も1haあたり10,000〜15,000本と、ふつうの造林の3〜5倍の密植で、早く防災機能が立ち上がるよう工夫されています。本格的な防災林に育つまでには、これから20〜30年かかる見込みです。
もうひとつの脅威――マツ材線虫病
津波だけが海岸林の敵ではありません。じつは平時の最大の脅威が「マツ材線虫病」、いわゆるマツクイムシ被害です。北米から来たマツノザイセンチュウという小さな線虫が、カミキリムシを介してマツに侵入し、わずか2〜3か月で枯らしてしまう。1980年代には年間240万m³ものマツが枯れ、今も年30〜50万m³の被害が続いています。海岸林では薬剤散布が難しい場所も多いため、森林総合研究所などが開発した「抵抗性クロマツ」への植え替えが、長い目で見た対策の柱になっています。この品種は感染しても一般のクロマツの3〜5倍の生存率があり、復元事業にも積極的に使われています。気候変動による海面上昇や台風の強大化という新たな課題も加わるなか、海岸林は過去の遺産ではなく、これからの時代の「グリーンインフラ」として位置づけ直されつつあります。
よくある質問
海岸防災林は津波に耐えられるのですか?
2〜4mの中規模津波なら流速や浸水深を半分ほどに抑えられますが、6mを超える大津波では樹木自体が流されるため減災効果は限定的です。ただし、漂流物の捕捉や到達の遅延には大きな津波でも効果があり、堤防と組み合わせた多重防御の一翼として重要な役割を果たします。
なぜクロマツが主役なのですか?
クロマツは塩・風・砂地への適応力に優れ、海岸前線の厳しい環境でもっとも生き残りやすい樹種だからです。江戸時代以来、各地の海岸林で実績を積み重ねてきました。最近は単純林の弱点を補うため、タブノキや広葉樹と混ぜて植える多樹種混植が主流になっています。
植林ボランティアに参加できますか?
できます。各地で地域NPOや国土緑化推進機構などが植樹会を続けており、年間数万人規模の市民が参加しています。企業のCSR活動や学校の教育旅行として参加する例も多くあります。詳しくは各団体・自治体のサイトをご覧ください。

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