秋の味覚の代表でありながら、戦前の鉄道を支えた枕木でもあり、縄文人の主食でもあった——クリ(Castanea crenata、ニホングリ)ほど、食卓と建築の両方に深く食い込んできた木は珍しい。ブナ科クリ属の落葉広葉樹で、樹高はおおむね15〜20m。「食べる木」と「建てる木」の顔を一本で持つ、その正体を見ていきます。
見分け方:イガを見れば一発
クリは葉だけ見るとクヌギとよく似ています。どちらも細長く、縁にギザギザ(鋸歯)がある。決定打は鋸歯の先端です。クリの鋸歯は針のように尖り、先まで緑色。クヌギは芒(のぎ)状で先端に葉緑素がなく白っぽい。葉裏に白〜淡褐色の星状毛が密生するのもクリの特徴です。
ただ、迷ったら実を見れば一目瞭然。クリは鋭い棘でびっしり覆われたイガに1〜3個の実を包みます。クヌギは丸いお椀(殻斗)をかぶったドングリ。9〜10月、地面に落ちたイガがあればクリで間違いありません。葉は長さ8〜15cm、6月には新梢から10〜20cmのクリーム色の雄花序が立ち上がり、独特の強い匂いを放って甲虫やハエを呼び寄せます。
縄文1万年の付き合い
クリと日本人の関係は、想像をはるかに超えて古い。青森・三内丸山遺跡(約5,500〜4,000年前)の発掘で、大規模なクリ栽培の痕跡が見つかっています。遺跡形成期にはクリの花粉が他樹種を圧倒して急増し、これは「自然に生えていた」のではなく意図的に植えて増やした証拠と考えられています。直径1m級のクリ材で組まれた六本柱の遺構、貯蔵穴から大量に出土する果実——食料・建材・燃料を一本でまかなう、縄文人の暮らしの土台だったわけです。
クリが選ばれた理由は明快で、ドングリ類と違って渋抜きが要らないこと。デンプン主体で生でも加熱でも食べられ、100gあたり160〜170kcalと米に匹敵します。2021年に「北海道・北東北の縄文遺跡群」が世界文化遺産へ登録され、クリはその象徴的な樹種となりました。
耐朽性は広葉樹で最高水準
クリ材の最大の武器は、腐りにくさです。心材にタンニンを多く含み(乾重量比でおおむね5〜15%)、これが菌や虫への化学的なバリアになります。ミズナラが2〜5%、ブナが1%未満ですから、その差は歴然。だからこそ明治期から1960年代まで、日本の鉄道枕木の主力はクリ材でした。屋外・水濡れ・荷重・腐朽という最悪の条件で50年以上もつ。コンクリート枕木が普及するまで、その座は揺るぎませんでした。
古民家でも、柱や梁はスギ・ヒノキでも土台だけはクリ、という使い分けが定番でした。湿気と白蟻が集中する一番過酷な場所を、耐朽性で守らせたわけです。一点だけ注意があり、タンニンは鉄と反応して黒く変色します。クリ材に普通の鉄釘を打つと頭が黒くシミになるため、ステンレスや銅の釘が推奨されます。
食用栗:世界一の大粒、でも渋皮は手強い
食べる方のクリに目を移すと、日本栗の個性は果実が世界最大級であること。栽培品種では4〜5cmにもなります。兵庫・京都の丹波栗(銀寄)、岐阜の利平栗といったブランドは、一粒25〜30gの存在感です。一方で弱点もあって、渋皮が剥がれにくい。小粒だけれど渋皮がするりと剥ける中国栗(天津甘栗の原料)とは対照的です。
この弱点を克服したのが、2007年に農研機構が育成した「ぽろたん」。中国栗の渋皮剥離性の遺伝子を日本栗の大粒系統に取り込み、加熱すると渋皮がぽろっと剥がれる——名前の通りの品種で、加工業界に変革をもたらしました。国内生産量は年間約1.5万トン。茨城が全国一位で、熊本・愛媛・岐阜などが続きます。
害虫を育種で乗り越えた歴史
栗産業は一度、壊滅寸前まで追い込まれています。原因は中国原産の小さなハチ、クリタマバチ。1941年に岡山で初確認され、新芽に産卵して虫こぶを作り、新梢の伸びと結実を止めてしまう。1950〜60年代には収量が3〜7割も落ち込みました。
これを救ったのが品種改良です。中国栗や山栗と交配した抵抗性品種(銀寄・筑波・丹沢など)が次々と作り出され、1980年代までに産業はほぼ復興。さらに天敵のチュウゴクオナガコバチを導入した生物防除も加わり、今では管理可能なレベルに収まっています。日本の樹木育種における、もっとも有名な成功例の一つです。新たに庭で育てるなら、これら抵抗性品種を選ぶのが鉄則です。
身近なクリ、もう一歩
クリ材の使い道は食用栗と建材だけではありません。環孔材ならではの粗く力強い木目を活かしたテーブルや椅子、クヌギ・コナラに次ぐシイタケの原木、タンニンを使った「栗渋染め」、萌芽更新による薪炭——里山の暮らしを多面的に支えてきました。神社の境内や古民家の屋敷林を歩けば、樹齢500年を超える御神木に出会うこともあります。幹周5mを超えていたら、それは何百年もこの土地を見てきたクリかもしれません。
よくある質問
Q. クリ材は今も住宅に使われていますか?
使われています。耐朽性の高さから、土台や水回りの部材として伝統工法住宅・古民家再生で指定されます。鉄釘だと黒変するため、ステンレスや銅の釘が前提です。
Q. 庭で育てて栗を収穫できますか?
植えて5〜7年で実りますが、自家不和合性が強いので2品種以上を一緒に植えるのが必須。クリタマバチ抵抗性品種を選び、樹高15〜20mに育つ分のスペースも確保してください。
Q. クリの花の匂いが独特なのはなぜ?
雄花が放つ強い匂いはポリアミン類が主成分で、甲虫やハエを呼ぶための「腐肉様」の送粉戦略です。風媒は補助で、主役は昆虫です。

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