カーボンニュートラルへの関心が高まるなか、森林が吸収したCO2を「クレジット」として売買する動きが広がっています。森林由来のJ-クレジットは、2024年時点で1t-CO2あたりおおむね1,500〜3,000円、平均すると約2,000円のレンジで取引されています。省エネ由来(1,300〜1,800円)や再エネ由来(1,200〜1,700円)と比べてやや高め――この差はどこから生まれるのか、価格はどう決まり、これからどう動くのか。森林クレジット市場の経済構造を見ていきます。
価格はどう決まっているのか
J-クレジットの取引には2つのルートがあります。1つは、プロジェクト実施者と購入者が直接交渉する「相対取引」。もう1つは、J-クレジット制度事務局が年5回開催する「入札取引」です。取引量で見ると相対取引が約8割と主流ですが、入札は需給で価格が一元化されるため、市場相場のベンチマークとして重要な役割を果たします。
2024年度の入札では、森林由来が平均2,200〜2,500円、省エネ由来1,400〜1,700円、再エネ由来1,300〜1,600円。森林由来が他より3〜5割高い水準で約定しています。この差は、森林由来クレジットがもつ「自然由来・地域貢献・生物多様性・水源涵養」といった、CO2削減量だけにとどまらない付加価値(コ・ベネフィット)を企業が評価していることの表れです。
「森林由来プレミアム」が生まれる理由
森林由来が高値で取引される背景には、いくつかの要因が重なっています。自然系クレジットへの企業需要の高まり、地域貢献やSDGs・ESG投資との親和性、そしてTNFD(自然関連財務情報開示)対応での需要。さらに供給の希少性も効いていて、年間の認証量60万t-CO2に対し、企業の需要は数百万t規模に上ります。2023年9月にTNFDの最終提言が公表されて以降、サプライチェーン排出(Scope3)に自然系クレジットを使う動きが加速し、森林由来の需要を押し上げました。
企業の購買姿勢にもそれが表れています。環境省・経済産業省が2023年に実施した調査では、オフセット用クレジットの購入にあたり「森林由来など自然系を優先する」と答えた企業が約6割。価格よりも追加便益を重視する傾向がはっきり出ています。間伐による林床植生の多様化、水源涵養、土砂流出の防止――こうした「単なるCO2削減量を超えた価値」が、CSR・ESGレポートのストーリーやブランド価値に直結するわけです。
入札価格はこの2年で5割上昇
事務局主催の入札は年5回。その落札結果が市場の重要なベンチマークになります。森林由来クレジットの入札平均は、2022年第1回の1,580円から2024年第3回の2,420円へと、約2年で53%上昇しました。同じ期間の省エネ由来(+33%)・再エネ由来(+34%)を大きく上回るペースで、森林由来へのプレミアム需要が継続的に拡大していることがわかります。
| 入札回 | FO系平均 | EN系平均 | RE系平均 | FOプレミアム |
|---|---|---|---|---|
| 2022年第1回 | 1,580円 | 1,260円 | 1,180円 | +25% |
| 2023年第1回 | 1,920円 | 1,450円 | 1,380円 | +32% |
| 2023年第3回 | 2,150円 | 1,540円 | 1,470円 | +40% |
| 2024年第1回 | 2,280円 | 1,610円 | 1,530円 | +42% |
| 2024年第3回 | 2,420円 | 1,680円 | 1,580円 | +44% |
価格を押し上げてきたのは、政策イベントの連鎖です。2020年10月のカーボンニュートラル2050宣言、2022年4月の東証プライム上場企業のESG情報開示義務化、2023年4月のGXリーグ開始、同10月の東証カーボン・クレジット市場開設、同9月のTNFD最終提言。GXリーグには2024年時点で約700社が参加し、その排出量カバー率は日本のCO2排出の約4割に達します。こうした企業のクレジット需要が、相場を構造的に押し上げています。
世界のクレジット相場と比べると
では世界の自主的炭素市場(VCM)と比べてどうでしょうか。主要レジストリの2024年平均相場は、REDD+(途上国の森林破壊抑制)が5〜15米ドル、IFM(既存森林の管理改善)が10〜25米ドル、ARR(植林・再造林)が15〜30米ドル。日本の森林J-クレジット2,000円は約14米ドル(145円換算)で、ちょうどIFM相場の中位に収まります。
ただし日本のクレジットには独自の事情があります。国内市場のみで取引され国際移転ができないこと、プロジェクトサイズが小さいこと、モニタリング基準が国際基準より厳しい部分があること――こうした要因から、世界VCMとの価格裁定は限定的です。なお、コンプライアンス市場であるEU-ETSの排出枠は2024年で60〜90米ドルと段違いに高く、自主市場との性質の違いが価格差にそのまま表れています。
林業の収入源として見ると
では、この価格は森林所有者や森林組合にとってどれくらいの意味を持つのでしょうか。代表的なFO-002(森林経営活動)プロジェクトでは、1ha当たりの年間認証量は1〜3t-CO2程度。5〜10年で10〜30t-CO2となり、2,000円で換算すると累計収入は1ha当たり2〜6万円ほどです。一方、再造林1サイクルの林家負担は補助率80%適用後で約47万円/ha。クレジット収入はその4〜13%にとどまり、再造林の経済性を補う程度の効果はあっても、林業経営の主軸となる収入源にはまだ届きません。
そうしたなか、地方自治体がクレジット販売を補完財源として活用する例が増えています。高知県は2018年からの累計販売額が約3億円、岡山県西粟倉村は人口1,400人の村ながら累計約1.2億円。岩手県住田町や長野県根羽村など、地域材の活用と組み合わせたモデルも広がっています。とくに「ふるさと納税型」のクレジット販売は、企業がCO2オフセットと地方創生支援を同時に実現できるため、価格よりストーリー価値を重視した購買につながり、相対取引で2,500〜3,500円の比較的高値で約定する事例も出ています。2024年度は約60自治体が導入し、年間総額10億円規模に達しました。
これからの価格
今後を左右するのは、政策動向・需給バランス・国際市場との接続です。森林由来は2020年の1,200円から2024年に2,400円へと、4年で約2倍になりました。2028年に予定されるGX-ETS(排出量取引制度)の本格運用による需給逼迫や、CORSIA第2フェーズでの国際接続が進めば、2030年に向けてさらなる上昇が見込まれます。供給が想定以上に増えれば上げ幅は鈍りますが、いずれのシナリオでも森林由来プレミアムは続く見通しで、自然系クレジットの相対的な優位は維持されると見られています。3,000円突破は、林業の収益モデルそのものを変える節目として注目されています。
よくある質問
森林由来クレジットの価格はいくらですか?
2024年時点で平均約2,000円/t-CO2、レンジは1,500〜3,000円です。省エネ由来・再エネ由来より3〜5割高く、2020年の1,200円から4年で約2倍に上昇しました。
なぜ森林由来は高いのですか?
自然由来プレミアムが付くためです。TNFD対応での需要、地域貢献などの追加便益への評価、CSR・ESGストーリーとの親和性、そして供給の希少性(年60万tの供給に対し企業需要は数百万t規模)が重なっています。大手企業の約6割が「森林由来を優先」と答えています。
世界の相場と比べてどうですか?
日本のFO系2,000円(約14米ドル)は、世界VCMのIFM相場(10〜25ドル)の中位で、ARR(15〜30ドル)より低め。コンプライアンス市場のEU-ETS(60〜90ドル)とは性質が異なり、大きな差があります。

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